ヘボやんの独り言
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2011/02/28 [Mon] 10:46:08 » E d i t
 「労働委員会活用促進学習交流会」は水谷さんにつづいて滋賀県の労働委員、宮武さんが報告。「労働委員会は労働者保護が目的。活用してこそ生かされる」と、具体例を示しながら報告しました。さらに京都農協のたたかいについて同労組書記長の濱見さんは、「使用者側は自分の意に沿わない人をやめさせるなど、理不尽な行動に出てきた。それを恐れて組合員のなかに、名前を公表したくない人が多かったが、このたたかいのなかで公表に踏み切った人もいる」と労働委員会への救済申請のたたかいの重要性を強調しました。

 最後に、遠く沖縄の宮古島から参加した宮古毎日新聞労組の垣花委員長は「労働委員会の調査や審問は、宮古島から那覇まで行かなければならない。時間的には飛行機しか使えず、一人往復3万円の負担は大きい。しかし、新聞労連や沖縄マスコミの仲間の支えでなんとかやっている。単組だけではたたかいきれない」と、周りの支えの重要性を訴えました。

 垣花さんは労働委員会の協議の進め方で「この間の労使交渉で組合側が拒否したものを、そのままあっせん案として出してきたことがある。当然、組合は拒否したが、そういうものを解決案として出してくる労働委員会および公益委員の神経を疑う」と厳しく批判しました。また、労働委員会に救済申請したとき「労側委員の心証を悪くしてはいけないという思いが強く、あまりモノをいえなかった。労働委員会は労働者のために存在するものだと思うが、疑問に思うことが多々ある」とも報告しました。

 討論では、中労委の公益委員に明治ホールディングスの現役外部役員が就任していた問題で「昨年の新しい体制では外されたが、現役の会社役員を公益委員に据える厚労省の考えが分からない。ひどすぎる。公益委員の出身など、監視を強める必要があるのではないか」「労働委員会の報酬のあり方で、実態に合わない部分があり問題になっている。一律に日当制などにするのではなく、実態に見合ったものにしていくべき」などの意見が出されました。

 この交流集会は、労働委員会の活性化をどうするかということからスタートして取り組まれたもの。労働審判制度が出来て、紛争処理にあたってはそちらに集中する傾向があることも事実です。そこで大事なことは、労働者の権利を守るための大きなたたかいこそが必要であるということです。「労働委員会や公益委員を動かすのは、当事者の運動にかかっているといっても過言ではない」という伊藤幹郎弁護士の指摘どおり、その視点を貫くことが基本といえます。その上で、労働委員会を活用する、そういう取り組みにしていきたいものです。

★脈絡のないきょうの一行
東京マラソンで彗星現わる。埼玉県の高校職員・川内優輝さん、名前のとおりかがやいたね。
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2011/02/25 [Fri] 12:01:40 » E d i t
 きのう24日、東京の全労連会館で「労働委員会活用促進学習交流会」が開かれました。これは全国労働委員会民主化対策会議がよびかけて開いたもので、労働委員会の活用がどうなっているか、個別の事件の実態はどうなっているか、などが報告・議論されました。この交流会には13単産・16地域、争議団などから61名が参加しました。

 メーンの講師は日本労働法学会会員である弁護士の伊藤幹郎さん(横浜弁護士会所属)。伊藤弁護士は都道府県労働委員会の扱い件数が「ゼロ・ワン」になっている県が40%を超えている現状を示しながら、「なぜこうなっているかの理由は、労働委員会が労働者・労働組合の権利擁護に役立っていないことにつきる」と厳しく批判。「救済機能不全に陥っている」と指摘しました。

 その改善には、「公益委員、労働者側委員の質の向上が求められる」としながら、労働者委員の公平な選任、労働者の権利意識の向上、審査のスピードアップなどが必要だと強調しました。さらに、労働委員会の決定が裁判所で覆される事例についても、労働委員会の命令が軽んじられており立法上の改善が求められる、としました。

 交流会は中労委委員の淀房子さんから最近の中労委の取り組みについて報告され、各地の労働委員会の活用や実態がどうなっているかについて、神奈川県労委の水谷正人さん(神奈川県労連議長)、滋賀県労委の宮武眞知子さん(滋賀県労連副議長)、全農協労連京都府農協労組の濱見秀行さん(同労組書記長)、新聞労連宮古毎日労組の垣花尚さん(同労組委員長)の4人から特別報告を受けました。

