ヘボやんの独り言
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2013/03/26 [Tue] 10:15:56 » E d i t
 昨年末の総選挙で一票の格差を是正しないまま投票を行ったのは、憲法による平等の原則を逸脱したものであり選挙は無効である、という一連の裁判で25日、広島高裁が初めて「選挙無効」の判決を下しました。これは画期的だといえます。

 一連の裁判は弁護士グループが起こしたもので、東京や札幌などでは「憲法違反である」という判決は下したものの、選挙そのものもが無効であるとは示していませんでしたが、広島高裁は踏み込んだわけです。選挙管理委員会は最高裁に上告することになるのでしょうが、この判決が確定すれば、対象となった広島1区と2区の選挙はやり直しということになります。

 この裁判は、最大2.43倍の「1票の格差」の下で実施された昨年の衆院選は違憲である、として2つの弁護士グループが、全国14の高裁・支部に計16の選挙無効を訴えたものでした。この訴えに対して裁判所は、1票の格差に関して「合憲」「違憲状態」「違憲」の3種類の判断を示し、選挙そのものの有効性が主要な争点となっていました。

 具体的に判決をみてみましょう。これまで出されている判決は全て、選挙そのものの有効性は認めています。3月6日・東京高裁=違憲、3月7日・札幌高裁=違憲、3月14日・仙台高裁=違憲、同・名古屋高裁=違憲状態、3月18日・福岡高裁=違憲状態、同・名古屋高裁金沢支部=違憲、3月22日・高松高裁=違憲――となっており、「合憲」の判断は一つもありません。

 これに加えて、昨日は広島高裁が「違憲であり選挙は無効」という厳しい判断を示したのです。国会の怠慢を司法が断罪した形になりました。

 その国会は、格差を是正するために小選挙区を5つ減らす「0増5減」の法律を去年の解散当日に成立させています。それに加えて、最近では比例部分も減らそうという画策がすすんでいます。これはひどい。

 いま国会が行うべきは1票の格差是正もさることながら、民意を反映する選挙制度を確立することです。それはとりもなおさず小選挙区制度を廃止することです。昨年の総選挙の選挙区選挙では、議席に結びつかなかった、いわゆる死票率が50%以上となったのは全体の6割、一番高かったのは長野3区の72.23%だったといいます(3月24日付・しんぶん赤旗)。この数字は7割を超える人の声が無視された、ということになります。

 きょうと明日、一連の裁判の判決が予定されています。国会は違憲を是正し、小選挙区制度廃止へ勇断を下すべきです。

★脈楽のないきょうの一行
さいたま市でも保育園に入所できず不服申し立て。行政の貧困へのこの反撃、支持する。

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政治問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2013/03/25 [Mon] 11:17:16 » E d i t
 きょうの毎日新聞の1面トップ記事をみて、たいして驚かなくなった自分に驚きました。変な表現ですが、原発に関する専門家といわれる人たちと、電力業界が癒着している様が日常化していることによって「驚き」がなくなったせいでしょう。

 それでも毎日新聞が問題意識をもって報道したことはよしとしましょう。ウェブからそれを拾って見ます。少し長いので一部を割愛します。

                         ◇=◇=◇
<電力業界>原子力委員NPOに1800万円 震災後
毎日新聞 3月25日(月)2時32分配信


 原子力委員会委員の秋庭(あきば)悦子氏(64)が設立したNPO法人に、東京電力や電気事業連合会など電力業界側が毎年多額の事業資金を提供していたことが分かった。原子力委員を巡っては東電出身の尾本(おもと)彰氏(64)が福島第1原発事故後も東電から顧問料を受領していたことが判明、安倍晋三首相が「国民の理解を得るのは難しい」と述べ、尾本氏は委員を辞任。秋庭氏が設立したNPO法人は原発事故後、東電や電事連から少なくとも1800万円受領しており、議論を呼ぶのは必至だ。

