ヘボやんの独り言
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2016/10/26 [Wed] 21:25:29 » E d i t
 石巻市と宮城県に賠償命令が下った。84人のいのちを奪った津波。賠償命令が出たからと言って、いのちが帰って来る訳ではない。つらい判決である。

 判決は市と県の責任をどういう形で認めたのか、現段階では不明である。その内容が明らかになったら、改めてこの問題に言及したい。が、地震発生から45分間にわたって、避難することもせず待機していたという。何故なのか。

 福島県浪江町の請戸(うけど)小学校では、いち早く避難し一人の犠牲者もけが人も出さなかった。同小学校は2階部分にまで津波が押し寄せていた。それでも「避難する」という素早い判断が子どもたちのいのちを守った。こことの違いはどこにあったのか。

 疑問はまだ闇の中だが、あいまいにしてはならない。〝災害列島〟における危機管理の在り方、いのちを守ることの大切さ、そのときの判断――。この事件に潜む教訓は、山ほどある。防災と災害被災者支援に取り組んで、20年を超えた私自身も気づかないところにあるかもしれない。この裁判の行方、しっかり見極めたいものである。

                           ◇=◇=◇
<大川小訴訟>石巻市と県に14億円賠償命令
河北新報 10月26日(水)15時16分配信


 東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった宮城県石巻市大川小の児童23人の19遺族が市と宮城県に23億円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁(高宮健二裁判長)は26日、学校の責任を認め、計約14億2660万円を支払うよう市と県に命じた。公立学校教職員の管理監督下で震災の津波で犠牲となった児童生徒を巡る司法判断は初めて。全国の教育現場に大きな影響を与える可能性がある。

 19遺族は2014年3月に提訴。訴訟では(1)津波の到達を予見できたか(2)津波の被害を回避し、児童を救えた可能性があったか―が主に争われた。遺族側は「防災無線や市広報車からの情報で津波の襲来は認識できた。裏山などへ避難すれば全員助かった」と主張。市側は「当時得られた情報から想定を超える規模の津波は予見できず、結果は回避できなかった」と反論していた。

 訴えによると、11年3月11日午後2時46分の地震発生後、大川小の教職員は約45分間、児童に校庭で待機するよう指示。校庭近くの北上川堤防付近(標高6~7メートル)に避難を開始した直後の午後3時37分ごろ、高さ8メートルを超す津波にのまれ、児童74人と教職員10人の計84人が死亡・行方不明になった。

 当時、校内にいて助かったのは教職員11人のうち男性教務主任1人と、児童4人のみ。学校の管理下で子どもが犠牲になった戦後最悪の惨事とされ、遺族らは真相究明を求めてきた。

 仙台地裁で言い渡された津波訴訟判決は6件目。行政の賠償責任が認められたのは、東松島市野蒜小を巡る訴訟(仙台高裁で審理中)に続き2件目となる。
                           ◇=◇=◇

★脈絡のないきょうの一行
ETC料金で4万件の過剰請求。中央道と圏央道に関する路線だと。うちも被害に遭っているかも。怒。

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災害問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2016/10/20 [Thu] 11:46:09 » E d i t
 おやおや、少しラッシュ気味に。大集団も到着した。静かだった湿原が、いきなり賑やかになる。これもまた良し、である。ミズバショウの季節はこんなものではない。人を見にきたような錯覚になることさえある。

【込み合ってきた木道、正面は至仏山】
161016ハイカーでいっぱいの尾瀬ヶ原・正面は至仏(しぶつ)山

 次の目標は「龍宮十字路」だ。しばらく歩くと3㍍ほどの沢というか、小川が出現。橋の上から覗いてみると、な、なんと。イワナの稚魚が泳いでいるではないか。それも集団で。5㌢から10㌢程度だ。イワナは神経質で怖がり屋で、人の足音やちょっとした物音でも逃げてしまう。ところがここのそれは違う。

 橋の上でドン、ドンと踏みつけて音を立てると近寄ってくるのだ。不思議な光景である。もしかしたら、ハイカーがパンのカケラなどのエサを投げ込むのではなかろうか。人が近づく気配を感じると、エサをもらえるという条件反射の可能性もある。そういえば、尾瀬でイワナを捕まえる人はいない。賢いのか困ったことなのか……。

【集まって来たイワナたち】
イワナの子どもたち

 十字路付近にも休めるスペースがある。ここで一息。南側に富士見峠がある。ずいぶん前だが、鳩待峠から横田代、アヤメ平を経て富士見峠の手前で北上し、この十字路に入ったことがある。ゴールデンウィークの最中だったが、全山雪であった。

