ヘボやんの独り言
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2016/07/27 [Wed] 10:44:27 » E d i t
 込み合った電車の中。左右前方の二人が、しきりに指を動かしている。知り合いどうしだとは思えない。背中に何かが当たる。真後ろの人もスマホをいじっているようだ。不快だから、電車の揺れに乗じて場所を移動して、向きを変えてみるとこれまた、先ほどの二人と同じゲームをやっていた。

 何をしているか、お分かりだろう。「ポケモンGO」だ。

 評論家のやくみつるさんは、テレビ番組のなかで「もし都内で『ポケモンGO』禁止を言う候補者がいたらすぐ投票する」と一言。続けざまに「(VTRの内容に)こんなの愚かでしかない」「こんなのに打ち興じている人を心の底から侮蔑します」(7月25日・J-CASTニュース)と語ったという。

 かなり手厳しいが、確かにこの現象はヘンだ。ずいぶん昔の話しで恐縮だが、「インベーダーゲーム」というのがあった。これはかなり流行った。私も一度ならずやったことがあるが、あれは喫茶店などの限られたスペースで興じるもので、他人に迷惑をかけるものではなかった。

 ところが「ポケゴー」をはじめ、スマホやケイタイを使ったゲームはどこでもできる。電車やバス、飛行機のなかでさえ可能だ。本来便利なはずのモバイルという、外にいても情報収集が可能になった技術が、(人間が)どこでもゲームに動かされる道具化している。朝のラッシュ時間でも、スマホ片手にゲームに興じる人を見るたびに、おい、おいと眉をひそめたくなる。

 きょうの毎日新聞の投書欄に、「『ポケモン白痴化』が心配」という記事が載っている。その中で投書氏は「思考や読書や人との会話にこそ使うべき時間を、ポケモンを追いかけるのに費やす人生であっていいのか」と嘆いている。同感である。

 しかし私は、ゲームを否定しているのではない。遊ぶのであれば場所を選べ、と言いたいのである。そのうちゲームに夢中になり、死に至る事故が起きるだろう。これは容易に想定できる。すでに事故が発生していることが伝えられている。

 悲しい現実であるが、ゲームをやる人のマナーが問われているのだ。歩きたばこの禁止はかなり徹底された。同様に、歩きスマホ、歩きケイタイも禁止すべきである。その流れに逆行する「ポケモンGO」。それを提供している企業のマナーも問いたい。

 歩きたばこと道路での禁煙条例を、日本で最初に作ったのは千代田区だった。その時のスローガンは「マナーからルールへ」だった。このスローガンのように、歩きスマホや歩きケイタイを禁止する条例や法律をつくり、ルール化しなければならないのか。それではあまりにも、先述の投書氏ではないが〝白痴状態〟ではないのか。

★脈絡のないきょうの一行
相模原の障害者施設19人殺害事件。社会の歯車が、どこかで齟齬をきたしていないか。

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2016/07/22 [Fri] 11:48:16 » E d i t
 マジック・ミュージアムのテレビ報道が、ユーチューブにアップされています。
https://www.youtube.com/watch?v=5uO7zedFBDE
か、これでダメでしたら『HBC「今日ドキ」マジックミュージアム特集』を入力して検索してみてください。

 前回の報告のように、17日に帯広のばんえい競馬場を訪ねた。第1レースだけを見て引き上げたが、そのときの「6番」の馬ががんばった。その模様をお伝えしよう。

【パドックにて】
ばんえい01

 パドックでは普通どおり。ゆっくりと歩いていた。

【スタート直後】
ばんえい02

 二つ目の坂道の手前。各馬とも一息入れるために小休止。この辺りまでは横一戦。力を蓄えなければ、次の坂は上れない。

【上り坂の途中】
ばんえい03

 6番はかなり疲れたようだ。前足を折り曲げて休んでいる。すでに苦しそうに見える。

【ピークには立ったが】
ばんえい04

 いったん、ピークまではかがんばったが、力尽きたようだ。止まってしまった。この時点で他の馬はゴール近くまで進んでいる。

【ついにダウン】
ばんえい05

 疲れたのだろう、ピークでダウン。ストライキを起こしている訳ではない。何回か、ばんえい競馬は見ているがこういう光景は初めて。

【それでも立ち上がって】
ばんえい06

 精根使い果たしたと思ったが、立ち上がった。しっかり前方のゴールを見ている。つい、「がんばれ、がんばれ」と叫んでしまう。

【ゴールめざして】
ばんえい07

 橇のひもを短くしてもらい、砂ぼこりを立てて、なんとかゴールイン。競馬場いっぱいに拍手がなり響いた。

 坂道のピークで倒れたとき、もうダメだろうと思った。が、前に進まなければならないという習性だろうか、立ち上がった。騎手は橇と手綱の紐を短くした。こうすれば、力が入るのかもしれない。

 あの必死さは、なんだろうか。「走らなければならない」という本能がはたらいているのだろうか。(コースの都合上、出来ないのかもしれないが)リタイヤしないでゴールを走り抜けた。そのひたむきさは、感動ですらあった。よくぞがんばった。

