ヘボやんの独り言
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2010/08/30 [Mon] 10:51:59 » E d i t
 この山には、1998年10月20日と、2004年9月4日の2回登っています。98年のときは桜清水から、04年は山本小屋からとルートを変えました。ここでは98年のときの報告をしたいと思います。

 美ヶ原の標高は2000メートルを超えていますが、山というより大きな高原という感じです。山本小屋からは山歩きというより、高原歩きで楽に登れます。ピークの王ヶ頭には近くまで車が入れ、ホテルもありおそらく『百名山』のなかでは最短距離・最短時間で登ることができるでしょう。今でこそそうですが、深田久弥が歩いた頃は険しかったようです。

 98年10月20日山仲間のOさんと二人、早朝暗いうちから中央道を走り、諏訪ICで降りて諏訪大社・春宮を経て佐久市と諏訪湖を結ぶ国道142号線で和田峠をめざします。ICを降りた頃は明るくなっており、途中、紅葉した木々が目を楽しませてくれました。和田峠からは美ヶ原ビーナスラインで、扉峠まで進みここからさらに有料の「よもぎこば林道」で桜清水小屋の駐車場に進みました。

 歩き出す準備をしていたら、小屋のおばあちゃんが「お茶でも飲んでいきなさい」と声をかけてくれました。断る理由はありません、おいしいお茶をご馳走になってスタートです。歩き始めるとすぐにオートキャンプ場です。夏場は賑わうことでしょう。テントサイトまで車が入れ、きれいです。一度利用したいところです。

 キャンプ場から1時間半で、稜線にあたる王ヶ鼻に到着しました。周辺は石仏がたくさん立っており、宗教めいた雰囲気です。ガスがかかって周辺はほとんど見えません。山に来た気分とは程遠い感じです。ピークの王ヶ頭に進み始めてすぐ、車道が出現しました。な、なんと山の稜線にです。これにはびっくり。周辺はガスで見にくいのですが、大きなパラボラアンテナや鉄塔もあります。さらに進むと、工事現場に出ました。何だか汗を流して歩いてきたことが損したような気分です。

 そして極めつけは、ピークの手前にNHKのアンテナ塔が鎮座していたことです。これはもう興ざめですが、仕方ありません。深田久弥がこれを見たら、きっと嘆くことでしょう。山頂には立派な石碑が建っており、それをバックに記念撮影です。下山は、周遊コースに乗りかなりのスピードとなりました。小屋に着いたら「もう帰ってきたかね」とおばあちゃんに疑問を持たれてしまいました。

 小屋のお風呂に入らせてもらい、イワナの塩焼きと信州蕎麦に舌鼓を打ち、さらに小屋で一眠りして帰路につきました。帰りは、中央道ではなく佐久に出て上信越道から関越道を利用しました。ちなみに、このときの徒歩総時間は2時間55分でしたが、04年の山本小屋からは1時間25分となっています。短い。

*徒歩総時間/2時間55分
桜清水(9:20)-王ヶ鼻(10:50 11:15)-王ヶ頭(11:40)-桜清水(12:40)

★脈絡のないきょうの一行
「挙党体制」を言うのなら、話し合いで党首の候補者を絞り込むほうが分かりやすいのでは。

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2010/08/27 [Fri] 12:07:30 » E d i t
 「不肖の身であるが出馬の決意をした」――なんじゃこれは、と言いたくなります。不肖=②愚かなこと。取るに足らないこと。(広辞苑)

 自分をへりくだった表現だと百歩譲っても、愚かで、取るに足らない身の人が政党の代表選挙に出馬するなど政治もナメられたものです。しかもこの選挙、勝てば内閣総理大臣になるのですから罪は深い。「どうしてここまで民意とかけはなれたことができるのか。多くの国民が、あぜんとしているに違いない」という朝日新聞の社説は説得力があります。 そこで、今回は小沢一郎さんが民主党代表選挙に出馬するという、この問題に関する本日付けの新聞の社説をチェックしてみました。

