ヘボやんの独り言
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2011/05/30 [Mon] 10:27:21 » E d i t
 山に登る楽しみの一つは、平地では見られない花たちとの出会いです。特定の花を見たいがために、その山に登るということもあります。その一つがシラネアオイでした。この花はもともと名前のとおり、(日光)白根山に群生していたといいます。

 ところが私がこの山に登ったときは、シカの食害に遭って見ることはできませんでした。少々興ざめですがシカからシラネアオイを守るために、弱電流を流した有刺鉄線が張り巡らしてありました。山中にそういう作業をしなければならないことは大変ですが、原因をつくった人間に責任がある以上、仕方のないことです。

 このシラネアオイを守る取り組みは成功しているようで、最近では観光スポットとして紹介されているのをよく見かけます。尾瀬がミズバショウであるならば、白根山はシラネアオイということになりましょうか。

 そこで、この花を見るために出かけたのは谷川岳の北側に位置する、蓬(よもぎ)峠でした。6月中旬が見ごろですからそれに合わせます。一ノ倉沢まで車で入り、明治時代につくられたものの雨などによる崩落で寸断されたままの、国道291号を歩き、新道(とはいっても登山道です)を経て蓬峠に向かいました。

 横道にそれますがこの国道は、反対側の新潟県側も291号となっています。群馬県側は一ノ倉沢まで、新潟県側は巻機(まきはた)山の登山口の清水まで車で入ることができます。それより先は徒歩しかありませんが、この周辺で車による県境通過は関越トンネルを利用するしかありません。

 一ノ倉沢から蓬峠に向う途中で大嫌いなヘビ(青大将)に2度も遭遇し、その年は雪が多かったため、遅くまで残った雪渓のトラバースに緊張しながら歩き、峠の直下でシラネアオイに出会えました。薄紫色のおおぶりの花弁は見る者を引きつけます。葉は、名前のとおり徳川家の家紋のように、葵形をしています。「これがシラネアオイか」と感激もひとしおです。

 峠にあがると小屋があります。ここは泊ることもできますし食事も出してくれます。峠の旅籠(はたご)という感じでしょうか。その小屋の近くの囲いの中に、チングルマの群生を見つけました。白く愛らしいこの花もあちこちの山でよく見かけます。

 下山は通常の道(稜線)を歩きましたが、途中で雨が降り出しました。かつては車も走っていただろうと思われる広い道に出たとたん、私の前を横切るというより追い越すという感じで走る物体が目に入りました。一瞬、身構えましたがそれはウサギで、文字どおり脱兎のごとく去っていきました。ウサギもまさか雨中にヒトが歩くなど思ってもみなかったのでしょう。シラネアオイ。日光白根山の群馬県側のふもとでも見ることができるはずです。ぜひお出かけください。

★脈絡のないきょうの一行
原発被害、農業と漁業だけでなく林業にもじわじわと。このままでは山がダメになる!

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山の閑話 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2011/05/27 [Fri] 09:15:55 » E d i t
 山の遭難原因のトップは、転倒だということを何かで読んだ記憶があります。私の知人で南アルプスを単独で歩いていたとき、赤石岳で転倒して滑落、あばら骨数本を骨折して動けなくなり、ヘリコプターで救助された人がいます。ガレ場の稜線を歩いているうち、綺麗なお花畑に気をとられた瞬間、転倒したといいます。

 運よくテラス状の場所があり、しかも夏だったためそこで止まり助かりました。その様子を見ていたほかの登山者が山小屋に通報してくれ、まず山岳救助隊が到着。骨折していたため歩くのは困難であることを確認したあと、ヘリを要請したといいます。簡単にヘリは飛ばしてくれないのです。

 私も何度か山で転倒したことはありますが、大事には至っていません。一緒に歩いていた友人が小石につまずき、手のひらを大きく擦りむいたことがあります。そのときはかなりの出血がありましたが、大丈夫でした。彼はそれ以降、必ず軍手をしています。これは正解です。

 道迷いで苦労したことがあります。忘れもしません、あれは娘が生まれた年ですから36年前1975年の3月、いわゆる北八ヶ岳のことです。3月ですから当然雪山です。新宿から当時はまだ動いていた松本行きの最終夜行列車(425列車)に乗って、茅野駅で下車しバスで渋の湯へ。そこから歩き出し高見石小屋から丸山を経て麦草峠に一旦下り、茶臼山から縞枯山、そしてピラタスロープウェイで帰ってくるというコースをとりました。単独行でしかもこのコースは初めてでした。今は全くありませんが、その頃、渋の湯はもうもうと湯気が立っていました。

 かなり順調に歩けました。が、茶臼山あたりから吹雪始めました。当然、視界も悪くなります。縞枯山の山頂では雪に埋もれた標柱が頭だけ出していました。ここで道に迷ったのです。雪山ですからふみ跡がはっきりしており、スキーの跡もあります。それに従ってなんの疑問もなく進みました。

 ところが20分ほど歩いたでしょうか、いきなり道がなくなったのです。吹雪で道が塞がれたのかという疑問も起きましたが、不安になり雪の上に座り込んで地図を引っ張り出してにらめっこです。改めて自分が歩いてきた道をなぞりながら、「間違っていないはずだ」と確認します。しかし道がない、これはどういうことだと自問自答です。そこで得た結論は「迷ったらもとに戻れ」という鉄則でした。その結論まで、座り込んで30分は経っていたでしょうか。

 縞枯山の山頂にもどり、周辺を確認してみるとあったではありませんか、しっかりした道が。山頂から直角に右に曲がるべきところを気付かずに直進してしまったのです。吹雪のためにそのルートを見落としていたのでしょう。胸を撫で下ろしたのはいうまでもありません。

