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ヘボやんの独り言
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2009/12/08 [Tue] 11:24:18 » E d i t
 「個別の住民の許可を得れば、ドアポスト投函はOK。だから表現の自由の侵害にならない」というこの論理、はっきり言っちゃいますが、サルも笑いそうです。個別の住民の許可が得られるようであれば、ポスティングなどする必要はなく、直接、その住民と会話ができるではありませんか。住民の許可を得ることが問題ではなく、自由にビラを配布する権利が問題なのです。

 これはあくまでも想定ですが、この論理をよしとして個別の住民に許可を得るために訪ねたとしましょう。その場合、恐らくこの裁判官は「公選法違反」で有罪にするでしょう。そのくらいの非常識判決だと思うのです。

 この東京高裁の逆転判決に、メディアは一斉に反発しました。当然のことです。報道機関にとっても他人事ではありません。マンションに立ち入ることが犯罪だということになれば、自由な取材ができなくなります。新聞各社は社説で「ビラ配り有罪―常識を欠いた逆転判決」(朝日)、「権力の暴走こそ監視せよ」(神奈川)など批判の声をあげました。

 こういう理不尽な判決を受け入れるわけにはいないと、荒川庸生さんと弁護団は上告し、たたかいは最高裁の場に移りました。そして出されたのが、先月30日の判決でした。さすがに高裁の理解に苦しむ「住民の許可を得ればOK」という判断はなくなっていました。が、言論・表現の自由よりも結局は(ポスティングによって被害は何一つ起きていないにもかかわらず)住居侵入罪を重用して荒川さんを有罪としたのです。

 それゆえに私は、裁かれるべきは最高裁判所だった、と思うのです。この葛飾ビラまき弾圧事件は住居侵入罪か、言論・表現の自由かという問題が主論議でした。しかしもう一つ、国公法違反に問われた堀越事件と世田谷事件は、国公法そのものをめぐる議論もあります。それらについても考えてみたいと思います。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
結局、税収不足で国債発行に頼るという。事業仕分けは、そのためのアリバイだったんだー。
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