ヘボやんの独り言
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2018/01/30 [Tue] 09:54:27 » E d i t
 1月20日、今年初めての山に登った。山梨県の扇山と犬目丸だ。扇山は中央自動車道・談合坂SAから北側方面に扇型をした山が見えるが、これである。調べてみたらこの山は1994年12月に登っており、実に23年ぶりということになる。

 このときは総勢11人の大所帯で、下山後は「君恋温泉」に泊まっている。山頂からの富士山は見事で歓喜したものだ。泊まる場所が決めてあったことから、日本酒の1升びん3本を交代で持ち歩き、宿でそれを飲んだときの旨さは忘れられない。

 23年前は電車だったが今回はマイカーを利用、鋤柄好子さんの車に同乗させてもらい、中央道上野原ICで降り県道で「犬目」まで進み、この近くの盛り土された「一里塚」の空き地に車を止めてスタートした。この一里塚は江戸時代に、目印として1里間隔で盛り土した名残りの一つだという。これは先人たちの知恵である。

 登山道に取り付いて10分足らずで、「君恋温泉」に着いた。この温泉はすでに休館になっていて営業していない。昔のことを思い出して、寂しくなった。ここからさらに進むと沢への下りに取り掛かる。せっかく登ってきたのにと、下るときの心境はイヤなものである。滝が見えた。大滝だ。高さはそうないが、立派である。その先に「大滝不動」を祀っている祠がありその横を抜けていく。

 しばらく歩くと人声がした。5、6人の集団だ。私と同じように中高年のグループで元気に歩いていた。急登がつづく。犬目丸との分岐で一休みし、扇山への道を急ぐ。最初はなだらかであるが、山頂が近づくとそれは厳しくなる。それを凌いで山頂に到着。先客が思い思いに休んでいた。

【扇山山頂風景、天気が良ければ正面に富士山が……】
扇山山頂風景

 われわれもその中に溶け込み、早めの昼食とした。今回は残念ながら雲に隠れて富士山は〝欠席〟だった。山頂をあとにして帰路についたが、「こんな急坂を登ったんだ」と驚くほどのそれであった。下山は今年の干支「戌」にちなんで犬目丸まで行ってみることにし、前進。分岐から10分ほどで到着。ここからの展望もなかなかいい。

 犬目丸をあとにして本格的に下山である。帰りは少し遠回りになるが、県道に出る道を選んだ。下山はいつものように足の筋肉に負担がかかる。車にもどったとき、すでに足はくたびれ果てていた。高速道路に乗る直前で、ふくらはぎがこむら返りを起こして道路わきに車を停車。薬を服用し小休止して前進したものである。5日間ほど階段を下りるときに、ふくらはぎや太ももに痛みが走り苦労した。

 風もなく、日差しもなく、富士山が見えないという不満は残ったものの、いい山行だった。

※行程/一里塚(9:00)-犬目分岐(10:15 10:25)-扇山山頂(11:15 11:50)-犬目丸(12:25 12:35)-一里塚(13:30) ▼徒歩総時間・3時間45分

 ★脈絡のないきょうの一行
年金未納7ヶ月で強制徴収へ(時事通信)。これはもうオイハギだ。国にそんな権利があるのだろうか。
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2018/01/28 [Sun] 03:06:20 » E d i t
 25日、トランプ大統領が「ロシア疑惑」に関連して、検察から事情聴取を求められたら偽証を問われる聴取であっても、「応じる」と発言。これは、当たり前のこと。それに比べ日本の首相はどうか。

 言うまでもない森友・加計疑惑である。安倍首相の〝お友だち〟トランプ氏は疑惑について自ら対応するというが、こちらは逃げ回っている。疑惑が生じたら、それを明らかにするのは政治家の務めである。そうしなければその人の政治生命が断たれることもある。それをしなかった韓国の朴槿恵前大統領は、結局、失脚した。

 日本はどうか。昨年の大義なき解散・総選挙はモリ・カケ疑惑隠しがちらついていた。火消のための〝道具〟として解散権を振りかざしたとしか考えようのないものだった。選挙の結果はご承知のように自民党が勝った。が、これはよくよく見てみると「敵失」によるものだった。

 野党共闘の機運が盛り上がっているなかで、「希望の党」なる新たな保守野党が誕生した。この新党、初戦の段階で代表が「排除の理論」を振りかざしたために頓挫した。それに対抗して「立憲民主党」が出来たことにより、極端な減少を食い止めることはできたが、選挙民の目はそちらに奪われ、モリ・カケ疑惑が薄まってしまった。

 この疑惑問題は何一つ解明できておらず、国会で徹底した審議が必要である。それにつけても、日本のメディアの不甲斐なさにハラが立つ。韓国の大統領弾劾の流れを作ったのはメディアの力だった。それが、100万人のデモを生み大統領を追い出した。

 日本はどうか。首相の疑惑隠しへの批判はほとんど聞かない。もしかしたらメディアのなかでは「みそぎ」が済んでしまっているのではないかと疑いたくなる。首相とメディアによる〝ダブル疑惑隠し〟だ(笑)とも考えたくなる。司法の動きも緩慢としか言いようがない。田中角栄のロッキード事件の時の検察はどこへ行ったのか。

 さらに森友学園の籠池泰典・諄子夫妻の仮釈放を許可しない動きも奇妙だ。仮釈放を許さないのは、証拠隠滅などが行われる危険性があるとき限られる。まだ裁判は始まっていないが、この夫妻の容疑は国に対する補助金適正化法違反の疑いと、大阪府の補助金をだまし取った詐欺の疑いである。

 その疑いで逮捕された訳だが、証拠隠滅などできるはずもない。いや、逆に隠滅が出来ない確証があったからこそ逮捕・勾留に踏み切ったのではなかったか。釈放しても何ら問題ないと考えるのは私だけだろうか。いや、穿った見方をすれば首相にたてつく者はこうなるんだ、という「見せしめ効果」を狙っているとも思える。