 このとき初めて、引き返すことの難しさを実感しました。山では「進むより撤退のほうに勇気がいる」と言われますが、そのとおりだと思います。そしてそのとき漠然と考えていたのは、もし自分が遭難して万一の場合、生まれたばかりの娘はどうなるんだ、ということでした。その家族への思いが、行動に慎重さを与えてくれたのは間違いありません。

★脈絡のないきょうの一行
原発事故で「海水注入の中断はなかった」と東電。あの大騒ぎは何だったの? またしても懐疑度は深まる。

山の閑話 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2011/05/25 [Wed] 09:37:01 » E d i t
 私は1992年7月から毎月登山をスタートさせ、2007年1月まで重複を除いて、451座の山頂に立っています。なぜ07年時点かというと、その間は山の記録をつけていたからです。以降も(記録は)つけてはいるのですが、整理していませんのではっきりした数字は分かりません。しかしそれ以前と以降の分を加えると、おそらく踏んだピークは500座を優に超えているでしょう。

 このコーナーは山に登った数を自慢したり報告したりするものではありません。山に登っていて考えたこと、楽しかったこと、苦しかったこと、道に迷ったこと、遭難しかけたこと、(とくに鬼籍に入った)山友だちのこと、山岳事故のこと、登山家のこと、山岳映画や小説のこと、高山の花や動物のこと、などなどランダムに書いてみたいと思っています。

 最初は最近読んだ本の中に興味ある記述を見つけたことからです。

 以前、この小ブログで私は「山の遭難は中高年者が多い」という言い方はおかしいと指摘したことがあります。仮りに、山に登っている人がすべて中高年者だったら、遭難者は全てが中高年者で100%になり、それをもって「多い」ということはできないからです。ところが、報道は遭難した人の総数との比率で「中高年者が多い」と断じています。この場合、「多い」という表現は、比較対象物との関係で数学的には間違いです。

 確かに遭難した人の総数(を分母にした場合)の中高年者の比率が高いのは正しいのですが、それが「中高年者の遭難が多い」ということに直結しません。「多い」ということを言うのであれば、年代別の入山者数を分母にして、年代別の遭難者の数で率を出した上(年代別の遭難率)で、比較すべきだからです。すみません、難しくなりましたがこれは理屈ではありません。統計上の考え方の問題です。

 この論理と同じようなことを言っている人を見つけたのです。なんと、あの今西錦司氏でした。今西氏は日本山岳会会長も務めたことがあり、登山家ばかりでなく文化人類学者としても多大な功績を残しています。その今西氏が「私の自然感」(1961年筑摩書房)のなかの山と遭難のところで以下のように書いています。

  「正確な統計によらなくても、山の遭難は、十代、二十代の人に多いという予想はつく。それは、この年代の登山者が圧倒的に多い、というだけによるのではない。若いときには、山登りに必要でないことに、心を奪われやすいからである。たとえば、同行者のまえでよい格好をしてみせようとか、仲間におくれをとるまいとか。……」。

 確かにこの時代(60年代)、山に登っていたのは若者が圧倒的でした。したがって遭難者の数も若者が多かったのは当然です。今西氏は、登山者が多かったゆえに若者に遭難が多いことを指摘していますが、同時にその当然さだけでなく若者にありがちな心の持ちようにも、遭難を起こす原因があると強調しているのです。この考え、同感できます。そういえば、毎日新聞社の現役記者にこの今西錦司氏の孫がいることは、ほとんど知られていません。

★脈絡のないきょうの一行
44年の歳月を経て、無罪判決を得た布川事件の二人の被告。検察は控訴せず確定させるべし。

山の閑話 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2011/05/23 [Mon] 11:09:37 » E d i t
 19日のウェブに時事通信が以下のような原稿を流していました。原発事故の対応にOBを使うべきだというもので、考えさせられる提案です。

                       ◇=◇=◇
(時事通信社 - 05月19日 16:02)
 「僕たちリタイア組がやるしかない」。福島第1原発の事故対応の長期化が予想される中、元技術者の山田恭暉さん(72)が発起人となって、収束作業に当たる「行動隊」結成を呼び掛けている。建屋での作業も念頭に置いているが、既に約130人が参加を表明しているという。
 山田さんは東大工学部を卒業後、住友金属工業で勤務し、プラント建設などに従事。原子力に関する知識もあり、事故が深刻な事態に至ることはすぐに分かったという。
 「ロボットを遠隔操作しても、最後には人間の目と手でしかできない大事な仕事が残る。高い放射線量の中で若い人がやったら、子供ができなくなる危険性もある。被ばくの影響が比較的少なく、技術も分かる僕たちのような退役組こそ適任と考えた」と語る。
 山田さんは4月上旬、友人や元同僚らにメール500通、手紙2000通を送った。ホームページも立ち上げ、「次の世代に負の遺産を残さないため」として、原則60歳以上で現場作業に耐えられる体力、経験を条件に志願者を募った。
 東大名誉教授、元自衛官、大型クレーン運転手、元溶接工、とび職など多彩な人材が名乗りを上げた。通訳の佐々木和子さん(72)は「何かできないか考えていたら、山田さんが声を上げたので飛びつきました。最初は断られたけれど、女性でもできることはあるはず」と話す。
 東京電力が収束の計画を作り、協力企業やその下請けなどに実際の作業を頼る現状は、山田さんの目には心もとなく映る。原発安定化への作業を、政府主導の「国家プロジェクト」に格上げするよう提唱、与党の国会議員に働き掛けてもいる。
 政府や東電から行動隊の計画が認められれば、実際の作業に備えて、防護服などを着用しての訓練に入りたい考え。
                       ◇=◇=◇

 過日、とある場で原発事故収束作業に「どうして作った人たちがかかわっていないのか」という疑問が呈されました。それを言い出したのは造船労働者でした。「船の具合が悪くなったら、作った者が真っ先に駆り出される。周辺事態法によれば、いやだけど、戦場にも行かされる。それはその船のことを一番良く知っているからだ」と彼はいいます。

