ヘボやんの独り言
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2012/09/28 [Fri] 10:14:17 » E d i t
 先週発足した原子力規制委員会が最初にやった〝仕事〟はなんと、報道規制でした。しんぶん「赤旗」を排除するという通達を出したのです。規制すべき対象が違うのではないか、という声が強まっています。この原子力規制委員会について発足直後、116団体が統一して批判の声明を出しています。この批判に〝応えた〟形の今回の「赤旗」締め出し、許せません。少し長くなりますが、この声明全文を紹介しましょう。(※この項、「国際環境NGOグリーンピース」のホームページから転載させていただきました)

                         ◇=◇=◇
 2012年9月19日
 緊急声明: 法と民主主義の精神を踏みにじり、「利用と規制の一体化」「原子力ムラの支配」「国民の信頼の失墜」を招く規制委の原子力ムラ人事の強行に抗議

 本日、原子力規制委員会が発足し、野田総理は、田中俊一・高度情報科学技術研究機構顧問(元日本原子力研究所副理事長)を委員長に、更田豊志日本原子力研究開発機構原子力基礎工学研究部門副部門長ら4人を委員にそれぞれ任命しました。
 私たちは、この決定は、国民の声を無視し、法の精神を踏みにじり、福島原発事故の教訓から何も学ばないものとして、強く抗議します。
 私たちは、多くの市民や弁護士、国会議員のみなさまとともに、今回の人事案について下記の問題点を訴えてきました。また、のべ5万筆を超える一般市民の署名を政府に5回にわたり届けました。政府からは何ら納得のいくお答えを頂いていません。
 ①「利用と規制の分離」「国民の信頼の回復」「原子力ムラの影響力の排除」の原子力規制委員会設置法の趣旨を踏みにじるもの。それどころか、原子力事業者の委員への任命は、設置法第7条第7項、7月3日付政府ガイドライン違反
 ②無責任な原子力推進行政に加担してきた田中俊一氏などを抜擢
 ③田中俊一氏は、自主的避難への賠償に反対し、低線量被ばくのリスクを過小評価してきた。
 この「総理任命」は、「法律に基づく」とされていますが、法の濫用にほかなりません。
 事案は1か月も国会の議運にかけられていました。国会議員の批判・質問に政府が十分こたえることができず本会議にかけることができなかった状況です。
 原子力規制委員会設置法附則第2条第5項に基づく総理による委員の任命は、あくまで、「国会の閉会又は衆議院の解散のために両議院の同意を得ることができないとき」です。今回のような状況下で、この規定を適用すべきではありません。いったん国会にかけられたのにもかかわらず、原子力非常事態宣言に関する原子力規制委員会設置法附則第2条第6項をもって国会の同意を先送りにすることは、さらに許されません。
 このように内容もプロセスも法に抵触する原子力規制委員会に対して、私たちは全く正当性を見出すことができません。
 さらに、初代原子力規制庁長官に、池田克彦前警視総監が就任しました。政府は、「緊急時対応の強化」と説明していますが、原子力災害は、人が引き起こす犯罪やテロなどの対応とは全く異なります。これは、解せない人事であるばかりでなく、市民運動の規制のためでないかという疑いすらいだかせるものです。
 私たちはあらためてこれらの問題を提起します。とりわけ国会議員に対して、国会軽視のこの暴挙に反対し、規制委員会人事の事後承認を与えないことを求めます。
 以上

 国際環境NGO FoE Japan、福島老朽原発を考える会、原発を考える品川の女たち、プルトニウムなんていらないよ!東京、経産省前テントひろば、再稼働反対!全国アクション、福島原発事故緊急会議、首都圏反原発連合、美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(美浜の会)、子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク、国際環境NGOグリーンピース・ジャパン、eシフト(脱原発・新しいエネルギー政策を実現する会)、たんぽぽ舎、ふくしまの子ども達を救う会、怒髪天を衝く会、No Nukes Asia Actions、震災被災者支援コミュニティー富士の麓のうつくし村、九州住民ネットワーク、自然村 有限会社、日本山妙法寺、ふぇみん婦人民主クラブ、放射能のゴミはいらない!市民ネット・岐阜、平和・人権・環境を守る岐阜県市民の声、さよなら玄海原発の会・久留米、環境教育ふくおか、玄海原発プルサーマル裁判の会、「脱原発」を考える市民講座・四日市、さよなら原発・ぎふ、さよなら原発の会 中津川、足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわ、国連・憲法問題研究会、会津放射能情報センター、会津マスクワイア、研究所テオリア(準)、会津子どもクワイア、核のごみキャンペーン・中部、岩手有機農業研究会、平和と民主主義をめざす全国交歓会、原発八女ん会、原発はいらない東濃おかあちゃんの会、さよなら!志賀原発ネットワーク、みどりの未来・ふくしま、子供たちの未来を考える親の会、さよなら原発かながわ、津野山脱原発を考える会、虹とみどりの会、唯足舎、人権・平和ネットうべ、原発さよなら四国ネットワーク、DearChild、エネルギーシフトパレード、脱原発とうかい塾、放射能から子どもを守る岩手県南・宮城県北の会、島根原発増設反対運動、田布施町まちづくり研究会、地球の子ども新聞、子どもふくしま、宮崎の自然と未来を守る会、みらいアクション青森、瓦礫問題を考える会・福岡、原発と暮らしを考える会(神奈川県横浜市)、草の根の会・中津、鎌倉平和学習会、七番めの星、原発がこわい女たちの会、エコリレーかめおか、グリーン市民ネットワーク高知、アマナクニ、名前のない新聞、原発をなくし、自然エネルギーを推進する高知県民連絡会、<ノーモア南京>名古屋の会、時を見つめる会、さよなら原発東三河ネットワーク、ミチミチズム、プルトニウムフリーコミニケーション神奈川、新空港反対東灘区住民の会、神戸空港の中止を求める市民の会、暮らしの環境情報室、生活環境を考える洛北の会、放射性物質拡散NO!の会、子供たちの未来を考える親の会、アジェンダ・プロジェクト、「脱原発の日」実行委員会 Campaign for Nuclear-free Japan、原発廃炉で未来をひらこう会、「21世紀を愉しむ会」、大阪此花発!STOPがれき 近畿ネットワーク、NGO Globe サポーター危険学プロジェクト、ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン、みどり福岡、「Fukushima ゴーシュセロの会」、特定非営利活動法人水泳NPO、こどもの未来を守る会、放射能問題を考える会、脱原発大分ネットワーク、いのち・未来 うべ、「さよなら原発」ステッカーの会、三陸の海を放射能から守る岩手の会、上五島住民新聞、東北アジア情報センター・広島、サヨナラ原発福井ネットワーク、三陸のさんま・わかめを愛する会、原発おことわり三重の会、脱原発国民の会、ストップ原発&再処理・意見広告の会、福井原発訴訟準備会、STOP原子力★関電包囲行動、とめよう原発関西ネットワーク、関西合同労働組合、バイバイ原発京都、5.3改憲阻止共同行動実行委員会、アジア開発銀行福岡NGOフォーラム、子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク、「平和への結集」をめざす市民の風、熊野の森ネットワーク・いちいがしの会、ストップ!放射能汚染ガレキ・関西ネットワーク、イマジン原発のない未来 kamakura parade、災害ガレキを考える多気の会、安心な健やか地域づくりをすすめる会、核の炎を憂うるイザナミの会、放射能から健康を守る女医の集い