★脈絡のないきょうの一行
イチロー、メジャーで3000本安打まであと「4」。金字塔へ一歩、一歩。

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2016/07/20 [Wed] 11:00:00 » E d i t
 マジック・ミュージアムは日本で初めての設立になるという。もしかしたら、世界で初めてではないか、という人もいる。それだけにメディアも注目している。新聞報道がどうなっているか、その切り抜きが紹介してある。これもまた、多様だ。宣伝効果に期待したいところである。

【新聞報道の切り抜き】
08新聞報道

 開館に先立って前日15日の夜、レセプションが開かれた。これにも参加させていただいた。ジミー忍さんの奥さん、こまだまこ(本名・駒田昌子)さんをはじめ、地元の人たちがたくさん集まっていた。帯広に到着したのが遅くなったため、座る場所をスタッフの方に追加していただくほどの盛況であった。

 その座ったテーブルが、メインの場所。やや気おくれしたが、同行の野田さん一家とその場所を〝占拠〟。現役プロのマジックを見せていただくなど、なごやかな時間となった。レセプションの締めは、一本締め。翌日、前述したように博物館を訪ねた。レセプションの写真は以下。

【ミュージアムの成功を願って一本締め。右から3人目が館長の坂本和昭さん】
160715レセプション・成功願って一本締め

 新しい試みである。マジックという文化を後世に伝える、意味のある大きな試みである。この種のものは普通、東京が出発点になる。が、今回はマジックの存在を北の地から発信するという、角度を変えた試みとなった。今回はセミ・オープンで来年、グランドオープンをめざすという。成功を祈りたい。ちなみに入館料は500円。これは価値ある。多くのみなさんの訪問をお願いしたい。

 マジック・ミュージアムの次は、帯広のもう一つの観光地・ばんえい競馬場を訪ねた。ばん馬たちの、レースへの必死さに涙が出た。そのことは次の機会に報告したい。1レースだけを観て、ばんえい競馬場から今度は大急ぎで札幌へ。2日目の宿泊は札幌であり、その夜、市内の北光教会で「宮澤・レーン事件」の被害者、レーンさんの没後50年の「集い」に参加した。

【ばんえい競馬】
ばんえい競馬

 会場となった教会にはレーンさんにゆかりのある人たちがたくさん集まっていた。在りし日のレーンさんを偲んで、一緒の時を過ごした人たちが思いを語っていた。「レーンさんはスパイをできるような人ではなかった」――その発言の重さに、改めて同じことを繰り返してはならない、そんなことを考えていた。

 北海道からの帰り道、ふと「平和」が気になった。もしも戦争という事態になれば、ばんえい競馬やマジック・ミュージアムは国権によって禁止されるだろう。それは歴史が証明している。「歌舞音曲の禁止」は、文化の発展の禁止でもあった。

 戦争はヒトを殺すだけでなく、文化をも壊滅させる。日本で初めて設立された、帯広のマジック・ミュージアム。戦禍にまみれさせることなく、いつまでも残したいし発展して欲しいものである。

★脈絡のないきょうの一行
きょう、八海山で滑落死したY君の一周忌・命日。改めて、Y君、優しさをありがとう。

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2016/07/19 [Tue] 08:33:40 » E d i t
 衣装ケース前の通路に、水が流れ落ちる絵が貼りつけてある。これがクセもの。気づかずに通り過ぎてしまう恐れあり。この絵は特定の場所に立つと、断崖絶壁の真上にいるように見えるのだ。〝からくり屋敷〟に置いてあることが多いが、かなりリアルである。

【危ない!】
03 160716マジックミュージアム/だまし絵

 さらに進むと、図書室みたいなものが表れる。マジックに関する本や資料など15000点に達するという。本だけでも5000冊。よくぞ集めたものである。これは圧巻だ。図書館にはない資料もあるだろう。このコーナーを訪ねるだけでも、博物館に来た意味がある。

【ものすごい量の本と資料。通路両側に並んでいる】
04 15000点におよぶというマジック関係蔵書

 次のトランプコーナーにも驚かされる。マジックにトランプはつきものだが、よくもまあ集めたものだ。使い込んだものもあれば新品もあるという。大きさもさまざまだ。前述の昨年12月に訪ねたときは、部屋に並べてありかなりのスペースを占拠していた。どうやって整理したのか興味があったが、カベを利用したのだ。

 トランプにもいろいろあることが分かる。ヌードの女性のそれもあり、ちょっと楽しみ。930個に圧倒される。トランプを使っているマジシャンの姿をイメージすると、これまた楽しくなる。

【すごいぞ〝トランプのカベ〟】
05圧巻のトランプ

 ポスターにも驚かされた。その古さは素人目にも分かる。海外の物(と思われる)もある。初代引田天功のポスターに目を引かされた。1979年の大晦日、45歳の若さで亡くなっているが一世を風靡した。残念ながら私はそのショーを見る機会にめぐり合えなかった。この引田天功のショーで、坂本和昭さんは助手を務めたことがあるという。(次回につづく)