 昨年4月に神奈川県で初めて非連合組織を代表して労働委員になった水谷さんは、「自分が労働委員の仕事をやれるだろうかと、心配だった」としながらこの1年間に取り組んだ事件を紹介しました。現在、神奈川県労働委員会には50件の事案があり、そのうちの20件を担当しているといいます。全体の40%になり、非連合から選出された委員への期待の表れといえそうです。

 「労働者側委員のなかには、どう考えても経営者の立場の人もあり、問題だと思う」と批判、そういう人たちとの議論の中身についても触れました。労働委員会の活用を図るうえで重要なのは①労働者の働く権利と団結権擁護、不当労働行為の救済を断固行う②労働組合加入や労働組合結成・活動、争議権行使は憲法28条の実践の立場を貫く③第三者機関を活用できる人、権利を守る幹部活動家の育成――が必要であると強調しました。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
きょう春一番が到来。三寒四温で少しずつ春へ。この季節、いいですね。
2011/02/24 [Thu] 10:42:11 » E d i t
 彼は闘病記を残しています。亡くなる1年ほど前のものですが、その一部を紹介しましょう。この闘病記、個人情報の分野に入りますが、彼はきっと許してくれると思います(一部省略、原文のまま)。

                         ◇=◇=◇
 それまで自覚症状もなく好きな登山や活動に飛び回っていたのに、突然の「肺ガン」それもたちの悪い小細胞ガンということで“奈落の底”へ突き落とされ、ショックで気持ちも動転し、不治の病にかかってしまった「自分の死に」ついても考えるようになりました。医師から①手術②抗がん剤③放射線治療の選択肢が告げられ、ガン病巣の右肺下葉を手術により切除しました。

 手術後は転移も無く、身体もどんどん良くなっていくと思っていましたが、1ヶ月後には頭に転移、その後、胸の他の箇所へも。その都度、点滴による抗がん剤治療で入退院を繰り返す闘病生活が始まりました。

 治療してガンの陰が消えても、暫くするとまた新たに他の場所に現れるガン細胞ほど厄介なものはありません。この治療~消滅~転移の繰り返しの「長いトンネル」からいつ抜け出せるのか、見通しがきかないで焦りも出てきます。ガン患者の中には抗がん剤による副作用で身体がへたり参ってしまう方も多いと聞いています。

 病気になって思うことは、健康なときこそ①日常の食習慣②日頃から身体を動かす運動③過剰なストレスを避けること④定期的に健診を受けること。を考えながら生活していくことが大事だということです。

 いま医療破壊が進み、医療難民ともいえる状況のもとで、安い費用で安心してかかれる健康診断にするため、公費助成を増やす運動を強めるのも大事です。健康診断で病気の早期発見を!自分の体験をとうしてつくづく願わずにいられません。
                        ◇=◇=◇

 自分との厳しいたたかいのなかでも、医療の問題をきちんと訴え、考え続けているその姿は頭が下がるだけです。彼の天性の優しさのなせる業でしょう。少しだけ言葉が不自由になりましたが、見舞いに行くと喜んでくれました。

 しかし天の配剤は過酷です。昨年2月8日、66歳で彼は帰らぬ人となりました。がんが発見されて2年余のたたかいに終止符を打ったことになります。生きることを諦めないこと、人のこころの優しさやそのありようを教えてくれたやっさん。弱音を聞いたことのないやっさん。ほんとうにありがとうございました。

★脈絡のないきょうの一行
ニュージーランド地震で日本人も被災。希望に燃えて学んでいた若者たちの生存を信じたい。
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2011/02/21 [Mon] 10:20:37 » E d i t
 先週土曜日の夜、千代田区内のある会館で「鈴木靖雄さんを偲ぶ会」が開かれました。法事は1年目に「1周忌」、2年目に「3回忌」を行いますが、故人との永久の別れのけじめとしてよくできた制度だと思います。「偲ぶ会」も同様の意味を持っています。『やっさん』と仲間から親しまれ、少々、おっちょこちょいだがお人よし、そして生きることに真っ直ぐだった彼のことについて触れたいと思います。