 よく考えてみると、この国はどこかヘンなのかもしれない。アメリカのトランプ大統領はヘンだが、民主主義に関しては日本の首相よりはまだましだ。

 ★脈絡のないきょうの一行
千秋楽を待たず、平幕・栃ノ心の優勝が決定。ふがいない横綱陣、いっそのこと全員引退したら?
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11553 改憲、正念場 
2018/01/24 [Wed] 14:18:45 » E d i t
 今年も300通を超えるたくさんの仲間から年賀状が届いた。その4割の人から「今年は正念場」という書き込みがあった。何が正念場か、というと憲法問題だ。多くの人たちが、いまの安倍改憲に危機感を抱いている証拠でもある。

 22日から第196回通常国会が始まった。国会前の行動に参加してきたが、雪降るなかで600人の市民が「改憲反対、働き方改革反対」の声を上げた。会期は6月20日までだがこの国会がある意味、改憲問題の重要な節目になる。小ブログで1月5日から4回にわたって、労働組合の今年の課題として憲法問題を取り上げたが、この中でも今国会が山場になるであろうことを書いた。

 改憲問題を、改めて考えてみよう。改憲に熱心なのは「日本会議」であることはご承知のことと思う。日本会議は「2016年現在、会員は約3万8,000名、47都道府県全てに本部があり、また241の市町村支部がある。会長は、田久保忠衛(2016年7月現在)。日本会議国会議員懇談会、日本会議地方議員連盟および日本女性の会は、日本会議の関連団体。」(ウイキペディア)としている。

 同会は目的として「美しい日本の再建と誇りある国づくり」を掲げ、政策提言と国民運動を行うと謳っている。その一つが改憲であり、昨年5月に安倍首相が提案した9条に第3項を新たに加え、自衛隊を明記する、という考え方は日本会議が〝発祥の地〟だと言われている。改憲を推進する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(主宰は櫻井よしこ氏)があるが、この会は日本会議と連携しているといわれ、現在、改憲推進の「1000万署名」を提起し、精力的な活動を行っている。

 長年、改憲勢力は取り組みを続けてきたが今回は並々ならぬ動きとなっている。自民党はもともと結党の趣旨に「改憲」が入っており、その野望を今年こそは果たそうというのだ。これら一連の動きは、彼らにとっても「正念場」となっているはずである。

 現在「安倍改憲ストップ3000万人署名」が取り組まれている。私が所属する千代田区労協は、定期的におこなっている『69行動』と『消費税反対宣伝行動』で、この署名を優先的に取り扱うことを決めた。が、5月の憲法記念日までに3000万を集めようという試みにはまだまだ道のりがある。

 ここでこの策動を止めれば、おそらく向こう10年間は同じことを言い出せないだろう。平和を守る正念場として、改憲阻止に全力投球したいものである。

 ★脈絡のないきょうの一行
本白根山で突然の噴火。犠牲者が出たが、この予測は難しい。この山、コマクサが咲き誇るいい山なのだが……。

憲法問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2018/01/22 [Mon] 10:32:16 » E d i t
 安倍晋三首相はICANの事務局長との面会を拒否し続け、ついに実現しなかった。アメリカのトランプ大統領が「(大統領としての)適正に疑問がある」と言われることと同じように、日本の総理大臣も幼児性を越えて、首相としての適正さを疑いたくなる事件だった。

 ICANのフルネーム表示は「International Campaign to Abolish Nuclear Weapons」となり、和訳は読んでの通り「核兵器廃絶国際キャンペーン」となる。核兵器を廃絶するための国際的な組織であり、ご承知のように2017年のノーベル平和賞を受賞している。

 核問題についていえば、日本は〝アメリカの核の傘〟の下にあり、それゆえにアメリカの「核抑止論」を支持する立場をとっている。核抑止論は、核兵器を認めることを前提にしている。三段論法になるが、よって日本は核兵器を認めざるを得ないのだ。

 「日本は被爆国なのにどうして反核の立場に立たないのか」という疑問がよく出される。にもかかわらず、核兵器を支持しているのが今の日本政府である。これを変えさせるには、言い古された言葉だが〝政府を変える〟しかない。つまり、自民党政権を終わらせるしかないのである。

 さて、本題。そういう日本政府の考え方について、ICANの代表に説明すべきだったのではなかったか。もちろん、批判はされるだろう。しかし、日本政府が考えていることは、国際組織としての相手にきちんと説明すべきだった。それを門前払いしてしまったその態度は、核問題以前の〝人として〟の質、つまり品格を問われることになるのではなかろうか。

 それとも、説明できない別の問題があるのだろうか。たとえば、核抑止論を越えて「核兵器を持ちたい」という野望を抱いているとか。これまた、ありそうでイヤな予感が走る。原発の核燃料廃棄物から核兵器が作られることを考えれば、原発推進にこだわる姿勢も〝理解〟できるというものだ。

 もののついでで恐縮だが、北朝鮮が核を持ったことについて、あの人は羨ましがっているのではないか。それゆえに北朝鮮を異常なほど敵視しているのではないか。さらにもう一つ。彼には核兵器が使われた時、自らも死ぬという想像力がないのだろうか。だとしたらこの人は、首相としての適性はない、と断言できる。

 ★脈絡のないきょうの一行
関東地方に大雪警報がしつっこく出されている。Jアラートはやり過ぎだが、警報は許容範囲か。
2018/01/18 [Thu] 14:38:43 » E d i t
 ナヌムの家のハルモニたちは、(日本に)きちんと謝罪して欲しいと言う。これが偽らざる真実だ。彼女たちは、日本を恨んでいるわけではないともいう。そういう社会にしたことへの反省を表してほしいという意味なのだ。

 この意見は実に深い。深層にあの戦争について日本が〝総括〟していないことへの批判がある。いや、逆説的に見れば、あの戦争責任を日本が明確にしていないところに、慰安婦問題を根底から解決できない原因があるのではないか。だから、日韓合意に「心からおわびと反省の気持ちを表明する」と盛り込んだところで空疎に聞こえるのだろう。