【マジックショーなどのポスター】
06マジッショー案内ポスター・初代引田天功もある

【初代の引田天功】
07引田天功のポスター

★脈絡のないきょうの一行
19日、北朝鮮がミサイル発射実験。米韓への当てつけだろうが、断固、抗議。
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2016/07/18 [Mon] 11:12:08 » E d i t
 北海道帯広市に新しい観光スポットが生まれた。「マジック・ミュージアム」がそれだ。16日にセミオープンした。ここの館長・坂本和昭さんは「北大生・宮澤弘幸『スパイ冤罪事件』の真相を広める会」の幹事となっている。その関係もあり開館祝いもかねて、行ってみた。

 この坂本さんが前述「真相広める会」の幹事になった経緯を、少し説明しておいたほうがいいだろう。坂本さんは、帯広の中心部に建っているビルのオーナーである。地元商工会の役員をやったり、帯広ではすっかり有名になった「北の屋台」構想の提唱者の一人である。

 その彼が、ずいぶん前だが商工会の人たちと一緒にアメリカに渡ったことがある。そのとき、北大生・宮澤弘幸の妹・秋間美江子さんにお世話になったという。その関係もあり、「真相広める会」を作ることになったとき、「お世話になった秋間さんのために」ということで会の役員になってくれ、帯広にも会員を増やしてくれた。実に義理堅い人である。

 その関係から、私は坂本さんと付き合うようになった。ちなみに、坂本さんは高校生の頃からマジックに興味を抱くようになり、大学時代にプロのマジシャンをめざしたが、父親の稼業を継がなければならず諦めて帯広にもどったらしい。

 大学時代、師事した「ジミー忍」さんがマジック関係の資料を大量に持っており、ご自身のそれらと合体して博物館をつくる構想をもち、準備を始めたという。90年代のころである。ところがジミー忍さんは病で亡くなり、その奥さん・こまだまこさんの協力を得ながらこつこつと資料集めをして、開館にこぎつけたのである。

【お知らせチラシ】
00お知らせチラシ

 前説が長くなってしまったが、ミュージアムを紹介しよう。中に入ると人形たちが待ってくれている。マジックにちなんだそれらが大量に飾ってある。実に多様で、見ていて飽きない。その人形の名前を全て言い当てる人がいたら、表彰ものだ。心和む。

【大量の人形たち】
01出迎える人形たち

 人形ケースの上の方も見ていただきたい。モナリザの絵や子どもの写真が飾ってある。「なんだ、写真か」と素通りしないで、角度を変えて見て欲しい。ぎょっとするようなものが出てくる。これは見てからのお楽しみ。すでにマジックが始まっているのだ。

【実際に使われた衣装も】
02マジックの衣装

 次に衣装ケースが出てくる。師匠のジミーさんや坂本さんご自身が実際に使ったものもあるという。昨年12月に訪ねたとき、準備の最中だったがハトはどうやって衣装にしまい込むのか説明してもらったことがある。そのときはケースに入っていなかったので、現物で説明していただいたが、実によくできていた。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
上野公園の国立西洋美術館が世界文化遺産に登録。世界遺産登録が増えると、ありがたみが減るなー。
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2016/07/14 [Thu] 10:40:39 » E d i t
 以下の名簿を見ていただきたい。メディア関係の委員を上部に集めてみたが、お分かりいただけると思う。労働組合の代表として、当時の連合会長が入っていることも興味深い。労働組合の口も塞いだのである。

【第8次選挙制度審議会委員名簿】
第8次選挙制度審議会委員

 このように大量の選挙制度審議会の委員を就任させた結果、何が起きたか。小選挙区制導入に弊害となる、メディアの批判をスルーしたのである。94年3月に答申され同法は成立した。もう一度いうが、制度の内容はかつてメディア自らが批判したハトマンダーなどと全く違わないのに、である。しかも、『政党助成金』という税金で政党を養うカネまでつけて。

 このときの議論は実に巧妙であった。同審議会は選挙制度を変更する議論を行っているにもかかわらず、新聞や放送の見出しは「政治改革」という名詞が紙面を席巻した。そのため、国民は汚職をなくすために選挙制度を変えるのだ、という錯覚に陥ったのである。

 この小選挙区比例代表制を導入する審議会にメディア代表が大量に入ったことによって、私は「メディアがルビコン川を渡った」と考えている。本来、権力を監視し批判する立場にあるはずなのに、それを事実上投げ捨てたに等しいからだ。この件以来、国会における対決法案について、メディアの意見が分かれることが多くなったし、政府寄りの論調が多くなった、と見るのは私だけだろうか。

 しかも前述したように、政党助成金を付録につけて「こうすれば企業献金はなくなる」と大嘘キャンペーンの片棒をメディアは担いだのである。ところが現実はどうだ。企業献金はなくなるどころか、増えているではないか。さらに最近では、甘利経産大臣のように口利きでマネーをポケットに仕舞い込むという、破廉恥行為も多々起きている。どこが「政治改革」だったのか、と言いたくなる。