★脈絡のないきょうの一行
「日本維新の会」の候補者選定委員長に竹中平蔵氏。自民党・安倍晋三総裁につづいて二例目のゾンビ。

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原発問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2012/09/26 [Wed] 10:22:45 » E d i t
 「代表選は首相の党代表の任期満了に伴うもので、国会議員、国政選公認内定者、地方議員、党員・サポーターによる投票をポイントに換算して争った。計1231ポイントのうち首相が、1回目の投票で有効投票の約3分の2となる818ポイントを獲得し、再選を決めた。他の3候補は、原口一博元総務相(53)(154ポイント)、赤松広隆元農相(64)(123ポイント)、鹿野道彦前農相(70)(113ポイント)の順だった。国会議員336人のうち、欠席は5人、無効票は6票。代表任期は今年の党大会での規約改正により、2年から3年に延長された。首相の代表任期は2015年9月まで。」(9月22日・読売新聞ウェブ)

 どこの代表選かはお分かりですね。そうです。先週21日に投開票が行われた民主党のそれです。説明不要でしょうが、首相は野田佳彦さんのことです。4人の候補者によって争われましたが、この選挙でメディアがほとんど取り上げなかった問題があります。各候補者の「公約」です。

 きょう行われる自民党の総裁選は、たとえば原発問題では全員が「維持」を表明し何等の違いはありません。しかし、民主党の代表選挙は候補者によって大きな違いがあったのです。その違いについて、(私の関心が薄かったこともありますが)メディアの取り上げ方は弱かったといわざるをえません。

 その違いが際立っていたのは、2番目の154ポイントを得た原口一博元総務相でした。百聞は一見にしかず、です。以下、その内容。

 ①被災者と自治体の声とアイデアを生かし、予算を残さない復興事業。
 ②大飯原発再稼動の停止。「原発ゼロ計画」を直ちに着手。今夏、原発ゼロは実現している。
 ③消費税増税の前に、まずデフレ脱却を実現する。経済成長指標を厳守し、消費税増税は凍結する。
 ④オスプレイ配備、辺野古基地見直しを米国に直言する。
 ⑤外交力の強化~尖閣・竹島・拉致問題等の解決をめざす。
 ⑥国民経済も国の姿もこわす新自由主義の典型=TPPは参加しない。
 ⑦行革特命内閣で、官僚利権を一掃。行政仕分け。天下り全廃。
 ⑧解党覚悟で出直し。政権与党の組み換えを行う。

 あれっ!? と思われる向きも多いことと思います。私たちが所属する労働組合の要求や課題に出てくる問題がそのまま入っている部分があります。敢えてコメントは避けましょう。大事なことは、こういう「公約」をかかげた民主党党首選挙の候補者がいたこと、そしてその人が2番目の得票数を獲得したということです。

 この「公約」は、民主党代表選挙に〝出席〟した先輩からいただいたものです。その人は、たまたまこの場に参加できることになり、そこで入手した資料をコピーして送ってくれました。私が〝独り占め〟するのももったいないので、公表させていただきました。それにつけても、政策がこんなに違うのに、同じ党内にとどまっていることは面白いですね。やはり、以前指摘したように民主党は「政治同好会」なのでしょうか。

★脈絡のないきょうの一行
原子力規制庁の幹部、推進派がずらり。これじゃ原子力推進庁になってしまうぞ。変。

政治問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
10796 ふるさと訪問⑤ 
2012/09/24 [Mon] 13:10:58 » E d i t
 今度は卒業した小学校の訪問です。佐世保市立皆瀬(かいぜ)小学校。私にはふるさとの香りが感じられます。この学校は歴史があり、門から入ったすぐのところに「創立100周年」の記念レリーフがありました。そこにはなんと「昭和49年7月建立」(1974年)と記されています。ということは、今年で創立138年ということになります。これは古い。あの東京大学は今年135年ですからそれよりも古い。そういう歴史ある学校で学んでいたことに、感慨深いものを覚えました。