 ところが今回の事故、作った人たちの姿がみえません。つくったのは、東芝、日立、石川島播磨重工(IHI)で、なかでも心臓部分は東芝と日立がかかわったといいます。40年前の建造物だから関係者はいない、といわれそうですが、それでも一人や二人いるでしょう。それとも出来上がった商品をお客に引き渡したら、作った会社は一切かかわらないという取り決めでもあるのでしょうか。

★脈絡のないきょうの一行
「安全宣伝」に一役買った、中・韓両首脳。ま、いいかー。

災害問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
10572 「一行」編35 
2011/05/20 [Fri] 11:02:21 » E d i t
2011/04/06
 「リアルタイム 世論調査.net」が都知事選挙で誰を支持するかをやっているが、小池あきら候補が50%を超えてダントツ。おもしろいね。

2011/04/11
 東京都知事、またしても石原氏に。1,200万都民が〝地方自治被災者〟に。

2011/04/12
 福島第一原発の危険レベルは7に〝格上げ〟。チェルノブイリと同じになったというが、対応は?

2011/04/13
 プロ野球が開幕。少年たちの夢をのせた選手たちのはつらつプレーに期待したい。

2011/04/18
 報道関係者が入れない原発事故現場。一方向からだけの情報は危ないが、やむを得ない側面も…。

2011/04/19
 栃木県鹿沼市で小学生の登校の列にクレーン車。歩いていた6人全員が死亡。何をやっているんだ!と怒鳴りたくなる。

2011/04/20
 震災復興のためと称して消費税増税が浮上。あの人たちには被災者にも増税になるというイマジン(想像力)がないのか!

2011/04/21
 米大手、原発投資を断念。合弁の東芝に打撃(毎日新聞)――。普通の措置であり識見である。

2011/04/22
 東電下請けの原発作業員の被ばく線量を「管理手帳」に不記載。これはもういのちの軽視だ。

2011/04/26
 統一地方選挙、盛り上がらぬまま終わり結果も特筆する変化なし。うーん。

2011/04/27
 スーちゃんこと、田中好子さんの早すぎる死。「私はしあわせでした」という残された言葉に胸があつくなる。

2011/04/28
 そういえば、水道水の放射線データの発表がなくなったように思うが、どうしたのだろう?

2011/04/29
 大震災からきのうで49日。黙祷する人々の姿は涙を誘う。

★脈絡のないきょうの一行
日経新聞によると「大震災被災地復興へ道路・宅地を再配置(国交省)」。ゼネコンがちらつく。

10571 「一行」編34 
2011/05/19 [Thu] 10:10:58 » E d i t

2011/03/02
 民主党、11年度予算を強行採決。管内閣への国民不信を広げただけだったりして。

2011/03/04
 受験にケイタイ。就職がうまくいかず、バスジャック。単なる若者の暴走だろうか?

2011/03/07
 民主党の前原さん、2度目の辞任。実のところは政治家に向いていないのでは?

2011/03/09
 石原慎太郎さん、都知事選挙に立候補の動き? こりゃもうゾンビだね。

2011/03/11
 きょうは、3.11千代田総行動。いのち、くらし守る行動にあなたも参加を。

2011/03/14
 鉄道各社は自前の発電所を持っており、東電の電力は必要ないはずだが……。

2011/03/15
 震災の被害もさることながら、福島第一原発がチェルノブイリ化するのではという心配が。

2011/03/22
 原発異変、見えない恐怖はいつまでつづくのか。いい加減にしてくれ!

2011/03/23
 プロ野球開幕延期の考え、労組のほうに説得力あり。支持。

2011/03/24
 知事選告示。震災で気勢が上がらないが、東京は何としてもストップ・石原を。

2011/03/25
 宮城の被災現地から、メディアには出てこない悲惨な報告も。やるせない。

2011/03/28
 見えない恐怖、排出量が通常の2倍とか3倍と言われると分かるが、1000万倍と言われてもねー。

2011/03/29
 震災の陰に隠れた秋葉原無差別殺傷事件の判決。「死刑」は妥当なのだろうか?

2011/03/30
 センバツ高校野球、はつらつとしたプレーに心休まるのは私だけだろうか。

★脈絡のないきょうの一行
「憲法審査会」規定、参院で成立。9条が危ない。

10570 「一行」編33 
2011/05/18 [Wed] 10:22:58 » E d i t

2011/02/02
 小沢一郎さん、いよいよ強制起訴。これはある意味、国民裁判。成り行きに注目したい。

2011/02/04
 大相撲の八百長露見、IT化の産物だよなー。心配もあるけど、面白いなー。

2011/02/07
 揺れる角界、ついに本場所開催中止へ。自浄能力のなさの典型だが、体質改善は可能か?

2011/02/09
 都知事選挙予定候補、〝後出しじゃんけん〟をねらってか、出ないね。トップを切った共産党に拍手をおくろう。

2011/02/11
 またまた小沢一郎さん。離党はしないし、政倫審も出る気なさそう。強制力を持つ国会喚問が一番だけどなー。

2011/02/14
 新燃岳、立ち入り禁止場所に入る人がいるというが、雲仙普賢岳の再現はやめてほしい。

2011/02/16
 自民・公明両党も5%法人税引き下げ反対を表明。党利党略臭く、にわかに信じられないね。

2011/02/18
 日本人宇宙飛行士・若田光一さんが国際宇宙ステーションの船長に。快挙だ!