 もしかすると、この問題は日本側がまともな歴史の総括をしない限り解決できないのかもしれない。一方で韓国では安倍首相個人に対する根強い批判もある。従軍慰安婦問題でNHKに圧力をかけたことや、歴史修正主義を擁護する発言を行ったことへの反発もある。それらのことについても、韓国側は「新たな措置」を求めているのかもしれない。

 そういうことに気づく日本の総理大臣ではないが、あの人に「合意は国と国との約束で、これを守ることは国際的かつ普遍的な原則だ。」と言う資格はない。彼は何をやったか。一例に過ぎないが、集団的自衛権について政府自らが違憲であると確認し、憲法学者もそういう見解が大勢であったにもかかわらず、強引にこれを認め、戦争法(安保法制)を作った。政府間の合意とは質が違うが、自国の憲法を平然と破る人にそういう発言をする資格はない。

 そう考えてみると韓国政府の新たな提案に対する首相見解は、盗人が「盗人は悪い」と言っているようなもので、盗人猛々しい表明である。集団的自衛権は違憲である、ということこそ「普遍的な原則」だったのではないか。それを平然と破り去ったのは誰だったのか。無恥さ加減に辟易してくる。

 改めて申し上げておくが、国と国の協定(合意)は変更や破棄があっていいと考える。「合意」より重い「条約」には、通常、期限が入ったり破棄のための規定が入ったりする。日韓合意は慰安婦問題に特化されたもので条約ではない。「共に民主党」の姜昌一議員の発言のように、合意は「安倍晋三政権と朴槿恵政権の約束にすぎない」のであり、それに未来永劫に両国が縛られるということはない。

 今回はたまたま合意直後に朴槿恵政権が倒れ、新たな政権が生まれるという短期間に起きたことに過ぎない。政権が代われば合意内容に疑義が生じることを読み切れなかった、日本政府の関係者の責任もなしとしない。

 ★脈絡のないきょうの一行
希望の党と民進党の統一会派づくり破談。排除した側とされた側が一緒になるのは土台、無理。

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2018/01/16 [Tue] 16:12:04 » E d i t
 慰安婦問題に関する2015年12月28日の日韓合意について、韓国側から新たな措置を求めることを提案された問題で、安倍首相は「合意は国と国との約束で、これを守ることは国際的かつ普遍的な原則だ。韓国側が一方的にさらなる措置を求めることは、全く受け入れることはできない」と表明した。国と国の間での取り決めについて、変更あるいはキャンセルはあり得ないのだろうか。

 結論的には「あってもいい」というのが私の意見である。なぜなら政権が代われば、ものの見方や価値判断が変わるのは当然だし、それに沿った運営(政策)がなされることはあり得ることだからだ。

 この慰安婦問題は合意された経過をみても、中身においても小さくない問題をはらんでいる。最大の問題は、当事者のハルモニたちの思いや意見が反映されていない点だ。本音で言えば韓国側はあの合意を破棄したかったはずだ。しかし日本との国交を考えたうえで、破棄しないで日本側に再考を求めた形になっている。韓国のほうがよほど〝大人〟だと言える。

 何が問題だったか。一言でいえば、当事者抜きの合意だったからである。昨年3月、ソウルに行き元慰安婦のみなさんが共同生活している「ナヌムの家」を訪ねた。そのときナヌムの家のスタッフのみなさん、そしてハルモニと懇談した。こちら側から注文した訳ではないが、日韓合意について話題になった。

 当時の政府関係者は突然ナヌムの家に来て「日韓合意が成立しました。それに基づいて補償金を支払いたいので、銀行口座と確認のサインをしてほしい」と言ったという。政府間で合意の内容を検討する際、ナヌムの家のハルモニたちには何一つ相談はなかったという。スタッフは「一方的なあの合意は承服できない」と否定した。ハルモニたちも一人としてサインしていないし、銀行口座も教えていないという。

 ナヌムの家の関係者だけでなく、市民の間にもこの合意に批判する声は少なくない。『2016年9月には合意に反対している「共に民主党」所属の姜昌一議員(日韓議員連盟幹事長)はインタビューで「(合意は)国家を拘束する条約や協定ではなく、安倍(晋三)政権と朴槿恵政権の約束にすぎない」として「両政権がやったことだから、再交渉の必要はないが、われわれは認めていないと主張」』(Wikipedia)しているという。

 この発言が今回の韓国側からの提案のポイントになりそうだ。(次回につづく)

 ★脈絡のないきょうの一行
安倍首相、ICANの代表との面会を拒絶。相変わらずの幼児対応だね。恥ずかしい。

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2018/01/15 [Mon] 10:59:14 » E d i t
 解雇闘争などの支援の必要性について私は「合理化の頂点に立つ人たち」だからだ、と強調してきた。この問題についてそんなに説明はいらないだろう。企業の論理によって解雇を受ける、それはすべての場合「合理化」の一環だからだ。

 1978年に沖電気で1,350人大量解雇が強行された。「企業として生き残るため」というのがその理由だった。電気労連(当時)に加盟していた労働組合は、形の上では反対したが受け入れた。解雇されたなかの70人近い人たちは、争議団を結成し職場復帰を求めて闘いを開始した。まだ総評が健在で、電気労連では取り組むことができなかったが、少なくない労働組合が支援に立ち上がった。

 闘争の中で、とんでもないことも明らかになった。会社は解雇した人たちの一部を密かに再雇用していたのである。これはひどい。解雇された人たちのなかには、労働組合活動に積極的な人、会社にモノいう人が多く含まれていた。こういう人たちを追い出すためにそのほかの人たちを〝道連れ〟にしたのではないかと考えたくなる事件だった。10年余の闘いを経て争議は解決したが、この闘いは典型的な「合理化」大量解雇だった。