 学校の中に入ってみました。たまたまこの日は少し早目ですが、「敬老の日参観日」となっており、運動場は車で参加した保護者たちの〝駐車場〟となっていましたが、考えていたより狭い。建物が建ったこともあるのでしょうが、子どもの目線は広く感じるものなのかもしれません。

 学校の南側正面に、見上げる感じで山がたたずんでいます。将冠岳(しょうかんだけ・445㍍)です。これが、おそらく私が「山」として意識して登った最初の山です。転居を繰り返したために紛失したのでしょう、私の小学生のころの写真は2枚だけしか残っていません。小学6年生のときのもので1枚は校庭で撮ったもの、そしてもう1枚は遠足で登ったこの将冠岳山頂の写真です。

 今回のふるさと訪問の目標の一つは、この山に登ることでした。事前に地図や行程時間、靴も軽登山靴を持参するなど万全の準備をしたのですが、残念ながら予報どおりの雨。ゲリラ豪雨のような激しい雨に、さすがの私も尻込みし断念するのに時間はかかりませんでした。リベンジを誓って登山を諦め、この日泊めてもらう大村市に住んでいる従妹のところに急ぎました。

 この従妹は母の弟(私にとっては叔父)の子どもにあたります。叔父には子どもは女の子二人だけで男の子がいなかったこともあったのでしょう、私は可愛がってもらいました。この叔父も炭鉱夫で閉山後、愛知県に再就職し頑張ってマイホームを建てたものの、通勤途上に交通事故に遭い帰らぬ人になりました。そのとき二人の女の子はまだ小学生でした。

 叔父が事故死した当時、通勤途上の傷病は労災扱いされていませんでした。この事故は、現在の制度をつくるきっかけの一つになっています。子ども二人をかかえた叔母は途方に暮れ、身寄りのいない愛知を離れて長崎にもどったのです。母子家庭で厳しいくらしを余儀なくされましたが、従妹たちは結婚し子どももつくりました。その叔母も3年前に叔父のもとに行きました。

 従妹の連れ合いは6年前に病死するというアクシデントに見舞われました。それでも、彼女は健気にがんばっています。この日の夜は、熊本で仕事をしている娘も駆けつけてくれ、楽しいひとときを過ごしました。

 3日目、9日。もう一人の従妹夫婦がシイタケ栽培をしている島原市に足を運びました。もとは有明町でしたが、合併により島原市に編入されています。車で大村から諫早を経て左手に諫早湾を見ながら、平成新山のふもとをめざします。前日の雨は上がり、のどかなまち並みを走りました。

 シイタケ栽培は大変です。〝生き物〟ですから放っておけば大きくなりすぎて商品になりません。大きさのころあいを見計らって収穫します。真夜中に仕事をすることもあるといいます。一本一本のシイタケに愛情が込められています。

 それらを見せてもらいながら、島原で昼食をとって別れを告げました。この二人の従妹たち、私の記憶装置には小学生になる前の幼い姿が、今でも〝冷凍〟されたままになっています。島原を離れて、大村空港まで送ってもらい今回の「ふるさと訪問」に終止符を打ちました。

★脈絡のないきょうの一行
中国の公船が日本領海に侵入。これは意図的な挑発で国際法違反だよ、胡錦濤さん。

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10795 ふるさと訪問④ 
2012/09/21 [Fri] 11:13:48 » E d i t
 平戸に住んだことはありませんが、実に39年ぶりの訪問でした。そのときは結婚後ちょうど1年、カミさんと一緒に〝里帰り〟したついでに立ち寄っています。港周辺はかつてのまま残っていました。オランダ坂、ザビエルの記念碑など歴史に浸り、全国で上映中の「あなたへ」のロケ地・薄香漁港へ移動しました。

 この映画については、小ブログ(9月3、4日)で紹介しましたが、81歳になった高倉健が主演です。薄香漁港に近づくに連れ、「『あなたへ』のロケ地」と書いた幟(のぼり)が目立ちます。確かに、映画に出てきたシーンそのものが、目の前に広がっていました。穏やかで静かな漁港です。

 この日泊まった民宿は平戸島の高台にあり、展望は抜群でした。客は私一人でさびしいものがありましたが、漁師さんが経営しており平戸の「海の幸」をたらふくご馳走になりました。

 2日目、9月8日はお墓参りからスタートです。松浦市や伊万里市につながる松浦鉄道の「上相浦」(かみあいのうら・佐世保市)駅から、車で3分のところにあります。このお墓には母の両親と兄、弟夫婦、妹が眠っています。私にとっては祖父母と叔父、叔母にあたります。叔父は後述しますが、炭鉱を離職後、名古屋で仕事に就きましたが交通事故で不慮の死をとげています。

 お線香は東京から持参しましたが、花はそうはいかず平戸からの途中の「道の駅」で買い求めました。早朝から営業しており、ラッキーです。雨のなかでどうやって墓掃除をしようかと悩みましたが、なんとその時間には傘が必要ないほどの小降りとなったではありませんか。祖父母たちのプレゼントだったのでしょうか、急げ、急げ、です。

 手早く墓参りを済ませて、九州でくらしていた間で一番長く住んでいた、佐世保市白仁田町の菰田(こもだ)ダムとその近くにあった炭鉱住宅を訪ねました。このダムが以前小ブログに書いた、ウナギの稚魚が上がっていったところです。子どもの頃遊んでいたダムの真下まで行きたかったのですが、金網が張り巡らされ近づくことすらできません。時間をかけて反対側まで行けば可能だったのかもしれませんが、雨が降り、時間的制約もあって断念せざるを得ませんでした。