 まず見出しです。■朝日/小沢氏出馬へ――あいた口がふさがらない■毎日/大義欠く小沢氏の出馬■読売/日本の針路を競う代表選に■日経/主導権争いだけの党代表選なら不毛だ■東京/「国のかたち」こそ争点だ――となっています。『政治とカネ』問題で、説明責任も決着も果していない人が、総理の椅子を狙うのは看過できないという点で各社共通しています。これは珍しいことですが、庶民感覚は無視できないからでしょう。

 さらに読売、毎日、東京の3社が共通しているのは、民主党が割れるのではないかという懸念です。「代表選は党を二分する争いになる見込みだ。党分裂含みの展開も予想され、今後、野党を巻き込んだ政界再編の動きも出てこよう」(読売)、「党分裂の可能性もはらむ、重大な岐路である」(毎日)、「負ければ小沢氏が民主党を割って出て、政界再編に発展する可能性も指摘される」(東京)と述べています。

 小沢氏批判をしながらも、政策で競うべきだという主張も目立ちます。「与党第1党の党首選は首相選びに直結する。『脱小沢』か『親小沢』かという権力争奪の多数派工作に堕することなく、あるべき日本の針路を論じ合って雌雄を決してほしい」(読売)、「日本経済は円高や株不安で景気の減速懸念が強まっている。長期的には公的債務が深刻だ。民主党は強い指導力で、これらの問題に解決の道筋をつけていかなければならない」(日経)、「財政危機が深刻な中で急激な円高、株安で経済が動揺するかつてない厳しい状況に日本は追い込まれている。そんな中で政治の混乱が加速し、限られた貴重な時間が空費されるならば、政治の自殺行為に等しい」(毎日)。

 小沢氏擁立に至る経過で毎日は痛烈な批判をしています。「かつての自民党に優るとも劣らない国民不在の調整ぶりも問題だ」と。朝日は「ほぼ1年前、新しい政治が始まることを期待して有権者は一票を投じた。その思いを踏みにじるにもほどがあるではないか。しょせん民主党も同じ穴のむじな、古い政治の体現者だったか」と揶揄しています。

 「政権交代の果実よりも混乱が目立つ中、首相、小沢氏、鳩山氏という新鮮味に乏しい3氏が主役を演じた抗争劇に国民の目は冷ややかだろう。政策不在の多数派工作が過熱すれば失望感はいよいよ深まり、党の政策担当能力への疑問も強まろう。民主党のみならず、日本政治が転落の間際にある中での代表選であるという自覚を強く求めたい」(毎日)という、結びは私も同感でした。

 紙数の関係でこの程度にとどめますが、全体としてみるならば小沢氏批判が色濃く出ています。返す刀で、小沢氏を擁立した鳩山氏への批判も噴出しています。「自民党政治はごめんだ」という国民の思いに、民主党はどう応えきれるのでしょうか。

★脈絡のないきょうの一行
山口県防府市で186歳の男性が戸籍上で生存。坂本龍馬より年上だってね。すごいぞ。
政治問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2010/08/25 [Wed] 10:25:57 » E d i t
 8月6日付けの「週刊金曜日」の特集はさらに、それぞれの立場からの「発言」で固めています。イラストレーターの黒田征太郎さんは「『ピカドン』を描くのは、広島長崎のためじゃない、僕自身のためです」と言い切ります。「INORI~祈り~」が大ヒットしているシャンソン歌手のクミコさんは、事務所に届けられる折り鶴を見て「世の中に半ばあきらめていたようなところもありましたが、『平和』を祈り、思いをつなごうとしている人が大勢いることは感動です」と語り、自らの行動がそういう人たちに支えられていることに感謝します。

 フォトグラファーの岡本央(おかもとさなか)さんは、長崎市立銭座(ぜんざ)小学校で取り組まれている平和教育の一環である、原爆の絵を紹介しながら「忘却によって同じ過ちを繰り返させないため」にも、この平和教育の取り組みの重要性を強調しています。

 このコーナーの冒頭に申し上げましたように、8月に入ると放送も含めてメディアはさまざまな角度から「核廃絶」や「平和」を取り上げます。いま、大事なことは8月に限らずメディアにこのような取り組みを増やさせることです。そのためには、読者・視聴者である私たちがメディアを監視し、注文をつける必要があります。間もなく発表されますが、千代田区労協は来年度の方針(案)に「メディアを監視し、メディアにモノを言おう」ということを盛り込みました。