 このとき、人が歩いた踏み跡がなく方向を採るのに苦労した。尾瀬ヶ原に着いたときは、一面、真っ白でどこに道があるか分からない。おおよその検討をつけながら歩いたものだ。おそらく、湿原にも踏み込んだことだろう(ごめんなさい)。そのときは無事に木道を見つけ十字路に到着し、鳩待峠まで戻ることができた。ここは、そんな思い出の場所だ。

 この十字路から、直角に左折し東電小屋の方(北)に向きを変える。さらに分岐で、もう一度左折。しばらく歩くと、「三又」に着く。ここからはもと来た道である。一休みの後、今度は至仏山を正面に観ながら、下山開始である。

 最初に休んだ山の鼻で行動食をとり、気合を入れ直す。有料トイレ(100円)を借りて用を済ませいよいよ(登りの)下山だ。ゴール近くになると、登りはきつくなる。子どもたちに(悔しいけど)追い越されてしまう。それでも山の鼻から鳩待峠まで、1時間で到着。地図のコースタイム1時間20分より早かったことで良し、としよう。

 帰路、関越道沼田ICにほど近い白沢・道の駅に隣接する「望郷の湯」で汗を流し、この山行をしめくくった。

【コースタイム】
 鳩待峠(6:30)-山の鼻(7:20 7:40)-三又(8:30 8:40)-十字路(9:05  9:30)-東電小屋分岐(9:50  10:00)-三又(10:30  10:40)-山の鼻(11:10 11:40)-鳩待峠(12:40)

★脈絡のないきょうの一行
山本有二農林水産相の「強行採決」発言、辞任に相当。品も格もない大臣に失望だ。
2016/10/19 [Wed] 10:18:01 » E d i t
 この山の鼻で一休み。持参のみかんがうまい。一息入れて、尾瀬ヶ原に入る。木道がつながっている。ここは基本、右側通行だ。まず、最初の目標「三又」へ急ぐ。正面に日本百名山の一つ、燧ケ岳(ひうちがたけ・2,356M)が現れる。立派だ。

 振り返れば、これまた百名山の一つ至仏山(しぶつさん・2,228M)が聳えている。天気の良さに、その姿は一層映える。こんな燧ケ岳と至仏山を見たのは初めてかもしれない。尾瀬ヶ原の人気は、この二つの山の影響があると思われる。尾瀬の晩秋と二つの山を見せてもらって、至福の時であった。

【正面に立派な燧ケ岳】
正面に燧ケ岳

【振り返れば至仏山】
振り返れば至仏山

 私はこの両山とも、5月のゴールデンウィークの雪の中を歩いた。燧ケ岳は尾瀬沼から取り付いた。このときは目の前に雪があり、〝雪のカベ〟を登っているような錯覚に陥った。

 燧ケ岳の山頂から「見晴らし」の小屋へ下る途中、道を間違え、小一時間、雪の中を彷徨した。単独行だったためちょっと怖かった。谷筋から稜線に上がるところにくくりつけてある目印のリボンを見落とし、直進したのが敗因。小屋の風呂がやけに温かかった。

 至仏山は、小至仏山から頂上までのトラバースをこわごわ歩いた。雪崩が起きないか不安だったからだ。ところが山頂の雪は、風で吹き消されていた。ばかりか、眼下の尾瀬ヶ原は白一色で、その広さを呆然と見惚れたものである。そんなことを思い出しながら歩いていた。

 「三又」の手前で、若い人がしきりにカメラのシャッターを押している。池に映った燧ケ岳を撮影しているのだ。早い時間帯だったことが功を奏したのだろう、水面は鏡のように穏やかで、これまた「逆さ燧ケ岳」がお見事だった。「明鏡止水」の現物版である。

【水面に映った燧ケ岳】
161016尾瀬ヶ原・さかさ燧ケ岳

【逆さ燧ケ岳と私】
燧ケ岳をバックにして筆者

 写真を見ていただければ分かるとおり、尾瀬ヶ原は広い。実にひろい。すべて木道でつながれている。三又で一休み。反対側からやってきた人たちもここで休み、やや混雑気味に。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
北方領土問題が急浮上。返還が筋だが、返ってくると観光化で島の環境破壊が進むのでは?

