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ヘボやんの独り言
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2011/11/21 [Mon] 12:08:15 » E d i t
 オウム真理教が引き起こした一連の事件の最後の審判となった、元幹部・遠藤誠一被告の上告に対し、最高裁はきょう、棄却の決定を下し死刑が確定しました。16年という長きにわたった裁判は全て終結したことになります。終結はしたものの、事件の「真相」は明らかにならないまま終わったことになります。

 私(たち)もこれら一連の事件は、日本の民主主義にとってゆるがせに出来ない問題として取り組みました。とりわけ、坂本堤弁護士一家の拉致事件はオウム真理教によるものではないかという疑いが強く、救出活動に力を注ぎました。その活動の一環として1991年7月19日に千代田区公会堂(現在は閉鎖)で集会が開かれました。

 この集会は弁護士の木村晋介さんらが呼びかけたもので、会場が千代田区内にあったことから、千代田区労協としても全面的に協力しました。当時私は区労協の教宣部長という立場にあり、機関紙を通じてこの集会への参加を訴え(呼びかけの全文は後出)ました。

 坂本堤(殺害された当時33歳)弁護士は横浜弁護士会で活躍、横浜市内に住み、国労弁護団などにも入り司法修習生のときから熱心な日本フィルファンの一人で、音楽愛好家でもありました。修習時代に知り合った法律事務所の事務員だった都子(さとこ・同29歳)さんと結婚、龍彦(同1歳)ちゃんと穏やかな日々を過ごしていました。

 しかし、1989年11月4日の未明、何者かによって自宅を襲われ3人は拉致されたのです。現場にオウム真理教のバッヂが落ちていたにもかかわらず、神奈川県警は「事件性はなく失踪である」として捜査をしませんでした。しかし、地下鉄サリン事件(1995年3月20日)の捜査が進むなかで、オウム真理教の幹部が坂本堤弁護士一家の殺害を供述、5年10カ月後の95年9月に新潟県で堤さん、富山県で都子さん、そして長野県で龍彦ちゃんが、遺体で発見されたのです。

 もし神奈川県警が、この拉致事件をきちんと捜査していたなら地下鉄サリン事件は起きなかったのではないかと言う人もいます。何故、神奈川県警が捜査を行わなかったのか。坂本弁護士はいわゆる共産党系の弁護士といわれ、県警とは論争相手であったことが指摘されています。オウム真理教の一連の事件を見たとき、神奈川県警の〝失態〟は禍根を残すものとなっています。

 きょうの判決で、計189人が起訴されたオウム真理教の一連の事件が終結したことになります。それは同時に、教祖・麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚以下、教団元幹部13名の死刑が確定(特別抗告という手法がありますが)したことになります。皮肉とでもいうのでしょうか、殺害された坂本堤弁護士は死刑制度の廃止をめざす活動家だったといいます。

 そういえば、わが家の古いアルバムのなかに坂本都子さんの写真があります。年月日を特定できないのが残念なのですが、毎日新聞労組・青年部主催のクリスマスパーティーに彼女が参加したときのもののようです。あのはつらつとした笑顔は、もう見ることはできません。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
「政策仕分け」が進んでいるが、政党助成金や思いやり予算こそ仕分けすべし。

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