2011/02/21
 内閣支持率19%、早期解散60%(毎日新聞世論調査)。菅直人さん崖っぷち。

2011/02/24
 ニュージーランド地震で日本人も被災。希望に燃えて学んでいた若者たちの生存を信じたい。

2011/02/25
 きょう春一番が到来。三寒四温で少しずつ春へ。この季節、いいですね。

2011/02/28
 東京マラソンで彗星現わる。埼玉県の高校職員・川内優輝さん、名前のとおりかがやいたね。

★脈絡のないきょうの一行
岩手県で震災被災店舗修繕費などに50%の補助。被災者支援として画期的な政策。大歓迎。

10569 「一行」編32 
2011/05/17 [Tue] 10:16:06 » E d i t

 「脈絡のないきょうの一行」のまとめ編です。ことしの1月から4月の分になります。おつきあいください。

2011/01/01
 日本航空、大晦日に退職勧奨に応じなかった165人を解雇。人道的にも許せない。

2011/01/03
 東洋大・柏原竜二選手、また箱根駅伝に新たな記録。閉塞感の世相に明るい光。すごいね。

2011/01/05
 昨年末、40年つづいた労使紛争が解決したと昭和シェル労組から着信。みんなで喜び合いたい。

2011/01/07
 「政治生命を賭して消費税増税をやる」とテレビで菅首相。その前にやるべきことがあるぞー。

2011/01/09
 出直し阿久根市長選挙がスタート。リコールされた人が再び選ばれたらどうなるの?

2011/01/11
 民主党の江崎孝参院議員、2009年8月、300人収容会場に2000枚のパーティー券を販売(朝日新聞ウェブ)。ホントなら自民党顔負けだね。

2011/01/12
 巷では「カンけり」が流行っているらしい。〝カラカン〟だから軽くて飛ぶんだろうなー。

2011/01/13
「 いまどきは 菅直人より 伊達直人」いいねぇー。がんばれ、タイガーマスク!

2011/01/14
 与謝野馨さん、あっち行ったりこっち行ったり、まるで酔っぱらいの千鳥足だね。

2011/01/17
 菅直人第三次改造内閣発足。1年足らずで2回の改造もめずらしい。問題はいつまでもつかだ。

2011/01/19
 こんな寄せ集め内閣では、「不一致」で問題が噴出するのは時間の問題かもしれない。

2011/01/21 10517
 政倫審、国会招致議決見送り。つまるところ、民主党は小沢一郎さんを切り離せないんですね。

2011/01/24
 昨日、第177国会が開会。消費税、TPP、政治倫理……いつまで持つか菅内閣。

2011/01/27
 鳥インフル蔓延のきざし。文字通り天からの落し物。人間の力ではどうにもならないのか。

2011/01/28
 「公約変更なら総選挙」(公明党)。正論である。

2011/01/31
 93年の「ドーハの悲劇」が一転、「ドーハの歓喜」に。がんばったネ、サッカー日本代表。

★脈絡のないきょうの一行
週刊現代(講談社)の一貫した反原発報道、いいね。ガンバレ。

2011/05/16 [Mon] 10:43:10 » E d i t

 いま全国で上映中の山岳映画、『岳』(がく)を観てきました。楽しませていただきましたが、やはり山をテーマにした映画づくりは難しいと思いました。人間のドラマを作り出す部分はいいのですが、広大な大自然を映し出すのは難しい。カメラという限られた視角でとらえ、それをスクリーンというこれまた限られたスペースで客席の私たちは見せてもらう訳ですが、山に登ったことのある人にとっては少なからぬ不満が残ります。

 たとえば前回の「百名山」で報告した木曽駒ヶ岳山頂からの眺望は、映像で映し出すことは不可能ではないでしょうか。山頂からの360度のパノラマは、そこに立っている人の感動を、カメラが「一周」しただけで表わすことは出来ないと思うからです。大自然は大きいだけでなく、デリケートなのかもしれません。

 この映画もそうでしたが、山岳もののストーリーは遭難がメーンにならざるをえないという宿命を負っています。つまり大自然の豊かさや美しさの一方で、雪崩や滑落、凍死や転落死、気候の急変による疲労死など「死」という厳しい現実をどう表現するかが課題となります。その自然とたたかう人間の姿がドラマとなって、私たちを感動させてくれます。それが、大自然を映し出すには限界があるものの、山岳映画の魅力ではないでしょうか。

 山岳映画は2009年に「剣岳『点』の記」、昨年は「アイガー北壁」を観ており、私にとって今回は3年連続ということになります。『岳』の原作はコミック。主人公・島崎三歩(小栗旬)は山好きの青年。原作を読んでいませんので、仕事は何をしているのか不明です(もしかしたら山岳ガイドかもしれません)が、ボランティアで山岳遭難者の救助を手伝っています。

 三歩は、世界の巨峰を登った山の達人。ある山で一緒に登攀中に親友を墜落事故で亡くし、大きな衝撃を受け遭難者救助の途に入ります。一方、山岳救助隊に新人として入ってきた椎名久美(長澤まさみ)は、三歩から山を学びます。久美もまた、父親を山で亡くした一人でした。

 三歩は、救助された人にも、亡くなった人にも「よくがんばった」とにこやかに語りかけます。そして帰って行く人に「また、山においでよ」と呼びかけます。その姿は小栗旬の魅力でしょうか、また山に行こうと思わせる清々しさを感じました。

 冬。多重遭難が発生し、久美と三歩が別々に救助に向かいます。救助者と行動をともにする久美、それを救助に向かう三歩。しかし3人とも雪崩に巻き込まれ、死とのたたかいが始まります――。

 撮影は、登攀シーンは三ツ峠の岩場で、雪山は奥穂高岳と涸沢を中心に行われ、そのために俳優陣は訓練を重ねたといいます。これはすごい。役者魂というのでしょうか、役作りに全力を尽くすあの人たちの努力には敬意です。三歩が久美に語った「山で捨ててはならないもの。それは、いのちとゴミ」という一言はそのとおりです。そういえば、山小屋のおばさん役の市毛良枝さんは、はまっていたなー。

★脈絡のないきょうの一行
福島第一原発、地震翌朝に1号機の炉心が溶融していた。この事実を隠していたのは誰?