 メディアの罪と罰は重い。重ねて言うが、ジャーナリズムとはあくまでも権力批判を貫くことである。にもかかわらず、取材を制限する特定秘密保護法制定を促進するかの報道があったことは、不幸と言わざるをえない。

 最初にもどるが、今回の参議院選挙結果について「国民がばかだから」という一言は、実に意味深い。誤解を恐れずに言えば、この現象はそういう国民が作られたことの反映なのである。しっかり見据えたい。

★脈絡のないきょうの一行
都知事選挙三つ巴戦に。鳥越さんに参議院東京選挙区の野党票が入れば、勝利。全力あるのみ

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2016/07/13 [Wed] 10:29:12 » E d i t
 マスコミのありようについて、もう少し突っ込んでみたい。事例を示そう。衆議院に小選挙区制を導入する過程(1989年から1994年)において、マスコミが果たした役割についてである。

 かつて「ハトマンダー」と呼ばれる小選挙区制導入の画策があった。1965年の鳩山一郎(鳩山由紀夫元首相の祖父)内閣のときである。メディアは民主主義に反するとして一斉に反発、日の目を見なかった。つづいて、1973年に当時の田中角栄首相が小選挙区制導入を提唱した。通称「カクマンダー」といわれるが、これもメディアの反撃で頭を出すことすらできなかった。

 ※注・マンダーとは/1812年にアメリカマサチューセッツ州の、エルブリッジ・ゲリー知事が、自分の所属する党に有利になる選挙区割りを行った結果、その形がトカゲ(サラマンダー)に似ていたことから、知事の名前をとって「ゲリマンダー」と呼ばれるようになり、小選挙区制の代名詞として使われている。

 ところが現行の小選挙区比例代表制(94年3月に成立)導入にあたって、それまでのハトマンダーやカクマンダーと本質的には全く変わらないにもかかわらず、メディアは抵抗せずむしろ推進に回ったのである。

 何故か。やや複雑になるが以下のような経緯がある。1988年に未公開株の贈賄をめぐる「リクルート事件」が発覚した。政財界個人(マスコミ関係者も含まれていた)に、値上がりが見込まれる株の譲渡をするという形の贈賄が行われ、大事件に発展したのである。

 この事件を機に、カネのかからない選挙、政治資金の透明化などを求める「政治改革」が叫ばれるようになった。そこに目をつけたのが選挙制度だった。ここはチャンスとばかりに、「政治改革」を旗印に小選挙区制を導入を画策したのである。

 このとき政府は、ハトマンダーやカクマンダーからしっかり学んでいた。何をか。マスコミを黙らせないかぎり、コトはうまく進まないことを、だ。結果、何をやったか。なんと選挙制度審議会に大量のマスコミ関係者を登用したのである。

 小選挙区比例代表制を審議したのは、第8次選挙制度審議会であった。この審議会は89年6月に発足した。問題はこの審議会に大量のメディア関係者が入ったことである。なんと、27人の委員のうち、メディア関係者は8人となっている。しかも、審議会会長に当時の新聞協会会長(読売新聞社社長)の小林与三次氏が就任したのである。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
鳥越俊太郎さん、都民のなかに飛び込んだ。参議院で示した野党共闘の力で、知事選に勝利を。

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2016/07/12 [Tue] 10:40:37 » E d i t
 選挙結果についての、論考追加である。

 私の友人は選挙結果について、「国民がばかだから」と一刀両断した。つい笑ってしまったが、笑えないことに気づいた。見方を変えると、「バカになる状態にされているから」と言い換えることもできるからだ。もちろん生まれていなかったが、戦前の世相と似通っているのではないか、脈絡のないそんなことを考えていた。

 以前、小ブログにも書いたことがあるが、一つの国を制するには3つの分野を制すればいいという。「教育、司法、マスコミ」がそれである――ということを。この3つのカテゴリーを精査してみていただきたい。

 教育はどうか。教育の憲法ともいうべき教育基本法が改悪され、モノ言う教師は放逐される。日の丸・君が代の押し付けに反対する教師が処罰され、従軍慰安婦の記述や沖縄における日本軍による県民逆殺が教科書から消える。〝ゆとり教育〟という名の詰め込み教育で子どもたちは塾通いを強要される……。

 大学に進学しても奨学金を借りなければならず、卒業と同時に数百万円の借金を背負い返済が始まる。そんな教育をされ、教育環境にあればモノを深く考えることすらできなくなる。実際に18歳選挙権を得た若者の40%から50%が自公与党に投票したという出口調査結果もある。あの人たちがめざしてきた教育の〝成果〟である。

 司法はどうか。イラク判決のように時折、いい判決が出ることがある。私たちは拍手するが、よく考えてみると憲法と照らし合わせてみると、ごく当たり前の判決なのである。それが光って見えるのは、権力寄りの判断が圧倒的だからである。労働裁判は、「最高裁に行ったら負ける」とまで言われ始めた。

