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ヘボやんの独り言
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11283 今年登った山々 
2015/12/31 [Thu] 20:16:53 » E d i t
 ▼1月/足和田山、谷川・天神山▼2月/宝登(ほど)山、高尾山▼3月/景信山▼4月/霧ヶ峰・車山、高尾山▼5月/御在所岳、日向(ひなた)山▼6月/御巣鷹の尾根▼7月/御前山▼8月/ハンゼの頭、小楢山▼9月/高尾山、八海山▼10月/御巣鷹の尾根、瑞牆(みずがき)山(撤退)、戸隠神社奥社▼11月/高尾山▼12月/本栖湖・パノラマ台

 以上が今年登った山々だ。日向山と八海山は前回紹介したので省くが、いくつか印象的だったものを紹介しよう。

 あの日航機墜落事故から30年目ということもあり、御巣鷹の尾根に初めて登った。1回目は一人で、2回目は集団で。登山道は整備されており、ゆっくり歩いて往復2時間。520人のいのちをのみこんだこの尾根。その経営者が、165人の解雇を強行してきょうで丸5年。

 懲りもせず、「人」を軽視する経営者である。解雇された仲間たちは、この墜落事故を教訓に「安全」を叫んだ。しかし経営者は「利益なくして安全なし」を金科玉条のごとく問答無用で解雇、裁判所もそれを追認した。それでも仲間たちは怯まない。歴史が繰り返されないことを願うだけだ。

 高尾山は今年一番多く4回登っている。すっかり〝ホームグランド〟になった。11月は山頂から大垂水峠に下って、南高尾と呼ばれる大洞山に登った。途中、道を間違い7時間の行程になった。これはこれで楽しかった。

 戸隠神社は、カミさんと一緒に歩いた。最近は年に1回になったが、行ったことのないところを旅行地にしている。奥社入口の駐車場に車を止めて、往復2時間半のんびり歩いた。参道の両脇に植えられた樹齢400年という杉は立派だった。帰りに買ったリンゴは、本場の長野県らしく美味しかった。

 谷川・天神山は天神平スキー場の端の雪のカベを必死に歩いた。一歩進むと半歩下がる。道をそれると腰まで雪にまみれる。それでも登山者の数は多い。そのほとんどが、天神山ではなく谷川岳の山頂をめざしていた。

 今年最後は、久しぶりに富士山を見たいと思いパノラマ台に登った。いつもは精進湖側から取り付くのだが、今回は南側の本栖湖側からとした。こちらは南側に面しており、雪は残っておらず登りやすい。急登に息を切らせ汗を流す。山頂からの富士は、太陽か右手から射して光っていた。

 最近、めっきり体力を落とし高い山は困難になった。体重が増えて重くなったことも一つだが、年齢も原因である。それゆえに、無理をしないことを旨とすることにした。10月の瑞牆山は途中まで歩いたものの、息苦しくなってきた。そのうち慣れるだろうと思ったが整わず、撤退。ちょっと悔しかった。

 来年も元気に登りつづけたい。あと4時間足らずで2016年。「平和を取り戻す」年にしたい。

★脈絡のないきょうの一行
新成人、推計121万人。前年より5万人減(総務省統計局)。傾向はつづく。

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山の閑話 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2015/12/31 [Thu] 15:56:23 » E d i t
 今年は延べ19回山に登った。そのなかで忘れられないのは5月の日向山だ。娘とその友人、吉村尚紀君との3人旅だった。山頂の白い砂礫はまるで海辺のようで、ビーチボールを持ってきた若者2人は、ボールのやりとりに興じていた。甲斐駒ヶ岳とその反対側には八ヶ岳が聳えていた。

 この山行が吉村君と一緒に歩く最後になるとは想像もしなかった。彼は7月、八海山の不動岳(正確には不動岳と七曜岳の間)で滑落、30歳という若さで鬼籍に入った。信じられなかった。同行者に経過を詳しく聞いた。(詳細は7月22、24日の小ブログ)

 9月、その八海山にチャレンジした。1日だけしか休みが取れず、山小屋泊まりがかなわなかった娘は、事件の時お世話になった山小屋まで行ってお礼を述べて下山した。私と同行の鋤柄さんは小屋に泊まり、翌日、滑落した現地を訪ねた。

 この山は2004年9月に今回同様、鋤柄さんと登っている。そのときは吉村君が滑落した鎖場コースではなく反対側を歩き、八海山の最高峰・入道岳をピストンしている。その意味では2度目の八海山だが、鎖場を歩くのは初めてだ。

 小屋を後にして間もなく長い鎖場に取り付く。これをクリアすると稜線に出る。コースを少し戻るとまず地蔵岳だ。そこから小さな鞍部をはさんだ向こう側が、不動岳である。不動岳の山頂には、お不動さんだろうかいくつかの像が立っていた。そこには鉄製の花瓶も備えてあり、持参した花をそこに供えて、手を合わせる。事故現場はここから急な鎖場を下って、鞍部から少し登った場所である。

 前日、小雨が降り岩場が濡れていたため、その鎖場を下るのは危険と判断、不動岳山頂から現場付近の様子を見ることにした。しばらくして5人のパーティーがその現場を通った。見ているとそこをまたぐようにして通過している。中には後ろ向きで渡る人もいる。

 その様子を見ていて原因が想定できた。間違いなく、彼は踏み外したのだ。その現場の写真は吉村君と一緒に歩いていた人から事前にもらっていた。そこは少しえぐれている。そのえぐれに気づかずに彼は踏み外したのではなかろうか。

 原因らしきものが分かったとしても、彼が戻ってくることはない。仲間たちからは信頼され、平和でなければ登山はできない、と「超平和登山部」なるものをつくり、周りを山に誘っていた。娘も誘われた一人だが、面倒見のいい若者であった。

 彼が八海山に登るという1ヶ月ほど前、池袋の居酒屋で飲んだ。そのとき「今度、八海山にチャレンジします」と語っていた。私はあの山は危険だから、十分気を付けるようにとアドバイスした。が、それは実らなかった。あのときのあの時間まで、巻き戻しがきくのであればそう願いたい。

 さようなら、吉村君。優しさをありがとう。

★脈絡のないきょうの一行
株価乱高下の1年。「三本の矢」の失速をはじめとした経済の不安定さの証明でもある。

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