 同様なのが現在も闘われている日本航空である。2010年、経営が危なくなったとして日本航空経営は退職勧奨をおこなった。その数は予定数に達したが、それを超えて165人もの人たちをなんと年末の12月31日に解雇したのである。

 紙数の関係で詳細は省くが、解雇事件は最高裁まで闘われたが組合側は敗訴した。しかし、管財人が「スト権を立てると国からの支援が受けられなくなる」という発言の不当労働行為について、東京都労働委員会がこれを認め、最高裁まで争われたが最高裁もこれを認めた。最高裁は、「不当労働行為があったことを認め、解雇は正当」というちぐはぐな判断をしたことになる。

 裁判は終わったが、解雇撤回闘争は8年目に入った。この間日本航空は、客室乗務員を新規に3000人雇ったという。パイロットも不足している。経営が判断さえすれば、この人たちを職場に戻すことはできるのだ。支援運動も広がっている。

 争議解決に必要なのは経営の判断だけだ。それを引き出す取り組みを〝反合化闘争の頂点〟と位置づけ、労働組合全体が展開できるのかどうか、試される時期にきたといえる。日本航空だけではなく、30年を超えた明治乳業の賃金差別闘争にも終止符を打つ取り組みが必要になっている。

 ★脈絡のないきょうの一行
「企業の利益の割に、(労働者の)給料が上がっていない。」(14日・朝日デジタル新聞)と麻生財務大臣。暗に連合批判。珍しく的を射ているかも。

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2018/01/12 [Fri] 14:25:00 » E d i t
 労働組合としての課題として次に、定年延長問題を考えたい。

 昨年11月に3大メガバンク(三菱UFJ、三井住友、みずほ)で「3.2万人減らし」が発表された。〝構造改革〟という名の人減らしだ。確かに、銀行はゼロ金利、マイナス金利のように厳しい環境にある。金利では食べていけないことから、手数料の増額や関連企業を通して不動産にまで手を伸ばしている。

 今度は本体そのものにメスを入れ、人減らしを行うというのだ。3.2万人という数は半端ではない。どういう方法をとるのか、そして銀行の業務はどうなるのか、興味はつきない。過日、ある争議団の解決を求めてその会社の筆頭株主の銀行に申し入れを行った。そのとき、この問題が話題になった。

 「首を切る、というようなことはしないでくださいよ」というこちらの要望に対して、対応した担当者は「そういうことは一切ありません。うちでは定年退職者の不補充でそれを行う予定にしています。ご心配はいりません」と断言した。なるほど、それはそれでいいだろう。しかし多くの企業は60歳定年制のままであり、年金をもらえる65歳までの再雇用はどうなっているのか、疑問だ。

 再雇用までを保証したうえでの「定年不補充」だったらまだいい。そうでなければ、60歳で放り出される人が続出することになる。へたをすれば派遣村ならぬ「定年村」さえ危惧する。若者の雇用と同時に、年金を支給されるまでの高齢者の雇用も重視する必要があると思う。

 そのためにどうするか、である。これははっきりしている。「定年延長」である。大企業も含めて多くの企業で定年は60歳になったままだ。これを法律で65歳にさせるべきだろう。現行は60歳で退職したときの再雇用制度を設けているだけで、それも企業の側が認めた人だけをその対象としている。これでは極めて不十分だ。

 雇用の安定は、働き始めたときから年金支給年齢まで保障すべきだ。いま、60歳から65歳までの人たちはある意味おびえている。再雇用にあたって、極端なところでは1ヶ月更新がある。長くても1年である。これでは雇用不安は拭えない。

 私自身はすでに70歳に達したのでその問題は〝クリア〟している。が、雇用問題を考えたとき、「65歳定年制」を実現すべきだ、と切に思う。

 ★脈絡のないきょうの一行
晴れ着詐欺「はれのひ」で賃金未払が発覚。これもひどい、許しがたいね。
2018/01/11 [Thu] 11:11:12 » E d i t
 展開が長くなったが、もう少しおつきあいいただきたい。条文のうえでの危険性は分かったが、具体的にどういうことが起きるのだろう。紙数の関係で柱だけを表示してみると①土地収用の強制化②徴兵制の導入③一般人の命令違反者への罰則強化④軍法会議の設立⑤軍事秘密保護の強化と報道規制強化⑥軍事費の拡大⑦軍需産業の拡大⑧軍学共同の促進――などが起きる可能性がある。

 まだまだこれ以外にも戦前のような国民総動員、スパイ防止法の制定、有事の際の物資の拠出など、数えきれない事態が待っている。いわゆる「となり組」が復活するかもしれない。共謀罪法はそのための地ならし法だと断言できる。

 いくつか問題を掘り下げてみよう。まず徴兵制だが、今後、海外派兵が行われるようになれば、自衛隊員の応募者が減ることが予想され徴兵制〝必要性〟が生まれることは容易に想像できる。徴兵を国民が嫌うことは当然で、これを強制するには憲法に書き込むしかない。遅からずやってくるだろう。

 自衛隊が憲法に明記されると、〝何も変わらない〟どころかこのような激変が待っているのは間違いない。

 報道規制を考えてみよう。すでに2014年12月6日に「特定秘密保護法」が強行採決によって成立した。この法律自体も自衛隊の海外派遣・改憲の地ならしと言われてきたが、その通りだ。法律は公務員を対象としているが、それを聞き出したジャーナリストにも波及する。これがもっと拡大し国民全般に適用されることは明らか。

 南スーダンの「日報隠し」で、稲田朋美前防衛大臣は失脚したが、自衛隊が憲法に明記されたらあのような〝情報隠蔽〟は当たり前になる。情報不足の暗闇のなかでコトが進められ、気づいたら戦争がはじまっていたということになりかねない恐ろしさをはらんでいる。