2016/10/18 [Tue] 10:15:41 » E d i t
 尾瀬ヶ原は、夏、そして雪の季節とミズバショウの季節に訪ねたことはあるが、秋は行ったことはなかった。そこでいい天気に誘われて、10月16日の日曜日に行ってみた。込み合うことを予想して、夜中のうちにスタート、登山口の「鳩待峠」に着いたのは夜中の2時過ぎ。とりあえず車の中で仮眠。同行はSさん。

 鳩待峠まではマイカー規制があり、要注意だ。この日は、規制外で利用できた。駐車場は想定どおり込んでいた。同好の士はいるものだ。霜に覆われて真っ白になっている車もある。これらは、前日から山に入っている人たちのものと思われる。当夜着いた車は、車内があたたかいから霜はつかないからだ。ということは、外はそれだけ寒いということになる。

 外が明るくなり、途中のコンビニで買い込んだサンドイッチを朝食として頬張る。しっかり食べないとバテるから。食事を終わらせて、車の外に出てみると寒い。震えがくるほどだ。慌ててザックの中からマウンテンパーカーを引っ張り出して着込む。うん、少し落ち着く。

 6時半、歩き出しだ。どの登山口からもそうであるが、尾瀬ヶ原に入るには(この鳩待峠からも同じ)、下りからはじまる。ということは、尾瀬ヶ原は〝広大な窪地〟と言うことになる。ちなみに、この尾瀬ヶ原の東側にミズバショウが群生する「尾瀬沼」があるが、この原のほうが低く、水はこちらに流れてくる。

 この水は「百名瀑」の一つ、三条の滝に注ぎ、只見川となって奥只見湖に流れ込む。そのあとはなんと、新潟空港近くを河口とする「阿賀野川」につながるのである。只見川の源流は尾瀬沼であり尾瀬の水は、遠く新潟市に注いでいるのである。「尾瀬の水が新潟に」――考えると気が遠くなりそうだ。

 尾瀬ヶ原へは、鳩待峠から下って行く。登山道に霜が降りて所々、真っ白になっている。特に木道は滑らない様に気を遣う。おやおや、早い時間にもかかわらず登って(下山して)来る人もいる。前日、小屋泊りの人たちだろう。「お早うございます」とあいさつしながらすれ違う。登山道は尾瀬ヶ原も同じだが、〝2車線〟になっており、歩きやすい。

【晩秋の登山道】
晩秋の尾瀬

 小さな沢を4つほど横切る。木製の橋がかかっているから大丈夫。周辺の木々は、秋色に染まり葉を落とし始めていた。晩秋というより、初冬なのかもしれない。その秋色を撮影するカップルもいる。

 まず、「山の鼻」と呼ばれる場所に着く。おもしろい名前だ。おそらく尾瀬ヶ原を顔に見立てた場合、「鼻」の位置になるのだろう。ここにはテントサイトがあり、何軒かの山小屋もある。色とりどりのテントから出て来た人たちは、それをたたむ作業を始めていた。これまた、山の風景である。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
死刑廃止に反対が73.3%(FNN調査)。「殺された人も殺した人も同じいのち」の教育不足が露見。課題は重い。

2016/10/17 [Mon] 15:39:42 » E d i t
 これっていいのかなー、という疑念を払しょくできない。とりあえず、下記。

                           ◇=◇=◇
高線量作業、575人が同意 泊原発で重大事故想定 北電が初の意思確認
北海道新聞 10月17日(月)11時44分配信


 北海道電力泊原発(後志管内泊村)で重大事故が起きた場合、北電社員と協力会社の社員の計575人が、2011年3月の東京電力福島第1原発事故の収束作業のような高い放射線量下でも作業に従事する意思を示していることが、北電への取材で分かった。法令改正に伴い、国が4月から緊急時の作業員の累積被ばく線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げたのを受け、初めて意思確認した。

 福島事故では国が「収束」を宣言した11年12月までに100ミリシーベルトを超えた人が167人いた。最高値は678ミリシーベルト。当時も国は特例として作業員の線量上限を250ミリシーベルトに上げていた。

 575人は、9月末までに「申出書」と呼ばれる文書に署名・押印して同意した人数。泊原発で働く約500人の北電社員の多くが同意し、残りが協力会社の社員という。北電は泊全3基の再稼働までに同意者数を千人に拡充したい考え。

 申出書には、実際に作業に従事する際は改めて意思確認することや、同意は随時撤回できることなども明記されているという。

 こうした意思確認は原発を持つ各電力会社で行われ、川内原発2号機(鹿児島県)が稼働中の九州電力は川内で社員と協力会社社員計740人、玄海原発(佐賀県)で同610人の同意を確認。伊方原発 (愛媛県)3号機が稼働中の四国電力も同650人の同意を取り付けた。東電は社員のみ515人の同意を得ている。
                           ◇=◇=◇

