ヘボやんの独り言
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2015/06/30 [Tue] 10:09:15 » E d i t
 歩いていて、下記写真の墓標をみつけた。「一人は万人の為に 万人は一人の為に」と書かれ、川上英治、和子、咲子の3人の名前が入っている。私は一瞬、誰だか分かった。自宅に帰って確認してみたが、間違っていなかった。

 この墜落事故で4人だけが生き残った。そのうちの一人、川上慶子さんの家族だ。事故当時、慶子さんは小学5年生くらいだっただろうか。ヘリに救出される写真は衝撃的で、8.12日航機墜落事故の象徴とさえなっている。
【川上さん一家の墓標】
12生存者・川上慶子さんの家族

 川上英治さんは事故当時、出雲大社のある島根県大社町の町会議員をやっていた(のちに出雲市と併合)。奥さんは出雲市の病院で看護師をやっていたという。

 この家族4人が、123便に乗っていたのは理由がある。実は私も誘われていた(参加はしなかったが)北海道旅行の帰りだったのだ。その旅行は、当時、賃金差別と闘っていた雪印乳業争議団が牛乳をつくる様子や北海道の牧場を見てもらおうと、支援の一環として毎年企画していたもの。そのプロデュースを北海道出身の、白鳥事件の元被告・村上国治さんがやっていた。

 私は雪乳争議団と村上さんの両方から参加しないか、と誘われていた。残念ながら実現できなかったが、川上さん一家は夏休みということもあり家族ぐるみで雪乳闘争支援も兼ねて、北海道に渡ったのである。その交流会が終わった帰り道、千歳から一旦、羽田に降りて大阪の親戚に立ち寄る予定で、あのJAL123便に乗り換えたという。

 私は、出雲(大社)には1969年に初めて行った。白鳥事件の支援オルグであった。そのとき、名前は忘れたがおそらく川上さんの前任者だと思われる町議会議員に会い、出雲大社を案内してもらった。北海道旅行の件と言い、出雲の経験からも川上英治さん一家の遭難は身近に感じていた。

 亡くなった一家の墓標を目の前にしながら、複雑な気持ちに襲われている自分を発見した。人生ってなんだ。前述の12歳と15歳のきょうだいは、何の罪もないのにたまたま123便に乗り合わせたために犠牲となった。天命はときとして過酷である。

 数年前に島根県の医療労働者から聞いた話しだが、川上慶子さんは母親と同じ看護師になって活躍しているという。それがせめての救いである。

 翻って、520人もの命を奪った日本航空経営。いままた、「経営なくして安全なし」と強弁し、165人ものベテラン労働者を解雇、危ない道を歩きはじめている。30年目にして御巣鷹の尾根を訪ね、JAL経営への怒りを新たにしている。

★脈絡のないきょうの一行
どうなるギリシャ財政。日本も対岸の火事ではなく、借金財政是正が必要。
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2015/06/29 [Mon] 10:55:41 » E d i t
 昇魂之碑の前で手を合わせ、「遭難者遺品埋葬場所」まで少し登ってみる。ここに多くの遺品が眠っているという。遺族の気持ちはいかばかりか。さらに登ると菩薩像が建っており、その横に犠牲者520人の名前を刻んだ石碑が置いてある。改めてその数の多さに驚く。
【遺品埋設場所】
05遺品埋設場所

【菩薩像と犠牲者の墓碑】
06菩薩像と遭難者名の入った碑

【520人はやはり多い】
07遭難者碑名

 その横に千羽鶴が飾ってある小さな小屋が建っている。中をのぞいてみた。犠牲者と思われる写真がランダムに貼ってある。なかには結婚式の写真もある。若夫婦が犠牲になったのだろう。以下のような書き付けをみつけた(読みやすいように、筆者が一部句読点をつけた)。
【小屋周辺の千羽鶴と菩薩像】
08小屋周辺の千羽鶴と菩薩像

                           ◇=◇=◇
幸雄へ。
 こんにちは。久しぶりに登ってきました。周囲の風景もすっかり変わり、緑に落ち着いてきました。
 早いもので13年の年月が過ぎ去り、家族も両親、展兄、昌子姉が貴方の傍に旅立ちました。今回は大阪より車に同乗、皆で参りました。
 御巣鷹も紅葉から厳しい冬へと季節も変わります。どうか安らかに眠り続けられますように、一同、心からお祈りします。そして再びこのような大惨事が起こりませぬ様、祈っています。
 H19.10.11 久子
                           ◇=◇=◇