 戦前、軍機保護法というのがあった。この法律を強化・改正するときに帝国議会で「一般国民に波及することはないのか」という質問がなされ、当時の政府と軍部は「ない」と断言した。そのうえで同趣旨の付帯決議を行ったのである。ところがどうだ。あっという間に国民をがんじがらめにしたではないか。

 その典型が元北大生・宮澤弘幸さん(戦後27歳で死亡)だ。宮澤さんの罪名は軍機保護法違反で、機密を漏らしたというものであった。機密の対象になったのは当時、絵葉書にもなっていた釧路空港を外国人教師に教えたというものであった。宮澤さんは無罪を主張したが、なんと当時としては最高の15年の実刑判決を受け、網走刑務所に送られたのである。戦後釈放されたが、獄中生活の厳しさがたたって27歳の若さで亡くなった。

 軍機保護法はえん罪の温床になった。秘密保護法、共謀罪法は同様の危険がはらんでいる。自衛隊が(軍隊として)憲法に明記されることは、「何も変わらない」どころか大変化をもたらすのだ。

 ★脈絡のないきょうの一行
安倍首相、平昌冬期五輪の出席見送り。慰安婦問題をめぐる韓国政府への当てつけだろうが、幼児的対応だねー。

2018/01/10 [Wed] 11:35:52 » E d i t
 自衛隊を明記した場合どんなことが起きるのかの前に、なぜあの人たちは加憲を言い出したのかを考えてみよう。これは、はっきりしている。9条は定着しており、そのものを変えることは国民の賛同を得られないと考えたからに他ならない。そこで自衛隊を憲法に書き込むこと(加憲)で、目的を果たそうという姑息な手段に出たのである。

 自衛隊が憲法に明記された場合どうなるかの本題であるが、この問題について過日、「平和と民主主義を推進する千代田の会」の合宿会議で議論した。弁護士の宮坂浩さんに問題提起してもらい、意見を出し合ったがその内容を紹介しながら考えてみたい。

 この「平和と民主主義を推進する千代田の会」という長ったらしい名前、歴史がある。横道にそれるが、紹介したい。結成は1985年。当時、国家秘密法案が議員提案され、この反対運動が千代田区内でも広がった。労働組合をはじめ法律事務所、民主団多いなどで「国家秘密法粉砕千代田共闘会議」をつくった。

 この会の運動は、ひきつづく拘禁二法や小選挙区制、PKO法反対などに引き継がれ、そのたびに名前を替えたが、平和や民主主義を守る恒常的な運動体にしようということで、この名前に落ち着いた。30年を超える取り組みを展開しているが、最近では改憲阻止を中心課題にしている。

 本題に戻るが、憲法に自衛隊が明記されればどういうことが起きるのだろうか。この裏にはとんでもないことが隠されている。①自衛隊明記によって、9条そのものの非武装論が否定される②集団的自衛権が憲法上容認される③「武力による威嚇禁止」などの平和に関する規範性が否定される――という問題が生じることになるのだ。ざっくり言えば、9条そのものが骨抜きになるということだ。

 推進派が考えているのは自衛隊を「防衛のための必要最小限度の実力組織」として憲法に明記することだ。あわせて、その指揮責任者を内閣総理大臣とし、国会の承認を必要とすることを入れようとしている。「防衛組織」として明確化することは、「戦力は保持しない」という現憲法を否定することになる。

 集団的自衛権については、ついこの間(2014年)まで政府さえ違憲としていたものである。それを安倍政権が剛腕で解釈をかえて現在に至っている。自衛隊を明記することは、自衛隊を公式に認めることであり、それは集団的自衛権を認めることと同意語だ。ということは、自衛隊を堂々と海外に派兵し、武器使用もOKということになる。

 現行9条は、武力による威嚇などを禁止している。これは「平和に関する規範性」と言われるもので、平和のためにはこうあるべしという「道標(みちしるべ)」でもある。自衛隊を明記することは、自衛隊が武器を持って戦闘行為に参加できることを意味し、平和維持のためという理由で武力行使を可能にするのだ。平和が、根底から崩れるのである。(次回につづく)

 ★脈絡のないきょうの一行
首相、今度は国会の常任委員会の出席削減を提示。国会がそんなに嫌いなら、国会議員になるなよ。

2018/01/09 [Tue] 10:37:22 » E d i t
 憲法9条を少しおさらいしてみよう。

 【9条】
 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 
 ――となっている。これに【9条の2】として自衛隊を明記するというのである。明記する理由はすでにご覧になった方もあると思うが、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が作成したチラシが参考になるので紹介したい。この会の共同代表の一人に日本会議ともつながりの深いあの、櫻井よしこ氏が座っている。

 本来なら現物を紹介したいが、著作権問題が生じる可能性がありそうなので、割愛する。チラシは、自衛隊は①365日日本の守りに専念している②国際平和協力活動に、世界各国で貢献している③国民のくらしを守るため年間500回の災害救助をしている――そんな自衛隊について「今の憲法には自衛隊の規定はどこにもない。これでいいのか」と提起している。

 チラシで紹介されるまでもなく、自衛隊が現在行っている行動は確かにそのとおで、否定する人はいないだろう。私も認めるところだ。が、不思議なことは憲法に明記すべき理由がなに一つ書いていないことだ。どうもこの「会」は、自衛隊はいいことをやっているから憲法に明記すべきだ、と言っているに過ぎなさそうだ。

 もう一つ、9条を変えろと言っていないところに注目したい。これまでの改憲論者の多くは、9条を変えて自衛隊の存在を認めるべきだと主張してきた。ところがこのチラシは、「自衛隊は頑張っているから憲法に明記しよう」という主張になっているのだ。いわゆる憲法に書き加える「加憲」論だ。これについて安倍首相は「明記することによって、(自衛隊は)今までと何も変わらない」とも言っている。

 今までと変わらないのなら、憲法を変える必要はないだろう、というのがフツーの人のものの見方だと思うがいかがだろうか。ところが改憲をすすめようとする人たちは、敢えて「自衛隊を憲法に明記すべきだ」というのだ。謎かけ問答ではないが、「その心」をしっかり読み解く必要がある。