 しかし、かつて住んでいた住宅(長屋)は残っていました。私がここを離れたのは13歳のときですから、あれから52年が経過したことになります。しかし、その長屋は昔のままのたたずみでした。1棟4世帯が入居できる仕様ですが、3棟が健在でした。そこまで足を運んだところ、家の中には人の気配がありました。ふと、嬉しさがこみあげてきたものです。

 なつかしの家を後にして、ボタ山(掘り出した石炭以外の石や土が積み上げられてできたもの)のあった所へさしかかりました。思ったとおりです。50年の歳月はボタ山を普通の山に塗り替えていました。立派な樹木が立っています。しかし、土石を盛って作られた人口の山ですから、地盤が緩いことははっきりしています。その対策でしょう、その基部には土止めのコンクリート壁ができていました。高さ10㍍ほどのコンクリートの向こう側に山。不思議な光景です。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
「30年代に原発廃止」の方針、朝令暮改、雲散霧消で無きものに。国民無視・財界本位の政治の典型だ。

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10794 ふるさと訪問③ 
2012/09/20 [Thu] 10:51:52 » E d i t
 長崎への交通は安さに惹かれて航空会社のスカイマークを選びました。予約するときに、思ったより時間がかかるな、とは考えたもののパソコンでそのまま「予約」をクリック。そして出かける3日前、よく調べてみると神戸空港経由となっているではありませんか。時間がかかるはずです。

 直行はだめですが神戸空港を経由(利用)することによって、スカイマークは長崎空港への乗り入れを許可されているそうですね。したがって、直行ではないことを立証するためでしょう、客は一旦、自分の荷物を全て持って飛行機から全員降ろされ、改めて同じ飛行機に乗り込むという〝無駄〟なことをやらされました。

 長崎空港でレンタカーをゲット。まず自分が生まれ、そこの小学校に入学した伊万里市を訪ね、さらに弟たちが卒業した松浦市の今福(いまぶく)をめざします。伊万里湾を右手に見ながら、松浦鉄道・松浦西九州線に沿って国道204号線(通称・唐津街道)を急ぎました。

 この松浦西九州線は国鉄の分割民営化に伴い、国鉄・松浦線が1988年に第三セクターとして再スタートしたものです。今福駅は田んぼのなかにありましたが、この街には「飛島・とびしま」「鷹島・たかしま」への航路を結ぶ港があり、こちらのほうが賑わっていました。この二つの島もかつては炭鉱まちで繁栄したところです。

 今福は、平安時代から戦国時代に肥前松浦地方で組織された武士団の連合で、水軍としても活躍した松浦党(まつらとう)の最初の居城があったところです。松浦党は、嵯峨源氏の末流といわれる源久(みなもとのひさし)が、1069年に撮津国渡辺荘より西下し、ここ今福に上陸して城をつくり権力をふるいました。その傍系の末裔である平戸松浦氏が関ヶ原の戦い以降、平戸藩6万3千石の外様大名として存続したのです。ここは歴史あるまちです。

 歴史あるまちを後にして、今度は私が卒業した中学校訪問です。今福から三つ目の、調川(つきのかわ)駅から歩いて10分程度でしょうか、小高い丘にその調川中学校はあります。小学校も隣接しています。ここからは天気が良ければ壱岐・対馬まで見通せました。平日とあって、子どもたちの元気な声が聞こえていました。自分が卒業した学校のなつかしさは一入です。調川駅は、中学卒業後に私が九州を離れたときの駅で、母が涙を流しながら見送ってくれたことを今でも覚えています。

 小雨がぱらつき始めましたが、住んでいた炭住街に行ってみることにしました。中学校から歩いて1時間ほどの距離でしたが、そこは悲しいことに影も形もありませんでした。全て棚田となっており、どこに何があったのか面影すら見出すことができませんでした。「消滅」はさびしいものです。雨の中をこの日泊まる予定にしている平戸へ急ぎます。途中の道の駅「松浦海のふるさと館」で地元産のナシを買い頬張ります。うまい。

 松浦市に別れをつげて、平戸をめざします。2003年にその座を「沖縄都市モノレール」に譲りましたが、それまでは鉄道(レール)の日本最西端駅となっていた「田平平戸口」(たびらひらどぐち)を通過。平戸は島となっており、1977年に完成した「平戸大橋」を渡りました。橋が架かるまでは船が唯一の交通手段で、かつてはそれを利用したものです。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
日本航空、株再上場し初値は3810円。165人もの首切りをやったままの仁義なき上場、きっとまた崩れる。

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10793 ふるさと訪問② 
2012/09/19 [Wed] 10:47:51 » E d i t
 エネルギー革命、すなわち炭鉱の閉山は、そこに働く労働者の雇用を破壊し塗炭の苦しみに陥れました。尋常小学校しか出ていない父は、識字力も低く炭鉱夫以外の仕事はできず、しかも労働組合活動を行ったため、いわゆるレッドパージを受けたこともあり、仕事を見つけるのは困難でした。

 しかしそれでも父は、生き残った炭鉱を探して転々としました。私は1947年生まれの団塊の世代ですから、エネルギー革命が起きた頃は、小学生の高学年から中学生でした。私が生まれたのは炭鉱まちの存在した佐賀県伊万里市ですが、直後に福岡県の直方市に転居。さらに、小学校入学直前に伊万里市にもどり、間もなく長崎県佐世保市に移りました。

 生まれてから中学を卒業しふるさとを離れるまでの間(15年間)、一番長く住んでいたのはこの佐世保市で5年でした。そのせいでしょう、「ふるさと」と言えばここの情景が目に浮かびます。中学校は佐世保市で入学したものの、すぐに松浦市に移り住みここで二つの学校に通いました。つまり私は、小学校が2校、中学校は3校で学んだことになります。