 このNPO法人は「あすかエネルギーフォーラム」(東京都中央区)。消費生活アドバイザーだった秋庭氏が01年に設立し、03年にNPO法人格を取得。10年1月の原子力委員就任に伴って秋庭氏は理事長を退き、顧問となったが、現在もNPO運営の相談にのっているという。

 東京都に提出されたあすかの事業報告書によると、09~11年度に2000万~4000万円余の事業収入があり、あすか関係者らによると、この多くは東電や、電力10社でつくる業界団体の電事連などからの提供だったという。このうち原発事故後の11年度は2283万円の収入があり、うち600万円余を電事連から受領し、東電から163万円余、日本原子力文化振興財団(原文振)から約250万円受け取っていた。

 原文振は原子力の知識普及を目的に、原子力産業界と学会を中心に設立された財団法人で、現在、中部電力出身者が理事長を、関西電力出身者が専務理事を務めている。

 あすかは12年度にも電事連から600万円余、原文振から約150万円を受領し、これらを合わせると、原発事故後に電力業界側から少なくとも1800万円を受領していた。非営利のNPOにもかかわらず、11年度末時点で3800万円余の正味財産がある。

 以下、割愛。【杉本修作、町田徳丈、向畑泰司】
                         ◇=◇=◇

 これはもう、癒着による濡れ手に粟としか言いようがありません。

★脈楽のないきょうの一行
キプロスの金融騒動、ドイツは国民の大半がユーロ圏への波及の危機感を抱いているというが、止められるか。

原発問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2013/03/22 [Fri] 06:41:10 » E d i t
 3月18日に発生した福島第一原発における冷却装置の停電は、ネズミの仕業らしきことが分かりましたが、これは笑っていられる問題ではありません。一歩間違えば大惨事になりかねない問題をはらんでいるからです。

 あのトラブル、どうも氷山の一角に過ぎないよう思えてなりません。「冗談じゃない!!」と叫びたくなりますが、それを示唆しているのが以下の産経新聞の記事。徹底した監視が必要なようです。

 それにつけても今回の事故を引き合いに出すまでもなく、原発はゼロにしなければなりません。

                        ◇=◇=◇
福島第1停電 設備急場しのぎ…“薄氷の安定”
産経新聞3月21日(木)7時55分配信
 

 重要設備の制御は脆弱(ぜいじゃく)な仮設配電盤が担っていた。仮設から本来の電源システムに切り替える矢先の停電だったが、事故直後の急場しのぎの設備は汚染水処理の配管やタンクにもまだ残る。事故から2年が経過しても、“薄氷の安定”であることが露呈した。

 東電によると、トラブルが起きたとみられる3、4号機プールと共用プールの冷却装置がつながる仮設配電盤は事故直後から使用。覆いはあるもののトラックの荷台に積まれたままの状態だった。

仮設配電盤は臨時の設備で、万が一の際のバックアップ設備はなかった。プールの冷却は温度上昇が緩やかで、対策に時間的余裕があることも理由のようだ。

4号機プールには、1533体と多くの燃料が貯蔵されている。プールが冷却されず水が蒸発すると広範囲に被害が及ぶため、燃料取り出しは安定化への最重要課題となっていた。だが、その冷却の心臓部は仮設のままだった。

事故直後に臨時的に整備したままの設備は配電盤だけではない。放射性物質を含む汚染水を浄化する装置の配管も耐圧ホースから耐久性の高いポリエチレン製に切り替えているが、一部はまだ残る。

 「仮設タンク」と呼ばれる汚染水タンクも多くは鉄板をボルトでつなぎ溶接をしていないもので、ボルトが緩み汚染水が漏れたこともあった。東電は信頼性向上へ耐久性の高いものに移しているが依然、課題が残ることを浮き彫りにした。(原子力取材班)

