ヘボやんの独り言
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2015/09/24 [Thu] 17:11:12 » E d i t
 19日、日本共産党が来年の参議院選挙で、他党候補を応援するため1人区を軸に候補者の一本化を考えていることを明らかにした。この方針について少なくない人々が賛意を示している。私もこの方針に賛成する一人である。

 共産党の主張は、単なる自民党追い落としのための戦術ではなく、戦争法の廃止をめざす「国民連合政府」を展望しているところに特徴がある。この動きをつくった原動力に、今回の戦争法案反対の未曾有の広がりがあったことは明らか。その意味では、国民の意思が政党を動かしたと言える。

 共産党はいう。「国民の声、国民の運動にこたえて、野党が結束して、法案成立阻止のためにたたかったことも、大きな意義をもつものと考えます。」と。実に真摯な姿勢だと思う。そのことを理解しようとせず、旧態依然の『反共的思考』で共産党との共闘を否定的に語る人々がいる。とくに連合幹部にみられるようだが、これでは時代の流れに取り残されるであろう。

 何故なら、日本というこの国はいま大きな曲がり角に来ていると思うからだ。今回の戦争できる国に仕立て上げた法律をはじめ、労働者保護を謳った労働法制の改悪、消費税の増税、TPP、社会保障費の切り下げ、などなど政治、経済、社会生活全般にわたって「いつか来た道」を想像させるからだ。

 その歴史の〝転換点〟にあって、反共主義を振り回すことは歴史に背くことになりはしないか。たとえば、千代田区議会でみてみよう。民主党、維新の党、共産党、そして無所属の議員7人が連名で「戦争法案反対」を訴えた。定数25の中の7人は少なくない。

 このような運動は、全国で展開された。自民党員のみならず、創価学会員のなかにも「反対」を主張する人たちが現れた。このことについて共産党は「この間の戦争法案に反対する新しい国民運動の歴史的高揚は、戦後70年を経て、日本国憲法の理念、民主主義の理念が、日本国民の中に深く定着し、豊かに成熟しつつあることを示しています。」とも述べている。

 そういう分析に立って、今回の「国民連合政府」の提起である。それは辺野古基地反対をたたかう「オール沖縄」とオーバーラップする。今回の共産党の提言が真の意味で国民が主人公となる、「オール・ニッポン」につながることを期待したい。

★脈絡のないきょうの一行
ラグビーのカベも厚いなー……。

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11242 正念場 
2015/09/17 [Thu] 11:50:42 » E d i t
 この国の形が変わり、民主主義が崩壊するのかの正念場がやってきた。

 戦争法案に反対する声は日増しに強まっている。昨日の国会前は、雨の中、3万5000人が集まった(写真は以下)。国会内は、野党議員が委員会採決を阻止するため、委員会室前を占拠し身体を張った。自民党は、それでも強行採決の施政を崩していない。

【国会正門前でシュブレヒコール】
国会正門1
【国会内の様子を報告する辻本議員】
国会内の動きを報告する辻本衆院議員
【機動隊に抗議する市民】
国会正門8時前2

 この法案、どういう角度からみても「勝負あった」はずである。憲法学者に恃むまでもなく、法案は違憲である。だからこそ7割もの国民が疑義ありの意見を表明している。それでも強行採決することになれば、これはもうファッショであり民主主義の圧殺としか言いようがない。

 この間私は何回、国会に行ったことか。そのたびに人の数は増えた。とりわけ若者が雪崩を打ったように参加してきたことに心強さを感じた。人間も動物である。その動物的感覚が、この国を戦争する方向に向かっていることを感じさせ、反対運動にたちあがったのではないか、私はそう見ている。

 お母さんたちも同じだ。子どもを守るという母性が声となって線から面となり、広がりを持ってきているのだ。この「戦争法案反対」のたたかいは理屈ではなく、国民がハダで危険性を感じとり、行動に転嫁していると言える。重ねて言うが、これは理屈ではなく戦争はダメだ、という本能のたたかいである。

 国会はきょうの午前中、野党が特別委員長の不信任動議を出した。これをめぐる動きとなるが、野党はつづいて衆院に内閣不信任決議案、参院に安倍晋三首相や閣僚の問責決議案の提出などを構えているという。

 それらを想定して、与党は衆議院に差し戻して3分の2の賛成を得て成立させようという「60日ルール」の動きも見えるという。そこまでして成立させなければならない法案なのか。この段階で改めて公明党に問いたい。「平和の党」はどこへ行ったのか、と。

 雨が激しくなってきた。風雲急を告げる雰囲気であるが、私はきょうも国会に行く。

★脈絡のないきょうの一行
個人情報だから(水害の)行方不明者は公表しない。茨城県の幹部はこの法律の真の意味を、良く知らないらしい。

2015/09/02 [Wed] 11:27:18 » E d i t
 この問題、結構笑えたね。「もう見られない貴重なものになりそうだから」と剥がされる前のポスターの前で写真を撮る人もあったという。なかなか気の利いた人である。

 この問題の決定打は個人ブログからの〝借用〟で、もう言い訳ができなくなった。さすがの五輪組織委員会も弁護のしようがなくなったのだろう。撤回が決まり新たに公募することになったという。

 組織委員会が擁護してきた背景が分かった。一度決まったエンブレムで、ポスターづくりや企業広告が実行されており、これを白紙にすればそれらを廃棄せざるを得なくなり、責任を問われかねないからだ。現に、東京都はポスターなど完成したものを含めて4500万円を支出することになっており、その賠償を組織委員会に求めるという幹部の発言もある。

 盗用疑惑もさることながら、〝怪しい〟と思っても白紙に戻すとそういう財政的負担が大きくなることから、組織委員会は動けなかったというのが本筋なのかもしれない。

 制作者のデザイナー・佐野研二郎氏は、自らのホームページで「模倣はない」と言い切っている。しかし、20世紀のモダン・タイポグラフィ(①活版による印刷術。②デザインにおいて、活字の書体や、字配りなどの構成および表現。/大辞林)の巨人といわれるヤン・チヒョルトの展覧会(13年11月)のポスターは、今回のデザインの原案と比べると、類似しており決して目の錯覚とは思えない。

 ところが佐野氏はこの点について、何一つ触れていないのである。模倣ではないとすれば、模倣でない釈明(説明責任)が必要なはずだ。模倣ではないことを前提にすれば、にもかかわらずデザインが似てしまったのは何故か、を説明すべきだった。単に「模倣ではない、盗作ではない」と言われ続けても、聞く人は納得しない。

 この種の作品が似たものになることが生じることは理解できる。ベルギーのリエージュ劇場のロゴは商標登録されておらず、調査した専門家も気づかなかったという。しかし、それが分かった時点で今回のような措置があって良かったのではないか、私はそう考える。早めの措置があれば、裁判にはならなかったはずだ。

 ところが日本の〝お役所体質〟にどっぷり浸かった五輪組織委員会は、一度決めたことを覆そうとしない。しかし国民の声=五輪スポンサーの声=に押されて、白紙撤回した。この流れは新国立競技場建設の動きと似ている。ニッポンの恥がまたしても増えた。

 今回の事件で、今年の流行語大賞に「エンブレム」がノミネートされたことは確かなような気がする。

★脈絡のないきょうの一行
戦争法案11日採決を断念(毎日)。廃案へ追撃を。

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