 そこで考える順序を逆転させて、9条に自衛隊が明記された場合、どんなことが起きるかを深めてみたい。

 ★脈絡のないきょうの一行
沖縄で6日に続いて8日にも米軍ヘリが不時着。米軍撤去は必要不可欠を物語っている。
2018/01/05 [Fri] 15:54:34 » E d i t
 次は改憲問題だ。安倍政権は、22日から始まる通常国会で改憲発議をしようとしている。「18年中にはないのではないか」という意見もある。とすれば19年になるのか。それは難しい。この年には平成天皇の退位があり、参議院議員選挙が行われるからだ。

 「退位」というある意味、一大イベントともいうべき動きと改憲を重ねることは、国民感情にそぐわない。参議院選挙と同時に国民投票、という考え方もある。が「国民投票運動」と「国会議員選挙運動」は質が違い難しい。極端に違うのは、家庭訪問について国民投票法では認められているが、公職選挙法は禁止されている。そういう質の違ったものの運動を同時期に行うことは無理がある。

 それでは、国政選挙と改憲の国民投票の日程をずらせばいい、という意見がでてくる。これもまた困難といえる。「国民投票」を年に2回やることはそれだけの費用がかかるし、国民からの抵抗が予想される。

 それゆえだろう、4日の会見で安倍首相は「年内改憲実現」を打ち出した。なみなみならぬ〝決意〟のようだ。レース前の発馬機に入った馬のように、かなり興奮状態ですぐにでも走り出せる態勢になっている。今の首相の心境を読めばこんなところだろう。改憲の内容は、昨年5月の憲法記念日の発言をもとにすれば、9条に自衛隊の存在を明記する、というのが重要な争点になるだろう。

 すこし遡ってみたいが、自民党は2012年に「改憲草案」を発表している。9条を形骸化し、「家族」を重要視し、国民が憲法を守ることを義務化するなど、国民的自由を束縛する内容となっている。これが、改憲案の下敷きとなるのは容易に想像できる。

 さらに2013年に、改憲のための地ならしとして96条を変えることを提起した。この条項は改憲のためには現行では衆参両議員の3分の2以上の賛成がなければ発議できない。このハードルを低くするため、2分の1を提起したのだ。さすがにこれは改憲を主張する学者の間からも反対の声があがり、瞬時に消えた。

 そういう動きのなかで今年、本格的に改憲に手をつけようというのだ。取沙汰されているのが9条の扱い。先述したように昨年5月には9条そのものは残し、9条に第2項目を新設して自衛隊を明記するという。(次回につづく)

 ★脈絡のないきょうの一行
首相、きょうの自民党の仕事はじめで「改憲は歴史的使命」と発言。やはり前のめりだなー。

2018/01/04 [Thu] 12:25:22 » E d i t
 カレンダーどおりきょうから仕事はじめです。改めて、本年もよろしくお願いいたします。今年の課題は山積している。そこで労働組合らしく、賃上げ問題から考えてみたい。

 賃上げの環境は整っている。株価は上がり、景気は回復しているというからだ。連合はそれを見据えて昨年の11月段階で「賃上げ2%」基準を示した。ところが政府は3%を提案してきたのである。これに対応すべく、連合はベア2%、定昇2%へと賃上げ基準を修正した。これはこれで良し、としよう。

 大企業をはじめとした日本の5000社の内部留保は300兆円を超えた。そのうちの5%を使えば、労働者一人当たり1万円の賃上げは可能であるという試算がある。1万円は小さくない。景気が回復しているのであればいや、そうでなくても、即刻賃上げを実施してほしい。そのことが破綻したアベノミクスを回復させる最短の道でもある。

 労働環境はどうか。「働き方改革」という名を冠した残業代ゼロ法の企みは消えていない。むしろこの通常国会で得意の強行採決で突破しようとさえしている。「高度プロフェッショナル制度」なる耳障りの言い言葉が飛び交っているが、早い話、残業代ゼロ法だ。

 これは危ない。年収1000万円を超える労働者を対象にすると言っているが、だまされてはいけない。あの派遣法が制定された時、限られた業種だけがその対象となっていた。ところが今ではその枠はない。同じように、残業代ゼロが限られた高所得層に適用されることになったら、今度は遅からず全労働者に波及する。これは断言できる。決してヒトゴトではない。

 そもそもこの「働き方改革」という表現は変だ。働き方を変えるのは当の労働者であって、労働者側から言い始めたのであれば納得がいく。ところが今のそれは政府が言い始めたものだ。ということは上から目線であり、正しく表現すれば「働かせ方改革」というべきだ。いや「改悪」と言ったほうが分かりやすい。

 雇用に関して「18年問題」という言葉があるのをご承知だろうか。今年4月から非正規労働者のなかで5年以上勤務した人は、本人が希望すれば「期限のない雇用関係」を結ぶことができるというものだ。これをめぐって、昨年秋から使用者と労働者の攻防が始まっている。

 その典型ともいえるのが、大学の職員だ。たとえば、東京大学だけで見れば非正規職員は3500人いるという。その人たちのほとんどは勤続5年に達することになり、今年4月から「期限の定めのない労働者」になることができるという。労使間の交渉はすすんでいるというが、私が所属する千代田には、日本大学、明治大学、法政大学などマンモス大学が集中している。これは他人ごとではない。(つづく)

 ★脈絡のないきょうの一行
長崎で火災によって幼児2人が死亡。この季節、火災によるいたたましい事故が絶えない。手を合わせるだけに隔靴掻痒感。
2018/01/03 [Wed] 18:17:10 » E d i t
 読売の社説は、1面の4割近くを割く長さとなっている。これには驚いた。さらに驚いたのは、あの読売が改憲問題に一行も触れていない点だ。改憲大好き新聞社が、元旦社説でそれに触れないという摩訶不思議さに違和感を抱いた。

