ヘボやんの独り言
01« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28.»03
2010/02/25 [Thu] 10:51:17 » E d i t
  ケーブルカーの軌道に沿う形で高樹齢の大きな杉の木の間を縫いながら、急登に息を切らせ「男女川」(おなのがわ)と書いた標柱のある場所に到着。そこにベンチが設置されており一休みすることに。「川」とは書いてありますが、そこにはせせらぎとも言い難い小さな水しか流れておらず、桜川に注いでいると説明してあります。さらに標柱には百人一首の一句、「筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞつもりて 淵となりぬる」(陽成院)が記してありました。そう、百人一首にも入るような歴史のある山なのです。

  御幸ヶ原(みゆきがはら)と呼ばれる広場になった所まで来ると、男体山まで一歩きです。山頂の祠の裏側に回ると関東平野が一望できます。やはり広い。「コーちゃんの家はあのあたり、大貫さんチはあの辺、わが家はあそこだ」などとつまらない同定ごっこをしていました。富士山は頂上部分に少しガスがかっていましたが、裾野はよく見えました。

  山頂の記念写真を撮って、次の女体山をめざします。この山は何故か女性の方の背が高い。日光をはじめ男女の山は各地にありますが、そのほとんどは男性の方が高い。しかしここは違っていました。そのいわれは分かりません。女体山の山頂直前に、「ガマ石」があります。筑波山の名産品「ガマの油」をイメージした訳でもないのでしょうが、ガマの形をした石です。われわれの前を歩いていた中年のカップルが、そのガマの口の中をめがけて石を放り込んでいました。口の中に石が入ればいいことがある、と聞いたからだといいます。われわれもすぐに真似をしました。

  女体山に近づいたのは9時をまわっており、この時間になるとケーブルカーやロープウェイでやって来る人と一緒になり込み合ってきました。女体山の山頂は狭く、順番で写真を撮って下山開始です。下山路では「大仏石」などの形をしたそれらを見せてもらい、途中の茶屋で甘酒を飲んで一休み。茶屋からは前回山行のときとは違う、ロープウェイ乗り場方面から神社に向かうことにしました。茶屋から神社までの直行コースと比べると40分ほど余分にかかりますが、時間的に余裕があるときにはこれも選択肢でしょう。ただ残念だったのは、ロープウェイ乗り場から神社までの間の道が、コンクリで固められていたことでした。

*徒歩総時間・3時間50分
市営駐車場(7:10)-男体山(8:55 9:15)-女体山(9:35 9:45)-(茶屋で15分休憩)-市営駐車場(11:45)

★脈絡のないきょうの一行
銀盤の妖精キム・ヨナと浅田真央、世界の人々を釘づけに。相談だが、特別に金メダルを2つ出せないか。
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2010/02/24 [Wed] 12:15:40 » E d i t
 深田久弥は百名山を選ぶ基準として「山の品格」、「山の歴史」、「個性のある山」の三つをあげています。付加条件として「大よそ1,500メートル以上」としています。ところがこの筑波山と九州の開聞岳(924M)は、高さにおいて不足しています。そのことについて深田久弥は「筑波山を百名山の一つに選んだことに不満な人があるかもしれない。……しかし私があえてこの山を推す理由の第一は、その歴史の古いことである」と記しています。

 歴史においては文句のつけようのないのがこの山でしょう。関東平野のどこからでも、この筑波山と富士山は見ることができ、それゆえにこの二つの山は人々から崇められてきました。日本舞踊で踊りの最中、片手を高く、片手を低くするポーズの際は「高いほうは富士山、低いほうは筑波山をイメージしろ」と言われるといいます。踊りの世界でもこの山が生かされていることに驚きです。

 筑波山は今ではケーブルカーかロープウェイで上がると、二つの峰(男体山と女体山)に登るのに30分とはかかりません。が、私はふもとの筑波山神社から歩いて登りました。こ山は97年3月20日と、03年1月5日の2回チャレンジしています。3月のときは梅の香が漂う時期であり、1月は正月気分の抜けきれぬ時期でした。ここでは03年のときのものを報告します。