 これを書いた人を想像するに、犠牲者のすぐ上くらいのお姉さんではないだろうか。両親も兄も姉も亡くなったという。年月の重みを感じさせる。

 昇魂之碑を後にして、下山を開始。「ゆるやかな坂」を歩いてみる。登りでも見かけたが、ぽつぽつと名前の入った墓標がある。おそらくその場で遺体が発見されたのだろう。4人、3人、1人だけのものもある。坂を下って行くと、左手に小屋がありその周辺に数多くの墓標が見えた。
【山中に立つ墓標】
09山中に立つ墓標

【林立する墓標】
10墓標はこの辺りが一番多い

 ここが多くの遺体が発見された場所と思える。狭いなかに墓標が林立している。それらを一つひとつ見て歩く。

 そのなかに、黒の御影石に写真を刷り込んだ墓碑を見つけた。男の子と女の子の二人の写真である。男の子は秋川高校1年、女の子は桐朋学園中学1年と記してある。その隣には二人の名前と歌が刻まれていた。

 歌は、奈良時代の貴族で歌人でもあった山上憶良(やまのうえのおくら)の作品の一つに、「銀(しろかね)も 金(くがね)も玉も何せむに まされる宝子にしかめやも」というものがある。ここの墓碑はこれをトレースし、「白銀も 黄金も玉も 何せむ 子にまされる宝 世にあらめやも」と刻んである。
【子にまさる宝はない】
11兄と妹

 15歳の男の子と12歳の女の子を亡くした、胸をかきむしらんばかりの親の思いがあふれている。子ども以上の宝はない。その思いに、鳥の声だけしか聞こえない一人だけの静かな山中で、私は涙が止まらなかった。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
百田某氏、またまた暴言。「ほんとうに沖縄の新聞は潰さなければ」。この人、自分を何様と思っているのか。

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2015/06/27 [Sat] 17:00:29 » E d i t
 あれから30年、私たちは忘れない――決して義務感からではないが、一度は行ってみなくてはと思っていた御巣鷹の尾根である。8月になれば込み合うだろうと考え、ふと、思い立ち昨日、行ってみた。午後からは雨が降るという予報で、それではと午前5時ころ、自宅を飛び出した。

 関越道の本庄児玉ICで降りて国道462号線を東進、児玉市街地を抜けて群馬県に入ると神流(かんな)町。神流湖畔から神流川に沿って走ると今度は上野村。集落を過ぎて左手に入ると御巣鷹の尾根への道に乗る。崩落だろうか若干迂回させられ、舗装された道をなぞっていく。途中に「諏訪山登山口」の標識。この山は登ったことがあるのでここまでは知った道。

 国道から30分ほどで御巣鷹の尾根の登山口駐車場に到着。歩き出しは午前8時ちょうど。早朝のため誰をもおらず、一人だけで少しさびしい。案内板には「昇魂の碑まで800㍍、高低差180㍍」と表示してある。
【登山口の案内板】
01登山口案内板

 昇魂之碑までの距離の半分程度だろうか、2棟のプレハブ建ての小屋が見えた。休憩所となっており、すぐ横にはトイレも建っている。中に入ってみると、ソファもありゆっくり休める。年配者への心遣いだろう。テーブルの上にノートが置いてあり、休憩所の利用者は記帳して欲しいと書いてあり、私も一筆啓上した。

 このプレハブ、おそらく昇魂の碑を建てるときの作業員のためのものだったと思われる。それを取り壊さないで、休憩所として使っているのだろう。活用法としては正解である。ここから登山道は急になり、途中で『ゆるやかな道』との分岐に出た。のぼりは厳しい方を選ぶことにして、そちらに歩を進める。
【プレハブの休憩所】
03休憩所

【昇魂之碑】
04昇魂の碑

 息を切らせたら小さな広場に出た。ベンチがおいてあり、休むこともできる。広場の右手に昇魂之碑が建っている。もっと大きいかと思ったが、そうでもない。周辺は樹木の緑に包まれていた。小さな広場周辺は桜の木が植えてある。サクラの季節には彩りを添えるだろう。

 碑に飾ってある花は生きていた。前日に供えられたもののように思った。もしかしたら、花は絶えることなく供えられているのかもしれない。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
自民党の〝言論抑圧勉強会〟はひどい。特定秘密保護法制定のときもそうだったが、あの人たちは言論問題に麻痺している。

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2015/06/25 [Thu] 10:38:22 » E d i t
 登山者とトレイルランナーがどう共存してくかという問題、確かに難しい。高尾山やその先の景信山や陣馬山を歩いていると、必ず複数のランナーに出合う。10人ほどの集団を見かけることもある。