 この国は、間違いなくいつか来た道に戻ろうとしています。憲法、安保、沖縄、医療、年金、くらし、などなど〝戦前状態〟が強まりつつあります。そのための準備の最たるものが、国会議員の比例定数削減です。小数意見と反核・平和勢力の声を抹殺しかねないこの策動、看過できません。こういう時代こそ『反権力』を目標とするメディア、とりもなおさずジャーナリズムの出番です。いや、いまこそジャーナリズムの鼎の軽重(かなえのけいちょう)が問われていると言えます。

 暑い8月、間もなく終わろうとしています。最近の平和に関する報道に接して、こんなことを考えてみました。そしてこのコーナー、カテゴリーでは「平和と民主主義」ではなく敢えて「メディア考」に入れました。ご意見ください。

★脈絡のないきょうの一行
危険な円暴騰。これじゃ「円高難民」が大量生産されるぞ。

2010/08/24 [Tue] 10:16:30 » E d i t
 美輪明宏さんと「週刊金曜日」の編集委員であり、社長でもある佐高信(さたかまこと)さんの対談もおもしろかった。美輪さんは10歳のとき長崎で被爆しています。つまり被爆者です。美輪さんはのっけから「私はアングロサクソンって大嫌いなんです。もともと海賊ですからね。英国とアメリカの歴史は、他人の土地を乗っ取って殺人して、略奪して、ろくでもない奴らですよ。悪魔ですよ。」と手厳しく批判します。

 この歴史認識、全く同感です。ずいぶん昔に学んだことですが、アングロサクソンというのは狩猟民族に属し気性が荒く、敵対する相手に対しては徹底的に傷めつけないと気が収まらないといわれます。相手が死んだと分かっていても、さらに踏みつけるのがアングロサクソンだともいいます。なるほど、美輪明宏さんの言葉に納得できる。が、ここは民族問題を論じるところではありませんので、先に進めましょう。

 美輪さんは、原爆投下のときの話しをつづけます。「11時少し過ぎでした。私は夏休みの絵の宿題を描いていました。描き上げて、机に立てかけ、出来映えを見ようと椅子から降りて、立ったとたんにピカッ! 空は真っ青だったので『え? こんないい天気に雷?』と。そう思うか思わないかくらいで、次はどかーん! と地震みたいな衝撃が来た。目の前のガラスが一瞬で『ぴっ!』と飛んだんです。何がきたのかわからない。」

 「で、その後に、もの凄い爆音が聞こえたんです。B29が逃げていく音。敵もさるものでね。不意打ちするためにエンジン止めて来てたんですよ。だから原爆の前には警戒警報も空襲警報も鳴らなかったんです。」「お手伝いさんと兄と私は、また来るかもしれないからとにかく逃げよう、と防空壕に向いました。道端では馬が焼けただれて死んでて、馬車引きのおじさんが全裸で、皮がべろんべろんにぶらさがってるみたいな状態になってて。ものすごかった。この世の情景とは思えないですよ。」

 美輪さんは最近もこのことを、ステージの上からも語り続けています。「今年で芸能生活58年目ですけど、普通なら歌手本人が年配になると、お客さんの年代も上がっていく。……でも私の場合はこの60年間、ずっと常にお客さんが20代なんですよ。下は高校生から、平均年齢をとると28歳になる。」と、若い人たちに語りかけることの楽しさを強調します。こういう地道な取り組みこそが、核廃絶への道につながっていることを感じさせてくれます。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
民主党の代表選挙をめぐる動き、つまるところ利権がらみじゃないの?
2010/08/23 [Mon] 10:09:40 » E d i t
 8月の報道で、もう一つ気に留まったのは「週刊金曜日」8月6日号の特集・『「核」なき世界への道』でした。「ヒロシマ・ナガサキから65年」をテーマにしています。川崎哲・ピースボート共同代表のレポート、歌手・美輪明宏さん、イラストレーター・黒田征太郎さん、シャンソン歌手・クミコさんら三つの対談、編集局の成澤宗男さん、ジャーナリスト・鈴木真奈美さん、漫画家・西岡由香さん、フォトグラファー・岡本央さんのレポート――と21ページにわたって多面的に展開しています。