 先輩の大貫安弘さんとコーちゃんこと鋤柄好子さんとの3人旅です。もともとは八ヶ岳の阿弥陀岳を考えていたものの、天候不良で断念。案の定、その荒天候が原因で唐松岳の八方尾根で3人の登山者が凍死しています。そんな厳しいところは行きようがなく、考えたのがこの筑波山でした。

 コーちゃんの車に乗せてもらって、柏市在住の大貫さんとは常磐道の守谷SAで待ち合わせ合流、筑波神社の駐車場に車を止めてスタートしました。まず、初詣を筑波神社で行いました。朝早いため、参道の露店は開いておらず詣客もいない。静かな境内で手を合わせると、何やら厳かな気分になりました。

 初詣を済ませると、歩き出しです。この山は5年ぶりのアタックですが、思ったより登りが厳しいのにびっくりしました。思えば、正月は「飲んで食べてゴロ寝」してしまったために少々太ってしまい身体が重く、それが厳しく感じた原因かもしれません。腰のキレも悪くなっているらしく、痛みも出てきましたがそれをしのぎつつ足を前に進めます。そこに気持ちが行ってしまい、スピードが上がったのか大貫さんが後方で苦戦しながらついてきます。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
1047名の大量解雇をとたたかう国鉄闘争、やっと解決のきざしが。それにつけても遅すぎる。
2010/02/23 [Tue] 17:41:39 » E d i t
 周辺はガスが立ち込め、見通しも悪くその中を山頂へと歩をすすめます。火口らしきところに到着し、地図とにらめっこして少し登り気味の右方向を採ります。ピークらしきところに到着するのですが、山頂を示す標識がありません。同行の若者たちと「この辺りが山頂ではないか」と相談し、そういうことにします。なんとまー、大雑把なことでしょう。

 お互いにカメラのシャツターを押し合い、下山です。途中、一瞬でしたが噴火口が見えました。これはすごい。高さもあります。赤銅色の火口から噴煙が昇ってくる様子は、地獄そのもののように見えます。ここから転落したら、身体ごと解けてしまうそんな思いをもったものです。

 翌年の99年10月10日に登ったときはいい天気でした。このときは高校生を含む親子三代の家族連れと一緒でした。前掛山への分岐あたりで噴煙が見え始めました。火口まで登ると、硫黄の臭いが強まります。気分的なものもあるのでしょう、少し息苦しく感じます。前年と同じように左手に火口を見ながら、一周してみることにしました。パックリと開いた火口からは、もくもくという形容がぴったりの煙が上がっています。

 ちょうど半周したあたりでしょうか、火口を前景に北アルプスと後立山が輝いていました。左から奥穂高岳、槍ヶ岳、鹿島槍ヶ岳、五竜岳、唐松岳、白馬岳、そして立山と剣岳も同定できます。もちろんカメラのシャッターを切ったのはいうまでもありません。そのときの写真は、わが家のアルバムに四つ切になって保存されています。

 昨日、このブログでこの山は危険だと書きましたが、一周してみてそのことを改めて強く感じました。火口周辺に柵などは一切なく、強風で火口に飛ばされる危険性は大です。この山は噴火だけでなく、火口周辺の危険もあり登山禁止に指定されているともいえます。

 それにつけても、活きているすごい山ではあります。『日本百名山』の中で深田久弥は、私と同じルートで登り「……変化の多い道であった。そこから頂上のドームにかかって、絶頂の火口壁で噴煙に襲われて逃げ惑ったことを今でもおぼえている」と書いています。

*徒歩総時間(98年登山時のもの)・5時間20分
浅間山荘(5:30)-火山館(7:05 7:30)-浅間山山頂(9:15 9:30)-火山館(10:30 10:40)-浅間山荘(11:40)

★脈絡のないきょうの一行
浅田真央とキム・ヨナ。よきライバルである銀板のかわいい妖精たちの競技に期待。
2010/02/22 [Mon] 10:32:24 » E d i t
 この山は登山禁止となっています。火口から噴煙が上がり、いつ活動を開始するか分からず危険だからです。浅間山が噴火して関東一円にまで降灰が広がり、うちの車も白く化粧したこともありました。そのくらいの威力を持っているのがこの山です。最近、浅間山が小康状態のときという条件付で、外輪山の前掛山までの登山が解禁されています。とはいえ、チャレンジするには事前の情報入手は必要十分条件です。