 会社から、こういう提案(意思確認)をされた場合、断れる社員はいるだろうか。おそらくゼロだと思う。これを断るということは「会社を辞める」に等しいからだ。玄海原発や伊方原発でもすでに行われているというが、疑問である。

 問題は国が累積被ばく線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げたことにあるようだ。線量の世界被曝基準は、年間1ミリシーベルトとなっている。その規定の250倍を設定し、それでも「OKか?」と聞くこと自体が無茶苦茶の2乗である。

 この〝意思確認〟は、「線量がオーバーしたときでも、会社は責任を取りません」と言うに等しいのではなかろうか。いわば労働者の『自己責任』を先取りしているのと言えそうだ。労働基準法第5条は「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。」と定めている。いわゆる強制労働・奴隷労働の禁止条項である。

 今回のこの「確認」は一旦原発事故が起きたときには、世界基準の250倍の被ばく線量でも「働く」ことを約束させられるものである。そう考えてみると、一種の強制労働である。そもそも「安全神話」を振りまく人たちが、原発事故を想定すること自体が矛盾であるが、それに輪をかけて「確認書」を取るなど、矛盾の2乗ではないのか。

★脈絡のないきょうの一行
多品目の食事が認知症予防につながる(17日毎日新聞)。認知症だけでなく健康にもいいと思うが、留意したいもの。

原発問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2016/10/13 [Thu] 12:23:28 » E d i t
 小説とはいえ、前出は遺族の思いを実によく描いていると言える。殺人事件の刑事裁判で、参考人として出廷した遺族が「極刑にしてほしい」と訴えることは報道でよく見るが、それはまさに脚色なしの心底からの叫びに違いない。死刑制度廃止は、遺族のその思いにどう向き合うのかを問われていることを軽視してはならない。

 この問題の解決にあたって、私は二つの方法を考えている。

 一つは、時間はかかるが「宣言」も触れている「教育や福祉を含めた社会全体の重大な課題」という部分である。なかでも教育は重要である。「目には目を、歯には歯を」という言葉があるが、この考え方は死刑容認の下地になっているように思う。

 そこで、殺人という行為に関して、この言葉を発動しなくても済む教育が行き届けば、考え方はかなり違ってくるはずだ。それでは具体的にどういう教育内容にするのか、に言及しなければ無責任になる。結論的には「いのちを大切にする」教育である。

 人の「いのち」の大切さを徹底して教育すれば、戦争の愚かさが理解できるし、ましてや殺人の問題についても自ずと分かるはずだ。その延長線上に、殺人を犯した人の「いのち」についても考えが及ぶようになるだろう。同時にこの「いのち教育」は、殺人の大きな抑止力となることも期待される。

 二つ目の方法は、やや暴論気味になるが死刑制度廃止を即刻行うことである。そうなれば、国民感情はどう動くだろうか。反対論は出てくることは間違いない。しかし、「死刑」がなくなる訳だから、「死刑にしてほしい」という考え方は出来なくなる。つまり、死刑制度廃止によって「いのち」の大切さを逆説的に教育する、ということにもつながる可能性を持つことになる。

 いわば、反面教師だ。遺族の加害者への許しがたい気持ちは死刑制度がなくなった場合、被害者の「いのち」の対抗軸として加害者の「いのち」を置くことによって、判断基準を変えることが出来るようになるのではなかろうか。これまた教育の世界であり、見方によっては宗教の世界に入り込む。

 日弁連の「宣言」採択にあたっての議決は、賛成=546人、反対=96人、棄権=144人だったという。賛成は69.5%と思ったより少ない。棄権に144人もいたことは、弁護士のみなさんの悩みが伺える。確かに重い課題である。

 そこで私個人の結論だが、死刑制度は廃止すべきであると思う。しかし、そのための条件整備は前出の教育も含めて、急いでやるべきだ。それは「いのちの大切さ」について考える、あの人たちの好きな〝グローバル化〟に近づく道でもある。

 「宣言」は、強制労働を伴う懲役刑を廃止し、禁固刑に統一することや、罪を犯した人を社会から排除しないこと、仮釈放制度改革などを提言している。これらの問題は紙数の関係で、次の機会に譲ることにしてこのテーマを終えたい。