 鈴木靖雄(すずきやすお)享年66歳――。東京電力に勤め、現場から電気を家庭に確実に送るためにがんばりつづけ、定年を迎えました。雨の日も風の日も、雪が積もれば送電線が垂れ下がらないかと心配し、電気を守り続けた男でした。東京電力といえば(解決しましたが)組合活動家への賃金差別で裁判闘争まで起きた企業です。自らはその賃金差別是正を求める争議団に加わりませんでしたが、職場の中からそのたたかいを支えた一人です。

 一緒によく山に登りました。「百名山報告」のなかにも出てきますが、その馬力にはかないませんでした。『鉄人』という異名は言い得て妙でした。面白かったのは北海道の幌尻岳(ぽろしりだけ)に登ったときのことです。登山口はいくつかあるものの、一番オーソドックスな渡渉を繰り返すコースは山小屋が満杯で、その裏側からチャレンジすることになりました。車が入れる限界点から登山口の山小屋まで地図で測ってみると17キロ、歩いて6時間。

 これはたいへんです。いきなりやっさんは「リアカーで行ったらどうだろうか」と提案しました。山小屋までは作業用林道がつながっており、不可能ではなく即決です。早速ネットを使ってリアカーをリースしてくれる会社がないか札幌を中心に探しましたが見つからず、やむなく組み組み立て式のリアカーを購入しました。3人が引っ張り、1人が後ろから押すというパターンで雨の中でしたが、小屋にたどりつきました。翌日、山頂を踏みましたがこの山登りは楽しかった。

 さらに彼は、文化問題に高い関心を寄せていました。劇団や交響楽団の仲間たちも含めて「千代田文化の会」を立ち上げ、自らその事務局長に座り観劇や音楽鑑賞などを集団的に取り組みました。若い劇団員を励まし、勇気づける姿は今でも忘れられません。若者たちは彼を親や兄のように慕っていました。独身を通すのかと思ったのですが、定年間際にある劇団の女優さんと結婚。盛大な定年と結婚祝う会を開きました。定年後間もなく、何とピアノを習い始めたのです。これはもう酔狂の世界です。残念ながらこのピアノ演奏、一度も聴くことはありませんでした。

 肺がんが発見されたとき、それもタチの悪いがん細胞であったことから、彼はたいへんなショックを受けました。しかし、たたかいに挑みました。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
内閣支持率19%、早期解散60%(毎日新聞世論調査)。菅直人さん崖っぷち。
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2011/02/18 [Fri] 10:08:24 » E d i t
 ヒトラーのウソの話しをもう一つ。もともと彼は民族差別主義者でした。オリンピック招致会場選定のときに世界からそれを批判され、「差別は行わない」ことを内外に宣言し、これが認められてベルリンオリンピックの開催が実現したのです。ところがオリンピックが終わると、ご承知のようにユダヤ人の弾圧を行い、ホロコーストという悲劇的な事態が起きたのです。「大きな嘘」に世界が騙されたのです。

 すみません、横道が長くなってしまいました。河村たかしさんにもどりましょう。「市民税10%の引き下げ」は魅力ある提案です。その財源としての市職員の人減らしも、市会議員の歳費削減も有権者の耳に心地よく伝わります。しかし、肝心の職員が減らされた場合の行政サービスの低下がどうなるかについて、全く触れられていません。「日本一の福祉・医療・地方自治をめざす」ために予算を拡大するとしていますが、市民税を10%も下げて可能なのでしょうか。

 おや、と思うのは「そのための希望する地域を募って、公選に準ずる手続きで委員を選定、モデル実施する」としている点です。何のことはない、これは見方を変えれば民主党政権が言っている『地域主権改革』の〝名古屋市民版〟ではありませんか。地域主権改革は、痛みを国民に押し付け財界の求める国づくりをすすめるもので、小泉・構造改革の延長にあるものです。「住民自治」の名で、住民の手によって住民いじめをする姿が目に浮かぶようです。

 税金10%削減という美名のもとに、彼がすすめようとしている政策は旧態依然としたそれに過ぎないと思います。再度お断りしておきますが、私は河村たかしさん(名古屋ことばは好きですが、品のない彼の名古屋弁は大嫌いです)が、ヒトラーのような独裁者だとは申しません。しかし、「税金10%削減」が大嘘になって、市民がそれに踊らされるような事態になることを懸念しているのです。いやそれはすでに、現在進行形になっているのかもしれません。