 広い登山道であれば問題ないが、一人しか歩けない狭い道は少なくない。私は相手が誰であろうが「登り優先」を心掛けている。それでも、走っている人は止まらざるを得ないこともある。申し訳ないな、と思うことしばしばだが登山道が損傷するのであれば、考えざるをえない。

 雪の積もった日でも、ランニングシャツで短パンのランナーを見かける。そのたびに防寒は大丈夫なのか、と心配になる。「走る」といえども山岳地帯である限り、いつ何が起きてもおかしくない。遭難への対策はしておかなければならない。しかし、走っている人は小さなザックを背負っているだけで、食料や水が確保されているとは到底思えない。

 以下、少し長くなるが埼玉新聞のウェブを紹介したい。考えたいものである。

                           ◇=◇=◇
人気広がるトレイルラン、遭難など懸念も 競技者、登山客どう共存
埼玉新聞 6月24日(水)14時15分配信


 未舗装で起伏のある山道をランニングする「トレイルランニング(トレイルラン)」。大自然の中を走り抜け、泥や木の根などの障害物を回避しながら進む冒険性も備え、近年人気が広がっている。県内でも大会が増えており、新たな競技として注目を集める。一方、関係者からは登山道の損傷や山岳遭難の危険性などを危惧する声も挙がっている。

起伏が魅力

 14日午前9時。秩父市大宮の羊山公園に続々とトレイルランの大会参加者が集まってきた。大会名は「新緑の奥武蔵トレイルランシリーズ2015サードステージ『第6回秩父の名峰・武甲山トレイルラン27キロ』」。エントリー数は663人。年齢層は40、50代の男性が中心だが、19歳から76歳までと幅広く、女性の参加者も約15%を占める。

 参加者に話を聞いてみると、ランニングを経てトレイルランを始めた参加者が大半。ランニングを続けていたが物足りなくなり、山に刺激を求める人が多かった。千葉県の男性(63)は「普通の道より、起伏のある山を走った方が面白い」と魅力を語る。

 琴平ハイキングコースを先回りして参加者を待った。現れた先頭集団は予想以上に速く、全速力で下り坂を疾走。その後は徐々にスピードが落ち、中盤以降は渋滞となり、歩いて坂道を下っていった。集団の前にいた登山者は登山道を外れ、集団が過ぎるのを待つ場面も見られた。

 大会主催団体は毛呂山町のNPO法人「スポーツエイド・ジャパン」。12年前の設立時は年間で6大会を実施していたが、年々人気が高まり、現在では年間22大会を開催しているという。代表理事の男性は「トレイルランナーにはマナーを指導し、しっかり守ってもらっている」と強調する。

低いリスク意識

 一方、県山岳連盟名誉顧問で秩父山岳連盟会長の浅見豊さん(81)は「参加者に悪気はなくても、登山道が壊れているのは事実」とため息をつく。大人数が走ることで登山道が掘られ、道に雨水が流れて荒れやすくなる。荒れた道を避けるため、道を外れて進む人が出てきて、山の環境も荒らされていると指摘する。

 県警山岳救助隊の飯田雅彦副隊長はトレイルランナーの山に入るリスク意識の低さを問題視。山に入る時点でリスクはあり、特にランニングシャツに短パンという軽装で山に入る危険性を訴える。「ランニングの延長で山を走る人が多く、山の知識が少ない。まずは登山経験を積み、山には最低限の装備をしてから入ってもらいたい」と話した。

 近年は登山ブームの影響で山岳遭難事故が増加。昨年1年間に全国で発生した山岳遭難事故は2293件、遭難者は2794人で、いずれも過去最多だった前年の数字を上回った。県内でも昨年の山岳遭難事故は過去最多の69件。死者は9人で、1人は昨年5月に甲武信ケ岳にトレイルランで入山した男性だった。

 浅見さんは「山はみんなのもの。山についてあらためて考えることが必要」と主張。琴平ハイキングコースを歩いていた東松山市の女性(55)は「夫はトレイルランナーだが、登山客には申し訳なく思っている。両方とも山が好きな気持ちは同じはずなので、なんとか共存していければ」と話していた。
                           ◇=◇=◇

★脈絡のないきょうの一行
高齢者の9割が貧困化(週刊朝日)。子どもの貧困よりこちらが深刻だ。

2015/06/24 [Wed] 10:10:31 » E d i t
 有識者会議が、100歳以上のお祝いの銀杯贈呈をやめるべきだと進言したという。私は、その有識者全員の名前を公表してほしい。「バカか」と言ってやりたいからだ。とりあえず、以下。