 登山禁止の山ですから、西側の外輪山の一つ黒斑山(くろふやま・2,414M)に登れば浅間山に登ったことにしてよいという、暗黙の了解がありました。もっとも最近では、前掛山(2,524M)がそうなっているのかもしれません。黒斑山はすでに5回登っています。この山は車坂峠から登れば手軽ですし、雪山の季節に訓練の場所としても最適だからです。

 黒斑山に最初に登ったのは1997年の10月でした。天気もよく、山頂から目前に佇む浅間山はみごとでした。立ち入り禁止になっていましたが、蛇骨岳からJバンドへ進み、湯の原高原と呼ばれる平坦地に出て、黒斑山に登り返しました。登り返しの直登には辟易したものです。そのとき浅間山の中腹から山頂にかけて、立派な登山道が見えました。あれなら登れるのではないか、そんな期待を抱いて帰りました。

 そして翌98年8月22日、浅間山の活動状態は安定しているという情報を確認し、アタックしたのです。この日は天気に恵まれず〝消化不良状態〟となったことから、さらに翌99年10月10日にも再挑戦しました。この山は登山禁止の山ですから、決してお勧めできません。後述しますが、大変危険な山です。登るべきではない、ということを前提に以下、報告させていただきます。

 98年8月22日、浅間山荘・天狗の湯から朝5時30分にスタートしました。早朝だし登山禁止の山だから誰もいないだろうと思っていたところ、若者2人と前後しながらの同行登山となりました。彼らは黒斑山を狙っていたようですが、私が浅間山に登ると言ったことで予定を変更したようです。

 建て直し以降は行っていませんが、湯の平高原の手前に「火山館」があります。98年当時は崩れかけていました。ここから先は登山禁止になっています。したがって、コースタイムなどは地図に書いてなく、登り2時間半、下り1時間半くらいとアタリをつけます。実測は火山館を起点にして、登り1時間45分、下り1時間でした。(次回に続く)

★脈絡のないきょうの一行
長崎県知事選挙、無党派層が大仁田候補に流れたとはいえ、民主党批判の反映。さあどうする。

10367 募るやるせなさ 
2010/02/18 [Thu] 13:04:10 » E d i t
 昨夜、仙台まで足を運び通夜に参列し、既報の51歳でサヨナラも言わずに彼岸に行った、元河北仙販労組委員長・柏原浩一さんにお別れしてきました。先月の末・土曜日、彼は昼休みに仲間たちと食事をしていました。その最中、「手がしびれる」と言い始め医者に行ったほうがいいのではないかという会話の最中、その場に崩れたといいます。

 周りの人たちはすぐに救急車の出動を要請、間もなくやってきました。到着した救急隊員が柏原さんに声を掛けたところ、自分の名前を言えるほどしっかり返事をしていたといいます。ところがここから悲劇が始まりました。土曜日ということもあり脳の専門医が休んでいるところが多く、居ても手術中で対応できず、という状態となり救急車は病院を求めて市内を何と3時間も走り回ったというのです。

 その間、脳出血の症状は進行してしまったようで、手術をしたときは脳全体に血液が広がり手のつけられない状態だったといいます。それから2週間、彼は眠り続けましたが家族や仲間たちの願いも空しく、2月14日・バレンタインデーに目覚めぬまま息を引き取ったのです。中学生の子どもを残して。

 この事件、私は承服できません。友を失ったその原因が、治療の遅れにあったのではないかと思うからです。脳出血で倒れ、早期治療を受けたことによって現在でも(身体の一部が不自由になった人もいますが)元気に過ごしている仲間を、何人も知っているからです。心臓も含めて循環器系の病気が発症したときは、時間との勝負ともいわれます。早く治療をおこなえば、助かる確率は高くなるのです。