2011/05/13 [Fri] 13:21:16 » E d i t
 いま、国技館で「技量審査場所」なる新語? による相撲が行われています。初日、テレビを見ていると受付で入場する関取衆に対して、ケイタイ電話のチェックが行われていました。その後も行われているのでしょうが、持っていた人からその場で取り上げて(預かって)いました。その図は大の男が、小・中学生のように「持ち物検査」を受けているように見え、苦笑してしまいました。

 まさにあの方式は「上から目線」です。子どもならいざ知らず、大の大人、それも人並み外れた大きな体躯の人から、有無を言わさずケイタイを取り上げる。その姿は滑稽なばかりか、教育とは程遠い強権的行為であり悲しくさえ写りました。日本相撲協会は、これで八百長問題が解決できると思っているのでしょうか。

 もう一つ、監視カメラの増設にも驚きました。中央高速道路の調布ICから入って八王子方面に5分ほど走ると、右側に府中競馬場が見えてきます。道路からは馬が走る様子は見えませんが、競馬場を囲むように火の見櫓のようなものがかなりの数建っているのが見えます。あれは何だろうと思っていたのですが、ある人に聞いてみたら不正防止の監視塔だということでした。

 おい、おい。力士は競馬並みかいと笑ってしまいます。確かに競馬は公営ギャンブルで不正があってはたいへんなことになります。その意味では、厳重な監視が必要でしょう。しかし相撲はギャンブルではなく、スポーツのはずです。そのスポーツに対して、カメラで監視し八百長かどうかを判断するわけですから、力士不信も極まった、というところでしょうか。

 相撲協会は会場に入るときにケイタイを取り上げ、監視カメラを増やせば八百長がなくなると思っているのでしょうか。この問題に関与している「有識者」といわれる人たちも、真面目にそう思っているのでしょうか。だとしたらお門違いも甚だしい。私も八百長は許されないと思っています。それが何故おこなわれるようになったのか、あの人たちには分かっていないようです。

 八百長問題はケイタイを取り上げたり監視カメラを増設したりする、その相撲協会の体質にも原因があると私は思っています。11日、大関・把瑠都が「遊びの場所みたい」と冗談で発言したことに、協会の理事長が厳重注意を言い渡したうえ、同じことを繰り返したら出場停止にすることを通告したといいます。そういう冗談すら、大げさに言えば「言いたいことも言えない」体質こそが、八百長を生み出す温床になっていることに、あの人たちは気付いていないのです。これでは大相撲は、国民から見放されます。

 改善すべきは、八百長をやっていた(といわれている)人たちだけでなく、「上から目線」「上位下達」方式を採用している相撲協会の体質なのではないでしょうか。加えて、私は八百長撲滅の決定打となる意見を持っています。それはプロ野球労組のような「力士労働組合」や、行司や呼び出しも含めた「角界労働組合」をつくることです。たとえば、最低賃金を取り決めるなど力士の生活が安定的になれば、八百長は間違いなくなくなると思うからです。がんばれ、把瑠都。がんばれ、魁皇。

★脈絡のないきょうの一行
改憲議員の動きが活発化してきた。軽視してはならない。
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2011/05/11 [Wed] 11:41:11 » E d i t
 日本のメディアはビンラディン容疑者の暗殺問題について、取り上げる頻度が少なくなりました。ウェブで見るかぎり連休中には以下のものしか見つけ出しきれませんでしたが、その内容はかなり厳しいもので看過できません。この問題、もう一度だけおつきあいください。

                       ◇=◇=◇
当初から米部隊に「殺害」命令 ビンラディン容疑者作戦
 【イスラマバード共同】国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者襲撃作戦を実行した米海軍特殊部隊が受けていた命令は、「身柄拘束」ではなく「殺害」だったことが6日、分かった。作戦の全容を知る米政府筋が共同通信に明らかにした。
 米政府はこれまで、ビンラディン容疑者が抵抗したために殺害したと説明してきたが、当初から殺害目的の作戦だったことになり、国際法上の適法性などにあらためて疑問の声が上がりそうだ。
 同筋は、殺害命令が下された背景について「裁判にかければ数百万ドル(数億円)かかる」と財政上の問題を指摘した上で、「主張が世界に知れ渡るような裁判を望まない」と述べた。 2011/05/06 09:57【共同通信】
                       ◇=◇=◇
ビンラディン容疑者の死亡確認=対米報復呼び掛け―アルカイダ声明
時事通信5月6日(金)22時37分配信
 【カイロ時事】米国の国際テロ組織研究所(SITE)によると、国際テロ組織アルカイダは6日、イスラム系ウェブサイトに掲載した声明で、指導者ウサマ・ビンラディン容疑者の死亡を確認するとともに、報復すると警告した。AFP通信などが伝えた。
 声明は「全能のアラー(神)の許しを得て、(ビンラディン容疑者の)血は存在し続け、その呪いは米国を国内外で追い続ける」としている。
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タリバンが徹底抗戦表明=ビンラディン容疑者殺害「起爆剤に」―アフガン
時事通信5月7日(土)6時32分配信
 【イスラマバード時事】アフガニスタンの反政府勢力タリバンは6日声明を出し、国際テロ組織アルカイダの首領ウサマ・ビンラディン容疑者の殺害を受け、「(同容疑者の)殉教は外国からの侵略者に対するジハード(聖戦)の起爆剤」になると宣言。徹底抗戦の意志を明確にした。AFP通信が報じた。
 タリバンは殺害翌日に「コメントは時期尚早」として論評を避けており、具体的対応に言及したのは初めて。声明は「ジハードの苗木は、血によるかんがいを通して常に成長し、磨かれ、実りへとつながってきた」と過去のテロの成果を強調。その上で「1人の殉教者の死が、さらに何百人もを殉教や犠牲の世界へ導くことになる」と、さらなる攻撃を警告した。 
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 以上がその内容ですが、殺戮の連鎖が示唆されていることに大きな懸念を抱かざるを得ません。新たなテロの危機回避、ないものねだりなのでしょうか。