 これはありきたりの「核廃絶論」ではなく、面白かった。いくつか紹介してみます。

 まず、川崎哲(あきら)さんのレポート。5月にニューヨークで開かれたNPT(核不拡散条約)再検討会議について、その成果を評価しながらも『NPT体制の限界』を説いています。理由として①核保有国とそうでない国への対処が違う②NPTの外にいる核保有国に対処できない③インドとパキスタンをめぐる複雑な情勢――を挙げています。

 確かに川崎さんが指摘する問題は存在すると思いますが、私は少し違います。30年も前になるでしょうか、核兵器をなくす方法として『フィルムの逆回し』の論議がありました。つまり、映画フィルムを逆回転させると元に戻って『ゼロ』になる、それと同じ方法をたどれば核兵器はなくせる、という考え方です。この思考、わたしにとっては斬新でした。

 その立場から見たとき、NPT再検討会議はこのフィルム逆回転の役割を果せると思うのです。保有国とそうでない国、これから作ろうと狙っている国、絶対に許してはならないと主張する国などさまざまです。しかし、NPT再検討会議はそれらの矛盾をはらみながらも、『核廃絶』の点では一致しています。それがオバマ大統領のプラハ演説につながったし、鳩山由紀夫総理大臣(当時)の「同義的立場から核廃絶に力をそそぐ」とも言わせたのです。

 川崎さんは、NWC(核兵器禁止条約)に期待を寄せています。内容は、「核兵器の開発・実験・使用などを一括して、いかなる国もしてはならない」ことを全面禁止する条約です。これは1997年にコスタリカ政府が国連に公式に提案したもの。以降、国連総会でNWCの交渉開始を求める決議が採択(これは知らなかった)されているといいます。核兵器廃絶へ、NPT再検討会議の動きとともに、これを前に進めることも重要だと思います。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
韓国併合100年。「反省すべきは反省し」というが、一体何を反省するのか主語がない。
2010/08/20 [Fri] 10:32:03 » E d i t
 光明学校は戦争が終わって4年後の49年4月に同じ世田谷区に再建され、集団疎開に終止符が打たれました。学校の再建に4年もかかったのです。恐らく、障害児の学校だから(再建は)後回しでもいい、という考えがあったのではないでしょうか。

 子どもたちの生活拠点となった上山田ホテルも営業再開に乗り出しましたが、すぐにはできなかったといいます。子どもたちの金具の装備や松葉杖で、大広間や客室は損傷していたからです。それでも、ホテルを開放してくれた当時の主人・若林正春さん(故人)は何も言わなかったといいます。ここにも子どもたちを支えきった、すごい人がいたのです。

 この経験について職員がつづったものが、戦後25年が過ぎたころ再建された光明学校の職員室の戸棚の奥から発見されました。「学寮通信」と題したガリ版刷りの通信でした。子どもの様子を離れて暮らす親に知らせようとしてつくられたもののようです。そこには子どもたちのくらしぶりと同時に、教師たちの思いも書かれています。

 この「学寮通信」を発見した光明学校の教諭だった松本昌介さんは、この障害児学童疎開をあちこちで語ってきました。そのなかで「なぜ、4年間も疎開しなければならなかったのか」という質問を受け、回答に窮し、10年をかけて上山田温泉をはじめ(元障害児らに会うため)全国を歩いたといいます。

 その活動は戦後生まれの教師らの共感を呼び、運動は今でも息づいています。光明学校は08年4月に「光明特別支援学校」と名前を変え、今は難病の子も在籍しているといいます。木村葉子記者はこの特集の最後を「過酷な時代に子どもたちのいのちを守り、自立へと導いた大人たちがいたことは、春が来るたびに、新任の教師たちに語り継がれている」と結び、過去の悲惨さだけに目を奪われず、未来に向き合う大切さを強調しています。