★脈絡のないきょうの一行
安倍首相、「南スーダンは永田町より危険」。いま、世界で一番危険なのは永田町。それより危険な南スーダンには行くべきではない。

2016/10/12 [Wed] 10:57:30 » E d i t
 死刑の場合はすべてが殺人事件であり、ここでは被害者の遺族を対象に考えてみる。「宣言」は遺族の思いについての記述が意外なほど少ない。いくつか拾ってみよう。「犯罪により命が奪われた場合,失われた命は二度と戻ってこない。このような犯罪は決して許されるものではなく,遺族が厳罰を望むことは,ごく自然なことである。」

 「また,犯罪により命が奪われた場合,被害者の失われた命はかけがえのないものであり,これを取り戻すことはできない。このような犯罪は許されるものではなく,遺族が厳罰を望むことは自然なことで十分理解し得るものである。私たちは,犯罪被害者・遺族の支援に取り組むとともに,遺族の被害感情にも常に配慮する必要がある。そして,犯罪により命が奪われるようなことを未然に防ぐことは刑事司法だけではなく,教育や福祉を含めた社会全体の重大な課題である。」

 「人権を尊重する民主主義社会であろうとする我々の社会においては,犯罪被害者・遺族に対する十分な支援を行うとともに,死刑制度を含む刑罰制度全体を見直す必要があるのである。」

 「宣言」はこれらを前提としながら、犯罪被害者の救援関連の法律を引用したうえで「犯罪被害者等に対する支援は,犯罪被害者等を取り巻く状況を踏まえ,福祉の協力を得て,精神的な支援を含めた総合的な支援が必要である。さらに,犯罪被害者等給付金については,支給対象者の範囲の拡大及び給付金の増額を期すべきである。」と述べている。

 弁護士は心理学者ではないから「心の領域」にまで踏み込むことはできないのだろう。そのせいだと思われるが、「遺族が厳罰を望むことはごく自然なこと」、「精神的な支援を含めた総合的な支援が必要」と述べながらも、その遺族の気持ちにどう向き合うべきかの記述がない。具体的に提起しているのは給付金の増額についてのみである。この部分は残念ながら不十分と言わざるを得ない。

 この「宣言」に目を通しながら、以前読んだことのある東野圭吾さんの「さまよう刃」という小説を思い出した。妻に先立たれ高校生の娘と二人暮らしだった男性が、その娘を殺した相手に復讐していくという物語だ。加害者たちは未成年のため死刑はありえず、自分が手を下すしかないという、慟哭の世界を描いたものである。

 東野氏は加害者が特定され、その一人を殺害した父親が警察に出した手紙の中でこう言わせている。「彼を殺したことを、私は少しも後悔しておりません。それで恨みが晴れたのかと問われますと、晴れるわけがないとしか申せませんが、もし何もなければ、もっと悔いることになっただろうと思います。」と。

 さらに裁判になった場合に触れ、「未成年者の更生を優先すべきだ、というような、被害者側の人間の気持ちを全く無視した意見が交わされることも目に見えています。事件の前ならば、私もそうした理想主義者たちの意見に同意したかもしれません。でも今の考えは違います。」とも。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
小池都知事の給与、半減が決定。不言実行、ビシビシやってほしいものだ。

2016/10/11 [Tue] 02:34:54 » E d i t
 この福岡事件の石井健治郎被告は1989年12月、仮釈放を認められ熊本刑務所を出所。石井氏はこの時72歳。拘禁期間は42年となっていた。その後、支援者らとともに死刑になった西武雄さんも含めて再審運動を続けたが、2008年11月に91歳で死没している。

 福岡事件の概要について紙数を費やしたが、再審請求が認められることなく死刑執行によって〝殺された〟事例として紹介したかったからだ。死刑判決を受けて、えん罪であると主張しても刑が執行されれば、その人の人生は権力によって強制的に閉ざされる。今後、誤判が起きないという保障はなく、同様のことが繰り返される恐れは否定できない。

 昨年10月、「名張毒ぶどう酒事件」の被告・奥西勝(おくにしまさる)さんは無実を訴えながらも獄死した。再審の審理はつづいているが、こういう悲劇を繰り返してはならない。1966年に静岡県清水市で発生した、袴田事件の被告・袴田巌さんは、2013年3月に再審が決定され死刑台から帰ってきたが、刑が執行されていたら……。言わずもがなである。

 日弁連の「宣言」は「死刑制度を存続させれば,死刑判決を下すか否かを人が判断する以上,えん罪による処刑を避けることができない。さらに,我が国の刑事司法制度は,長期の身体拘束・取調べや証拠開示等に致命的欠陥を抱え,えん罪の危険性は重大である。えん罪で死刑となり,執行されてしまえば,二度と取り返しがつかない。」と警鐘を鳴らす。