★脈楽のないきょうの一行
オウム真理教事件の公判で、死刑囚に証言をさせるかどうかが議論に。死刑囚の人権もあり難しい問題だが、本質が不明のままのこの事件、非公開でもさせるべきか。
原発問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2013/03/19 [Tue] 10:35:13 » E d i t
 18日の毎日新聞ウェブで「<ヘイトスピーチ>『殺せ』… デモ、目立つ過激言動」という記事をみつけました。2月上旬に、ある繁華街で行われたデモで特定の個人を攻撃するシュプレヒコールが目立ったというのです。このデモはたまたま私が出くわしたもののようですが、少し異様な感じを受けたものです。この問題、考えてみます。

 「ヘイトスピーチ」とはなんでしょうか。ウィキペディアをのぞいてみましょう。

 「ヘイトスピーチ(憎悪発言)は、個人や集団をその人種、民族、国籍、宗教・思想、性別、性的指向、性自認、障害、職業、社会的地位・経済レベル、外見などを理由に貶めたり、暴力や誹謗中傷、差別的行為を煽動したりするような言動のことである。ただし、その定義自体に論争がある。」――としています。定義にはいろいろな議論があるようですが、特定の個人や(国や民族を含む)集団を口汚い言葉で攻撃するもの、と読み替えましょう。

 毎日新聞ウェブでは、前出のデモで「殺せ、殺せ」「ゴキブリ」「日本からたたき出せ」などのシュプレヒコールがあったといいます。私が見かけたときは、一段落したときのようで黒の旗をかかげて歩いている姿だけでした。その黒い旗にも異様さを感じたものです。

 最近、女子柔道界の暴力問題に関連して、男性監督が女子選手に対して「家畜と一緒だ」「ブタ」「ブス」とかいう暴言が批判されましたが、何やら共通点がありそうです。どこがかというと〝攻撃〟の対象に対して、人権を踏みにじるという点において。

 考えてみたいのは、このヘイトスピーチが言論・表現の自由に値するものなのかどうか、ということについてです。私は「ノー」だと言いたい。たとえば、特定の政党や個人の批判はあってしかるべきですが、「殺せ」や「ブス」などの表現は批判の域を越えて、単なる悪罵であり言葉の暴力に過ぎないからです。批判には『節度』が伴うものだと思います。

 ところがこのヘイトスピーチは、単なる差別や侮蔑丸出しの〝表現〟であって、守る対象とは考えられず、むしろ批判される対象です。その対策とでもいいましょうか、前出毎日新聞ウェブはヘイトスピーチの説明のなかで、「ネオナチ運動に対処するため1960年にドイツで制定された民衆扇動罪や、『人種差別の扇動に対しては法律で処罰すべきだ』と宣言した国連の人種差別撤廃条約(69年発効、日本は95年に加入)を背景に、各国が規制に乗り出している。」と紹介しています。

 確かに、イギリスやカナダ、ベルギー、オランダ、ブラジルなどで禁止する法的措置が取られていますし、ドイツではナチスの経験から、憲法で自分の意見を発する自由を保障する一方で、治安を妨害するような言論の濫用を厳しく規制しているといいます。

 私は法律でこれらを規制するのではなく、人間が人間として対等の関係にあることが空気のような存在になることによって、ヘイトスピーチやアパルトヘイトなどのようなものが、自然に無くなることを理想としているのですが、ないものねだりでしょうか。

★脈楽のないきょうの一行
南海トラフ地震で950万人が避難(内閣府)。この推測に原発事故は入っていない。画竜点睛を欠く。

2013/03/18 [Mon] 10:59:57 » E d i t
 3.11大震災がらみの報道がどうだったか、しばらく続けてきましたが最後に茨城新聞を紹介しましょう。茨城県内の事業所についてまとめたものです。ここでも小企業に打撃が大きかったことを示しています。少し長いのですが、おつきあいを。

                         ◇=◇=◇
2013年3月8日(金) 茨城新聞
県内事業所、廃業相次ぐ 震災で打撃、支援訴え

 国がまとめた国内企業対象の新たな統計「経済センサス」の速報によると、2012年の県内事業所数は、東日本大震災前の09年に比べ6・5%減の12万3462となった。事業所は企業の工場や営業所、店舗も含まれ、景気低迷に加え、震災が地域経済に依然として打撃を与えている。国の緊急対策で廃業を免れた事業者もあるが、経済団体は支援継続を求めている。

