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ヘボやんの独り言
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2014/04/28 [Mon] 13:37:20 » E d i t
 富岡製糸場が世界遺産に登録されることが事実上決まった。現地を中心に大騒ぎだが、私はたまたま今月20日の日曜日にカミさんと一緒に訪ねたばかりだ。もちろんその時点で世界遺産登録は決まっておらず、近くの駐車場は空きがあり建物の周辺では小学校の子どもたちだろうか、写生会を行っている程度で静かだった。

【写真1/製糸場入り口】
140420富岡製糸1

 1時間半ほどかけて観て歩いたが、まずウィキペディアから紹介しよう。

                         ◇=◇=◇
 富岡製糸場(とみおかせいしじょう、Tomioka Silk Mill)は、群馬県富岡に設立された日本初の本格的な器械製糸の工場である。1872年(明治5年)の開業当時の繰糸所、繭倉庫などが現存している。日本の近代化だけでなく、絹産業の技術革新・交流などにも大きく貢献した工場であり、敷地全体が国指定の史跡、初期の建造物群が重要文化財に指定され、「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産として世界遺産の暫定リストに記載されており、2014年6月の第38回世界遺産委員会(ドーハ)で正式登録される見通しである。

 時期によって「富岡製糸場」(1872年から)、「富岡製糸所」(1876年から)、「原富岡製糸所」(1902年から)、「株式会社富岡製糸所」(1938年から)、「片倉富岡製糸所」(1939年から)、「片倉工業株式会社富岡工場」(1946年から)とたびたび名称を変更している。史跡、重要文化財としての名称は「旧富岡製糸場」、世界遺産暫定リスト記載物件構成資産としての名称は単なる「富岡製糸場」である。
                         ◇=◇=◇

 設立は1872年だから142年を経たことになる。官営として出発したものの経営悪化から民間に払い下げられ、経営者が代わっている。意外だったのは、1987年まで操業していたことだ。そのせいだろう、機械類は今でも使えそうなくらい綺麗に保存されている(写真2)。

【写真2/糸繰機】
140420富岡製糸3

 工場のなかには、蚕糸づくりを指導したフランス人の宿舎も残されている。ワインを保存できるような仕様になっていたという。女工さんたちの宿舎跡や、診療所跡も残っている。それぞれしっかりした作りであり、往時をしのばせる。

 一番特徴的なのがレンガ造りの建物だ(写真3)。ここは養蚕室だったというが、かなり大きい。レンガは地元で作ったというが、実に綺麗だ。蚕を育てるだけの単なる建築物ではなく、技術的にも芸術的にも見栄えがする。

【写真3/入ってすぐの建物】
140420,富岡製糸2

 正面の建物の裏側に回ってみた。広々としたスペースがあり、正面と同じ大きさの建物がある。ここでも蚕を育てていたという。つまり大きな建物2つを使い、糸の原料となる蚕を育てていたわけだ。その規模の大きさを実感する。

 建物と残された機械類が世界遺産の対象になるというが、もう一つ忘れてならないことがある。舞台は長野県で少し離れているが、製糸工場の「女工哀史」があったことを、だ。近代日本経済の原型を築いたといっても過言ではない絹づくりに、どれだけの女性たちが苦しんだことか。世界遺産登録に浮かれているだけではなく、「労働」の側面からも考えておきたいものである。

★脈絡のない今日の一行
「筆舌に尽くし難い思いをされた慰安婦の方々のことを思うと本当に胸が痛む思いだ」。慰安婦問題についてのオバマ大統領発言を聞いての安倍首相発言。ウソだろ?

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