★脈絡のないきょうの一行
鹿児島県阿久根市の市長リコール署名活動、順調に前進。良識ある市民目線に期待。

2010/08/19 [Thu] 10:07:56 » E d i t
 疎開先の生活は、食べるものもなく厳しいものでした。教師と、付き添いの保母さんたちが子どもたちを支えました。その献身ぶりは、村人に「光明の保母さんたちを見習え」とまで言われるようになったといいます。障害をかかえた人たちを支えるには、多くの努力と時間と献身を必要とします。

 そのことが理解されたのでしょう、「婦人会や青年団を中心に、食糧を持って光明の子どもたちを慰問する活動が起こり、広がっていきました。学校から感謝状を贈られた団体もありましたが、記録に名前の残っていない多くの人が支え見守っていたようです」(当時の状況を知る温泉資料館館長・滝沢公男さん)という証言もあります。苦しい中で人々は支えあっていたのです。

 子どもたちもその生活の中で、確実に成長していきます。当時の在校生だった今西美奈子さん(75歳・大阪在住)は母親が面会にきたとき、「連れて帰って」と泣き叫んだといいます。しかし疎開先の小さな子らの面倒を見ることを教えられ、「自分が泣いてはいけない」と思ったと語ります。教師や保母さんたちの教えのなかから学びながら、子どもたちは成長していきました。

 当時の学童の1人、永田陽子さん(70)は、次のような詩を残しています。

ガッコウ 学校とは/こんなところだろうか/はだか電球の下に
立てない人が這っている/廊下ははりつくように/冷たい
ちがう ちがう/母の胸にしがみついて泣いた
母の涙は 私の頬に/私の涙は 母の着物にしみ
モンペのひざに落ちる/はなれまいとかじりつき
いっときも母の手を/はなさなかった
廊下をころげ/床に頭をぶつけて/百回さけんでも
母は戻ってこない/バスは動き出してしまった
初めてみる先生という人々/この世に
夜のあることを知り/まっくらになってしまうのも知った

(次回につづく)

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えっ! 中国で沖縄返還論?(-_-;)。〝沖縄独立〟を語った菅総理大臣、どうする?
2010/08/18 [Wed] 14:50:54 » E d i t
 8月に入ると、ヒロシマ・ナガサキを題材にした核廃絶の報道と、終戦記念日に関連して戦争と平和に関する報道が目につきます。新聞もテレビも、週刊誌もさまざまな角度から企画を打ち出しました。それらの全てに目を通すことは物理的に不可能で、今年、目に留まった二つの記事を考えてみることにしました。

 一つは8月10日から13日まで、毎日新聞の生活・家庭面に連載された「もう一つの学童疎開――光明学校の障害児たち」がそれです。木村葉子記者の執筆で、たんねんな取材で構成されています。

 何故この記事が気になったかといいますと、戦争は弱者ほど被害が大きくなるという特質を持っています。あの戦争のとき、多くの女性や子どもたちが犠牲になったことは知られていますが、障害者や障害児はどんな扱いをされていたのかあまり知られていません。木村葉子記者はそこにスポットを当ててくれたのです。その内容を紹介しながら、以下、考えてみたいと思います。

 学童疎開は、1944年6月から始まっていますが、この特集で最初にドキッとしたのは、「44年6月以降、政府は大都市の集団学童疎開を進めた。そこには次世代の戦力を確保しようとの狙いもあった」という記述でした。まさにそのとおりだと思います。当時の政府の学童疎開政策は、子どものいのちを守ることより次世代の戦力確保が目的だったのです。読み落としそうな一行ですが、光っていました。

 特集は、肢体不自由児の学校として設立された、東京都立光明(こうめい)特別支援学校(旧・光明学校、世田谷区)の疎開を追っています。一般の学童たちは44年6月から疎開をはじめましたが、この学校では1945年の「3.10東京大空襲」のあとの5月から始まったといいます。しかも、当時の校長が自ら疎開先を捜し歩いて長野県の上山田温泉に落ち着いたのです。行政は事実上、障害児を見捨てたのです。そうはさせないと、校長が自ら動いたのです。その愛情と努力に頭が下がるだけです。