 労働審判制度が導入された。解雇や賃金差別について早期解決をめざすという触れ込みだった。が、これもよくよく考えてみると、〝解雇自由〟を司法面から支えているのではなかろうか。結果、労働委員会の役割が薄められている。裁判員制度も、国民の司法参加といいながら、実は冤罪の片棒を担がされる結果になってはいないか。

 マスコミに至っては、目を覆いたくなる惨状だ。「マスゴミ」と揶揄する言葉もあるが、笑っていられない。特定秘密保護法を導入するときのメディアの対応はどうだったか。自らのクビを締めることになる法律制定を促した、その神経を疑う。

 戦争法もしかりだ。集団的自衛権行使の政府解釈は無理があることは、どの角度から見ても明らかだった。しかし、それを助長し法案成立の後押しさえした。メディアの対応は二分したが、二分する問題ではなかったはずだ。変だ。どこか歯車が狂っている。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
都知事選挙候補者に鳥越俊太郎さんの名前。今の危険な政治に、居ても立ってもいられない気持ちからだろう。

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2016/07/11 [Mon] 17:41:38 » E d i t
 参議院選挙の結果は、ほぼメディアの予想どおりとなった。意外だったのは共産党が思ったより伸びなかったことだ。政策委員長の「自衛隊予算は人殺し予算」発言が響いたのか、それともほかのところに原因があるのか。どうしたことだろう。

 選挙結果は、もう一つの問題を生み出した。改憲の発議に必要な議員の3分の2以上を、改憲勢力が確保したことだ。衆議院はすでにそうなっており、両院で発議の条件が整ったことになる。

 これは率直に言って厳しい。特定秘密保護法も、安保法制(戦争法)も事前の選挙で争点にすることなく、いきなり成立させた。TPPに至っては(成立こそはしていないものの)選挙で反対していたにもかかわらず、参加方向に傾いている。その安倍政権の〝手口〟を見るならば、今回の選挙で改憲問題に触れなかったからと言って油断できない。

 公明党は「その議論の時期ではない」といっているが、これも信用できない。手のひらを反すことについて、説明も躊躇もしない党だから。さらに安倍首相の精神構造からすると、むしろ強行してくると考えたほうが正解だろう。しかし、恐れることはない。国会議員の発議が成立したとしても、国民投票が待っている。投票数の過半数の賛成がなければ、改憲は出来ないからだ。

 いよいよ憲法を守る正念場である。国民投票にかけられても、憲法9条は守るという構えを今から作っておくことが大事だろう。率直に言って体力に自信がなくなってきた。しかし、未来の子どもたちのことを考えると、沈黙する訳には行かない。

 もう一つ、経済問題がある。選挙戦で「アベノミクスのエンジンを吹かせる」と安倍首相は豪語した。冗談じゃない。格差がますます広がるアベノミクスは、すでに破たんしており、破たんのエンジンを吹かすということは、経済そのものの破綻に突き進むということだ。

 これは危ない。すでに懸念されていることだが、経済危機に陥った場合、一番先に切り捨てられるのが福祉だからだ。子ども、若者、年寄り、母子家庭、生活保護者、障がい者……例を上げればきりがないが、目に見えている。

 なかでも年金生活者の私にとって看過できないのは、年金基金の株式流用だ。すでに5兆円が消えたという。その事実を選挙後に正式発表する、という国民不在の姑息な手口にますますハラが立つ。株が下がったら基金を投入してつり上げる、ということを繰り返したらどうなるか、小学生にも分かる理屈だ。

 いずれにせよ、国民は自公政権とその補完勢力を選んだ。その結果がどうなるか、大筋は見えている。時代の歯車はいつか来た道へと動き始めている。それを止めるのが国民なら、前に進めるのも国民だ。今回の選挙は、悪い意味での歴史の〝転換点〟になってしまうのではないか、いやな感じがしている。

★脈絡のないきょうの一行
今度は東京都知事選挙。自民党サイドは二分したが、野党共闘の候補者選びがどうなるか。よもや二分はなかろう。
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2016/07/11 [Mon] 08:29:30 » E d i t
 ガマから外へ出ると、太陽の光にほっとする。ヒトは光がなければ生きていけないのだ、と、奇妙なことを考えていた。3日間で遺棄現場、辺野古新基地建設現場、普天間基地の調査、県民大会参加、ひめゆりの塔、平和祈念公園、糸数アブチラガマなど戦争の爪痕や沖縄県民のみなさんの心に触れた。改めて戦争を許してはいけない、という思いを強くした。

                              ◇
 冒頭部分で述べたが、私は長年、沖縄を訪ねることをためらっていた。50年を超えるつきあいの沖縄出身の友人がいる。その友人から「沖縄に行こう」と何回も誘われたことがあるが、断ってきた。沖縄が虐げられてきたその原因を取り除くために、自分が何も出来ていないという申し訳なさがあったからだ。

 1995年に起きた少女暴行事件のときは、何とかしなければならないという思いから、意見広告運動に取り組んだ。千代田区労協を拠点にカンパ活動を展開、琉球新報に1ページの全面広告を成功させた。イラストを絵本作家の田島征三さんに依頼した。拳を振り上げた力強いイラストが出来上がった。