 にもかかわらず、3時間も病院をたらい回しにされてしまった。これはもう一種の医療過誤であり人災です。土曜日とはいえ仙台市という大都市で起きたこの事態、救急医療のあり方が問われているのではないでしょうか。早い時間に手術なりの治療が行われておれば、柏原浩一さんは死に至らずにすんだ可能性は大きいのです。悔しい。「柏原を返せ」と行政に言いたい。

 「死ぬ」という言葉は自動詞です。反して他動詞は「殺される」ということになります。たとえば、交通事故死は「死んだ」のではなく、交通事故で「殺された」のです。今回の柏原浩一さんの死は、救急医療の遅れにより『殺された』としか思えません。そうはいっても、彼は帰ってくることはなく、やるせない気持ちは募るばかりです。

★脈絡のないきょうの一行
稲嶺進名護市長、「海にも陸にも(基地を)造らせない」と首相に。政治家はかくあるべし。

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2010/02/17 [Wed] 08:41:36 » E d i t
 この1週間に何と3人の友人が彼岸に旅立ちました。一昨年、肺がんに立ち向かい余命宣告を受けるほど厳しいものとなったY・Sさん。労働運動のリーダーとして印刷労働者の先頭に立ってがんばっていたM・Sさん。新聞販売労働者としてその運動を担い、厳しいなかで不屈にたたかったK・Kさん。それぞれ66歳、63歳、51歳と早すぎる死でした。

 Y・Sさんとはよく一緒に山に登りました。圧巻だったのは北海道の羅臼岳、斜里岳、トムラウシ山の3山を一気に登ったことです。すでに「百名山報告」のなかで記していますが、2005年7月11日/羅臼岳、7月12日/斜里岳、7月13日/トムラウシ山――と、山仲間4人と一緒でしたが、血尿が出るのではないかと思われるほどのハードなたたかいでした。3日間で歩いた総時間は実に28時間に達していました。元気だったあの姿と、病床の彼とは別人のように見えました。

 M・Sさんは、最近では毎日新聞販売店主の権利と営業権を守ってたたかっていました。定年退職後も組合に残り、ボランティアで労働相談なども受けながら、労働者の権利とくらしを守り抜くという姿勢はすばらしいものがありました。とりわけ、未組織労働者の組織化の問題でも行動をともにしましたが、エネルギーはすばらしいものがありました。

 51歳という若さで倒れたK・Kさん。かつて新聞奨学生過労死事件の支援運動で、わがことのように受け止め活動していました。現地調査や、学生の相談を受ける「110番運動」などに、仙台から子どもを連れて参加していた姿は今でも忘れられません。酒を飲むと東北弁で、労働運動の重要性を熱く語る青年でもありました。

 人は、必ず全ての人との別れがきます。それが分かっていながら、それでもなおそのことを受け入れ難い、それが人の常かもしれません。無神論者を自認する私が言うのも変な話しですが、今回の3人の死に直面して思うのは、神も仏も平等ではないということです。3人とも人生を閉じるには若すぎるからです。

 それでも天の約定と諦めるしかない現実に、忸怩たる思いを禁じえません。合掌あるのみです。

★脈絡のないきょうの一行
チェンジとは 言ってたことを 変えること!(サラリーマン川柳)。消費税論議がまさにそれ。
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2010/02/15 [Mon] 10:32:10 » E d i t
 このブログ、2008年2月からスタートしてきょうは365回目。2年で365回ということは、2日に1回の割りで更新したことになります。いつも読んでいただいている皆さんと、千代田区労協のホームページとこのブログの管理をしていただいている小林さんに改めて感謝です。ありがとうございました。ひきつづいて応援、お願いいたします。

 経営労働政策委員会報告批判のつづきです。どうもあの人たちは、子ども手当(家族手当)を廃止する方向で考えているようですがこれはとんでもないことです。賃金は労働の対価であることは、報告書がいうまでもなく当たり前のことです。にもかかわらず、形を変えて『手当』で対応してきたのは経営者だったではありませんか。

 つまり、いわゆる本給部分を上げると退職金や時間外賃金の単価に反映することもあり、手当という姑息な手段で〝賃上げ〟をやってきたのです。にもかかわらず、国が子ども手当を常設すると言ったとたん、「(手当は)賃金の生活給的性格を弱め」るなどと、ぬけぬけといってのけるのです。こういう誤魔化しを看過してはなりません。

