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ヘボやんの独り言
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2016/03/15 [Tue] 13:57:19 » E d i t
 震災直後には訪ねていないが、この石巻市立大川小学校のことに触れないわけにはいかない。

 「2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に伴う津波が地震発生後およそ50分経った15時36分頃、三陸海岸・追波湾の湾奥にある新北上川(追波川)を遡上してきた。この結果、河口から約5kmの距離にある同校を襲い、校庭にいた児童78名中74名と、教職員13名中、校内にいた11名のうち10名が死亡した。スクールバスの運転手も死亡している。」(ウィキペディア)

 これが当日の概要と被害だが、この時の全児童数は108人だったというから、実に68.5%が犠牲になったことになる。「どうして逃げなかったのか」といいう疑問は遺族のなかに渦巻いた。

 その問題を突き詰めようと2012年12月、この惨事を検証する第三者検証委員会が設置されて調査が行われたが、その報告に対して目新しい情報もなく、生存者の聞き取りも行っていないなどの批判が噴出した。

 その報告を不満として、あくまでも真実を知りたいという児童23人の遺族が14年3月10日、宮城県と石巻市に対し総額23億円の損害賠償を求める民事訴訟を仙台地方裁判所に起こしている。

【大川小学校/いくつかをまとめた】
08大川小学校

 校舎は残されたままである。グランドの片隅に慰霊碑が建っている。碑にはこの地域で津波によって亡くなった人の名前が刻んである。もちろん児童の名前もだが、8歳、9歳と書かれたそれは涙を誘う。裁判の進捗状況に目が離せない。子どもを亡くした親の気持ちはいかほどか。心が痛い。

 石巻市の市街地から少し離れた、港寄りに位置する日本製紙に足を運んだ。最初に訪問したとき、周辺はヘドロ状態で臭いもひどかった。いわゆるあのヘドロの臭いである。ところが現在は見違えるほどに整備されている。しかし紙庫があったと思われる場所は、がれきが撤去され広場になったままだ。

【石巻市・日本製紙】
09石巻日本製紙

【上記写真の反対側。すっきりし過ぎ?】
10160310石巻日本製紙

 これで復興した、と言えるのだろうか。日本製紙といえば大企業で、被災1年後に訪ねたときは煙突から煙が出ていた。煙は操業中の証しでありほっとしたものだ。ところが5年を経た現在でも、煙は複数の煙突から上がっていたものの、周辺はお世辞にも元に戻ったとは言えない。

 このあたりはやっと復旧した、程度ではなかろうか。復興への道は遠いと言えそうだ。

★脈絡のないきょうの一行
民進党の名、想像以上に悪評(産経新聞)。昔、新進党というのがあったことも影響か?

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