                           ◇=◇=◇
「100歳の銀杯、税金のムダ」 厚労省事業、識者指摘
朝日新聞デジタル 6月23日(火)13時35分配信


 100歳のお祝いに銀杯を贈るのはやめて――。税金の無駄遣いがないか外部の有識者がチェックする「行政事業レビュー」で22日、厚生労働省の高齢者向け事業に有識者が「抜本的改善が必要」と判断した。

 この事業は1963年度に約150人を対象に始めた。2014年度には約3万人になり、予算額は1人8千円ほどで計2億9800万円に上る。

 毎年3月に翌年度の対象者数を見積もるが、死亡などで実際の贈呈数は下回っている。14年度は3万1500個を準備し、2143個が残った。裏面にその年の老人の日の年月日を刻印するため、余った分は鋳造し直す必要があるという。

 高齢者福祉への国民の理解を深める目的があり、厚労省はこの点で効果的かどうかレビューの対象に選んだ。だが、大学教授ら有識者からは「この程度の話は省内で責任持って決めて欲しい」「重要度の低い事業で我々の時間を無駄に使わないで」といった不満が相次ぎ、1人が退席する事態に。結局、とりやめを進言した。厚労省は「ご意見を真摯(しんし)に受け止め検討するとしか言えない」としている。(蔭西晴子)
                           ◇=◇=◇

 この問題を有識者に問うた厚労省も「バカか」と思うが、「重要度の低い事業で我々の時間を無駄にするな」という有識者も、上から目線のうえエラそうで、もっと「バカか」と思う。もしそれがいやだったら断ればいいだけの話しではないか。ムダと思う問題にのこのこと出かける有識者って結構、嗤える。

 本題だが、100歳になった人に贈る銀杯の意味が、この人たちは分かっていない(と断言できる)。100歳まで生きるってすごいじゃないか。100歳まで生きる人は国民全体のたった0.025%程度。これはお祝いの対象として何の不都合もない。

 決して予算の問題ではないし、100歳を前にして亡くなった人の分を鋳造し直す「処理」の問題でもない。心の問題であるはずだ。100歳になった人に銀杯を贈呈するのは、すばらしい絵を描いた子の表彰や、人命を救った人を表彰するのと同じように「ご褒美」なのだ。

 それを取りやめるなど「バカか」である。

 私の連れ合いの母(私にとっては義母)は、来年100歳になる。私の親戚筋で90歳を超えた人はいないだけに、嬉しく思っているし長生きしてほしい。今は特養ホームで暮らし認知症になっているが、最近の健康診断で血圧をはじめ血液検査などの数値はすべて「正常」で、私たちより健康体だ。その義母の100歳のお祝いはしたいと思っている。

 私は銀杯が欲しいのではない。高齢者を大事にしないその政策に怒っているのだ。大根のしっぽを切るように、100歳のお祝いも切り捨てる、その手法は生涯ハケンを強要する派遣法改悪や、国民を戦争に駆り立てる「戦争法」と軌を一にしている。堪忍袋の緒が切れそうだ。若者言葉でいえば、ムカツク。

★脈絡のないきょうの一行
プロ野球セリーグ、60試合以上を消化し『貯金』のある球団なし。これは珍しい。

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2015/06/22 [Mon] 10:55:45 » E d i t
 20日、維新の党は「橋下徹最高顧問(大阪市長)や松野頼久代表ら国会議員が出席して大阪市内で安全保障関連法案の対案に関する勉強会を開いた。対案を批判してきた橋下氏は、集団的自衛権を行使すべき『存立危機事態』について『日本の防衛のため』といった目的を明記するよう求めた。」(6月21日、産経新聞ウェブ)という。

 集団的自衛権行使のための自衛隊出動について、「日本の防衛のため」と目的を限定して明記するのであれば、今までと同じことである。同じであれば、いま提出されている法案は必要ないと思うのがフツーではないだろうか。

 この維新の党の意見はいわゆる修正案である。報道で読む限り維新の党の考え方は、自衛隊の出動の仕方は現行法どおりである。だとしたら、修正ではなくなぜ「廃案」と言わないのか、不思議でならない。23日にも(修正案を)正式決定するとしていたが、批判が強まったためだろうか日延べするという報道がきょう流れている。

 そもそも、いま国会で議論されているのは「違憲立法」である。その理由は、憲法学者のほとんどが指摘しているとおりで、例に出すまでもない。単純化すれば「自衛」は合憲であるが、他の国を守る「他衛」は違憲なのである。違憲である限りどんなに修正してもそれは違憲なのだ。こんなに分かりやすい方程式はないと思うのだが、維新の党のみなさんはどんな勉強会をしたのだろうか。