 ▽宿泊施設半減 
 笠間市中心部にある老舗ホテル「井筒屋」は震災の被災を機に廃業した。復旧費用がかさみ、宿泊需要の減少で再建は厳しいとみているからだ。笠間稲荷神社に近い観光地にあるため、市が旅館の土地建物を買い取って、中心部の顔となる観光施設として再生することを決めた。半面、そこからほど近い山の上にある別の大型旅館は被災後、廃業したまま無人の建物が残る。

 市商工観光課は「市内の宿泊施設は震災後半数に減った。ホテル再生は、にぎわい創出と市民の要望もあり決めたが、一部は費用面で再建が難しい例もある」と話した。
笠間のように市が再生する例はまれだ。県内では震災後、老舗酒蔵や旅館、製造業などの廃業が相次ぎ、「景気低迷や後継者難でほそぼそと経営を続けてきた企業が、震災を機にやめてしまう例が目立った」(民間信用調査会社)という。

 ▽小企業が大半
 経済センサスによると、県内事業者の主な産業別では製造2・7%、建設7・9%、宿泊・飲食サービス9・5%、卸売・小売10・0%が減った。特に経営基盤が弱い小規模の事業所が大半と目立った。従業者数も122万9156人と3・9%減った。
結果について信用調査会社の帝国データバンク水戸支店は、震災影響のほか、08年のリーマンショック後の景気低迷の影響も大きいと指摘する。

 県内倒産件数は減少傾向にあるものの、2011年が188件、12年が133件。同支店は「体力の弱い企業は潜在的に多く、廃業が少なくなったとはみていない。経済状況は好転したが、地方の中小零細に恩恵が出るには時間がかかる」と厳しい見方を示す。

 ▽減少に歯止めを
 国は中小企業向けの緊急融資や、再建を目指す地域や業界のグループ向け補助金を実施。金融機関も中小企業金融円滑化法に基づき、貸し付け条件の緩和で企業の存続や再建を支えている。
政策効果で廃業は一定程度に抑えられているとみられる。ただ県商工会連合会など経済団体は「経営環境は厳しく、支援の継続を」と訴え、事業所減少に歯止めをかけたい考えだ。

 ※経済センサス
国内の経済活動を把握するため、5年に1度行われる統計調査。製造業やサービス業の実態を把握するため、個人経営の農林漁業などを除く全国の企業や事業所を対象に実施。2009年に事業所数などの基礎調査を行い、今回は2月1日に初めて企業の売上高などを含めた形で実施、結果を公表した。


★脈楽のないきょうの一行
TPP参加について堂々と公約違反の自民党。公約違反で潰れた民主党と同じ道を歩むのか。

災害問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2013/03/15 [Fri] 13:59:19 » E d i t
 東日本大震災の被害について、東北3県に目が行ってしまいがちですが、茨城県や千葉県でもあったことを忘れてはなりません。千葉県浦安市では液状化によって大きな被害が出たことはご承知のとおりです。

 その後、復旧の進捗状況がどうなっているかなど、情報はあまりありません。地方紙や地方放送局では報道があるのかもしれませんが、このこともしっかりみておく必要があると思います。茨城県と千葉県の模様を伝えたものを見てみましょう。

                         ◇=◇=◇
液状化被害、復興遠く=被災住宅修繕し切れないまま―茨城【震災2年】
時事通信 3月9日(土)10時37分配信

 東日本大震災で液状化現象に見舞われた茨城県。埋め立て地が多い沿岸南部を中心に9300棟以上の住宅が傾いたり、半壊したりするなどの被害を受けた。震災から2年となる現在でも、不自由な生活を余儀なくされている被災者は多い。