 疎開したのは約60人。上山田では当時の村長がホテルを経営(上山田ホテル)しており、そこを開放してくれたといいます。しかも、戦後になって4年間も。戦争が終わると健常の子どもたちは疎開先からすぐに自宅にもどりましたが、障害児たちは4年間も〝置き去り〟にされたのです。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
都内23区で熱中症による死亡者が100人超。ニッポンは、ほんとに先進国?
10442 送り火と迎え火 
2010/08/16 [Mon] 09:59:59 » E d i t
 母が逝って、今年は初のお盆です。東北地方などは7月ですが、私の出身の九州は8月にお盆を行いますのでそれに倣いました。ところでこのお盆、どこからきているのでしょうか。例によって Wikipediaを覗いてみました。

                      ◇=◇=◇
お盆(おぼん)は、太陰太陽暦である和暦(天保暦など旧暦という)の7月15日を中心に日本で行なわれる祖先の霊を祀る一連の行事。一般に仏教の行事と認識されているが、仏教の教義で説明できない部分も多い。古神道における先祖供養の儀式や神事を江戸幕府が庶民に強いた檀家制度により仏教式で行う事も強制し、仏教行事の「盂蘭盆」(うらぼん)が習合して現在の形が出来たとされる。
                      ◇=◇=◇

 この行事のなかの一つに、『迎え火』と『送り火』があります。ご先祖さまがお盆に家に帰って来るときと、戻るときに道を間違えないよう、火を焚いて教えるというのだそうです。迎え火は13日、送り火は16日という決まりになっているといいます。ということは、きょうは16日ですから、送り火をしてあげなければなりません。

 この風習、なかなか風情があると思います。夏の薄闇に小さな火を点すと少しですが涼感を誘います。花火もそうですが、火は暖かさだけでなく涼しさもイメージのなかに宿しています。不思議な〝物体〟です。

 私の家でも迎え火をやりました。このやり方、地方によって違うようです。九州出身の私は、裏庭でやった記憶があります。ところが東京出身のカミさんは「玄関でやらないと帰ってくる人が困る」といいます。火を燃やすときは七輪を使うのがベストなのですが、いまどきの家庭にはありません。そこで考えたのが空になった土器製の植木鉢でした。これはいい。

 燃やすものは市販されています。「おがら」といいますが、よく燃えます。これは「皮をはぎ取った麻の茎。盂蘭盆(うらぼん)の迎え火・送り火にたき、また、供え物に添える箸(はし)にもする」(大辞林)としています。昔、このおがらの代わりにワリバシを使った記憶があります。火が消えかかるとそれをまたいで家の中に入ります。そうするとご先祖さまが後からついてくるといいます。残った火で線香とローソクに火を点けて、家の中に準備した祭壇に飾れば出来上がりです。

 祭壇(とはいってもわが家の場合は、小さなスペースを利用したもの)には、母の写真を真ん中にしてそれを花と果物で囲みました。花が好きだった母にはお似合いです。その前で静かに手を合わせると、おごそかな気分になります。私の家には鈴(りん)がありませんので、代わりにと、カミさんが準備した風鈴を鳴らしました。この風鈴、佐賀県の焼き物のまち・伊万里(私が生まれたところです!)で購入したもので、情緒があってこれがまたいい。涼やかな音色が部屋中に響きわたりました。

 14日は熱海市に住んでいる長姉と一緒に、母が眠る八王子のお墓参りに行ってきました。いつもとは少し違う、私のお盆でした。

★脈絡のないきょうの一行
熱暑のなかの甲子園。若者たちのはつらつさに暑さが少し和らぐ。
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2010/08/06 [Fri] 12:53:48 » E d i t
 きょうは、65回目の「ヒロシマ」の日。核兵器の廃絶は亡くなっていった無辜の人々のためにも、なさねばならない課題。しっかり肝に銘じたいものです。

 あのオウム真理教とたたかった辛口評論家の江川紹子さんが、TBSの「サンデーモーニング」を降板させられたことがネットやスポーツ紙などで話題になっています。野球評論家の張本勲さんとのやりとりが取りざたされていますが、TBSは21年前のあのときと同じような過ちを犯しているのではないかという思いが強まってなりません。