 また、「橋下氏は、政府案や維新の対案の『存立危機事態』に関する表記が『分かりにくい』と指摘し、『わが国の防衛に資する』などの表現に変えるよう訴えた。自衛隊の海外派遣に地理的制約があることをより明確化することも要望した。」(前出)という。

 これまた笑ってしまった。橋下さんの言う「わが国の防衛に資する」法律とは、今の自衛隊法そのものではないか。表記を変えるという〝目先を変える〟ことで、法案の真実を覆い隠しコトをすすめようという思惑が透けて見える。国民を小ばかにするこの人らしいし、なるほど、安倍・橋下会談はそんなところに下ごしらえがあったのか、と、少し納得ではある。

 いずれにしろ、維新の党は何の勉強会をしたのだろうか。よもや国語の勉強ではなかっただろうに……。国会の会期を延長し、ゴリ押しで戦争法を成立させようという安倍政権の別働隊として、維新の党が動き出したことに監視の目を光らせる必要がある。

★脈絡のないきょうの一行
日韓国交正常化50年、隣国との友好関係はもっと深めたい。そのために戦後補償問題など条件整備を急ぐべき。

政治問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2015/06/21 [Sun] 15:33:54 » E d i t
 「バカか」と言いたいのはそう言った議員に対してこそ、である。笑い話しだが、あの人たちの焦りの反映でもある。

                           ◇=◇=◇
今度は公明議員がヤジで陳謝 民主・辻元氏に「バカか」
産経新聞 6月19日(金)19時6分配信


 安全保障関連法案を審議中の衆院平和安全法制特別委員会で、公明党の浜地雅一衆院議員(比例九州)が質問に立っていた民主党の辻元清美衆院議員に「バカか」とヤジを飛ばしていたことが19日、分かった。浜地氏は同日、事実を認め、辻元氏の事務所を訪ねて「申し訳ない」と謝罪した。
                           ◇=◇=◇

 情勢とは敵と味方の力関係の到達点をいう――。

 ずーと昔、50年以上も前、私が労働運動を手がけた頃に先輩から学んだことである。この定義、現在においても生きている。情勢とはあれやこれやの『状況』のことではなく、哲学的に分析すると、敵と味方の『力関係の到達点』だというのだ。

 ということは味方の側が強くなったとき、われわれの側が「情勢を切り開いている」ということになるし、逆の場合は「情勢は厳しい」という評価になる。では、味方の力を強くするにはどうしたらいいのか。一つしかない。国民の側、労働者の側の統一と団結・連帯を強化することである。

 戦争法との関係でこの問題をトレースしてみよう。ここでいう敵は「安倍内閣」であり、味方は戦争に反対する「国民」である。昨年7月、安倍内閣は集団的自衛権行使の閣議決定を行った。これは戦争への道であるとして、反対の声があがった。

 メディアは二分した。新聞でいえば閣議決定を支持する読売・日経・産経ブロックと、問題ありとする朝日・毎日・東京ブロックである。地方紙のほとんどは疑問を呈している。放送局をみるとNHKは会長の「籾井問題」を抱えながら煮え切れず、民放は新聞系列に大別されている。

 法案が提出され、国会議論が始まった。同時に反対運動は日増しに高まった。衆議院の憲法審査会で、与野党ともに推薦した参考人すべてが戦争法案について「違憲である」と発言し、国会に衝撃が走った。

 国会前の反対行動への参加者は日々増えた。93歳の瀬戸内寂聴さんも駆けつけマイクを握った。多くの憲法学者が「違憲」発言をし、劇団や文化人といわれる人たちも反対の狼煙を上げ始めた。これらの動きは戦争法に反対する勢力が、情勢を切り開いているからにほかならない。

 そういう状況のなかで、安倍首相は死に体の橋下維新の最高顧問と密談を行い、協力を要請せざるを得なかったようだ。その状況のなかでの公明党議員の「バカか」発言である。間違いなくあの人たちは、追い詰められている。さあ、力を緩めずに情勢を変えていこう。

★脈絡のないきょうの一行
昨日、千代田区労協事務所の移転、無事完了。移転先が近かったものの、荷物の移動は2時間半で完了。団結力だね。

11211 悲しい嘱託殺人 
2015/06/19 [Fri] 10:20:47 » E d i t
 涙が出た。93歳の夫が寝たきり状態になった妻に要請され、首をしめて殺害した。自ら警察に電話し明るみに出たという。何ということだろうか。夫は法廷で、「今でも妻を愛している」と言ったという。