 見出しのサブタイトル「眠っているカネは政策で動かせ」という部分は、最初は賛同したが、読み進むうちに国民が老後のために蓄えているものも吐き出せということであることに気づいた。ちょっと待ってくれ、である。チ、ガ、ウ、ダ、ロー、である。

 「家計が保有する現金は、1年間で5兆円増えて83兆円となった。預貯金と合わせると25兆円多い943兆円だ。金融資産全体で83兆円増の1845兆円に達する。」と述べたあと、「民間企業の金融資産を合計すれば3000兆円」と言ってのける。

 なぜ家計の預貯金が増えたのか、その問題を深めることはスルーしている。いまの政治に不安を持っているからに他ならないことは明らか。そこを無視して、「旧来の常識にとらわれず、眠っているカネを動かす大胆な政策を展開すべきだ」という。返す刀で「消費税は、2019年10月に10%とした後、さらなる引き上げが必至だ。」と畳みかける。家庭のフトコロに手を突っ込め、というのである。論外だ。

 平和問題については「北朝鮮による緊張が高まっている。広島型の10倍を超える威力の核実験を行い、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射した。」といつものように危機感をあおる。そのうえで「自衛隊と米軍の連携を深め、ミサイル防衛を着実に増強すべきだ。」と軍事大国化を提案している。これが新聞か、と言いたくなった。自民党の言い分そのものではないか。読売らしい。

 東京新聞はたまたまだろうが、毎日と同じように伊藤博文を引き合いにしている。民衆の力の大切さを説きながら「維新をじかに体験してきた伊藤は、民衆の知恵も力も知っていたにちがいないと思うのです。……維新後、各地にわき起こった自由民権運動とは、その名の通り人民主権を求めました。」としながら、当時の日本には民主主義を求める欲求は広がっていたと言う。

 そのうえで、憲法問題に触れて「〝押しつけ〟などという政治家もいますが、国民多数は大いに歓迎しました。」と強調。さらに(戦後)「世界視点で見れば、……人間の自由権・参政権・社会権。つまり国家優位より個人の尊重。長い時と多くの犠牲を経て人類はそこまで来たのです。」と人間中心の政治が進められてきたことを説いている。が、これに中東紛争やかつてのベトナム戦争をオーバーラップさせたとき、必ずしも頷くことはできない。

 一方で日本の民主主義について「格差という問題があります。……資本主義のひずみは議会のつくる法律で解決すべきだが、残念ながらそうなっていない。」と嘆いている。格差の現実を認識したところまではいいものの、その解決策を示していない。あえて言えば「社会はつねに不満を抱えるものです。その解決のために議会はある」と言い、格差社会の解決は議会でおこなうべきだと強調している。これではまだ、まだ不十分である。

 以上、社説の概略を見てきたが現在の重圧感、閉塞感についての具体的な解決策を示しているのは、残念ながら自民党の政策を焼き直したと思われる読売の社説だけだった。これはいったいどうしたことか。3日以降の紙面で展開されるのかもしれないが、不満鬱積の元旦社説群であった。

 ★脈絡のないきょうの一行
箱根マラソン、青山学院大学が4連覇。1回の優勝でもすごいのに、これは凄いぞ。
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2018/01/03 [Wed] 07:53:51 » E d i t
 久しぶりに元旦の社説を調べてみた。対象は、朝日、読売、毎日、東京の4紙だ。まず見出しから見てみよう。▼朝日=来たるべき民主主義――より長い時間軸の政治を▼読売=緊張を安定に導く対北戦略を――眠っているカネは政策で動かせ▼毎日=論始め2018 国民国家の揺らぎ――初めから同質の国はない▼東京=明治150年と民主主義――年のはじめに考える――となっている。

 各社とも見出しを読む限り〝つづきもの〟になりそうだが、ここでは敢えて1月1日付に絞り込みたい。以下、新聞ごとにみてみたい。

 朝日はより長い時間軸の必要性を提起しながら、 耳なれない「シルバー民主主義」という言葉がでてきた。日本では高齢者の有権者比率が高まっていることから、ここの影響力が高いことを考慮した政治が求められると強調している。

 そのうえで社説は「結果として、社会保障が高齢者優遇に傾けば、世代間の格差は広がる。長期的には財政を圧迫し、将来世代に禍根を残す。」と主張し、高齢者に気配りをすることは「目先の利益にかまける政治、時間軸の短い政治の弊害」と指摘する。ここでも「時間軸」という言葉が出てきた。社説は長い目で物事を考えろと言いたいのだろうが、私にはすっきりしない。

 確かに「先を見据える」ことに異論はないが見据え方として、高齢者と若い世代の格差を広げないために、高齢者は〝我慢をすべき〟だと行間で語っている。むしろいま大切なのは、高齢者も含めて安定した生活である。年金の切り下げは年々ひどくなり、病院にいけない年寄りが増えている。これでは先を見据えることはできない。

 次に「毎日」であるが、冒頭で北朝鮮とアメリカの摩擦を批判、明治維新から150年経た日本でも国際社会との衝突が続いていたことに触れながら「あるべき国家像とは。自らを省みて問いかけが必要な節目である。」と述べている。

 伊藤博文が明治憲法を起草したとき、欧州はキリスト教を国家の基軸にしたことを日本に置き換え、天皇をそれにすることを考えたことを紹介。そのうえで「現代の国家は、国家主権、民主主義、グローバル化のうち、どれか一つを犠牲にせざるを得ないと言われる。相互に矛盾が生じるためだ。国際政治のトリレンマという。」と強調している。

 毎日社説はそういう問題を提起しながら、民主主義の重要性を説いている。「人間の考えは一様ではない。階層や生い立ち、地域、年代、性差によって意見は異なる。そして違いがあるからこそ、民主主義が必要とされる。互いに異論を認め合い、最終的には全体の結論を受け入れていくプロセスに値打ちがある。」と。これは同感である。