 事件の発端は以下のようなことのようです。

 5月23日放送のTBS「サンデーモーニング」のコーナー「御意見番スポーツ」で、張本勲さんがプロ野球・楽天の岩隈久志投手の途中降板について、エースは最後までマウンドを守るべきだと主張し、これに批判的な「喝」を入れました。これに対し、レギュラー出演者の江川紹子さんが「えー!」と異議を唱え、「無理をして出られなくなっても困る」と番組中に反論。このときのやりとりについて張本勲氏が不快感を示し、江川さんの降板を要求したといいます。これを受けてTBSは2人の関係がこじれたとして、江川さんに出演見合わせを求めたというものです。江川さんが6月18日、ツイッターで内幕を書き込み、明るみに出たといいます。

 この番組は随分前に私も見たことがありますが、張本さんがスポーツ選手らに発する「一喝」が面白い。大沢親分こと野球解説者の大沢昭(おおさわあきら)さんとの掛け合いで、野球だけに限らずスポーツ全般を取り上げています。問題となったこの番組は見ていませんが、張本さんの「喝」に対して異論を唱えることはあっていいことだと思います。張本氏や大沢氏の主張が全て正しいとは思わないからです。むしろ江川さんは張本氏らの主張に反対する人たちの意見を代表しているかもしれません。その意味ではバランスを取った発言だったともいえます。にもかかわらず、TBSは張本氏側の意向を取り入れて、江川さんの出演を取りやめたのです。

 こういうことが、TBSにかつてありました。いわゆる「TBSビデオ問題」といわれるもので、1989年10月26日に、TBSのワイドショー番組『3時にあいましょう』のスタッフが、坂本堤弁護士がオウム真理教を批判するインタビュー映像をオウム真理教幹部に見せ、放送を中止し9日後の11月4日に起きた同弁護士一家拉致・殺害事件の発端となったとされる事件です。

 紙数がありませんのでこの事件の経過などは省略しますが、この問題が起きて以降TBSは何回かの検証番組を行いながら、同じことを繰り返さないと内外に宣言しました。ところが、今回も同じようなことになっているのではないかと思えてなりません。江川さんの発言が気に入らないという張本氏の主張を〝丸呑み〟して、片一方を降板させてしまったというやり方は、21年前のあれとあまりにも似ているからです。

 ここで私は敢えて張本氏の批判はしません。自分の主張に異議を唱えた人への反論は許されていいことで、その人と一緒に番組に出たくないという気持ちも(その人の度量の問題を強く疑いますが)分からないではないからです。問題は、それを言われたときTBSが受け入れてしまったことです。これはもう一種の言論抑圧で、報道機関としては明らかに誤りだと思うのです。「喝」を入れられるのは、TBSの方ではないでしょうか。

★脈絡のないきょうの一行
核廃絶は「死力を尽くして遂行しなくてはならない責務」と秋葉忠利広島市長。拍手。


 夏休みで、来週はお休みにさせていただきます。猛暑のなか、お身体ご自愛下さい。

2010/08/04 [Wed] 15:23:46 » E d i t
 きょうの午前、厚生労働省を訪ねて今年11月からスタートする第31期中央労働委員の立候補の届出を済ませました。小ブログでも報告させていただきましたが、全労連、純中立、MICの統一候補として「新聞労連特別顧問」の肩書きをいただいて私が候補者になりました。

 きょうは、主要単産の代表など34人が集まりました。推薦は中労委からの労働組合としての「資格証明」に基づいた単産が27、中労委の手続きを経ない推薦が17の合計44単産となりました。2年前は24単産でしたから、約2倍近くになります。それだけ期待が大きくなったことの証しでもあります。この日同時に提出した、公正任命を求める1508の団体署名(累計2643団体)を目の前にして、私自身、身の引き締まる思いでした。

 対応した厚労省側も、推薦団体の多いことに戸惑った様子を受けました。要請に参加した各団体の代表は、「連合独占にもう歯止めをかけてほしい」「いまこそ労働行政の民主化を図るべき」「中労委の活性化のためにも、民間枠に連合以外から採用すべき」などが訴えられました。