 報告書は「今次労使交渉・協議では、いわゆる『非正規労働者』を含めた全労働者を対象に、賃金や福利厚生などの待遇改善についても争点になることが想定される」と、強調していますがこれは大当たりだと思います。この考え方を言い換えると「労働組合は正規雇用労働者だけでなく、非正規問題にも言及してくるから、その準備をせよ」ということです。経営側のこの〝期待〟に労働側はきちんと応える必要がありますし、〝ポーズ〟だけに終わらせず実のある交渉にしなければなりません。

 経団連は相変わらず『賃金より雇用』を強調しています。企業が雇用を大切にする方針を明確にすることは①生活面での安心を生み出す②モチベーションを維持・向上させる③仕事に積極的に取り組む原動力となる④組織への忠誠心やチームワークの醸成につながる⑤中長期に企業の競争力をさらに高める基盤となる――と当たり前のことを述べていますが、そこで働く労働者を信用しない思想が露わになっています。同時にこの間、自らが派遣切りなどを行ってきたことの反省は一言もありません。

 以上、何点かにわたって報告書を考えてきましたが、この経団連の考え方と私たちはやはり全面対決していくしかなさそうです。「雇用だけでなく賃上げも」というたたかいこそがある意味、雇用をも確保していく道につながるという歴史に学び、しっかりスクラムを組んでいきたいものです。

★脈絡のないきょうの一行
バンクーバーで冬季五輪開催。競技が始まったがやはり世界のカベは厚い。
2010/02/12 [Fri] 15:09:49 » E d i t
 第3章の将来へ向けた取り組みでは、人材育成問題とワーク・ライフ・バランス問題を中心に展開しています。この項目は割愛させていただくとして、私が興味を持ったのは従業員の心身の健康・安全の確保について言及している部分です。62ページにわたる記述のなかでこの1ページの一部は同意できました。

 「近年、メンタルヘルス不全の従業員が増加傾向にあるため、従業員自身、管理監督者、事業所内外の産業保健スタッフが連携し、例えば、労働安全衛生法で定められている、月間所定外労働時間が一定を超えた場合の産業医による保健指導を徹底するほか、出退勤日々の言動の変化から、メンタルヘルス不全の兆候を見逃さず適切に対応するなど、予防体制を確立していく必要がある」。

 「メンタルヘルスの維持・増進にあたっては、日々のコミュニケーションの充実を図る一方、管理職に対するマネジメント能力の向上、長期労働の是正などが求められる。ただし、中小企業では、人員面、コスト面で対応が難しいこともあることから、メンタルヘルス不全者の相談機能の周知・充実などについて政策支援を図る必要がある」という配慮もみられます。メンタルヘルス不全に陥る原因としてのパワハラやセクハラなどの防止策に触れていないという弱点はあるものの、ここで述べられているようなことが実践されるよう、監視を強めたいものです。

 報告書の最後は、今年の労使交渉に関する経営側の基本姿勢を述べています。この項目が私たちにとって重要問題になるわけです。「賃金より雇用重視」がここでは主眼になっていますが、それは次回に触れることにし、私がアレ! と思ったのは家族手当への言及です。「本年6月より子ども手当の支給が始まる予定だが、子の扶養に係る費用を国全体で従来の制度をはるかに超えて負担しようとする政策転換は、賃金の生活給的性格を弱め、仕事の対価としての性格を強める必然的な効果をもたらすことから、個別労使が賃金や諸手当のあり方について考えるきっかけになるものといえよう」としています。

 少々、分かりづらい表現になっていますが、国全体が子ども手当を支給することになれば、賃金における家族(子ども)手当の存在意義が薄れることになり、その必要性を論議すべきだといっているのです。すなわち(さすがにそこまでは書いていませんが)、将来的に賃金のなかの子ども手当(家族手当)の廃止を示唆しているのです。企業の「出るカネを少なくする」というこの対応の早さはみごとです。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
小沢一郎金脈の元金庫番・石川知裕衆議院議員が民主党を離党。それで世論をかわしたつもりか。