 家庭は貧乏の子沢山の典型、女3人・男4人の7人きょうだいで、私は3番目の長男です。二人の姉たちはまともに学校に行かせてもらえず、中学の卒業も待たずに奉公に出されました。いわゆる「口減らし」だったようです。

 父は、貧困生活の中でおそらくストレスがたまっていったのでしょう、大酒を飲むようになり、母に暴力を奮う今でいうDVの加害者になっていきました。そういう暴力的な父に私は一度だけ抵抗し、鉄拳を下したことがあります。その拳は勢いがあったのでしょう、父の前歯を2本折っていました。中学3年生でした。

 そんな生活をしながら私は中学生になったとき、「自分は定時制高校に行く」ことを決めていました。ませた中学生だったのかもしれませんが、「金の卵」ともてはやされ、名古屋が終着駅の集団就職列車に乗ったのは、1963年3月のことでした。名古屋から東海道本線をさらに東進、刈谷市の鉄工所に勤務し定時制高校に通い始めました。高度経済成長の創生期です。

 私の生い立ちの説明になってしまい申し訳ありません。私だけでなく母方の兄弟の子どもたちも、父方の兄弟の子どもたち、つまり従姉妹(従兄弟)たちも厳しい生活を余儀なくされました。九州から名古屋に出て父親を交通事故で亡くしたり、自らが異郷の地ともいえる埼玉県の秩父市に出て行ったり。それらを乗り越えて、涙ぐましいほどたくましく生きてきました。

 そのことを含めて、私が名古屋から東京へ出ることになった経緯など、そのうち触れる機会があると思いますので、今回は私のその「ふるさと」を訪ね歩いた報告です。

 8月の小ブログで、ウナギ問題を取り上げました。そのとき子どものころダムの壁が真っ黒になるほど、ウナギの稚魚が上がっていったことを書きましたが、それ以来、どうも「里心(さとごころ)」が覚醒したらしく、むやみにふるさとが恋しくなりました。不思議ですね。

 そんなとき、もともとは山に登る予定を組んでいたところ相棒の日程が取れず、空白となりそれを利用して9月7日から3日間、前述の北松浦半島をレンタカーで訪ねたのです。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
日本の政府ってスゴイね。あのオスプレイに安全宣言。沖縄に配備するという。ヒドイね。

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10792 ふるさと訪問① 
2012/09/18 [Tue] 10:40:31 » E d i t
 ふるさとは遠きにありて思ふもの
 そして悲しくうたふもの
 よしや
 うらぶれて異土の乞食となるとても
 帰るところにあるまじや
 ひとり都のゆふぐれに
 ふるさとおもひ涙ぐむ
 そのこころもて
 遠きみやこにかへらばや
 遠きみやこにかへらばや
                         ◇=◇=◇

 室生犀星の詩(注・乞食は「かたい」と読ませる)です。あなたに「ふるさと」はありますか。

 私にとってのふるさとは、長崎県の北松浦半島です。北松浦半島といっても広い。佐賀県伊万里市から、長崎県佐世保市を結ぶ線から西側に位置します。その広さ全部が、私にとってはふるさと(みたいなもの)です。どうしてそういう広い地域がふるさとなのかというと、私の父が炭鉱夫だったことに起因しています。その説明のスペースをください。

 父の家族は長崎県五島で農業に従事していました。しかし、詐欺にあい田畑すべてを取り上げられ、結果、プロレタリアートになったのです。戦前のはなしですが、仕事といえば手っ取り早かったのは炭鉱の仕事でした。

 そのレールに乗った、いや、乗せられた父は炭鉱を転々と歩き、母と知り合い親の反対を押し切って駆け落ちのうえ結婚、〝炭鉱放浪〟が始まったようです。父の親も兄弟も炭鉱夫を生業(なりわい)としましたし、母方の親も兄弟も同じ炭鉱夫でした。さらに、父の長兄の息子(私にとっては従兄)たちも炭鉱夫として生きていました。

 北海道などで、ポッポ屋(国鉄マン)として親子三代がつづいた、という話しを聞きますが、炭鉱夫も同じような家族があったのです。しかしこの仕事、続きませんでした。1960年代に「エネルギー革命」と言われる石炭から石油への移行が始まったからです。石炭は消滅の歴史を刻み、炭鉱夫は炭鉱(やま)を追われることになったのです。

 とくに、原油の輸入自由化(1962年10月)はそれに拍車をかけました。大量にしかも安く供給される石油は、バスなどの交通機関の燃料、家庭の暖房用燃料、火力発電などの燃料として、さらに石油化学製品の原料として、その消費量は飛躍的に増えました。当然、あおりを受けた石炭は後景に追いやられ、炭鉱は次々と閉山となったのです。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
尖閣諸島問題、どう贔屓目に見ても冷静さを失しているのは中国。そういう〝国柄〟なんだよね。

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10791 「一行」編51 
2012/09/13 [Thu] 10:22:14 » E d i t
2012/08/01 10773
国家公務員の月例賃金引下げにつづいて、退職金13%を減額するという。フザケルナ!

2012/08/03
民自公除く野党が、参議院で内閣不信任案を準備。反対はないと思うが、どうする自公。

2012/08/06
オリンピックの溌剌とした若者たちの顔。核戦争や原発事故でその顔を曇らせないでほしい。

2012/08/09
伊調馨、オリンピック女子レスリング3連覇。文句なしの偉業。笑顔がいい。

2012/08/11
消費税増税法、成立。新たな日本国民の苦難が始まる。しかし、しかし、まだ時間はある。

2012/08/20
最近、「近いうち」の話しが遠のいたような気がするが、気のせいかなー。

2012/08/22
シリアで日本人女性ジャーナリストが銃撃戦に巻き込まれて死亡。戦争はダメだ!!

