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ヘボやんの独り言
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2011/11/09 [Wed] 15:35:23 » E d i t
 4日、友人の一人が逝きました。長谷川兼二・62歳、現職の豊島区労協事務局長。20代で不当解雇とたたかい勝利、その後労働運動の道を歩みました。豊島区内の労働運動の先頭に立ち、はたはたらく者の生活と権利を守り続けました。夫婦で山登りを趣味とし、豊島区の労山の会員としても活動、元気の象徴のような人でした。しかし、「いつか一緒に山に登ろう」という約束は永遠に反故となりました。

 昨年の初夏、「定期健診で食道に腫瘍が見つかった。近く手術することになったよ」という連絡を受けました。手術は成功し8月下旬に仲間たちと療養中の自宅に見舞いにいったとき、ほとんど通常に戻っていました。「来月あたりから仕事に出ようと思っている」というその言葉どおり、動き始めました。

 12月には、年中行事となっている地区労の専従者有志による忘年会を池袋の居酒屋で開き、少しですが酒も飲めるようになっていました。良かったね、と喜びあったものです。ご本人もすこぶる上機嫌で、誰もが彼の『復活』を信じてやみませんでした。

 ところが今年に入ってがんの転移が見つかり、新たなたたかいが始まったのです。しかしがん細胞は全身を蝕み、彼の身体をいためつづけました。10月に入ってから症状は厳しいものとなり、見舞いに行った仲間たちから「かなり危ないようだ」という報告を受けました。そして11月4日、帰らぬ人となったのです。

 彼の山登りは、力でねじ伏せるようなそれでした。テントを背負い、ルートファイティングで山頂をめざすといスタイルです。彼は山に登るときは必ず渓流釣りの準備をします。イワナを現地調達するためです。「イワナ入れ食いの沢」を教えてもらったことがあります。しかしそこは、とてもとても、私が入って行けそうな場所ではありませんでした。

 毎年、年末に奥多摩の山野井泰史・妙子夫妻(登山家)の家でやっている「餅つき忘年会」に誘ったことがあります。「うちのかあちゃん(奥さん)は、山野井さんの大ファンだから」と一緒に行く準備をたこともありましたが、日程の都合がつかず断念しています。彼の力をアテにした餅つきも、永久に実現できなくなりました。

 症状的に、「かなり危ないらしい」という情報を得て、1ヶ月足らず。早すぎるその死に戸惑いを隠し切れない私です。いつかは別れの日が来ることが分かっていても、心をすり抜ける〝すきま風〟は、どうしても押し止めることはできません。明日の午前、お別れに行ってきます。

★脈絡のないきょうの一行
オリンパスの不正経理、1000億円超に。背景に政治的な動きはないのか、解明が急がれる。

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