 確かに国民は同質ではない。それを同質化させようというのが安倍改憲の本質であり、9条改憲はその典型である。看過してはならない。

 ★脈絡のないきょうの一行
毎年参拝する神社に初詣でに行った。通って40年近くなるが、おみくじで初めて「大吉」を引き当てた。今年はいいことありそうな予感。
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11540 妹よ 
2018/01/02 [Tue] 10:12:55 » E d i t
 昨日は年始のあいさつをかねて、茨城県つくば市に住んでいる妹のところに遊びに行った。妹は私より2歳年下。が19歳のとき結婚したため、子供との年齢差は小さい。一時期、上の女の子の「お姉さん」と見間違えられることもあった。子どもは3人、孫は5人いる。孫のうち2人はすでに社会人として活躍しており、もう一人は今年、高校を卒業する。

 妹も私と同じように長崎県の片田舎で中学を卒業して、集団就職列車に乗った一人だ。集団就職といえば、昨年前半のNHKの朝ドラ「ひよっこ」は、(奥)茨城出身の女の子が成長していく様子を描いていたが、彼女も集団就職列車に乗って上野駅に着いている。

 本題から外れるが、当時の中学・高校卒の若者は「金の卵」ともてはやされ、高度経済成長の波に乗せられた。九州・四国方面からの集団就職列車は大阪、名古屋に向かった。一方、北海道・東北方面からのそれは東京、京浜方面に向かっていた。井沢八郎が歌った「あゝ上野駅」(1964年)は、東北方面から上京した若者の心情を表したもので大ヒットした。

 九州出身の私も妹も、名古屋で下車した。が二人とも1年足らずで東京に転居している。転居理由は私の場合は「大学に行きたい」という思いからであったが、妹の場合は紡績工場の仕事でアレルギーが発症し仕事ができなくなったことによる。

 東京に出てきた妹は、酒屋さんに勤めた。そこで茨城出身の青年に見初められ19歳で結婚したのである。結婚したあと東京で子どもを産んだが、連れ合いの都合もあり彼の実家・茨城に転居したのだ。当地の様々な風習を身に着けるため苦労していた。ついて行けなくて、一時期は毎日夜中に泣いたこともあるという。

 あるとき、大学ノートを見せてくれたことがあるが、そこには祝い事や葬式のときなどの手順や、近所づきあいの仕方などこと細かなメモがしてあった。お姑さんから聞かされたことをきちんと整理していたのである。そのメモの威力だろう、彼女は見事に地元の人たちに溶け込んだ。嫁ぎ先の親戚から「よくやっている」という評価の声を私も聞いたことがある。

 現在妹は、長年住んできたつくば市で仕事をリタイアした連れ合いとともに、長男家族と一緒に暮らしている。暮らし向きはお世辞にも良いとは言えないが、孫たちの成長を見守りながら過ごしている。今回訪ねたとき「一度九州に帰ってみたい」ともらした。そうなのである。最初の子どもが生まれたときに実家に連れて行ったことがあるが、それ以来九州には行っていないのである。

 もちろん、家族は東京に転居した関係で九州に実家はない。それでも望郷の念は、私もそうだが強い。今年、結婚50年を迎えるという妹夫婦。頑張ってきたご褒美に、春先に九州に連れて帰ってみたい、そんな思いに駆られている。

 ★脈絡のないきょうの一行
今年も餅をのどに詰まらせる事故が続発。他人ごとではない年齢に自分も到達し、要注意。
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11539 再開しました 
2018/01/01 [Mon] 07:36:17 » E d i t
 昨年の5月9日以来しばらくブログを休んでいました。理由は、やや、疲れたからというのが本音です。「疲れた理由は?」と問われたら、「武士の情けで回答はご容赦を」と答えさせてください。

 新しい年が始まった。きな臭さが強まる昨今、「戦争させない」ための身の処し方を改めて考えている。昨年暮れにパソコンを買い替え、セッティングをしたのだが久しぶりにやったため、かなり戸惑った。結局、年末に遊びに来た息子夫婦に手伝ってもらう羽目に。さすがに若夫婦、強い。

 昨日、部屋の片隅でほこりをかぶっていたDVDを引っ張り出し、かみさんと一緒に映画鑑賞をした。小津安二郎による1953年制作の「東京物語」だ。原節子、笠智衆、東山千栄子らが出演している。山村聰、東野英治郎、沢村貞子、大坂志郎などなつかしい顔も出てくる。行方が分からなかった原節子も含めて、これらの人々はすでに鬼籍に入っている。

 この映画のリメイク版として2013年に「東京家族」として山田洋二によって制作されている。この映画もかみさんと一緒に観に行った。こちらは蒼井優、橋爪功、吉行和子らが出演。「物語」との違いは、原節子の恋人は戦死しているが、蒼井優の恋人は現存し妻夫木聡が演じている。

 DVDを観ていると、時間のゆるやかさに驚いた。64年も前の作品でモノクロということもあるのだろうが、実にゆったりとしている。現代の世知辛い、秒単位で動いているような気分と違って、考えさせる時間をたっぷりとってある。登場人物の思いが、ひたひたと迫ってくる。その心持ちが心地よい。

 出てくる街並みも興味深い。映画が作られたころは高度成長期に入っていく過程だが、煙突から上がる煙がその後の公害を暗示している。小津はそこまでは考えていなかったのかもしれないが、何故か私はそこに惹かれた。時代を見事に切り取っている。

 熱海のシーンもいい。私が初めてそこを訪ねたのは学生服を着用していた1963年だった。そのときの風景が出てきてタイムスリップしたような気がしたものだ。「東京家族」も50年後に光を放つのかもしれないが、映画の良さはそういうところにもあることを改めて感じたものである。

 あわただしい年末のひととき、1枚のDVDが癒してくれた。

 ★脈絡のないきょうの一行
今年は戌年。戌は「滅びる」につながるというが、「新しいいのちを守る」という意味もあるとか。そんな年にしたいものだ。

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