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ヘボやんの独り言
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2011/11/18 [Fri] 10:28:19 » E d i t
 前回、「あかつき文学保存会」のことを書きましたが、この会、上林曉の残した数々の資料を後世に残す目的でつくられたものです。きっかけは、サワダオサムさんの「わが上林暁」の上梓でした。

 その出版祝う会を、滋賀県大津市で開きました。その席でサワダさんから「上林の関連資料は、妹の睦子さんが全て管理している。睦子さんもそう若くはない。資料が分散しないよう、何か方法がないだろうか」という提案があり、動きが始まったのです。東京に上林曉の研究をしている高校の教師がいました。萩原茂さんがその人で、上林研究という一致点で、サワダさんとの交友がありました。

 そしてもう一つ、面白い集団がありました。サワダオサムさんの本を売り出そうと、「サワダオサム熱烈予約実行委員会」なるものをつくり、動いたグループです。その中心に、何故か、元毎日新聞労働組合の委員長と書記長が座ったのです。サワダオサムの上林曉に対する熱意に触発されたのです。私も微力ながらお手伝いをしました。

 サワダオサムさん自身は脳こうそくで歩くのがやっとという状況となり、そのグループと、萩原さんが合体して「あかつき文学保存会」を立ち上げたのです。以降、何回か睦子さんの自宅を訪ね、上林曉のことなど聞き取り調査も行いました。「兄はそこに寝ていたんですよ」と、昔をなつかしむように睦子さんは語ってくれました。

 睦子さんが住む家には、貴重な資料が残されています。川端康成の揮毫による「上林曉生誕の地」という掛け軸は立派です。太宰治や井伏鱒二らからの手紙もあります。もちろん、上林曉全集も全てありますし、出版された単行本もそろっています。私にはその価値が分かりませんが、画家から贈られた絵も多数あります。これらはある意味、かけがえのない文学遺産です。

 そして極めつけは、上林曉が半身不随になって書いた原稿です。みみずが這うような、象形文字にもならない文字は、最初の頃は睦子さんが本人に確認しながら清書していました。しかし、後半になるともう読める状態ではありません。その原稿をコピーさせてもらい、サワダオサムさんが解読を試みていますが無理なようです。

 これらの貴重な文学資料を残そうと「あかつき文学保存会」を立ち上げたのです。会報をつくり、周りの人々に協力を呼びかけています。それは静かな広がりとなり、思ってもいなかった方向から連絡が入ったりしています。徳廣睦子さんは90歳を迎え、はっきり言って残された時間は多くありません。上林曉の貴重な文学資料を、できれば杉並区に管理してもらいたい、そんな思いも持っています。

 上林曉は1980年8月28日に77歳で生涯を閉じました。それでも、昨年は講談社学芸文庫が「聖ヨハネ病院にて・大懺悔」を、今年に入って「星を撒いた街」(夏葉社)が刊行されるなど、上林作品は現在でも息づき見直されています。

 とりあえず、杉並区立郷土博物館分館(杉並区天沼3-23-1天沼弁天池公園内)で、来年1月22日まで展示中のものをご覧いただきたいと思います。「阿佐ヶ谷会」の文豪たちの雰囲気にあなたも浸ってみませんか。そして貴重な文学遺産を保存する運動に、ご協力をいただけると嬉しいです。なお、「あかつき文学保存会」の連絡先の一つに、このブログを発している千代田区労協も入っています。

★脈絡のないきょうの一行
労働者派遣法の改正問題、逆流が始まった。これはTPPの雇用自由化と連動したものだ。
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