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ヘボやんの独り言
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2011/11/07 [Mon] 10:54:28 » E d i t
 最近、変な、へ理屈を発見しました。11月4日の毎日新聞夕刊の対社面(社会面の反対の面)です。ベタ記事ですが「村木元局長は冤罪当たらず」というものです。本来なら「冤罪」のあとに「に」を入れたかったのでしょうが、ベタ(1行)扱いのため、文字が入らずこんな不十分な見出しになったのでしょう。

 内容は村木厚子・元厚労省局長の裁判をめぐって、平岡秀夫法相が「無罪である者が有罪判決を受ける状況を冤罪と呼んでいると理解している」と述べ、この事件は無罪が確定しており、えん罪には当たらないと表明したことを扱ったものです。しかもご丁寧に「法務省の中でも冤罪という言葉が使われている文書があるが、法令上の用語ではなく、……」と述べています。

 この発言の誤りについて考えてみましょう。

 はっきり言って、こういう見識を持った人が法務大臣を務めていることに危機感を持ちます。この発言を言い換えれば、「(本来、無罪にもかかわらず)裁判で有罪判決を受けた事案だけを『えん罪』という」と規定したことになります。一見、なるほどと思いがちですが、どこか変、だと思いませんか。

 百歩譲りましょう。裁判で(無罪にもかかわらず)有罪を受けた事件だけが、えん罪だとすれば、再審で無罪になった古くは免田事件や松山事件、そして最近の栃木県の足利事件や、布川事件は無罪が確定しましたが、それらは「えん罪」ではなかったのでしょうか。再審も立派な裁判です。平岡法相の考え方を当てはめれば、これらの事件はえん罪ではなかった、ということになります。これはおかしい。

 何ゆえに今頃このような発言が飛び出してきたのでしょうか。前出の毎日新聞夕刊をもう少し見てみましょう。「政府は村木元局長のケースに関し『冤罪』の定義について『特定の見解を有していない』とする公式見解を示していたが、法相発言はこれと異なるものだ。」としています。

 つまり、政府はえん罪の定義を持っていない(これ自体がおかしい)のですが、平岡法相はそれに反する発言をしたことになります。なぜイマドキこの発言なのでしょうか。これは検察擁護と考えれば辻褄が合いそうです。つまり、厚労省・村木事件や今進められている、小沢一郎裁判にしろ、検察の〝失態〟はひどいものがあります。加えて、間もなく22年度の「犯罪白書」が発表(毎年11月)されますが、犯罪検挙率は低下していると思われ、その先制的発言と言えそうです。

 これらの実態に対して、警察と検察を鼓舞する役割を平岡発言は持っているように見受けられます。つまり「有罪にならない限りえん罪ではないのだから、積極的に捜査し検挙率を上げろ」と。

 えん罪とは、無罪の人を検挙(逮捕)した時点から発生するもので、裁判の結果とは無関係のものである、と私は考えます。広辞苑は「無実の罪。ぬれぎぬ」とだけ記述しています。あなたはどうお考えですか。

★脈絡のないきょうの一行
「橋下(前大阪府知事)ファッショを許すな」の声、日増しに増大。芽のうちに摘むべし。

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