 波が打ったような状態の歩道に、むき出しの水道管。利根川下流に位置する潮来市日の出地区では今も液状化の爪痕が残る。「あり地獄に沈んでいく感じ。家が沈んだのか砂が上がって来たのか、分からなかった」。2005年に建てた主婦坪山恭子さん(41)の2階建て木造住宅は約70センチ沈下し、北東に13センチほど傾いた。「平衡感覚がおかしくなり、平らな場所にいても傾いているようだった」と当時を振り返る。小学3年と3歳の息子も頭痛を訴えるなどしたという。

 12年7月、支援金を含め約500万円かけて傾きなどを直したが、道路より低くなった庭や駐車スペースまで直す余裕はなく、雨の日は水がたまる。「潮来は茨城県内で一番復旧が遅れている。ここだけ取り残されている気がする」とこぼした。

 神栖市鰐川地区の主婦中根美恵子さん(54)も修繕費の関係で2階建ての自宅を地震から約1年後に水平に戻すのが精いっぱいだった。「今後全部直すか、引っ越すか、建て直すかで費用が全然違う。津波で自宅が流されてしまった東北のことを考えたら、何も言えないけど…」と言葉を選んだ。

 液状化が激しかった千葉県浦安市では、被災住宅の建て替えなどに際し、国もしくは県の支援金とは別に100万円の補助があるが、潮来市からは数万円の義援金と減税措置があっただけ。神栖市の見舞金も最大10万円だった。

 自宅が半壊状態となった神栖市掘割地区の会社員幸保晴之さん(53)は「壁にはひびが入り、きちんと閉まらない扉もあるが、直す余裕はない」と嘆く。臨海部の開発に伴って30年余り前に同地区に移転させられたといい、「特例措置があってもいい」と不満をのぞかせた。

 自治体による被災地域の再液状化防止事業も進まないまま。神栖市では道路下に穴の開いた配水管を埋めて地下水を集約し、ポンプで地上に出す工法を軸に実施する予定だが、住民の同意も必要なため、着工は早くても14年1月以降になるという。

★脈楽のないきょうの一行
政府のTPP試算、農業部門で3兆円減。それでも参加強行か。

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2013/03/14 [Thu] 08:13:08 » E d i t
 改めて「数字」の確認です。30万人を超える人たちが避難生活を余儀なくされたままです。その一方で復興予算が流用されたり、余ったりという事態も生まれています。復興は遅々としており、被災者は苦しみつづけている。この国の政治はどうなっているのでしょうか。

                         ◇=◇=◇
<東日本大震災2年>なお31万5196人避難 帰還進まず
毎日新聞3月11日(月)0時43分配信

 「関連死」を含め2万人以上が犠牲となった東日本大震災は11日、発生から2年を迎えた。特に被害の大きかった岩手、宮城両県では住宅再建が徐々に進みつつあるものの、地域による「復興格差」も目立ってきた。一方、東京電力福島第1原発事故に見舞われた福島県は放射性物質を取り除く除染が遅れ、県内外に避難した住民の帰還は遅々として進んでいない。【樋岡徹也】

 10日は1773人が犠牲となった岩手県陸前高田市や、原発事故で住民1万960人が避難中の福島県大熊町が役場機能を移している同県会津若松市で、それぞれ追悼式を開催した。

 復興庁などによると、今も31万5196人が仮設住宅や借り上げ民間賃貸住宅(みなし仮設)に入居するなど、全国で避難生活を送っている。避難生活で体調を崩して亡くなった震災関連死も2303人に上る。

 高台や内陸への集団移転は、計画の9割を超える216地区(2万7611戸)が国の同意を得た。

 災害公営住宅(復興住宅)について、政府は15年度までに岩手県で計画の9割(5094戸)、宮城県で7割(1万1248戸)、福島県では2918戸を完成させるとの工程表を示したが、着工は現在3県で2640戸、完成も56戸にとどまる。