2012/08/24
暑い夏、甲子園のたたかいが終わった。高校球児たちの汗と涙に改めて感謝。

2012/08/27
「竹島問題で揺れているとき、問責決議は敵に塩を送るようなもの」とアホ国会議員。こちらのほうが韓国より冷静さを欠いている。

2012/08/29
あの田中真紀子さんに、民主党代表選挙出馬を要請する動きありだって。政界って面白いね。

2012/08/30
南海トラフ地震で推定32万人の死者(内閣府)。対策こそ最優先課題。

2012/08/31
東京電力、料金値上げを強行。どこまで国民を愚弄すれば気が済むのだろうか。

★脈絡のないきょうの一行
30年代に原発をゼロにするが、核燃料再処理事業はつづける。究極の行き詰まり策、だ。
10790 「一行」編50 
2012/09/12 [Wed] 10:54:40 » E d i t
2012/07/02
沖縄でも岩国でもオスプレイ配備、総スカン。それでも消費税同様に強行ですか、野田総理。

2012/07/04
タービンの異常で発電延期の大飯原発。「やめろ」という天の啓示では?

2012/07/06
きょうも官邸前で原発再稼動の抗議行動。「金曜日に政治を変える」そんな取り組みにしたい。

2012/07/09
11日に小沢新党結成、大阪維新の会に秋波(読売ウェブ)。やはりねー、維新の会にねー。

2012/07/10
〝恩赦〟〝特赦〟の大安売り、鳩山由紀夫元代表の懲罰期間の短縮。さすが同好会・民主党。

2012/07/11
東日本大震災被災者の介護保険と利用料の減免措置、9月で打ち切り。ここでも冷たい政治。

2012/07/13
豪雨による九州地方の大被害、人間は自然の力に適わないのか……。やるせない。

2012/07/18
大飯原発の下に活断層。隠していたのだろうが、ガソリンスタンドでストーブを焚いているようなものだ。

2012/07/20
不倫報道で橋下市長「市長職つづける」(読売ウェブ)。横山ノックはセクハラで知事を辞めたけどねー。

2012/07/23
国民の反対を押し切って「オスプレイ」を岩国基地に強行搬入。そこでクイズ。野田内閣、これでいくつ目の強行でしょうか。

2012/07/24 10769
尖閣諸島を国が購入することに賛成。ついでに普天間の代わりにアメリカに貸したら?

2012/07/26
中央最低賃金審議会、目安として時給7円の増額を決定。1000円にほど遠く、ここでも民主党はマニフェスト違反。

2012/07/27
五輪サッカー男子予選で日本、スペインに金星。なでしこだけでなくこちらにも注目を。

2012/07/30
「特需なき五輪、売れないテレビ」(産経新聞)。消費税増税対策が庶民に始まったのでは?

★脈絡のないきょうの一行
大臣の自殺。理由はともあれ、生きることの展望が大臣にも欠落なのか。切ないね。

10789 「一行」編49 
2012/09/11 [Tue] 10:12:50 » E d i t
2012/06/04
スケープゴードとして残されていた防衛大臣と国交大臣、やっと下番。消費税増税法案成立の見通しが立ったか。

2012/06/08
野田首相きょうにも記者会見を開いて大飯原発再稼動を強調するという。再稼動、許すまじ。

2012/06/09
サッカーW杯アジア最終予選、6対0で日本がヨルダンに勝利。本田圭佑がハットトリックを達成。すごいぞ!

2012/06/11
大阪の通り魔事件、言葉が出ない。「被害者は運が悪かった」で済まされない社会問題だ。

2012/06/11
通り魔事件に「死にたいなら自分で死ね」。大阪市長が言うかと思ったら、知事が先に言いましたね。

2012/06/13
いよいよ〝民・自・公3党できレース〟のスタートです。それでも、消費税増税成立阻止に全力を。

2012/06/15
脳死判定で幼な児が生体移植。切ないね。その子が〝生きている〟ことに心を託そう。

2012/06/18
国会会期末近づく。会期延長になるのだろうが、また、強行採決だろうねー(シラケ)。

2012/06/20
イチロー、大リーグで2500本安打。やはり超人だ。

2012/06/22
国会は消費税増税了承を前提とした審議入り。それは同時に社会保障切り捨ての審議。やりきれない。

2012/06/23
事故つづきのオスプレイ、それでも安全と米国防総省。野田首相の「大飯原発は安全」という発言と同じだね。

2012/06/25
民主党・輿石幹事長、「造反者処分先送り」へ(読売新聞ウェブ)。だったら採決するなよ。

2012/06/27
大阪で暴走車。原因は薬物か、それとも精神的な病か。普通ではないことが起きるのが、政治の世界だけではないことにも危機感。

2012/06/28
株主総会が集中した28日、「謝罪、謝罪の不祥事企業」(毎日新聞夕刊)。じん肺で不祥事つづきの日鉄鉱業は謝罪なし。これはもっとひどい。

2012/06/29
復興予算5.9兆円使われず(朝日新聞)。無駄な公共投資はきっちり使い、必要なものは余らせる。やはり変な政府だ。

★脈絡のないきょうの一行
日本維新の会ってさー、綱領がないじゃない。とすると民主党と同じで、政治サークルじゃん。(合掌)。

10788 「一行」編48 
2012/09/10 [Mon] 11:50:07 » E d i t
 「脈絡のないきょうの一行」のまとめ編です。しばしおつきあいください。