2010/02/08 [Mon] 16:14:57 » E d i t
 非正規雇用労働者が全体の3割を占める原因は規制緩和の行きすぎだった、という批判がありますが、これに対して「80年代半ば以降、『非正規労働者』は、労働関連法制の改正の有無に関係なく一貫して増加傾向を示しており、規制緩和が主たる要因であると断定することはできない」と反論しています。

 そのうえで雇用多様化の背景に①第三次産業、とりわけサービス業の成長②女性や高齢者など多様な主体の労働市場への参画の高まり③労働者の働き方に対する意識の変化④企業側の要因として製造業を中心とした国際競争の激化――をあげています。

 なにをかいわんや、です。いちいち反論するのも時間の無駄のような気もしますが、非正規雇用労働者の増加は、それしか働く道がないから増えているのではありませんか。派遣労働を非製造業にまで広げたことによってそれが加速しているのも事実です。雇用多様化の『労働者の意識の変化』もしかりです。規制緩和によって労働者は意識を変えざるを得なかった、それが数字に表れているだけではありませんか。原因に言及することなく、結果だけを見て論じるこの手法、あの人たちの得意とするところのようです。

 派遣法の改正問題に関して登録型派遣について「登録型派遣を禁止することは、迅速な人材確保や多様な働き方など企業側、働く側双方のニーズへの対応などを考えた際、労働市場に混乱をもたらしかねないことが憂慮される」、「とりわけ、製造業派遣の禁止については、国際競争が激化するなか、生産拠点・体制の見直しに伴う雇用への影響も懸念される」と述べています。すなわち報告書は、登録型派遣と製造業派遣の禁止には反対なのです。

 この雇用問題の章では、雇用保険制度や職業紹介機能の強化などについても触れていますが割愛します。次にこの項で触れている最賃問題の記述をみてみます。全国一律最賃制について「地域経済の実態や地域間の差異を反映しない『全国最低賃金制度』導入を進められた場合、現行の審議会方式の維持は困難と言わざるを得ない。現行方式は極めて合理的なもの」と述べて、地域最賃は認めながらも全国最賃を否定しています。これは私たちの方針と真っ向から対立するもので、軽視できません。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
キリンとサントリーの統合計画が挫折。持ち株比率の不統一が原因らしいが、やはりカネか……。

2010/02/05 [Fri] 10:11:36 » E d i t
 次に第2章の雇用問題をみてみます。報告書は全体で69ページにわたっていますが、この部分に25ページと一番紙数を割いており、〝重視〟していると思われます。そのなかの雇用の現状について「主要先進国が軒並み高い失業率を記録するなか、不況が最も深刻なわが国で相対的に失業率が低位にとどまっているのは、官民が一体となり、雇用安定に向けてさまざまな取り組みを実施してきた結果といえる」としています。これはもう嗤いを通り越して馬鹿馬鹿しくなってきます。

 この1行を個別に反論するとキリがありませんので一つだけ。本当に官民が一体となって雇用安定に取り組んできたでしょうか。派遣・非正規雇用労働者のみならず正規雇用者まで切り捨てたのは、誰だったのでしょうか。職ばかりでなく住むところも追われたその人たちを路頭(上)に放り出したのは、誰だったのでしょうか。やっと昨年から今年にかけて行政が重い腰を上げましたが、「年越し派遣村」をつくり対策を講じたのは誰だったのでしょうか。

 不気味なのはさらに「経営環境が混迷を深めるなか、やむを得ず雇用調整に踏み切らざるを得ない状況が発生することも予想されるが、そのような際には法令遵守はもとより、就労先確保や社宅などの提供をはじめとした、離職者に対する最大限の配慮が求められる」と述べていることです。この問題、改めてこのような形で記述するまでもなく経営者として行うべき当たり前のことです。それを敢えて書かざるを得ないということは、『法令違反』が蔓延しているからにほかならず、そのことを経団連も認識している証拠ともいえます。

 若年者の雇用は深刻になっていますが、この問題への〝対策〟はお粗末そのものです。「若年雇用の促進に向けた施策が政府により数多く展開されており、(それを活用すれば)将来を担う優秀な人材を確保することが可能」、「第二の就職氷河期の到来が懸念されるなか、中途採用や転換制度を積極的に活用しながら、人物本位で若者に採用の門戸を開いていくことが大切である」とも述べています。このあとに政府に対する雇用対策の要望が縷々述べられていますが、自らの方針は残念ながら見当たりませんでした。自らは血を流すことはせず、税金を使わせる「政府の施策頼み」が報告書の本音といえそうです。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
「引退」と「不起訴」。メディアは踊っているが、得したのは朝青龍と小沢一郎のどっち?