 そのうえで「宣言」は「死刑を廃止するに際して,死刑が科されてきたような凶悪犯罪に対する代替刑を検討すること。代替刑としては,刑の言渡し時には『仮釈放の可能性がない終身刑制度』,あるいは,現行の無期刑が仮釈放の開始時期を10年としている要件を加重し,仮釈放の開始期間を20年,25年等に延ばす『重無期刑制度』の導入を検討すること。ただし,終身刑を導入する場合も,時間の経過によって本人の更生が進んだときには,裁判所等の新たな判断による『無期刑への減刑』や恩赦等の適用による『刑の変更』を可能とする制度設計が検討されるべきであること。」と対案を提起している。

 確かに日本の刑罰には、恩赦を受けることのない「終身刑」はない。重犯による刑期の加算、たとえば「懲役250年」のような制度もない。死刑制度を廃止するとすれば、そういう考え方の導入も必要ではないのかという提起でもある。

 それでは、被害者・遺族の立場に立った場合、どう考えればいいのだろうか。肉親を殺された人たちの思いはいかほどか。その悲しみや実行犯に対する怒りはどこに持って行けばいいのか。「犯人を極刑(死刑)にしてほしい」という気持ちをどう受け止めればいいのだろうか。次にその問題を考えてみたい。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
キューバの隣国ハイチ、ハリケーン被害で死者1000人超(ロイター通信)。コレラも発生し深刻に。世界からの支援を。

2016/10/10 [Mon] 12:09:28 » E d i t
 「宣言」は国際社会の死刑制度に関する動きを紹介している。死刑を廃止あるいは事実上の廃止国は、140か国。2014年の死刑執行国は25か国。OECD(経済協力開発機構)加盟34か国のうち死刑を定めているのは日本、米国、韓国の3か国だけ。

 しかもそのうちの韓国は刑の執行を18年以上停止しており、事実上の死刑廃止国となっている。アメリカでは50州のうち18州が死刑制度を廃止し、3州の知事が死刑執行停止を宣言、死刑執行は15年で6州のみ。国連でも14年12月の69回総会において、「死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止」決議が117か国の賛成によって採決されている。これに日本は反対を表明した。

 これら一連の流れは、死刑制度の廃止が世界の流れであることを証明しているという。その理由として①死刑判決にも誤判の恐れがあり②刑罰としての死刑にその目的である重大犯罪を抑止する効果が乏しくなった――などを挙げている。

 誤判による刑の執行があったとしたら、取り返しのつかないことになる。「福岡事件」というのをご存知だろうか。

 1947年5月、福岡市で中国人と日本人の2人の闇ブローカーが殺害された事件。警察は西武雄さん、石井健治郎さんら復員軍人8人を逮捕。この事件では西さんと石井さんの死刑が確定した。

 石井さんは射殺したことは認めたがあくまで正当防衛を主張していた。石井さんは殺された2人と喧嘩の現場に行き合わせ、相手がピストルを出そうとしたので、身の危険を感じて撃ったと主張。

 西さんの方は闇取引の内金10万のうち2万円の取引手数料を残し、残金の8万円を持って帰ったことは認めたが、殺人現場には訪れておらず、7人で謀議したこともないと主張しつづけた。

 裁判では、1948年2月に福岡地裁は石井・西両氏の主張を認めず死刑判決。他の仲間は1人が無罪となったが、4人には懲役3年6ヶ月から15年が言い渡された。控訴審は1951年4月に棄却。4人は下獄、西さんと石井さんのみが上告した。1956年4月、最高裁は上告を棄却、死刑が確定した。

 二人は5回にわたって再審請求をおこなったものの、すべて棄却。この再審請求の特殊性は、他に犯人がいるのではなく石井被告自身が射殺を認めたものの、正当防衛であったことを主張した点にある。

 1969年7月、当時の西郷吉之助法相は廃案となった再審特例法に代わるものとして、「恩赦を積極的に運用する」との見解を出した。これに基づいて1975年6月、「他の共犯者に比べ刑が重すぎ、しかも改悛の情が明らか」として石井さんは個別恩赦決定、無期懲役とされた。

 が、不思議なことに同じ日、西さんの死刑が執行されたのである。西さんには「改悛の情がない」とされたのである。西さんは朝に執行を知らされると、取り乱すことなく「そうでしたか」と言い、煙草をうまそうに1本吸って刑場に向かったという。この事件はもしかしたら、無実の人が死刑台に送られた可能性がある。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
米大統領選挙の討論会、政策が吹っ飛んでスキャンダル暴露合戦。おいおい、アメリカ大丈夫か?