 2月16日付毎日新聞ウェブは「大阪府の橋下徹知事は15日夜、大阪都・中京都両構想で連携する河村たかし名古屋市長と大阪市内のホテルで会談した。地域政党『大阪維新の会』(代表・橋下知事)が先月下旬、名古屋市長選で河村市長の応援に名古屋入りして以来の対面。2人は、民主党の原口一博前総務相が設立を打ち出した政治団体『日本維新の会』と連携する方向で一致した。」と報道しています。おや、おや、橋下さんと河村さん、〝お山の大将〟になりたがる点において一致していますね。ちょっと危ない。

 いずれにしろ、私たちが全方位で注意を払わなければならないのは、現在の政治・経済情勢が1920年代後半と似通った閉塞状態にあること。そして、こういう混乱の時代に国民を欺瞞によって扇動し、ファシズムが台頭する恐れがあり、それを見抜いて未然に防ぐこと、ではないでしょうか。

★脈絡のないきょうの一行
日本人宇宙飛行士・若田光一さんが国際宇宙ステーションの船長に。快挙だ!
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2011/02/16 [Wed] 10:36:33 » E d i t
 以下はヒトラーのことですが、私は決して河村たかし氏が独裁者だとは思っていません。しかし、過去に似たような事が起きていることに目をふさぐわけにはいかず、少しだけ復習してみましょう。

 あのアドルフ・ヒトラー(1889年4月20日 -1945年4月30日)の有名な言葉に「大衆は小さな嘘より大きな嘘の犠牲になりやすい。とりわけそれが何度も繰り返されたならば。」というものがあります。その典型が、ドイツ国会議事堂放火事件といえるでしょう。1933年1月30日にヒトラー内閣が誕生。その2日後の2月1日に議会を解散し、3月5日に選挙を行うことを決めました。そして、2月27日深夜に国会議事堂が何者かによって放火され炎上したのです。この放火は共産党の仕業であったとして、大弾圧を始めたのです。これによりドイツ共産党は壊滅状態になります。

 この事件はヒトラーの自作・自演だったことは広く知られています。なぜ、共産党だったか。1929年から始まった世界大恐慌をめぐって、政策的にナチ党の対極に共産党があったからです。その詳細は別に譲りますが、国会議事堂放火というとてつもない大嘘(でっち上げ)によって共産党が弾圧され、その間にナチ党はその勢力を伸ばし、政権の座についたヒトラーはあの忌まわしい世界大戦に突入していくのです。

 ここで注目したいのは、あの時代と今が似通った経済状況にあるということです。リーマンショックは、世界恐慌になる前になんとか踏みとどまりましたが、世界的にみて経済は厳しい状況にあります。ヒトラーが台頭してきた1930年前後は、今と同じような閉塞感が世界を支配していたであろうことは想像に難くありません。

 さらに横道にそれますが、ヒトラーの関係でもう一つ。ヒトラーはスポーツに熱心で、当時、未踏だったアイガー北壁登頂や、オリンピック開催を奨励しました。狙いはドイツの優位性を世界に示すことと、国民の士気高揚でした。アイガー北壁は映画にもなり(昨年日本でも再上映、私も観ました)ましたが、1936年の悲惨な遭難を乗り越えて2年後、38年7月にドイツ人とオーストリア人がパーティーを組んで初登頂に成功しています。オリンピックも36年8月にベルリンで開催、ドイツの力を誇示し1939年9月にポーランドに侵攻、第2次世界大戦が始まったのです。

 オリンピック開催と言えば、最近、どこかの都知事が熱心な招致活動を行い失敗していますが、ヒトラーと同じ臭いを感じたのは私だけだったでしょうか。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
自民・公明両党も5%法人税引き下げ反対を表明。党利党略臭く、にわかに信じられないね。
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2011/02/14 [Mon] 11:27:24 » E d i t
 バレンタインデー、いかがお過ごしですか。(以下、省略)。