2010/02/04 [Thu] 11:07:34 » E d i t
 報告書の第1章は「日本経済を取り巻く環境変化と経済成長に向けた課題」、第2章は「雇用の安定・創出に向けた取り組み」、第3章は「将来の成長に向けた取り組み」、そして第4章は「今次労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢」――となっています。

 第1章で、報告書は中国と韓国の半導体のシェア拡大を気にしています。さらに重要なのは「新興国経済の急速かつ力強い発展に伴い、原油やレアメタルなどの資源需要も大幅に拡大しており、将来的に価格の高騰など、資源確保に支障が生じ、ひいてはわが国企業の国際競争力に影響を及ぼすことも懸念される」としていることです。

 この数行、何気に読み飛ばしてしまいそうですが、大変危険な側面が隠されていることを見逃してはなりません。お気づきにならなければ、もう一度読み返してください。原油などの高騰が予想され、日本企業の国際競争力を維持するために『憲法9条を変えて海外派兵をする必要があるのだ』というニオイが行間に漂っているではありませんか。この意識、単に嗤える問題ではなさそうです。

 国民の個人消費低迷の原因について①急速な高齢化と人口の減少②社会保障制度への不信感③国の財政への不安――などを上げています。それを脱却するために、補正予算と来年度予算の早期成立を図り、政府・日銀(の介入)による為替相場の安定・デフレ克服を求めています。政府を活用して自らの経営発展に利用するという考え方、マルクス経済学的には「国家独占資本主義」といいますが、まさにそのものです。

 加えてなんと「税制についても、国際的にみて高止まりしている法人実効税率を引き下げるなど、内外からの投資を促進し、経済成長力の強化に資するような体系を確立することが求められる」としています。図々しく、法人税をもっと下げろといっているのです。消費税が導入されて以降、法人税は下げられつづけてきました。むしろ私たちは内部留保を増やすことに汲々としている大企業に、もっとまともな税金を支払わせるべきだと主張してきました。それに真っ向から対立しています。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
トヨタのリコール、国際問題に。原因は派遣・非正規切りによる技術水準低下では?
2010/02/03 [Wed] 10:42:53 » E d i t
 きょうは節分。「①季節の移り変わるとき、すなわち立春・立夏・立秋・立冬の前日の称。②特に立春の前日の称。この日の夕暮、柊(ひいらぎ)の枝に鰯の頭を刺したものを戸口に立て、鬼打豆と称して炒った大豆をまく習慣がある」(広辞苑)。鬼を退治してしっかりまめを食べて、健康になりましょう。

 日本経済団体連合会(以下、経団連)が毎年春闘前に出している「経営労働政策委員会報告」(以下、報告書)が、1月19日に発表されました。いつもは前年の12月に発表されており、1月にずれ込んだのはめずらしいことで、何かあったのかと感ぐってしまいます。それはそれとして、この報告書はあいかわらずで、労働組合の立場から見ればこの方針に反対してたたかえば要求が取れる、という分かりやすい内容ではあります。従って、長年労働運動をやってきた私にとって、この報告書は春闘時のアンチ〝バイブル〟でもあります。

 この報告書を以下、ちょっとだけ嗤ってみようと思い立ちました。

 大局的に見て経営者一般がそうですが、まったく「総括」がないまま新たな提言をする、という特徴をもっています。リーマン・ショックによる痛手の認識は一致しますが、なぜそういう事態が起きたのかについての記述はありません。GDPが中国に追い越されるのではないかいう認識も一致しますが、その原因については触れられていません。ことほど左様にこの報告書はこの間の総括が行われないまま、目の前の「課題」をどうするかという点だけに集中しています。私はこういうことを『課題意識はあるが問題意識がない』と批判することにしています。