 18日付の朝日新聞デジタルが、詳しく伝えている。この事件、決してヒトゴトではない。高齢化社会は、あと10年もすれば75歳以上が人口の大きなウェイトを占めるようになり、「超高齢化社会」になる。老人介護施設は不足するであろうことは容易に想像できる。そのとき、老夫婦はどう処したらいいのか考えさせられる。まずウェブの要約をみてみよう。

                           ◇=◇=◇
 93歳の夫が体の痛みを訴えていた妻に頼まれて殺害したとして、嘱託殺人の罪に問われた公判が千葉地裁で開かれている。夫は「今でも愛しております」と語り、2人の娘は「父は追いつめられていた。ごめんなさい」と悔やんだ。

 起訴状などによると、夫は2014年11月2日、自宅で妻から殺してほしいと依頼され、ネクタイで首を強く絞めたとされる。夫は自ら110番通報。その後、妻は死亡。生前、「家族に迷惑をかけたくない」とメモを残したとされる。

 検察側によると、妻は13年秋ごろから、急激に足腰が弱まった。次第に転倒を繰り返すようになったという。夫妻は二人暮らしで、長女は頻繁に帰省して様子を見るようになった。14年10月には腰などの骨折が判明。「痛みで眠れない」。こう漏らしていた。

 長女は「父は付きっきりで面倒を見ていた」と語る。買い物、庭の手入れ、トイレの連れ添い……。料理も妻に教わったという。「妻から『何もできない。苦しいだけ』と言われた。もう断れない」夫は殺害を頼まれた時の心境をこう明かした。

 最期、2人は添い寝をした。靴職人として働き、妻と知り合ったころを思い出した。昔話を続けた。「妻はニコニコしていた。とてもきれいだった」妻は介護サービスなどを受けるのを嫌がっていたという。長女は涙ながらに「私がもう少し気付いていれば。父にはおわびでいっぱい」と語った。

 被告人質問の終わりに、佐藤傑裁判官から「どうすれば良かったですか」と問われ、夫は「冷静になるべきだった」と述べた。

 17日の論告で、検察側は「殺害決意は想像を絶する苦悩だったと思うが、妻の弱音とも考えられて軽率」などと指摘し、懲役5年を求刑した。夫は「私がしっかりした男だったら上手な対応をとったと思う。言うことを聞きます」と語った。判決は7月8日に言い渡される。(徳永猛城)
                           ◇=◇=◇

 お二人のうちのどちらかが介護施設に入っていたら、この悲劇は起きなかっただろう。それだけに悔やまれる。しかし、超高齢化社会になったとき施設は間に合うのだろうか。現状から推してはかれば、自ずと見える。生きている限りいつかはその年齢になる自分にあてはめたとき、慄然とせざるを得ない。

 生きるってなんだろう。死ぬって何だろう。問いかけなければならない年齢に、私も到達してきた。

★脈絡のないきょうの一行
93歳の瀬戸内寂聴さん、国会へ。戦争法反対で意気軒昂。学ぶもの多い。

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2015/06/18 [Thu] 10:23:12 » E d i t
 きのう、18歳選挙権が成立した。来年の参議院選挙から実施されることになるが、残された問題がなくはない。昨日の毎日新聞社説がさまざまな角度から報じている。これは参考になる、紹介しよう。