★脈楽のないきょうの一行
ニューヨークダウ、7営業日連続で最高値を更新。バブルでなきゃいいけどね。
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2013/03/13 [Wed] 14:07:41 » E d i t
 この問題は急いでほしい措置の一つです。被災地では父親が仕事のために現地に残り、母親と子どもたちは自宅を離れ避難生活を余儀なくされているケースは少なくありません。私が知っている家族にもそういう人がいます。

 現在、原発事故から自主避難した家庭への補償について、東京電力は一切拒否しています。これはひどいと言わざるをえません。今回のこの計画は、東電が拒否したものを国が肩代わりする形になるのかもしれません。本来なら事故を起こした東電が対応すべきですが、コトの性質上、早急に実現してほしいものです。

                         ◇=◇=◇
原発事故影響、「母子避難者」に財政支援検討
読売新聞3月11日(月)7時32分配信

 政府は、東京電力福島第一原子力発電所事故の影響で夫と離れて暮らす「母子避難者」への財政支援など、福島、岩手、宮城の東日本大震災被災3県の子育て支援策を検討する「被災地子ども・子育て懇談会」を4月に設置する方針を固めた。

 メンバーは森少子化相をトップに、3県の保育、教育、自治体関係者と保護者で構成。夏ごろまでに具体策を取りまとめ、2014年度予算に盛り込む考えだ。

 懇談会では、母子避難者について、母親の就労支援や、アパート借り上げの更新手続きの簡素化などとともに、避難先と地元を行き来するための交通費など経済的負担に対する財政支援を前向きに検討する。

 内閣府によると、福島県内の避難指示区域以外の地域を自主的に離れた母子避難者についての正確な統計はないが、約6万人の県外避難者の大半とされる。父親が県内に残り、放射能被曝(ひばく)への不安から母子だけで県外に自主避難しているケースが依然多い。
                         ◇=◇=◇

 この原稿でも紹介していますが、自宅と避難地の行き来の交通費はバカにならないといいます。私が知っている家族は福島県いわき市から避難してきています。父親は同市で仕事を続けているわけですが、高速道路の料金が無料だったときには毎週父親が訪ねてきてくれましたが、有料になってからは回数が減ったといいます。

 高速代金を無料にもどしてほしい、というのが要求の一つになっていますが、それも含めて母子避難者への支援は早急に行うべきです。

★脈絡のないきょうの一行
生活保護受給者数、昨年の12月時点で215万1165人となり記録を更新。貧困列島ニッポン。

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2013/03/12 [Tue] 10:59:56 » E d i t
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2013/03/11 [Mon] 08:33:06 » E d i t
 これまで私が東日本大震災の被災地に行ったのは、災害発生から1週間後と1ヵ月後、そして半年後。さらに1年後と、1年1ヵ月後の5回でした。今回は6回目の訪問となり、被災2年後の復興状況を調査する「定点観測」をしてみるのが目的でした。その帰りに吉沢牧場に立ち寄ったのです。

 「観測」地点は、宮城県の石巻から亘理(わたり)までの約70キロの特定の地域。亘理の定点を調査したあと、原発被害の限界点まで行ってみることにし、浪江町の「吉沢牧場」(事前に連絡済み)をめざしました。国道6号を南下し、福島県に入り相馬市から南相馬市を走りました。マイカーには線量計を外に向けて搭載しました。南相馬市に入って、県道34号線を走ると車のナビは目的地まで5キロという表示がでました。

 ここから線量計の動きをチェックしてみました。牧場に近づくに連れ、メーターはぐんぐん上がり始めました。通常、人体への許容量は0.3μsb(マイクロシーベルト)程度といいますが、1.0、1.5と上がっていき浪江町に入る牧場の手前でなんと2.465μsbまで上がりました。これは高い。

 牧場が南相馬市と浪江町の境界になっています。県道は牧場のところで「この先立ち入り制限中」の立て札があり道路は封鎖されていました。それ以上すすめず、そこから左折して牧場に入ります。入り口には、「希望の牛たちを生かせ」「殺処分、餓死はやめよう」「東電・国は大損害をつぐなえ」の看板が立っています。