 前回の続きのようなものですが、今回は名古屋市長の河村たかし氏のことについて見てみたいと思います。彼はどんな経歴を持っているのでしょうか。

 少し調べてみて興味深いことが分かりました。1948年生まれですから、私より一つ下の団塊の世代です。1993年7月の総選挙に日本新党公認で旧愛知1区から立候補し初当選しています。これが彼の政界デビューですが、それまでの彼の経歴がおもしろい。当選前の1990年の総選挙のときは、自民党の公認を得られないまま保守系無所属・宏池会新人候補として立候補しましたが、落選しています。

 なんと、議員になる前は自民党の「宏池会」に所属していたのです。宏池会は池田隼人元首相らが1957年に結成し、現在では古賀誠さんが会長を務め、自民党の谷垣総裁が代表世話人になっている由緒ある自民党の一派閥です。これはもう説明不要で、保守本流の派閥です。河村さんは意外なことにそこに所属したことがあるのです。

 もっと面白いのは、さらにその前です。 Wikipediaによると、「政治を志すようになり、後に右派の政治家であり、反共の闘士であった民社党委員長春日一幸の秘書となったが、民社党を離党したため除名となった。」としているところです。整理してみますと河村たかし氏は、民社党を除名になり、宏池会に入って立候補し落選、その後、日本新党ブームに乗って当選する、という「波乗り」型の政治家のようです。その後、日本新党が解党して新進党から自由党、そして民主党と渡り歩いています。なんだか所属した党が消滅していった自民党の小池百合子さんみたいですね。そして、2009年4月に国会議員を辞職して名古屋市長に「鞍替え」したのです。

 政策的にはどんなものをかかげているのか、河村氏の09年の市長選挙のときのマニフェストをみてみましょう。▼市民税10%削減の財源として、①市長との約束に基づく役所内の分権②予算を節約すれば当該部署が報奨される制度の導入③職員の総人件費10%削減。▼日本一の福祉・医療・地方自治のために、①希望する地域(中学校区や小学校区など)を募る②十分な準備を経たうえで、公選に準ずる手続きで委員を選定、モデル実施する③対象を増やし、予算も拡大する。▼名古屋の経済復興のために、①中小企業支援②名古屋高速道路の料金の750円から650円への引き下げ――などをかかげたのです。

 市民税を10%下げ、その財源は市職員の人件費の削減と、議員歳費を大幅に減らすという公約はウケました。これが自民党と民主党に愛想(あいそ)をつかした有権者の不信感の琴線に触れたのです。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
新燃岳、立ち入り禁止場所に入る人がいるというが、雲仙普賢岳の再現はやめてほしい。
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2011/02/11 [Fri] 11:11:43 » E d i t
 名古屋市長選挙と愛知県知事選挙、そして名古屋市議会の解散を求める住民投票が2月6日に行われ、河村たかし名古屋市長が画策したとおりの結果となりました。しかも、圧倒的多数の支持を得て。なぜこういう前代未聞の事態が起きたのか。結論的には、政党政治の危機の表れであり、民主・自民両党の責任であると断言できそうです。

 一昨年夏、政権が自民党から民主党に移ったのはご承知のとおりです。以来1年半、政治はどう変わったでしょうか。代わったのは首相だけで、政治の中身は全くといって良いほど同じではありませんか。いや、部分的には自民党時代より悪くなっているものもあります。

 その一つが最近NHKでも特集を組んでいましたが、国民健康保険料を支払えない人から取り立て(差し押さえ)を強行したり、保険証を取り上げたりが目立っていることです。「民主党よ、おまえもか」と言いたくなるあまりにもひどい非人道的な仕打ちです。公約破りも目を覆うものがあります。普天間基地移設問題がその最たるもので、「海外、最低でも県外」という鳩山首相(当時)の『公約』は、あっという間に死語化しました。

 構造改革によってズタズタにされた生活を何とか変えたい、と思った国民は自民党政治にノーを突きつけ、民主党を選んだのです。ところが民主党は事業仕分けなどという目新しい手法を導入し、国民受けを狙いましたが、肝心の軍事費や米軍関連費、不急・不要の公共事業には手をつけず、国民生活の予算を削ってきたではありませんか。挙句の果ては、消費税増税を言い出す始末です。

 「民主党は何とかしてくれるのではないか」という期待はみごとなまでに裏切られました。しかし、多くの国民は自民党時代に戻ろうとは思っていません。この閉塞状況を破ってくれる人、政党の出現に期待しているのです。そこに現われたのが、河村たかし氏でしたし、みんなの党だったのです。

