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ヘボやんの独り言
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2014/01/13 [Mon] 08:46:13 » E d i t
 10日、伊豆大島町に行ってきました。昨年の10月16日未明、台風26号による記録的大雨に見舞われ大規模な土石流が発生し、死者・行方不明者39人を出した災害の調査をするためです。その現場は流れてくるテレビの映像を超える、すさまじいものがありました。

 当初は9日の夜に出発し翌朝から調査する予定でしたが、木曜日は普通連絡船が休航となっており、ジェット船を使うことになりました。竹芝桟橋に朝8時半に集合、参加者は6人です。

 ジェット船は早い。最高速度80キロははったりだと思っていたのですが、早い。大島の岡田港に着くと、案内をしてくれる東京土建の仲間が待っていてくれました。レンタカー2台を入手して東京土建大島分会の事務所で下打ち合わせ。災害の概要説明を聞いて現地へ入りました。被災場所は、町役場のある元町と呼ばれる地域の三原山西側の斜面です。

 土砂の力の大きさがよく分かります。上の方から流されてきたのでしょうか、車の原型がありません。家の中を土砂が通過したのでしょう、外形だけが残った家も少なくありませんでした。

大島01
(原型とどめない車)
大島02
(外形だけが残った家)

 大島は火山でできた島です。溶岩の上に長期間にわたって灰が堆積し、そこに樹木が生え人々のくらしを支える家が作られました。その溶岩が川底の役割を果たしたのでしょうか、堆積した土がそっくり流された様子が分かります。

大島03
(右手前の溝状が固まった溶岩。その上に堆積した土が見える。遠くの山から崩落した様子がうかがえる)
大島04
(樹木の支えによって残った家屋。しかし近づくことすらできない)

 私は雲仙普賢岳の土石流被災や、阪神淡路大震災や中越沖地震発生直後、さらに東日本大震災の津波被害なども見てきました。雲仙普賢岳では、今でも土砂に埋まった家が〝資料〟としてそのまま残されています。今回の大島土砂災害はこれまで見たことのない「山津波」という言葉が当てはまるほど、凄まじいものでした。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
名護市長選挙スタート。新しい基地を作らせないたたかいのスタートでもある。

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