 牧場に入ったすぐのところで、20頭あまりの肉牛たちが干草を食べていました。牛たちは痩せ衰え、体毛はまだら状に剥げ落ちたものもいて、率直に言ってギョッとしました。私が住んでいる練馬にも小さな牧場があり、そこも肉牛を育てていますが、こんなに痩せたのは見たことがありません。

 それでも、牛たちは生きているのです。車を牛舎の見える手前に止めて、中に入ってみました。牛はたくさんいるのですが、人の気配が感じられず不安になったのですが、3人の作業員が牛にエサを与えているところでした。そのなかの一人から話しを聞くことができました。

 「皆さんが来ることは聞いていました。ここには350頭あまりの牛がいます。死んでいく牛もあれば、生まれてくる牛もいます。その面倒をみています。」「エサ代などは寄付で賄われています。きょう吉沢さん(牧場主)は、その一環で東京に出かけています。私は東京の小金井出身ですが、ここの牧場で寝泊りすることもあります。」

 などなど語ってくれました。その間、エサをやっていることに気づいたのでしょう、牛たちが次々に牛舎にやってきます。その中には小さな子牛も混じっていました。その体毛もやはり剥げ落ち、痛々しさが募ります。

 ここの牛に対して国は「殺処分」を命令しています。放射能で汚染されているからです。しかし、牧場主の吉沢さんはそれを拒否し牛の面倒をみているのです。この牧場は別名「希望牧場」と名づけられていますが、牛を生かすことで希望を見出そうというのです。

 この牛たちは原発被害の「生き証人」です。獣医師会から牛の面倒をみたいという申し入れもあるといいます。確かに放射能の影響を調べるには絶好の〝材料〟かもしれません。しかし吉沢さんは、それも拒否しています。牛が殺されるからです。

 子牛も混じる牛の群れを見ていて、「生きるとは何なのか」を問われているような気がしました。いつかは死んでいく、いのち。しかし、放射能に汚染されたからといってそれを殺処分にすることはできないと拒否する牧場主。その葛藤はしばらくつづくことになるのでしょう。

 帰りがけ、干草の甘い香りにほっとしている自分を見出していました。

★脈絡のないきょうの一行
大震災から2年。忘れない、忘れてはならない。
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2013/03/10 [Sun] 07:41:03 » E d i t
 大震災2年を迎えようとするこの時期、メディアはその特集を組んでいます。さまざまな角度からのそれは、考えさせるものも少なくありません。その一つが以下の配信でした。

                         ◇=◇=◇
「絶望の町」で生きる牛=警戒区域内に350頭―福島【震災2年】
時事通信 3月9日(土)14時54分配信

 東京電力福島第1原発から北西に約14キロ、警戒区域内にある福島県浪江町の牧場に原発事故以来、依然として約350頭の牛が生き続けている。同町で畜産を営む吉沢正巳さん(59)が国からの殺処分要請を拒否し続けているためだ。

 地震で地割れが広がる牧草地や、被害を受けた牛舎が立ち並ぶ約32ヘクタールの農場に牛を放ち「希望の牧場」と名付けた。しかし、育てても出荷はできない。「なぜここで牛を育てるのか」自問する中で2年が過ぎた。復興の見通しが立たない現状に「絶望の町」と嘆く。

 2011年3月14日、吉沢さんは牧場で「遠くで花火が上がったような音」を聞いた。水素爆発の音だった。そして避難を余儀なくされる。毎日牛にエサを与えることができなくなり、餓死を避けるために牛を牛舎から放った。その後も3日に1度、避難先の二本松市から牧場に戻り、エサを与える日々が続いた。「原発事故の生き証人」だからと国が打ち出した殺処分の方針にも応じなかった。そして同年5月、再び牧場で暮らし始めることになる。