2016/10/08 [Sat] 20:36:28 » E d i t
 7日、日弁連(日本弁護士連合会)が死刑制度廃止を求める決議を採択した。実に重い課題だが、この問題について考えてみたい。

 「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」(以下「宣言」という)がそれである。「犯罪が起こったとき,我々は,これにどう向き合うべきなのか。そして,どうすれば,人は罪を悔いて,再び罪を犯さないことができるのだろうか。」という一文から始まるこの宣言は、提案理由を含めると、実にA4版で23ページに及んでいる。

 この報を聞いた時、私は死刑制度に限ったそれであろうと思っていた。ところが刑罰全般の在り方にも言及したものだったのだ。メディアの報道の仕方は、「死刑廃止」を突出したものとなっていた。メディアに苦言を呈したいところだが、それはさて置いて本題に入ろう。

 変な言い方であるが、ヒトが人を殺していいのは、3つの場合に限られるという。①戦争②正当防衛③法的措置――がそれである。

 敢えて断っておくが、前記三つの条件であれば「殺人が許される」と私は考えている訳ではない。どんな事態であっても、人が人を殺すことがあってはならないし、回避措置をはかるべきだ、と、私は常々考えている。以下はそれを前提にしたものであることを、予めご承知おきいただきたい。

 ここで言う死刑制度廃止は前述の一つ、法的措置によるものであることは言を俟たない。

 そもそも刑罰とは何か。分かりやすく言えば「悪さをした者」に対する社会的な制裁、と言うことができよう。社会的制裁の対として、私的制裁がある。江戸時代における「仇討ち」がその典型であるし、赤穂浪士の討ち入りもその一つとして考えられたのであろう。ただし、当時は個人的な仇討ちは公的に認められていたが、赤穂浪士のような〝集団的仇討ち〟は認められていなかった。いや、むしろ禁止されていた。したがって、彼らは切腹に甘んじたのである。

 横道にそれるが、私は赤穂浪士の吉良邸への討ち入りはテロだと考えている。つまり法律に基づかない集団的殺戮行為(自爆テロも含めて)だからだ。その意味において、赤穂浪士の行為が美化されることに懸念を禁じ得ない。相手の吉良上野介は、愛知県知多半島において「いい殿様」だったというではないか。

 殺人も含めて反社会的行為を働いた者に対する刑罰制度は、現代社会における大きな知恵だと思う。これがなければ、社会は大混乱に陥るし、夜もおちおち寝ていられなくなる。この点について「宣言」は、刑罰について『犯罪への応報』と記している。実に的を射た表現である。その応報の在り方の一つが「死刑」であり、それを廃止すべきだというのが「宣言」の趣旨の一つである。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
36年ぶりに阿蘇山が大噴火。日本列島のマグマに異変が起きていないか。情報を隠していないか。不安。

2016/10/05 [Wed] 14:51:07 » E d i t
 千代田区が区内2個所の街路樹伐採の計画を出している。地元住民をはじめ、区内在勤者からも反対の声が上がっている。以下、千代田区労協が千代田区長に「伐採中止」を要請したもの。ともに生きるものとして、これは中止しかない。少し長くなるが、紹介したい。。
                              ◇
               神田警察通り、明大通りの街路樹伐採中止の要請
 2016年10月4日
 千代田区長 石川雅己 殿

                                         千代田区労働組合協議会
                                         議長 小林秀治

 日夜、区民生活を守る取り組みに奮闘されている貴職に改めて敬意を表します。

 早速で恐縮ですが、神田警察通りの自転車専用レーン建設と、明大通りの歩行者レーン拡幅にともなう街路樹の伐採について、みどりを守る立場から伐採中止を要請するものです。

 神田警察通りのイチョウ並木は、戦前から存在するもので100年余になるといいます。駐車帯を含む6車線の無機質な道路の両脇に並ぶイチョウは、区内に住む人のみならず働く私たちの目を楽しませてくれ、みどりに心休まる思いがしています。この季節になるとギンナンの実が歩道に落下し、秋の訪れを教えてくれます。

 明大通りのポプラ並木も同様に、人通りの多い喧騒にあってもなお、みどりを私たちに提供してくれています。この並木道を通学路とした幾多の学生が、社会に出て活躍していることを想起するとき、この並木を伐採することに罪悪感さえ覚えます。