 要請側の「中労委委員の任命基準はどうなっているのか」という質問に、厚労省の担当官は「委員として的確な作業を進めていただける人」などと抽象的な〝答弁〟に終始しました。今回は44単産が推薦したことに対して、他の候補者の推薦団体数はどうなっているか、という問いには「まだ来ていないので答えられない」としました。

 要請団は、中労委の公益委員の問題についてもただしました。使用者側委員なら問題はないのでしょうが、中労委の公益委員に明治乳業の現役役員(弁護士)が入っていることが明らかになったからです。明治乳業では賃金差別問題で係争となっており、25年の長きにわたっています。企業の役員が、肩書きは弁護士といえども公益委員になっていることは、真に『公益』を貫けるかどうか、疑問を持たざるをえません。この問題についても十分検討するよう、申し入れました。

 この中労委の労働委員任命のスケジュールは、公募が8月16日までで、その後、厚労省の担当部署で検討するといいます。その検討時期は明らかにされませんでしたが、9月上旬頃になるのではないかという見通しとなっています。まだ時間はあります。引き続いて独法枠の淀房子さんの再任も含めて、「公正任命」を求める声を厚労省にぶつけていただきたいと思います。

★脈絡のないきょうの一行
高齢者の生存問題、家庭に入り込めない行政の限界は、家族と地域がフォローするしかない。
2010/08/02 [Mon] 10:32:40 » E d i t
 7月31日の〝トリプル〟山岳事故となった秩父市大滝川の日テレ社員の「取材遭難」事件、山に登る一人として看過できません。山岳ガイドのアドバイスを無視して動いたところに原因があると思われるからです。何故? という疑問は尽きませんが、解明はぜひ徹底してやってほしいと思います。百名山報告をつづけます。今回は御嶽山(おんたけさん)です。

 「夏でも寒い」とうたわれる民謡・木曽節に出てくるこの山には、ルートを違えて2度登りました。最初は99年9月25日に御嶽ロープウェイを利用して「黒沢口コース」から、もう一度は08年7月20日にその反対側に位置する田の原の「王滝コース」からの2回です。さすがに信仰の山です。両コースとも山道のあちこちに石仏が立っていました。王滝コースの場合は、白装束に身をまとった修験者の集団ともすれ違い、雰囲気がありました。

 ここでは最初に登った99年の黒沢口コースの記録を紹介します。

前夜に自宅を出て、始発のロープウェイに乗り山頂駅を9時過ぎに歩き始めました。人気の山だけあって、道はきちんと整備されており歩きやすい。階段状になっているところも一段の高さが低くなっており、子どもでも余裕をもって歩けます。それに比べると丹沢の尾根歩きは見劣りがします。8合目までは順調でしたが、ここから先は厳しいものがありました。

 台風一過の予想に反して、天気は曇りがちで歩き始めには傘をさしました。したがって遠望はききません。それでも山の神のサービスでしょうか、時折りガスが上がって山容を見せてくれました。9月下旬だというのに、紅葉もすすんでおらず夏場の色をつづけていました。

 歩いていると、ツアーでやってきたというワッペンをつけた集団の登山客が目立ちました。これも信仰の山ゆえでしょうか、お互いを知らない人たちが集まった登山が少々気になります。天気はガス状態が山頂までつづきました。山頂も同じ状態で、『何も見えない』まま下山を余儀なくされました。ところが下山を始めて5分ほどしたとき、いきなりガスが消え、御嶽山のお釜となっている二の池とその向こう側の摩利支天山を見せてくれました。

 あわててカメラのシャッターを切ったのはいうまでもありません。8合目まで下りてきたとき、視界はかなり広がりましたが結局、御嶽山の山頂との〝面会〟はかないませんでした。紅葉の期待がはずれ、展望もいまいちの山行となり不満を残したまま帰路につきました。

*徒歩総時間/5時間45分
 ロープウェイ山頂(9:10)-8合目・女人堂(10:10 10:30)-覚明堂(12:15)-御嶽山山頂(12:45 13:00)-8合目(14:05 14:30)-ロープウェイ山頂(15:15)

★脈絡のないきょうの一行
間もなく65年目のヒロシマが来る。忘れてならぬあの地獄。核廃絶を早く!
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