 河村氏の経歴などについては後に譲るとして、彼らに期待せざるをえない状況を作り出したのは、自民党と民主党だったのではないでしょうか。つまり政治的行き詰まりを打開できない両党に愛想(あいそ)をつかした結果が、今回の名古屋市長選挙、愛知県知事選挙、そして名古屋市議会解散の住民投票に直結したのです。その意味において、民主党と自民党の政治責任は大きいといわざるをえません。

★脈絡のないきょうの一行
またまた小沢一郎さん。離党はしないし、政倫審も出る気なさそう。強制力を持つ国会喚問が一番だけどなー。
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2011/02/09 [Wed] 10:49:55 » E d i t
 私が通勤で利用する西武池袋線の車窓から、天気のいい日は丹沢山塊が見えます。もちろん富士山も。山が見えるということは自分の立ち位置がはっきりする、と、ある先輩が言っていましたが、確かに気分的には安定します。船旅のときなど、四方が海に囲まれていると自分がどこにいるか分からなくなり、なんとなく落ち着きません。それと比べたとき、山が見えるというのは安心感を与えてくれます。この感覚、面白いですね。

 丹沢山・蛭ヶ岳の2日目です。

 前日の天気とは大違いで、早朝から周辺はガスに包まれていました。風もあり肌寒さを感じます。朝食をとって、小屋から5分ほど下った水場まで下りて、3人の水筒を満タンにして、いよいよ蛭ヶ岳をめざします。ガスはかかったままで、遠く丹沢山がうっすらと見える程度です。

 塔ノ岳から丹沢山までどのくらい時間がかかるか試してみようと思い、同行の2人にはゆっくり歩いてきてもらうことにして急いでみました。ちょうど50分で到着。ここも含めてですが、丹沢周辺の地図の各コースの所要予想時間はかなり厳しく(短く)表示してあるように思います。全体としてあと1割程度は増やしてもいいのではないか、そんな印象をもったものです。

 丹沢山から先は、2年前の96年5月にも来たことのあるルートです。一旦下って登り返すと、蛭ヶ岳の山頂です。丹沢山もそうでしたが、ここも人でいっぱいでした。風をまともに受けると寒さが募ります。標高があるせいでしょうが、冬支度が始まっていることの証でもあります。山頂ではガスの中の撮影となりました。

 いよいよ下山です。マイカー利用の山行はもとに戻らなければなりませんが、今回は電車利用のため縦走となり、道志側に下りることにしました。小さなピークをいくつか越えてぐんぐん下っていきます。東海道自然遊歩道から『青根』に下る坂は急で、膝を傷めてしまいました。青根からは『三ケ木』(みかげ)でバスを乗り継ぎ、『橋本』から京王線で帰路につきました。2日間、いい天気と寒い天気の両方を味わう山行となりました。

*徒歩総時間/1日目・4時間30分、2日目・5時間30分
1日目=11月21日/県民の森(9:00)-栗の木洞(10:25 10:35)-鍋割山(昼食12:20 13:10)-塔ヶ岳・尊仏山荘(14:30)泊
 2日目=11月22日/尊仏山荘(7:25)-丹沢山(8:15 8:40)-あずま屋(9:10 9:30)-蛭ヶ岳(10:15 11:00)-姫次(昼食12:05 13:10)-青根(14:50)

*参考/96年5月4日登山/8時間20分
塩水橋(7:45)-吊り橋(8:10 8:30)-丹沢山(11:30 12:30)-蛭ヶ岳(13:55 14:10)-丹沢山(15:25 15:40)-堂平(16:40)-塩水橋(17:55)

★脈絡のないきょうの一行
都知事選挙予定候補、〝後出しじゃんけん〟をねらってか、出ないね。トップを切った共産党に拍手をおくろう。
2011/02/07 [Mon] 15:30:45 » E d i t
 丹沢は、首都圏の山好きの人なら1度や2度は登っている山です。その最高峰は蛭ヶ岳(ひるがたけ)ですが、東京から同定するのは困難です。私が通勤で利用する西部池袋線の車窓から丹沢の山並みが見えますが、ピラミダルな姿をした大山(おおやま)が一際目立っています。この大山、江戸時代には富士山に見立てられ、これに登れば富士山に登ったことにしていい、といわれたそうです。板橋区から練馬区にかけて「富士街道」という道があります。この街道は大山につながっていたと言います。