 このときも、私は沖縄に行くことをためらった。

 オール沖縄の当面の目標は、「海兵隊の撤退」である。これはこれで私は支持する。が、本質的には日米安保条約による被害であり、これを廃棄することこそが真の解決策であると断言できる。私は〝安保廃棄論者〟である。政治的、経済的、軍事的、文化的にもアメリカに従属させられる日米安保条約は、片務契約にほかならず廃棄すべき対象だと思うからだ。

 安保廃棄のスローガンは遠景に追いやられ、運動もままならない状況下で沖縄を訪ねることに罪悪感のような澱が私の中にあった。沖縄に行こうと思った動機は、カミさんに押されたからである。毎年、2、3回ほど夫婦旅行をしているが、カミさんは復帰前の沖縄にパスポート持参で行ったことはあるが、復帰後はないという。私は47都道府県のうち行ったことがないのは沖縄だけになっていた。時はすでに21世紀に入っていた。

 背中を押されて初めて沖縄を訪ねた。現在の美ら海水族館が開館した2002年11月のことである。美ら海水族館や首里城などの観光地だけでなく、今回行ったひめゆりの塔なども回った。戦争の傷跡は小さくない動揺を私の中に起こしていた。

 二度目の訪問は定年を前にした2007年4月だ。このとき私は47都道府県の最高峰すべてを踏むという課題があり、沖縄だけが残っていた。沖縄県の最高峰は石垣島の於茂登岳(おもとだけ 標高525.5メートル)である。早朝、於茂登岳に登ってホテルに帰ってきたら、右足のふくらはぎにヒルがまとわりついており、驚いたことを覚えている。このときは西表島や水牛車に引かれて由布島、竹富島にも行った。

 1995年に起きた少女暴行事件を契機に、普天間基地撤去・返還運動が高まり日本政府は「移転」を検討せざるをえなくなった。当初は移転先として「海外」無理なら「沖縄県外」の動きもあったが、米軍の要望もあり辺野古への新基地づくりが始まった。この動きをきっかけに私の〝沖縄闘争〟への参加が本格的になった。

 紙数の関係もあり詳細は難しいが、「沖縄闘争」に関する私の偽らざる思いを述べさせていただいた。19日の県民大会で、本土の人たちは「第二の加害者」であると批判してくれた、玉城愛さんの腹の底から絞り出すような訴えに、耳を傾けなければならないと考えている。

★脈絡のないきょうの一行
参議院選挙結果、改憲勢力が3分の2へ。憲法守る闘いは厳しくなるが、それでも後には引かない。
2016/07/10 [Sun] 13:57:48 » E d i t
 沖縄訪問最終日の20日、ひめゆりの塔、平和祈念公園、そして糸数のアブチラガマを訪ねた。ひめゆりの塔はご承知のように「ひめゆり学徒隊」と呼ばれた看護女子高生が、負傷兵の手当をしながら戦禍の犠牲になった事件である。

 女子生徒及び職員総計240名(教師18名・生徒222名)中、117名が死亡するという痛ましい事件である。崖から飛び降り自ら命を絶った人、銃弾に倒れた人、病死した人などさまざまであるが、同じことを繰り返してはならない、という実例として記憶にとどめたい。

【塔の前で説明を聞く若者たち】
ひめゆりの塔

【「平和の礎」前にて。向こう側に名前の入った石碑が見える】
平和の礎(いしじ)

 つづいて「平和祈念公園」を訪ねた。ひめゆりの塔から車で10分足らずの所にある。沖縄県の本島南側に位置し、東シナ海を一望するロケーションは見事である。公園内は手入れが行き届いている。いつ訪ねてもゴミ一つない綺麗な公園である。沖縄県は毎年6月23日を「慰霊の日」として位置づけ記念集会を開いている。その準備が進められていた。

 公園の海側に沖縄戦で亡くなった、全国の人たちの名前を刻んだ石碑がある。「平和の礎(いしじ)」と呼ばれているが、その数は24万人にのぼるという。都道府県別に整理されているが、もちろん全部を読む時間はない。が、それらをなぞっていくと平和の尊さが改めて伝わってくる。戦争を起こしてはならない――不覚にも涙腺がゆるんでしまった。

 沖縄訪問の最後は「アブチラガマ」である。写真撮影禁止となっており、紹介出来ないのが残念だ。ここは沖縄県の南側、南城市の糸数にある。その名前を取って「糸数アブチラガマ」と呼ばれている。アブ=深い縦の洞窟、チラ=崖のこと、ガマ=洞窟やくぼみのこと――を指すという。

 有料で案内人もついてくれる。ヘルメットを着用し、懐中電灯を貸してくれる。深い洞窟である。ここに病院があり医者もいて負傷兵が運ばれたという。もちろん地元の住民も避難場所として利用していた。ガマの中でライトを消すと、真っ暗闇になる。方向すら分からなくなる。ここで過ごさざるを得なかった人々の思いは、いかほどだったか。想像を絶する。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
参院選投票日。投票率に期待したいが。