 神田警察通りの自転車専用レーンの整備は、おおいに進めるべきだと考えます。自転車専用レーンが整備・拡張されることによって、車の区内への進出を抑え排ガス規制に微々たるものですが寄与すると考えるからです。明大通りの歩道レーンの拡幅も、歩行者の安全や自転車利用者の利便を考えたとき、必要な措置だと言えます。

 今回の道路整備計画のなかに、新たな植栽が計画されていることは聞いています。しかし現存する樹木の伐採は、もともと存在する緑を取り除くことになり、緑を守るという立場に逆行するのではないでしょうか。もしこれが桜の木だったら、区の対応は同じだったとは思えません。

 街路樹は、まち並み形成の重要なもので、伐採によって、まちを変えることになり、住民や利用者の意見を聞く必要があります。並木の伐採は、わが身を切られるような気持ちになってしまいます。街路樹も生きているからです。100年近く生きて来た〝生き物〟を、人間の力で切り倒していいのでしょうか。自転車専用レーンの整備工事や、歩道拡幅工事は樹木を伐採しなくても現代の建設技術を駆使すれば、十分可能なことだと考えます。

 神田警察通りと明大通りの整備にあたって、現存する街路樹を保存した上で進めていただけますよう、重ねて要請するものです。
                                                         以上
                              ◇
★脈絡のないきょうの一行
政府・自民党の「働き方改革」はウソ。真実は「働かせ方改悪」。

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2016/10/02 [Sun] 19:14:51 » E d i t
 この問題、少なくない識者がその異常性を指摘している。ヒトラーを想起させるその行為は、目的を持ったものと断言して良いかもしれない。取りあえず、以下。

                           ◇=◇=◇
首相、スタンディングオベーション「なぜ問題なのか」
2016/9/30 20:39 日本経済新聞


 安倍晋三首相は30日の衆院予算委員会で、26日の所信表明演説で自衛隊員らへの敬意に言及した際、自民党議員が立ち上がり拍手を送る「スタンディングオベーション」が起き、野党が批判したことに反論した。「敬意の表し方は議員個人個人が判断することだ。どうして問題になるのか理解できない」と語った。民進党の細野豪志代表代行への答弁。

 首相は昨春の訪米時に米国の上下両院の合同会議で演説したことに言及。「十数回スタンディングオベーションがあった。米議会ではよくある」と指摘。自民党の高村正彦副総裁も党役員連絡会で「スタンディングオベーションが叱られる議会のあり方は、グローバルスタンダードにあっているのか」と語った。

 細野氏は「自民党議員は自衛隊ではなく、首相に拍手しているようにみえた。この国の国会でないような錯覚をおぼえた」と重ねて批判。首相は「あまりにもこじつけで、うがった見方だ。わが党への侮辱に明け暮れているとしか思えない」と不快感をあらわにした。
                           ◇=◇=◇

 今年6月に開かれた東京九条の会連絡会の集会で講演した、同志社大学の浜矩子教授が安倍首相を指して「幼児的凶暴性を持つ人」と酷評したことがある。そのとき、大阪にもう一人同じような人がいる、と語ったがそれはさておき今回の国会における〝総立ち拍手〟は幼児性そのものだし、背後に潜むものを見落とすことはできない。

 スタンディングオベーションというのは、音楽や芝居、スポーツなどを鑑賞してその場に居合わせた人たちが感動して自主的におこなう、もっと崇高なものであるはずだ。ところが今回のこれ、まったくの筋違いの〝総立ち拍手〟に過ぎなかった。

 (※注・以下、あの国会の出来事はスタンディングオベーションとは程遠く、〝総立ち拍手〟と表現させていただきたい)

 生活の党の小沢一郎さんの「北朝鮮や中国みたいだ」という比喩は、的を射ている。問題は何に対する〝総立ち拍手〟だったか、である。「海上保安庁、警察、自衛隊に対して敬意を表そう」という首相演説の直後に行われたものだった。

 それは間違いなく、自衛隊の南スーダン派遣を意識したものだったといえる。つまり、「駆け付け警護」という名の派兵のための地ならしではなかったのか。南スーダン派兵のための訓練が11月から青森で行われるという。その〝潤滑油〟としてあの総立ちが行われたのではないかという思いは、杞憂であろうか。

 幼児的凶暴性の首相は、自民党総裁を続けるために党規約の改訂作業に入ったという。何でもありの暴走に、さらなる凶器を持とうというのである。これは危ない。自衛隊員のいのちを守るためにも、派兵反対の運動を強める必要がある。

★脈絡のないきょうの一行
またまた大型台風襲来の可能性。いい加減にしてほしいが、人的被害のないよう祈りたい。