 個別に見てみましょう。まず、「序文」です。「また、激動の時代にこそ、企業倫理のあり方を徹底的に見つめ直すとともに、勤労・勤勉の価値観、企業内労使協調による生産性向上など、わが国企業の強みに磨きをかけていきたい」と鼻息が荒くなっています。これは実はすごいことを言っています。経団連のいう企業倫理は、経営基盤を強化するために人を減らし、内部留保を増やすことにあります。それを今以上に徹底しようというのです。つまり、労使協調をさらに強めることで生産性を向上させることを言い切っているのです。

 その上で「労使は交渉相手ではあるが、企業の存続・成長、従業員の生活向上という共通の目的に向って協働するパートナーでもある。労使が互いの立場を尊重し、信頼関係を深めつつ、それぞれの企業に最も適した課題について徹底した議論を尽くしていくことを心から願ってやまない」と結んでいます。これは早い話しが、労使協調路線の強要です。序文でこう言っているということは、この報告書全体が何を示唆しているか、お分かりでしょう。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
えっ! 小沢一郎さん不起訴方針だって? この間のメディアの大騒ぎは何だったの?
2010/02/01 [Mon] 16:00:18 » E d i t
 千代田春闘共闘の「討論集会」の準備があり、しばしお休みしました。2月に入り、いよいよ春闘は本番を迎えます。財界は「雇用か賃金か」を迫り、ベ・アはおろか定昇なしを声高に叫び、賃下げまでほのめかせています。冗談ではない。たっぷり溜め込んだ内部留保を吐き出させ、労働者に還元させるたたかいの構築が求められています。

 きょうは、日米安保条約廃棄のチャンスの話しです。名護市長選挙はご承知のように、普天間基地ノーを言い続けた稲嶺進さんが、約1600票の僅差で当選ました。僅差とはいえ、辺野古への移転を進める勢力の凄まじいまでの攻勢をしのんで勝利したその意味の大きさははかり知れません。

 その結果にもしかしたら民主党も慌てまくったのでしょうか、平野博文官房長官は「(選挙の結果によって)斟酌する理由はない」とややこしいことを言い出しました。これはいけません。アメリカに対するリップ・サービスのつもりでしょうが、(私の単なるカンですが)自民党が政権を取り続けていて誰かが官房長官をやっていたと仮定しても、こんなことは言わないでしょう。そのくらいヘンな発言でした。

 なぜこのような言葉が出てきたのでしょうか。彼らは知っているからです。

 何を知っているか――。一つは普天間基地の県内・県外移設は困難であること、そしてもう一つはたとえばグアムなど海外に移設すれば、日米安保条約の廃棄の道筋ができてしまうこと、を、です。とりわけ後者について政府は神経をとがらせています。これも私のカンですが、この国の為政者の二の腕に「アメリカ命」という彫り込みがあるのではないでしょうか。そのくらいアメリカを意識しています。

 しかし今回の名護市長選挙の結果は「基地ノー」であり、これはある意味沖縄県民の民意です。この民意のパワーは安保条約というオバケを破壊し始める威力を持っています。選挙結果を履行しようとすれば、普天間基地の移設先は海外しかありません。海外に行くことについてアメリカ側はかなり抵抗するでしょうから、とりあえず地位協定の見直しを必要とします。この「見直し」が間違いなく安保廃棄への橋渡し役を果すのです。

 アメリカが〝高等戦術〟を使い、地位協定の見直しなしで「海外移設」を受け入れることも考えられます。その場合でも、日本側の要求が受け入れられることに変わりはなく、地位協定に〝キズ〟がつくのははっきりしています。さあ、頼もしい事態がまっています。もしかしたら今、私たちは日本の歴史が変化していく、ワクワクする時代に生きているのかもしれません。

★脈絡のないきょうの一行
小沢一郎金脈問題、検察と幹事長の権力争いに矮小化させず、徹底解明を求めるべきだ。