                           ◇=◇=◇
社説:18歳選挙権 若者こそ政治に参加を
毎日新聞 2015年06月17日 02時30分


 選挙で投票できる年齢を現在の20歳以上から18歳以上に引き下げる改正公職選挙法がきょう成立する。公布から1年を経て初の国政選挙となる来夏の参院選からすべての選挙に適用される。改正に伴い、高校生も3年生の一部は投票に参加できる。
 参政権の拡大は終戦直後に20歳以上の男女と決まって以来70年ぶりで、重要な原則の変更となる。単に有権者数が増えるだけの話ではない。若者が政治への関心を高めると同時に、将来を担う世代を重視した政策がこれまで以上に実現されていく契機とすべきだ。
 ◇重み増す教育の役割
 今月中旬、東京都立戸山(とやま)高校の2年A組は「18歳選挙権」をテーマとした自由討論を行った。同校は実際の選挙に近い形で投票を体験する模擬投票などに取り組んできた。
 高橋朝子(ともこ)教諭が「法案が成立すれば(現在)高2のみんなの中にも来年、参院選で投票できる人がいるんだよ」と説明し、議論が始まった。
 「政治に若い世代の声が取り入れやすくなる。期待したい」
 「逆に『投票しない若者が悪い』と言われかねないと思う」
 「親と暮らす高校生は大学生よりも投票に行くはずだ」
 「でも、親の意見に従ってしまうような気がする」
 次々と手を挙げ、生徒が述べる意見は「高校生にも選挙権」が実現する期待と不安を物語った。同時に実施したアンケートでは18歳で投票に行くかとの問いに27人が「YES」、8人が「NO」と回答した。
 今回の引き下げに伴い18、19歳の約240万人の有権者が増える。これは全体の2%程度にあたる。選挙権を18歳の若者に認める国や地域は9割超に達し、もはや国際標準だ。遅れたとはいえ実現を歓迎したい。
 もちろん18歳選挙権を生かし、国民に定着させていくために取り組むべき課題も多い。
 ここ数年、国政、地方選挙で投票率の低下が目立つ。とりわけ若い世代の「選挙離れ」は深刻だ。戦後最低の投票率52.66%に落ち込んだ昨年末の衆院選の場合、総務省の抽出調査によると20歳代は32.58%と60歳代の68.28%の半分にも届かない。投票率の底割れを食い止める方策が問われている。
 そもそも今回の年齢引き下げは、憲法改正の手続きを定める国民投票法の改正が契機となった。改憲の是非を問う国民投票ができる年齢を確定させるにあたり、各党は18歳選挙権の2年以内の法整備で歩み寄ったいきさつがある。
 かつての普通選挙、女性参政権のように、権利拡大を求める声を踏まえて政治が動いた成果とは言い難い。このため、投票率の動向や、これを生かすための環境整備に十分、注意を払う必要がある。
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★脈絡のないきょうの一行
定員オーバーの大学に補助金減額措置。地方からの若者流出を食い止めるため、だと。堂々とよくもまあ、ウソいうね。

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2015/06/17 [Wed] 05:08:33 » E d i t
 やはりきた。布石どおりだ。何がというと「日の丸・君が代」の強制だ。あの法律をつくるとき、強制はしないと決めたのは誰だったのか。戦争法制定の動きといい、この国の形がいよいよ戦前化していく。

 6月16日の毎日新聞ウェブ。「下村博文・文部科学相は16日、東京都内で開かれた国立大学86校の学長を集めた会議で、入学式や卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱を要請した。さらに、文科省が8日に通知した文系学部の廃止などの組織改編を進める方針についても説明し、改めて改革を促した。補助金と権限を握る文科省からの相次ぐ求めに、出席した学長らの間には困惑が広がり、一部の教員からは『大学攻撃だ』と反対の声も上がっている。」

 やりたい放題である。暴走を通り越してファッショである。法律や慣例や慣習、日本の文化や歴史を無視し、自分の思う方向に進める手法は、デジャビュー(既視感)ではなくすでに人々は歴史で学んできたことである。鐘が壊れてもいい。警鐘を乱打しなければならない。それは日本国内だけでなく海外に向けても。

 前出毎日によると、「琉球大の大城肇学長は『学内で問題提起しようと思うが、かなり混乱すると思う。集団的自衛権の議論や基地問題ともリンクして、大学改革とは違う所に話が飛んでいきそうな気がする』。50年の創立以来、慣例で国歌斉唱や国旗掲揚はしていない。『個人的には棚上げにしておきたい』と複雑な心境をのぞかせた。」――という。

 大学側の困惑はうなずける。私自身もそうだが、あの法律ができるとき反対勢力はこの事態を想定し懸念した。まさにそれが今、現実のものとなってきたのである。一部学部の廃止をちらつかせ、補助金削減を脅迫材料にして、最高学府に短刀を突きつけているのである。

 この手法、重大なのは私には嫌がらせに思えることだ。どこがかというと、戦争法案について大学の憲法学者のほとんどが「違憲である」と主張していることについてのそれである。

 いまの戦争法案が違憲だというならば、お前ら憲法学者は法律どおりに「日の丸・君が代」を行え、と、暗にほのめかせているのである。意趣返しだ。実に幼児的発想だ。自分の思うとおりにならない事案について、まったく無関係の事柄を持ち出して服従させようというのだろう。

 まず、国立大学から始めてそのうち私立大学にも補助金削減をちらつかせて、「日の丸・君が代」を押し付けてくることは目にみえている。数年後、いや来年あたりに不起立大学教授に懲罰や解雇が出てくる絵は、決して杞憂ではない。マケルナ大学!!