 富士山同様、昔から親しまれてきた丹沢。蛭ヶ岳には1996年5月4日と98年11月22日の2回登っています。それもルートを違えて。96年のときは東側の札掛け集落からピストン、98年は西側の県民の森から登り、尊仏山荘に泊って蛭ヶ岳のピークを踏んで、反対側の青根集落に出ました。2回ともそれなりに厳しい山行となりました。

 ここでは98年のときのものを報告します。もう13年も前になります。

 同行は山仲間のOさんとMさんです。朝一番の小田急ロマンスカーに乗って、本厚木で乗り換えて『渋沢』で下車。駅前で昼食などの買い物をして、「入れるところまで行って下さい」とタクシーに乗り、『県民の森』まで進みました。タクシーの運転手は「きょうはここまで来たのは3回目。バスも乗り切れないくらい込んでいた」といいます。11月という季節が人を呼んでいるのかもしれません。

 『車止め』の標識まで入ってもらいここから歩き始めました。登りに入ったあたりでタクシーの運転手が言ったとおり、ハイカーがいっぱいで数珠つなぎ状態になりました。途中、みごとな紅葉に出会い目を奪われました。11月の下旬に入ったこの時期が、丹沢山塊では紅葉の見ごろになるようです。

 鍋割山の山頂が第1ポイントです。ここで昼食休憩としましたが、山頂は人の山となっていました。山小屋でかき氷を売っていました。下から担ぎ上げた氷だといいますから、これは貴重です。500円は安いかもしれません。山頂から富士山が大きく見えます。遮るものがなく、これは立派です。

 その富士山を背にして、この日泊る塔ノ岳・尊仏(そんぶつ)山荘をめざします。鍋割山と塔ノ岳の標高差は220㍍あまりですが、大倉尾根(通称、バカ尾根)との合流点あたりから厳しくなってきます。山荘では「きょうは込み合っているから、一人半畳くらいですよ」と言われました。狭くても贅沢は言えません。

 夕食後、暗くなって外に出てみると下界はネオンで赤々と輝いていました。秦野市、中井町、松田町、平塚市、遠くは小田原市あたりまで輝いていました。「これで富士山がイルミネーションしてたら綺麗だろうね」と笑ったものです。

 しかし、夜景としてのそれの見応えは重厚ですが、エネルギーの壮大な無駄遣い、を考えるとぞっとします。人工衛星から撮った夜の日本列島を見たことがありますが、中国やロシアと比べると数段明るくなっていました。その一部がこれなのかと考えると、一抹の不安を禁じ得ませんでした。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
揺れる角界、ついに本場所開催中止へ。自浄能力のなさの典型だが、体質改善は可能か?
2011/02/04 [Fri] 11:14:41 » E d i t
 「政治とカネ」問題で強制起訴された小沢一郎さんの裁判の裁判長が決まり、いよいよ本格化しそうです。この問題の報道に際して、これまで小沢さんの呼称は「元民主党代表」でしたが、裁判が始まれば「被告」ということになるのでしょう。メディアの対応をウォッチングしたいと思いますが、「元民主党代表」と「被告」というこの落差、数字に表せないほどの落差です。

 強制起訴が決まって以降、小沢さんの去就について「議員を辞職すべき」「離党すべき」などいろいろ取りざたされてきました。今回はこの問題について考えてみたいと思います。

 議員辞職も離党もしない、というのが小沢さんの主張です。小沢さんの理屈からいえばそのとおりです。「自分はやましいことはない」というのですから、刑事裁判の『推定無罪』の立場からみれば辞職や離党はあり得ません。ここで辞職などすれば、「やましいことはない」といい続けてきたことを結果として覆すことになるわけですから、筋が通らなくなります。その意味において、小沢さんの主張は正しいと思います。

 とは言え理屈はそうであっても、感情的には釈然としません。六本木の土地の売買をめぐって、短時日に数億のカネが動いた不自然は全くと言っていいほど説明されていないからです。もう一つ今回の裁判には関係していませんが、新進党解党時(98年)のカネの処分問題も疑惑だらけです。この釈然としない問題、どう解決すればいいのでしょうか。方法は二つあると思います。