★脈絡のないきょうの一行
東日本大震災から2ヶ月。東京で体感したあの揺れの恐怖は忘れない。
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2011/05/09 [Mon] 10:11:11 » E d i t
 ビンラディン容疑者暗殺問題の続きです。5月6日、ヤフーニュースは「ビンラディン容疑者の殺害、残される適法性の議論」という見出しでロイター通信の原稿をウェブに掲載しています。この原稿、この間私が「暗殺ではなかったのか」という疑問に、法的立場から考察したもので興味深いものがあります。少し長くなるのですが、以下、紹介します。

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 【ニューヨーク 5日 ロイター】米海軍特殊部隊によるアルカイダ指導者ウサマ・ビンラディン容疑者の殺害について、オバマ政権は適法だったと主張するが、米国の国際法の専門家たちは、法律上の重要な問題が残されていると指摘する。
 2001年9月11日の米同時多発攻撃を受け、米議会は大統領に「武力行使容認決議」などテロ対策で幅広い権限を与えたが、一部専門家の間からは、ビンラディン容疑者の殺害作戦は国際法上の適法性が不明確だとの声が出ている。
 米政権がブッシュ時代から最重要指名手配者としていたビンラディン容疑者の殺害を受け、米国内ではオバマ大統領の支持率が急上昇したが、国際社会では今回の米国の行動は行き過ぎではないかとの懸念も浮上している。
 ミシガン大学ロースクールのスティーブン・ラトナー教授は「法律問題としては難問だ。多くの問題は、ウサマ・ビンラディンが交戦相手の戦闘員なのか、大量殺人の容疑者なのか、どちらと考えるかにかかっている」と述べた。
 オバマ政権が主張するように、米政府がアルカイダと戦争状態にあるという理屈なら、ビンラディン容疑者の殺害は合法だと言えるだろう。
 ラトナー教授は「ビンラディン容疑者が銃を持っていたかどうかは問題ではない。戦闘員の殺害は法律的に認められている」と語る。
 <司法長官は合法性を主張>
 エリック・ホルダー米司法長官は4日の上院公聴会で、「ビンラディン容疑者は9.11の実行組織であるアルカイダの指導者」であり、殺害作戦は合法だったと証言。「戦場で敵司令官を標的にすることは合法だ。第2次世界大戦中に行った山本(五十六の殺害)も同じだ」とも述べた。
 カーニー米大統領報道官は3日、米海軍特殊部隊がビンラディン容疑者の邸宅を急襲した際、同容疑者は抵抗したが、武器は持っていなかったことを明らかにしている。
 これについてもホルダー長官は、たとえビンラディン容疑者が降伏の意思を見せたとしても、「自衛のためや邸宅内のほかの人の保護のため、海軍特殊部隊の行動には十分な根拠がある」との見解を示した。
 アルベルト・ゴンザレス前司法長官も、ロイターの取材に「ビンラディン容疑者は軍事目標だった。われわれは紛争中だったという点に疑問はない。何を議論しているか私には分からない」と述べ、作戦の合法性を訴えている。
 <複雑な構図>
 さらにゴンザレス前司法長官も、ビンラディン容疑者が武装していたかどうかは問題ではないと一蹴。「ミサイルを発射したとしよう。ターゲットが武装していたかどうか、われわれは問題にするだろうか」と語った。
 一方、ラトナー教授は、ビンラディン容疑者が大量殺人の容疑者だとみなされる場合、米軍の作戦に関する法的解釈は違ったストーリーになってくると指摘。「その枠組み内での行動なら、殺害は容疑者が差し迫った脅威を示した場合にのみ許される」としている。
 問題を複雑にしているのは、ビンラディン容疑者が1998年、米大使館爆破事件を共謀したとして、マンハッタン連邦地裁に起訴されたこと。こう語るのは、ノースウェスタン大ロースクールの国際人権センターで所長を務めるデビッド・シェファー氏。「通常は起訴されている個人を捕えるのは、裁きを受けさせるため法廷に連れて行くのが目的。起訴中であるなら、文字通り即座に処刑するのは目的ではない」と指摘する。
 作戦を実行した海軍特殊部隊にどういった命令が出されていたのか、ビンラディン容疑者が降伏のためどういう行動をとったかなど、作戦には重要な問題が残されているという点でラトナー教授とシェファー所長の意見は一致している。シェファー所長は、海軍特殊部隊が身柄拘束ではなく殺害を命じられていたのであれば、国際法上は問題ないとしても、米国の理想には反するのではないかとの疑問を提起。「米国社会の特徴として、少なくとも交戦規則に沿って拘束を命じるのが、米国の価値観にはよりふさわしかったのではないか」と語っている。
 (ロイター日本語ニュース 執筆:Andrew Longstreth記者、翻訳:宮井伸明、編集:野村宏之)
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 お断りしておきますが、私はビンラディン容疑者がおこなった(とされる)テロ行為を容認しているから、この問題にこだわっている訳ではありません。テロは断じて反対という立場は一貫しています。したがってきちんとした裁判が行われ仮に極刑が言い渡されたとしたら、それはそれで止むを得ないと思っています。しかし、そういう人物であっても判決が確定するまでは推定無罪の原則は適用されるべきで、今回のビンラディン容疑者暗殺(殺害)は一種のテロだと断じざるをえません。

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首相、浜岡原発の停止を要請。菅直人が伊達直人並みになったのは初めてじゃない?
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2011/05/06 [Fri] 11:06:59 » E d i t
 ビンラディン容疑者は丸腰だった――。4日から5日にかけて日本のメディアはこのことを伝えています。前回このコーナーで、アメリカは「殺すことを目的」としてビ氏の住居を急襲したのではないかと書きましたが、悲しいことに的中したようです。加えて5日の時事通信ウェブは、「同氏はいったん拘束された後、射殺された」というショッキングなニュースを流しています。以下。