★脈絡のないきょうの一行
妊娠で強制休職。無休になった日本航空のCAがマタハラとして提訴。この企業、徹頭徹尾腐っている。

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2015/06/16 [Tue] 12:05:57 » E d i t
 戦争法反対で若者たちが動き始めた。13日に開かれた東京臨海広域防災公園の集会(16000人が参加)でも目立ったし、翌14日には渋谷で若者たちだけのデモが渋谷の繁華街で行われ、3500人が参加したという。

 同日は、「総がかり行動実行委員会」などの呼びかけで、国会包囲行動が取り組まれ25000人が参加している。さらに学者ら2700人余が、戦争法反対記者会見を行い、演劇人36団体も反対の意思表示をしている。

 反対運動は日増しに広がり、それを恐れたのだろうか政府・自民党は国会の会期を9月まで延長することを検討し始めた(読売新聞ウェブ)という。

 この運動で若者たちの参加が目立ちはじめたことは歓迎すべきことだ。多くの歴史的転換点で、学生や若者が役割を果たしたことは知られているとおりだからだ。60年安保では、樺美智子さんという貴い命が奪われたが、若者たちは国会前を占拠した。そのころ私は小学6年生で、ラジオから流れてくる「アンポ ハンタイ」のかけ声で「押しくらまんじゅう」をしていたことを覚えている。

 70年安保のとき、私は23歳だった。自らデモを組織し、たたかった。丸の内仲通りで昼休みだけ歩行者天国になる取り組みが始まった。今でもつづけられているが、ランチョンタイムである。ここでデモをやろうということになり、朝日新聞社内にあった「沖縄返還同盟」のみなさんと連携して実現した。そのデモは今に引き継がれている。

 時効だから明らかにしていいだろうが、アメリカ大使館から新橋に向かう通りで、初めてフランスデモをやった。デモの許可証では出来ないことになっているが、無視した。千人規模のデモ隊が一斉に手を広げる様は壮観で興奮したものである。

 若者が表舞台に出てくるということは、歓迎すべきことである。コトが戦争法であるだけに、若者が狙われるであろうことははっきりしており、その〝当事者〟が立ち上がってきたことの意味は大きい。その動きに注目し、バックアップしたい。

★脈絡のないきょうの一行
浅間山で小規模噴火、九州南部で大雨警戒報。大自然が怒っている。

2015/06/15 [Mon] 10:19:04 » E d i t
 暫くブログを休みました。戦争法反対をはじめとした、さまざまな活動に追われ、ばたばたしていました。ご心配いただいた方もありましたが、改めて動き出したいと思います。

 きのう14日、午後7時のNHKニュースは何やらヘンだった。日本で行われた戦争法反対の1万人規模の集会やデモを無視して、遠い香港の〝数千人〟の、それも選挙制度の変更を求めるデモを報道した。視聴者の抗議があったのだろうか、同8時45分のニュースでやっと取り上げたという。

 私は行けなかったのだが、ツィッターなどによるとこの日国会周辺では「総がかり実行委員会」などの呼びかけで、2万5000人が戦争法反対のプラカードをかかげた。さらにNHKのおひざ元渋谷の繁華街で、若者らの集団SEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)が「戦争立法に反対する渋谷デモ」を行っている。

 香港の選挙制度問題のデモはそんなに重要だったのだろうか。確かに、中国政府を批判する動きとしては中国国内では数少なく、〝希少〟なのかもしれない。だが、7分近くもかけて報道する内容だったのだろうか。

 もう一つこの時間帯に、安倍首相と橋下大阪市長の会談をダラダラと垂れ流していた。あの報道に何の意味があったのか。安倍首相が安保法制で橋本市長に協力を要請したらしい、ことがその理由らしい。

 が、大阪都構想で審判を受けた橋本市長は、すでに「過去の人」であり、市長の任期が終われば政治的活動は終了する、と内外に宣言している。その人に協力要請すること自体、無意味だったのではないか。そういう動きは放置するのがフツウだと思うのだが。

 香港のデモ報道はそれを通じた中国政府批判、安倍・橋下会談の報道は首相へのゴマすりと〝橋本復活〟を意図したもの――としか思えなかった。この見方、穿(うが)ち過ぎだろうか。

 いま大事なことは、戦争法反対の国民の声を取り上げることではないのか。自衛隊を米軍と一緒になって戦争に参加させ、ひいては国民を戦争に巻き込む憲法違反の法律に対する国民の声を報道すべきではないのか。

 きょう15日は新聞休刊日。その意味では、「放送」の役割はかつてなく大きいことは自明の理。にもかかわらず、それを逆手に取ったかのようなNHKのあまりにも偏り過ぎる、意図的としか思えない報道であった。監視を強める必要がある。

★脈絡のないきょうの一行
年金機構の大量情報漏れ、真の原因は民営化による緊張感の緩みだったのではないか?
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