 同町は4月に警戒区域が解除されるが、依然として居住は認められない。復興庁が1月に行った住民意向調査で帰還の意思を示した住民は4割弱。原発事故から2年を迎え「この土地で牛を生かし続ける意味」を問う日々は続く。
                         ◇=◇=◇

 3月2日に私はこの牧場を訪ねました。車に搭載したサーブメーターは、牧場の入り口で2.465μsb(マイクロシーベルト)を計測していました。放射線の〝許容量〟は0.3μsb程度といいますから、約10倍に達します。

 牧場に入って、干草を食べる痩せ衰えた牛たちに驚きました。ただ、「生きている」という形容があまりにも当てはまるからです。ウェブ記事の牧場主・吉沢正巳さんが「この土地で牛を生かし続ける意味」を問う気持ちがよく分かります。

 この日吉沢さんは首都圏に出かけておりお会いすることは出来ませんでしたが、若いボランティアの青年と話をすることができました。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
改憲へ動きだした安倍晋三首相。9条守る全面対決だ。
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10863 「約束」③ 
2013/03/01 [Fri] 12:10:30 » E d i t
 川村さんは、面会所で奥西さんに「必ず救い出してみせます」と約束します。この二人のやりとりが、この映画の題名「約束」につながっていたのです。その川村さんは志半ばにして鬼籍に入ってしまいましたが、この映画のもう一人の主人公はこの人だったのかもしれません。

 名古屋高裁が一旦、再審開始を決めたもののそれを覆したとき、実写のなかの支援者は落胆に包まれていました。実は私も同じような経験があります。もう44年も前のことですが、白鳥事件の村上国治さんの再審を求めるたたかいで、札幌高裁が判決を出したときのことです。忘れもしない1969年6月13日でした。

 この日私は札幌にいました。再審開始の判決を聞くためです。しかし札幌高裁は、多くの支援者の期待を裏切って、村上国治さんの再審請求を却下したのです。22歳と若かった私はきっと頭に血が上ったのでしょう、裁判所前にいた全国から集まった支援者に「高裁に抗議しよう」と言いながら、裁判所内に突入したのです。

 組合旗や団体旗を持ったまま、周辺の人たちを誘って(煽って)入っていきました。その様子をNHKが夕方のニュースで流したのです。東京に帰ったら、長崎に住んでいた叔母から〝激励〟の電話が待っていました。「NHKのニュースで見たよ。あんたは、なんばしよっとね! しかしひどか裁判所じゃね。がんばってよ、応援しとるけんね」と。その叔母はすでに彼岸の人となっていますが、ガンバレコールは嬉しいものがありました。

 村上国治さんはこの年の11月に仮釈放され、札幌高裁の決定を不服として最高裁に特別抗告し、1975年5月20日、棄却はされたものの、「再審制度においても『疑わしいときは被告人の利益に』という刑事裁判の鉄則が適用される」という、通称「白鳥決定」を引き出しています。その意味において、村上国治さんのたたかいは意義あるものでした。

 映画の主題である「約束」は未だに果たされていません。この事件は明らかにえん罪です。奥西さんは今でも毎朝、刑務官の靴の音におびえていることでしょう。彼は同じ拘置所に留置されていた、20人を超える人が処刑されていったことを知っています。その恐怖は推して知るべし、です。私たちは、川村さんと奥西さんの約束を現実のものとするための行動を起こす必要があると思います。

 この間の裁判所の数々の判断は、奥西さんの獄死を待っているとしか思えません。それを断じて許さない、そんな運動をつくりたいものです。

 上映中の映画館は渋谷にあります。朝一番を観ようと思い早目に出掛けました。15分前に到着したのですが、入り口は人だかりでした。関心の高さが伺えました。映画が終わったとき、期せずして拍手が起きました。映画が終わったあとの拍手は久しぶりのことでした。小屋から外に出てみると、次の回の上映を待つ人たちが列をなしていました。

★脈絡のないきょうの一行
きょうは59回目の「ビキニデー」。原爆も原発も人類とは共存できない。即刻廃棄を。

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