2016/07/10 [Sun] 13:51:07 » E d i t
 パソコンが不具合を起こし、遅れました。本来ならこれは8日にアップする予定でしたが、本日になってしまいました。申し訳ありません。

 遺棄現場をあとにして、辺野古のテント村を訪ねた。その際、東京で仲間たちに書いてもらった「辺野古新基地建設反対」の赤旗の寄せ書きと、前もってホテルに送っておいた一升瓶に入った山梨のワインを届けた。

【手渡したたくさんの寄せ書き。テント村の人たちと】
テント村

 この日ちょうど、座り込みを始めて4444日の節目であった。奇遇である。寄せ書きにJAL争議団の名前を目ざとく見つけた人もいた。多くの人たちが辺野古新基地に反対していることを分かってもらえた。もちろん、一升瓶のワインが喜ばれたことはいうまでもない。

 テント村は辺野古漁港の片隅にある。少し歩くと米軍・キャンプシュワブとの境界になる。境界に張り巡らされた金網の向こう側は米軍基地であり、立ち入ることはできない。その金網に抗議の寄せ書きが貼り付けられていた。昨年来たときは、金網の向こう側にはフロートが浮かべられ、基地の土台づくりが始まっていた。しかし、県民の反対運動で、政府は工事の中断を余儀なくされ、フロートは撤去されていた。

【金網で仕切られた米軍基地。抗議の寄せ書き】
辺野古と米軍の境界

 翌19日、県民大会が開かれる前の午前中、普天間基地が見下ろせる宜野湾市の高台を訪ねた。普天間基地が一望できる。日曜日とあってオスプレイが翼を休めていた。基地の際まで住宅が建っている。確かに世界一危険な基地である。その危険性も〝一望〟できる。

【普天間基地。右側にオスプレイの姿】
高台からの普天間基地

 2004年8月、沖縄国際大学校内に米軍のヘリが墜落した。校内にいた人に負傷者は出なかったが、恐れていたことが現実となったのだ。このとき琉球放送が行った取材模様のビデオを見たが、米軍は遮断してカメラを近づけさせなかった。日本国内の事故であるにもかかわらず、地位協定を理由に取材拒否したのである。

 学校や住宅が立ち並ぶまちの真ん中に基地があるのだ。これはひどい。無条件返還を一日も早く実現させたい。だからと言って、辺野古への新基地・代替地を許すものではない。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
アメリカ、韓国に迎撃ミサイル配備を発表。挑発にしては度が過ぎるのではないか。

2016/07/07 [Thu] 10:14:25 » E d i t
 集会はこのあと、学生のみなさんが登場。「殺人・強盗・強姦を含む〝凶悪事件〟は復帰以降だけでも571件上る。このような事件が続いている以上、根本的な原因である米軍基地を取り除くしかない」「誰かの犠牲の上に成り立つ平和ではなく、一人ひとりの命を大切にする平和を求めたい」「日本の民主主義革命は沖縄から起こそう。沖縄から誰も傷つけない新しい平和の築き方を実現しよう」――など、若者らしい発言が相次いだ。

【怒りのプラカード】
619県民大会2

619県民大会3

 怒りを行動に表わそうと、主催者が配ったプラカードが一斉にかかげられた。「怒りは限界を 超えた」「海兵隊は 撤去を」というのがそれだ。参加者6万5000人のこころが一つになった。この場ではその一部しかお伝えできないが、琉球新報はその模様を一面と最終面の見開きで伝えているが、実に壮観である(発言者の内容は20日付の琉球新報を引用させていただきました)。

 集会終了後、モノレールは込み合うので地元の人たちに譲って、私たちは歩いてホテルに戻った。強い日差しの中、この国の政治の貧困さに改めて怒りを感じながら。この日東京では、沖縄県民大会に呼応して国会周辺で集会が開かれた。

                              ◇
 この沖縄県民大会に先立って、前日18日に私たちは被害女性が遺棄された場所を訪問した。県道沿いのそこには、たくさんの花が供えてあった。被害女性の可愛らしい写真も花の中に埋もれていた。この中の花束に翁長知事が供えたものもあるのだろう。

【遺棄現場に花を手向け】
遺棄現場

【道路の縁石上にもたくさんの供え物】
遺棄現場2

 ここだけではなく近くの道路の50㍍ほどにわたって、花が供えられていた。現場近くでビデオカメラを設置していた人に聞いた。「テープが張ってあるところから向こう側に入ってはいけない。米軍の敷地であり治外法権だからだ」という。米軍の敷地であるため捜査が遅れた、とも言う。

 犯人の米軍属がそのことを知っていて、ここに遺棄したとしたら怒り倍増である。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
小池百合子氏、都知事選挙に正式出馬表明。自民党分裂含みに。単なる〝ワガママ女〟の所業だね。

