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ヘボやんの独り言
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2015/12/31 [Thu] 15:56:23 » E d i t
 今年は延べ19回山に登った。そのなかで忘れられないのは5月の日向山だ。娘とその友人、吉村尚紀君との3人旅だった。山頂の白い砂礫はまるで海辺のようで、ビーチボールを持ってきた若者2人は、ボールのやりとりに興じていた。甲斐駒ヶ岳とその反対側には八ヶ岳が聳えていた。

 この山行が吉村君と一緒に歩く最後になるとは想像もしなかった。彼は7月、八海山の不動岳(正確には不動岳と七曜岳の間)で滑落、30歳という若さで鬼籍に入った。信じられなかった。同行者に経過を詳しく聞いた。(詳細は7月22、24日の小ブログ)

 9月、その八海山にチャレンジした。1日だけしか休みが取れず、山小屋泊まりがかなわなかった娘は、事件の時お世話になった山小屋まで行ってお礼を述べて下山した。私と同行の鋤柄さんは小屋に泊まり、翌日、滑落した現地を訪ねた。

 この山は2004年9月に今回同様、鋤柄さんと登っている。そのときは吉村君が滑落した鎖場コースではなく反対側を歩き、八海山の最高峰・入道岳をピストンしている。その意味では2度目の八海山だが、鎖場を歩くのは初めてだ。

 小屋を後にして間もなく長い鎖場に取り付く。これをクリアすると稜線に出る。コースを少し戻るとまず地蔵岳だ。そこから小さな鞍部をはさんだ向こう側が、不動岳である。不動岳の山頂には、お不動さんだろうかいくつかの像が立っていた。そこには鉄製の花瓶も備えてあり、持参した花をそこに供えて、手を合わせる。事故現場はここから急な鎖場を下って、鞍部から少し登った場所である。

 前日、小雨が降り岩場が濡れていたため、その鎖場を下るのは危険と判断、不動岳山頂から現場付近の様子を見ることにした。しばらくして5人のパーティーがその現場を通った。見ているとそこをまたぐようにして通過している。中には後ろ向きで渡る人もいる。

 その様子を見ていて原因が想定できた。間違いなく、彼は踏み外したのだ。その現場の写真は吉村君と一緒に歩いていた人から事前にもらっていた。そこは少しえぐれている。そのえぐれに気づかずに彼は踏み外したのではなかろうか。

 原因らしきものが分かったとしても、彼が戻ってくることはない。仲間たちからは信頼され、平和でなければ登山はできない、と「超平和登山部」なるものをつくり、周りを山に誘っていた。娘も誘われた一人だが、面倒見のいい若者であった。

 彼が八海山に登るという1ヶ月ほど前、池袋の居酒屋で飲んだ。そのとき「今度、八海山にチャレンジします」と語っていた。私はあの山は危険だから、十分気を付けるようにとアドバイスした。が、それは実らなかった。あのときのあの時間まで、巻き戻しがきくのであればそう願いたい。

 さようなら、吉村君。優しさをありがとう。

★脈絡のないきょうの一行
株価乱高下の1年。「三本の矢」の失速をはじめとした経済の不安定さの証明でもある。

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2019/07/29 Mon 13:35:34
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