2012/05/01
日米首脳会談、中国海洋進出にらみ防衛協力を強化(毎日)。喧嘩を売ってどうするつもりか。

2012/05/02
相変わらずのアメリカ擦り寄り外交。すでにドジョウなべにされて食われたか。

2012/05/04
関越バス事故、日雇いで過労運転の可能性が浮上。これはひどい。

2012/05/07
昨日、茨城県つくば市を中心に竜巻被害が発生。その爪あとは津波被害と同じ形状。自然災害は似ている。

2012/05/09
消費税増税法案、審議入り。くらし守る「増税ノー」の大きな国民運動今こそ。

2012/05/10
国際陸連、タレント・猫ひろしのカンボジア代表として五輪出場資格なし、と判断。識見だね。

2012/05/11
富士山直下の活断層を文科省チームらが発見。火山国ニッポンにあって想定内だが、ちと怖い。

2012/05/14
明日、沖縄復帰40年。いまだに軽減されぬ基地負担。その根底に日本の前近代的政治システム。

2012/05/16
きのうは肌寒さを感じたが、きょうは夏日で、熱中症注意報。どうした地球。

2012/05/18
政府、関西電力管内に15%の節電要請を決定。何やらヤラセくさいぞ。

2012/05/21
旭天鵬、37歳で大相撲初優勝。最年長記録というがよくやった。継続こそ力、の典型。

2012/05/21
毒性と発がん性の高い、ホルムアルデヒドが20日に利根川水系で廃棄された模様。飲料水を取水する川でこれはひどい。徹底解明をしてほしい。

2012/05/25
数土文夫さん、東京電力社外取締役兼業を批判されNHK経営委員長を辞任。当然のことが行われたのは久しぶりだなー。

2012/05/31 10742
小沢一郎VS野田佳彦=決裂。だれもが考えた数式。誤解を恐れずに言えば、政界再編でしょう。

★脈絡のないきょうの一行
自民党総裁選に、谷垣禎一現総裁が出馬を断念(時事通信)。ということは、次は石原ボッチャンかい?

10787 蟹工船 
2012/09/05 [Wed] 11:58:31 » E d i t
 土曜日に上映中の「あなたへ」につづいて、昨日は東京芸術座の芝居・蟹工船を鑑賞しました。説明するまでもなく、小林多喜二の原作によるものです。この芝居、〝多喜二ブーム〟が起きた2年前にも上演され、そのときも観ました。

 東京芸術座は、村山知義(むらやま ともよし、1901年-1977年)が中心となって、1959年に設立されたものですが、村山のプロレタリア作家としての考えが今に受け継がれ、活躍しています。この村山知義という人、波瀾万丈の生き方をしています。機会があればこの小ブログで紹介したいと思いますが、1930年5月に治安維持法違反で検挙され12月保釈。その翌年5月に日本共産党に入党するという、反骨精神旺盛な人だったようです。

 この芝居の初演は、1968年ですがそのときの演出は村山知義がつとめています。村山は、小林多喜二とも親交があり一緒に逮捕されたこともあります。そのときの模様を初演のパンフレットに書いています。少しだけ紹介しましょう。

                         ◇=◇=◇
 1931年の春か秋だったろう、左翼劇場の芝居を前橋、高崎地方に持っていくことになり、朝、一同上野駅から立った。芝居の幕開き前に講演するはずの多喜二と中野重治も同行した。ところが上野を出て暫くすると、ある駅から主催者の農民組合の人が乗り込んで来て、前橋の駅には警官が出ていて全員逮捕する手筈になっているから、途中でおりてくれ、という。

途中の或る駅でおりて、組合員の可成り大きな農家に行き、仕方がないからそこで芝居をやる、ということになり、組合員を招集し初めたところへ、早くも察知した警官隊が襲ってきて、全員つかまえられてしまい、劇団員はそのまま上野へ追い返されたが、小林、中野と私は前橋につれていかれ、警察の留置場へほうり込まれた。コンクリートの地下室に、丸太で囲んだ、猿の檻のような所だ。既に夕方である。多喜二は一刻も黙っていない。

 「署長を出せ! 何で俺たちをこんな所に入れた?」「署長はもう官舎へ帰った」と巡査が言う。「それなら官舎へ行って連れて来い。そんな無責任なことがあるか?」と多喜二は丸太を叩き、床を踏み鳴らし、あばれる。

 中野と私もやるが、到底多喜二には及ばない。とうとう、1時間あまりで、巡査も持てあまして署長に相談して、私たちを釈放してしまった。(※原文のまま、改行は筆者)
                         ◇=◇=◇

 小林多喜二の元気さの一面がわかるようです。

 この芝居、「船の中」という限られた空間で展開していくわけですから、変化をつけるのはなかなか難しい。しかし、海のうねりや水しぶきを効果的に作り出し、船の揺れ具合を役者さんたちの動きで表現していくところは、よくできていました。なんだか船酔いをした気分になったものです。

 最後の場面で、自分たちの味方だと思っていた海軍が会社側の手先であったことに気づいた労働者たちの悔しい思いは、客席にずっしりと伝わってきました。「労働者の味方は、労働者だけだ」という叫びは、現代もそのままです。団結の象徴としての『ソーラン節』の歌は、格別の重さを感じました。

★脈絡のないきょうの一行
青森県が核廃棄物拒否の検討を開始。筋論だが背景にプルサーマル推進の考えがあることに要注意。

10786 「あなたへ」② 
2012/09/04 [Tue] 12:22:47 » E d i t
 倉島に酒をお酌しながら多恵子は、海に消えた夫に見てもらうために、奈緒子と卓也の写真を散骨のとき一緒に流してほしい、と頼みます。倉島はその依頼を引き受けます。

 平戸の海に妻の骨を流します。大自然のなかに沈んで行くお骨は、輝いていました。夕陽の平戸の海もまた、輝いていました。しかし、倉島は多恵子と約束した写真を海に流すことをせず、持ち帰ります。