                       ◇=◇=◇
 パキスタン紙ニューズ(電子版)は5日までに同国治安当局者の話として、北部アボタバードの隠れ家で米軍の急襲を受けた国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者は、いったんは生きて拘束されたものの、その後殺害されたと同容疑者の12歳の娘が証言していると報じた。
 同紙によれば、娘は隠れ家に取り残され、パキスタン治安当局に拘束された。調べに対し、2日未明の急襲作戦開始数分後、ビンラディン容疑者は米軍特殊部隊員に捕まり、家族の前で射殺されたと主張しているとされる。
 一方、政府関係者によると、拘束された隠れ家の住民は「(同容疑者も含め、)こちら側から米軍へは一発たりとも発砲していない」と口をそろえている。 
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 ビ氏が丸腰であったことは、米大統領報道官も3日の記者会見で認めました。しかし「抵抗には銃器は必要としない」と述べながら、「実際に抵抗したから射殺した」と説明しています(5日・毎日新聞)。ヒトがヒトを殺すことが許されるのは三つの場合に限られるといいます。断じてあってはならないことですが①戦争、法的な手続きを経て決定を受けた場合の②死刑、そして③正当防衛です。

 この三つに当てはめた場合、襲撃はビ氏の自宅であり戦場ではありませんので①はあり得ません。もちろん彼は死刑判決を受けていませんので②でもありません。残されたのは③の正当防衛ですが、丸腰の人間を射殺することは正当防衛として成立しませんし、急襲した米軍の特殊部隊はいわばプロ中のプロですから、「誤って射殺した」こともあり得ないはずです。

 とすれば消去法的にみれば、この事件は残されたもう一つ、軍の特殊部隊による集団的襲撃を装ったリンチ(私的死刑)だった、としか言いようがありません。それは今回の襲撃が「拘束」をめざしたものではなく、ビ氏を「殺す」ことを目的としたものだったということを物語っています。状況証拠として敢えて挙げるならば、(少なくとも報道を見る限り)襲われた住居で殺されたのは彼一人だけだった、という事実に目を閉ざすわけにはいきません。

 ではビ氏を殺す必要性はどこにあったのか、そして前回ここで指摘したようにビ氏殺害によって一番得する人物は誰だったのか、という疑問は氷解しません。しかし、はっきりしていることが二つあります。一つは「9.11」事件が彼の殺害によってその真相も同時に葬られたこと、そしてもう一つは、米国内でオバマ大統領の支持率が急上昇していることです。私は単純に同大統領の計画だとは思いません。もっと深いところに、私たちの眼の届かないところに、ウサマ・ビンラディン容疑者暗殺の、「隠された真相」があるように思えてなりません。

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焼肉チェーン店で4人が食中毒死。食肉卸会社にも司直の手が入るが、原因をはっきりさせてほしい。
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2011/05/04 [Wed] 10:35:35 » E d i t
 5月1日(現地時間)にウサマ・ビンラディン氏(以下、ビ氏)がパキスタン国内で暗殺されました。DNA鑑定でも本人と一致したというから、間違いないでしょう。当局はこれを「殺害」という表現をしていますが、私は暗殺だと思います。ビ氏が指示したといわれる「9.11」は許しがたい野蛮なテロでした。今回のアメリカ軍によるビ氏暗殺も、「9.11」と軌を一にする野蛮な殺戮行為ではなかったのか、と私はいいたい。

 なぜなら、すでにメディアで取り上げられているようにタリバンは報復することを明言しているからです。「目には目を」という彼らの〝論理〟からみて、改めて無差別の殺戮が繰り返される恐れがあります。アメリカはなんという理不尽な暗殺を行ったのでしょうか。

 発表されたテレビの映像を見る限りでは、ビ氏の殺害現場は住居の3階だったといいます。発砲の際、同氏の妻が盾になったといいます。3階という場所、盾となった妻、それは時間的には彼を殺さなくても捕捉できる可能性があったということになります。「抵抗したから殺害した」とコメントしていますが、間違いなく軍はビ氏を殺すことを目的とし、一直線に現場に踏み込んだとしか思えません。

 「ある事件が起きたとき、それによって誰が一番得をしたかを考えれば、事件の本質が分る」といわれます。翻って、「9.11」はビ氏の指示によって行われたといいますが、それが事実であったのかという問題も今回の暗殺によって闇に葬られたことになります。実にこれは不思議なことです。「9.11」事件の真相を知ろうと思えば、ビ氏を生きたまま拘束し、必要な裁判でそのことを明らかにすべきだったのではないでしょうか。ビ氏暗殺は、1963年にケネディ米大統領を銃撃したといわれる、オズワルド容疑者が殺害されたこととオーバーラップします。

 アメリカはビ氏を拘束して裁判を行うことなく、ビ氏の暗殺へと走りました。しかも家族を巻き込んで。何故でしょうか。前述のことを例にすれば、ビ氏を殺すことによって得する人物がいる、いや、ビ氏を殺す必要のあった人物が深く関与していたのではないかということを疑わざるをえません。今回の事件で、「9.11」の真相は不透明なまま終わることになります。そのことによって一番得するのは誰か、推理小説ではない現実問題として考えてみてはどうでしょうか。

 そして恐ろしいのは、殺戮の連鎖が起きるおそれが強まったことです。タリバンは「パキスタンとアメリカを許さない」ことを声明しました。これは無差別テロの〝宣戦布告〟に等しいものです。すでにアメリカは空港で厳戒態勢がとられているようです。これはもう戦争状態といえそうで、危険そのものではありませんか。