2016/07/06 [Wed] 10:37:56 » E d i t
 名桜(めいおう)大学の学生だという彼女。涙声ながらも、しっかりした口調で語り掛ける。

【涙ながらに語る玉城愛さん】
玉城愛さん

 「同じ世代の女性の命が奪われる。もしかしたら私だったかも知れない。私の友人だったかも知れない。信頼している社会に裏切られる。何か分からないものが私をつぶそうとしている感覚は、絶対に忘れません。」

 「安倍晋三さん、日本本土にお住まいのみなさん。今回の事件の〝第二の加害者〟はあなたたちです。しっかり沖縄に向き合っていただけませんか。いつまで私たち沖縄県民は。ばかにされるのでしょうか。パトカーを増やして護身術を学べば、私たちの命は安全になるのか。ばかにしないでください。」

 涙声の中に、憤りがひしひしと伝わってくる。

 さらに彼女は続ける。「バラク・オバマさん。アメリカから日本を解放してください。そうでなければ、沖縄に自由とか民主主義が存在しないのです。私たちは奴隷ではない。あなたや米国市民と同じ人間です。オバマさん、米国に住む市民のみなさん、被害者とウチナーンチュ(沖縄の人)に真剣に向き合い、謝ってください。」

 厳しい指摘である。確かに今回の事件は、本土に住む私たちの責任でもあるのだ。後述するが、私は沖縄に行くことを長い間ためらってきた。玉城さんの言う、本土の「人」として沖縄の現状を考えたとき、〝何もできていない〟という無力感に苛(さいな)まれていたからだ。この発言は私にとって小さくない衝撃であった。

 一昨年(14年)8月、名桜大学を訪ねた。ジュゴンを守る国際会議が開かれるというので、それに参加するためだ。ところがその報告者のビザが取れないということで、会議は中止になってしまった。名桜大学は名護市の山腹にあり、自然豊かな中にたたずんでいる。大自然の中で学んでいる玉城さんの発言の意味が、作られたものではなく沖縄に生きる人として自然に出てきたことに納得した自分がそこにいた。

【あいさつする翁長雄志沖縄県知事】
619県民大会翁長知事

 県民大会は翁長沖縄県知事の登壇で最高潮を迎えた。「先日、被害者が遺棄された場所に花を手向け、手を合わせてきた。〝あなたを守ってあげることができなくてごめんなさい〟という言葉が出てきた。21年前のあの痛ましい事件を受けての県民大会で、二度とこのような事故を繰り返さないと誓いながら、政治の仕組みを変えることができなかったことは政治家として、知事として痛恨の極みであり、大変申し訳なく思っている。」(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
参議院選挙の新聞各紙予想は、自民優勢。忸怩たるものがある。

2016/07/05 [Tue] 12:50:30 » E d i t
 6月19日に沖縄で、4月に起きた米軍属による女性殺害事件に抗議する集会が開かれた。この集会に千代田区労協から4人の代表を送ることができた。派遣カンパは20万円近くに達し、この場をお借りしてお礼を申し上げます。

 本来ならもっと早く報告すべきでしが、バタバタと動き回っており執筆時間を取られてしまいました。申し訳ありませんでした。

 6月19日、梅雨明けの沖縄は山男流に言えば、ピーカンの青空だった。暑い。持参した麦わら帽子が大活躍であった。会場となった奥武山(おうのやま)公園に一番近い、モノレールの駅「壷川」から会場をめざす。1時間前だというのに、参加者は続々と会場に向かって歩く。追悼の意を表して黒服姿が目立つ。

 私たちは「千代田区労協」ののぼりを立てながら、会場入り。途中、木陰で休んでいる人たちから突然、拍手が起きた。千代田からの参加に驚き、連帯してくれたのだろう。「がんばれ千代田」の声も聞こえた。のぼりは舞台の前に陣取った。

【開会前の舞台】
619県民大会

 県民大会は呼びかけ団体である「オール沖縄」の代表の発言から始まった。稲嶺進・名護市長、高里鈴代・基地軍隊を許さない女たちの共同代表、呉屋守将・金秀G会長、そして名桜大学学生・玉城愛さん――の4人である。

 それぞれの立場から、殺害事件への抗議が述べられた。「71年前から今も変わることなく、県民の人権は無視され、多くの犠牲が押し付けられてきた。若い女性の未来が一瞬にして奪われた。このような事件が二度と起こらないよう県民の力を集めよう。」(稲嶺進)。

 「被害者のお父さんが〝最後の犠牲者にしてほしい〟というメッセージを寄せた。きょうは皮肉にも父の日だ。お父さんは娘さんが遺棄された現場で、手を合わせ〝お父さんと一緒に帰ろう〟と何度も語り掛けていた。一体何名の犠牲者を出さないと沖縄の苦しみを分かってもらえないのか。われわれは決して屈しない。」(呉屋守将)――などの発言がつづいた。

【発言に聞き入る参加者たち】
619県民大会4

 参加者は真剣な面持ちで、聞き入っていた。最後に登場した、玉城愛さんの発言は、本土に住むものとして考えさせられた。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
いよいよ参議院選挙、終盤。平和を守る態度を示したいものである。

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