 平戸を後にした倉島は、イカ飯を販売する田宮と南原のところに急ぎ、南原を呼び出します。倉島は散骨が無事に終わったことを報告し、「刑務所の刑務官は、受刑者と外の人間との連絡役を引き受けてはいけないという厳しい規律がある。それを侵す行為を伝書鳩という。きょう私は初めてハトになる」と語りながら、多恵子に預かった写真を南原に手渡します。

 スクリーンは、いつもだと二人で販売しているはずのイカ飯コーナーには、笑顔ではたらく田宮だけが映し出され、帰路に着く倉島を追ってエンディングとなります。
                         ◇=◇=◇

 スポーツニッポン新聞ウェブが「第36回モントリオール世界映画祭(カナダ)の授賞式が3日夜に行われ、高倉健(81)主演の映画「あなたへ」(監督降旗康男)は主要賞の受賞を逃したが、コンペティション部門以外の審査員が選ぶエキュメニカル賞特別賞を受賞した。エキュメニカル賞は、人間性の内面を豊かに描いた作品に与えられる。」と伝えています。よかったですね、お祝い申し上げます。

 この映画のタイトルから、先に逝った妻から残った夫へのメッセージを連想しますが、私には逆に思えました。夫の妻に対する感謝と、出会った人々のさまざまな生き様が「生きる」ことの大切さを教えてくれているようでした。

 81歳になる高倉健の演技もすばらしかった。いつもの〝寡黙さ〟が光っていたし、57歳の田中裕子との夫婦役が不自然でない、つまり年齢を感じさせない動きはすごかった。いつまでも「現役」であってほしいと願うばかりです。二世俳優もいい味が出ていました。佐藤浩市と三浦貴大がそれですが、先々たのしみです。綾瀬はるかちゃんも可愛かった。

 スクリーンには、倉島が富山を出てから飛騨高山、大阪、瀬戸内海、下関、門司、平戸と映し出します。その合間に妻とくらした回想シーンが織り込まれます。この手法、私は好きです。各地を映すのに、高速道路を走ったのでは面白くありません。下関から門司に渡る関門橋周辺は今年5月の連休に行ったばかりです。

 今週末、39年ぶりに私は平戸に行ってきます。

★脈絡のないきょうの一行
自衛隊、今も国民監視(しんぶん赤旗)。これは放置できない。
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10785 「あなたへ」① 
2012/09/03 [Mon] 10:39:14 » E d i t
 いま全国で上映中の「あなたへ」を観てきました。6年ぶり、205本目の出演となる高倉健が主演を、病死した妻役を田中裕子がつとめています。主人公・倉島英二は、刑務所の刑務官を定年後も再雇用で続けています。

 妻・洋子の死後、妻から2通の手紙が届きます。1通はその場で受け取りますが、それには自分のお骨を「ふるさとの海に撒いて欲しい」と記されていました。そしてもう1通は妻のふるさと長崎県平戸市の郵便局止め扱いとなっており、それを受け取るためにお骨と一緒にキャンピングカー仕様に改造した車で、一人、富山から九州に向かいます。

 途中、国語の教師をやってきて定年を迎え自分と同じように妻を亡くしたばかりという、キャンピングカーで旅する男、杉野輝夫(ビートたけし)と出会います。男は旅と放浪の違いについて、「旅は帰る場所があるが、放浪はそれがない」と、山頭火の詩を引用しながら語りかけます。後に分かるのですが、彼は放浪に出ていたのでした。

 さらに、各地のイベント会場でふるさとの味・イカ飯を売って歩く、田宮裕司(草剪剛)と南原慎一(佐藤浩市)の二人連れと出会います。倉島はその仕事を手伝います。仕事が終わったあと、酒を飲みながらこの二人もまた、キャンピングカーの男と同様、家族との関係で悩んでいることを聞きます。

 倉島は二人に亡くなった妻の散骨のため、平戸にいく途中であることを語ります。二人は激励してくれ、そのうちの一人、南原は「以前、釣りにいったときお世話になった人だが、平戸で船を出してもらえなかったらこの人に相談しろ」と漁師の名前を書いたメモを倉島に渡します。

 倉島の車は平戸に着き、郵便局で自分あての手紙を受けとります。封筒のなかには、妻の手によって描かれた平戸の風景の絵手紙が1枚入っており、それには「ありがとう」という文字が書かれているだけでした。妻・洋子からのメッセージです。

 折りのからの台風に直撃され、海は荒れています。散骨のために船を出してくれと港で頼み込みますが、相手にしてもらえません。その様子を見た平戸・薄香漁港の食堂の娘、濱崎奈緒子(綾瀬はるか)は「薄香の漁師は人情がないのか」と怒り、恋人の大浦卓也(三浦貴大)に協力を頼みます。この卓也が南原に教えてもらった漁師の孫でした。

 台風のなか一人車で寝る倉島を、奈緒子の母・多恵子(余貴美子)は食堂に優しく迎え入れ泊まらせてくれました。台風一過の次の日、倉島は平戸のまちなかを散歩中に、つぶれた写真館の前を通ります。そこのウィンドウに妻が小さかったころの写真をみつけ、それを食い入るように見つめながら倉島は「ありがとう」とつぶやきます。

 やっと漁師の大浦吾郎(大滝秀治)に船を出してもらうことになり、孫の卓也と3人で海に行くことになった前夜、食堂の女将・多恵子は連れ合いがシケの海に出たまま帰って来ないこと、娘の奈緒子が近く卓也と結婚することなどを倉島に語ります。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
安倍晋三、石原伸晃が自民党総裁選に立候補? 火事場泥棒だね、こりゃ。

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