 一つは、所属政党の民主党が主体的に決めることです。刑事罰の被告になるわけですから、推定無罪はあるものの社会的・道義的にみて何らかの対応をすべきでしょう。それが政党としてのけじめでもあります。

 ところが民主党内部は分裂含みもあり、決断できない状態となっています。公約違反や消費税問題など民主党批判が強まっていますが、それに輪をかけて〝屋上屋〟状態となっています。推定無罪の原則から「無罪になれば復党」を前提に、離党勧告を出すくらいの腹構えがあっていいのではないでしょうか。小泉純一郎さんは自民党をつぶしましたが、このままでは小沢一郎さんは民主党をつぶすことになりかねません。

 もう一つは国会の役割です。国会は国政調査権をもっており、この問題について野党は「証人喚問」を要求しています。政倫審は開くことになりましたが、これは拘束力がありません。証人喚問によって問題を明らかにすることが必要だと思います。しかしこれも、民主党の腰が引けており実現しそうにありません。国会がこの問題を審議できないということは、ある意味、三権分立の危機でもあると思います。

 もちろん、国会の証人喚問は多数決で決めるのではなく、全政党・議員の全会一致の原則を貫く必要があることはいうまでもありません。

★脈絡のないきょうの一行
大相撲の八百長露見、IT化の産物だよなー。心配もあるけど、面白いなー。
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2011/02/02 [Wed] 11:25:56 » E d i t
 2月に入り、明日は節分。こよみの上では季節の変り目ですが、寒さはつづいています。お身体ご自愛ください。

 1月29、30の両日、神奈川県の三浦海岸で千代田春闘共闘の「春闘討論集会」が開かれました。今年の春闘をいかにたたかうのかという議論をする場で、毎年泊り込みで行っています。今春闘の重点課題は、大企業がためこんだ内部留保をはきださせ、いかに賃上げを勝ち取るか。そして急浮上してきたTPP参加問題といかに対峙するか、さらに「地域主権改革」の名による国民いじめと、どうたたかうかも重要な課題となっています。

 この討論集会に、JAL不当解雇撤回裁判の原告団に参加していただき訴えを聞きました。パイロットの山口宏弥(原告団団長)さんと近藤克彦さん、客室乗務員組合の石賀田鶴子さんの3名が来てくれました。率直に言って安心したのは、3人とも明るいことでした。普通、解雇されると展望を見失い暗くなりがちです。ところがおっとどっこい、〝空の達人〟たちは全くと言ってよいほどメゲていません。

 「実は、裁判にたち上がるのは解雇された人の半分くらいかと思っていました。しかし、9割が裁判を起こすことを決意したのです。これは会社もびっくりしたのではないでしょうか」と、山口さん。労働者は理不尽なことは許せないのです。

 経営が悪化してJALの経営陣は、常套手段の人減らしからはじめ1500人の希望退職を募りました。結果、1700人が応募したのです。予定を200人オーバーしたにもかかわらず、パイロットと客室乗務員165人を12月31日付けで解雇してきました。「この解雇は退職させたい人が(希望退職に)応じなかったために行われたもので、すでに名前は決まっていた」と原告団。しかも「12月31日に解雇されたため、健康保険は無効になり役所は休みで手続きが出来ずに、年明けまで無保険状態だった」といいます。これはもう人道的問題です。

 病気療養中の人も解雇されました。なかにはメンタル面による人もいます。その人たちを従業員の数に入れず、不要だからと問答無用に切り捨てたのです。しかも職場復帰を果たした人まで。これはもうファッショであり蛮行です。小説「沈まぬ太陽」に出てくるJAL経営の本質が何一つ変わっていないことを示しています。

 このたたかい、私流に問題点をまとめてみました。①「整理解雇四要件」つぶし②たたかう労働組合つぶし③たたかう労働者つぶし④病気療養者(弱者)の排除⑤金融機関へのスケープゴード――がそれです。だとしたら、これは解雇されたJALの仲間たちだけの問題ではなく、労働者全体の問題であると思います。以前、小ブログに書いた日本の労働組合の鼎(かなえ)の軽重が問われている、ゆえんです。

★脈絡のないきょうの一行
小沢一郎さん、いよいよ強制起訴。これはある意味、国民裁判。成り行きに注目したい。
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