 米・オバマ大統領は殺戮の連鎖が起きることを想像(イメージ)できなかったのでしょうか。そんなはずはありません。「核なき世界」を呼びかけ、ノーベル平和賞を受賞した人物であるならば、考えは及ぶはずです。何故こんなバカなことを。世界の歴史に大きな汚点を残す結果になるであろう、今回の暗殺事件。殺戮の連鎖が起きないことを祈るばかりです。

★脈絡のないきょうの一行
へー、減給した東電役員の報酬はそれでも2000万円だって(産経)。へー。
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2011/05/02 [Mon] 11:14:35 » E d i t
 稜線はホテルを見下ろす場所にありますが、下から私たちを応援していた人たちは「あそこから見えなくなったから部屋に戻った」と下山後に報告してくれました。実は、応援団のことはすっかり忘れていたのです。それに加えて嬉しかったのは、私たちの様子が心配だったのでしょうかホテルの支配人が、私たちが稜線に上がるまで双眼鏡で監視していてくれたといいます。ありがたいことです。

 気持ちを新たにして前進ですが、進行方向には宝剣山荘と天狗荘を前景にして、中岳が立ちはだかっていました。その中岳のピークまで行かないことには、木曽駒ヶ岳を見ることはできません。まるで「真打はまだだ」とでも言っているようです。稜線からは思ったとおり、アイスバーンになっていました。しかも雪は風で吹き飛ばされていますから歩きやすくなっています。

 中岳の頂上に到着。すると眼前に木曽駒ヶ岳がやっと姿を見せてくれ、その左方向には御嶽山が堂々とそびえています。これは立派です。後ろを振り返ると宝剣岳の向こうに空木(うつぎ)岳を盟主とする中央アルプスが真っ白に輝き、その左手奥には前日確認した南アルプスの全容が手中に収まります。北側には前月に登った八ヶ岳が居座りこれはもう感動です。が、あまりゆっくりしてはいられません。ここから一旦下って登り返さないことには、駒ヶ岳山頂に到達できないからです。

 鞍部から20分程度でしょうか11時10分、山頂に着きました。3千メートル級とあって風は強く、持っていった寒暖計はマイナス10度を指していました。しかし、しかし、前述の景色に加えて北アルプスが展開し、さらに浅間山や谷川岳も同定できます。その寒さをもってしても余るほどの見事さで、時の経つのを忘れそうでした。寒かったせいでしょう、日本の屈指の山々を見ることができました。さすがは中央アルプスですが、冬でなければ得られない貴重な経験でした。

 下山は楽でした。自分たちがつくったトラバースを歩けばいいからです。結局、ホテルから木曽駒ヶ岳山頂往復は、休憩時間も含めて4時間10分で冬場にしては、ペースよく歩けたといえます。下山後は、バス停「菅の台」近くの『駒の湯』で汗を流し、春日井市からきたT夫妻と別れを告げました。

 5年後の05年11月に登ったときは、稜線までは必要なかったのですがそれから上はアイスバーンになっており、アイゼンを装着せざるをえませんでした。3千メートル級の山の厳しさです。

 *徒歩総時間・3時間25分
ホテル千畳敷(8:45)-乗越浄土(稜線)(10:10 10:20)-木曽駒ヶ岳頂上(11:10 11:35)-ホテル千畳敷(12:55)

 *参考/2005年11月3日登山・3時間00分
ホテル千畳敷(8:40)-木曽駒ヶ岳頂上(10:10 11:30)-ホテル千畳敷(12:00)

★脈絡のないきょうの一行
結局さー。この大震災で一番「得」したのは小沢一郎さんだったりして。悔しいね。
2011/05/01 [Sun] 14:42:57 » E d i t
 祝・第82回メーデー! 強風の代々木公園に行ってきましたが、1965年以来、連続47回目の参加となりました。当時私はまだ定時制高校生でした。この年に職場(新聞販売店)に労働組合を作ったことで2年後に解雇され、私の人生に大きな影響を与えました。メーデーはそれ以来の連続参加ですから、その歴史の半分以上に参加したことになる自分を誉めていいのではないでしょうか。メーデーに参加されたみなさん、強風のなかご苦労さまでした。

 百名山報告にもどります。ホテルで朝食を済ませて、8時45分にスタートしました。千畳敷は前夜の風で雪が吹き飛ばされ、踏み跡一つない白海原となっています。大体のルートを確認しまず私が先頭に立ってラッセルしました。事前に「膝より上まで雪があったらたいへんだから撤退しよう」という約束になりました。

 雪質はサラサラしており歩くには不自由はしません。誰も歩いていないところを自分の足で道を作っていくことに爽快感を覚えます。ホテルの方向からは「がんばってー」という女性たちの声が聞こえます。それに押されるように前進しました。40分ほど進んだところで、トップを若手のTさんと交代です。

 乗越浄土(のっこしじょうど)といわれる稜線までの8合目あたりの急勾配から、いきなり雪が深くなり腰あたりまで雪に埋もれました。事前の約束は雪が膝を越えたら撤退、でしたがそんなこと忘れていました。歩きながらピッケルを雪に差し込んだとき〝抵抗〟するものがあることに気付きました。雪面から20センチほどのところでそれがあり、さらに強く力を入れるとそれを突き破ります。

 そうです。古い雪が下で堅くなり、その上に新しい雪が降っているのです。これが、実は表層雪崩を引き起こす原因なのです。そのことを他の仲間に伝えながら、慎重に前進です。稜線から30メートルほど下方になるでしょうか、このあたりからは登山道は雪ではなくアイスバーンとなりました。もちろんもアイゼンはつけていますから、歩きやすくはなりました。

 10時10分、稜線の乗越浄土に到着です。平時であれば1時間ほどの行程ですが、雪山にしては早かったと、お互いを讃えあったものです。ホテルを眼下に見て、右手に大きな宝剣岳が構えており、これも下から見たとおり立派です。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
イギリス王室の結婚式。新婦ケイトさんより付き添いの女性のほうが美人、と思ったのは一人だけ?
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