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ヘボやんの独り言
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2009/09/10 [Thu] 10:02:26 » E d i t
 前回の若干のおさらいをすれば、明治維新のことを「明治革命」と称しなかった意味がわかりました。明治維新は、地方藩が中心になって徳川幕府を倒して、天皇中心の政治を作り上げたものでした。すなわち、地方の権力が中央権力を倒して封建政治に終止符を打ったのです。その意味では、被支配者が支配者を倒したものではなかったのです。その考え方を踏襲すると、今回の選挙結果は自民党政権の崩壊は「急激な変革」とは言えず、「政治の体制が一新され改まること」と理解するほうが賢明で、やはり維新です。

 その延長線上で考えれば、終戦の1945年8月15日は「昭和維新」と言ってもいいのかもしれません。戦後はまがりなりにも(象徴として残ったが)絶対的天皇制は廃止され、国民主権が謳われる憲法が制定され、「政治体制は一新」されたからです。しかしこれを「昭和維新」という位置づけはありません。理由ははっきりしています、国民が動いて起こした変化ではなかったからです。維新は(一部であっても)国民の手によって変化が起こされたときに使われる言葉だと理解していいのではないでしょうか。

 ところで、ここに面白い結果があります。明治維新の主役であった薩・長・土・肥の人々は、変化を嫌ったようです。今回総選挙の選挙区の当選結果を見てみましょう。▼鹿児島県(薩摩)・自民3、民主1、国民新党1(注・国民新党は民主が支持し候補者を立てず当選)▼山口県(長州)・自民3、民主1▼高知県(土佐)・自民3、民主0▼佐賀県(肥前)・自民1、民主2――となっています。

 民主が勝っているのは唯一、佐賀県だけで総数で見ると『自民10対民主・国民5』という割合になり、4年前の総選挙の比率に近い状態です。これは面白い。土佐の「いごっそう」や「はちきん」などは、変化を嫌ったようです。明治時代の革新派は、平成時代においては保守派になったのでしょうか。それとも、もともとの気骨がそうさせたのでしょうか。

 とりとめもなく、「維新」を考えてみました。すみません、紙数を無駄にして。そういえば、私は肥前・佐賀県伊万里市(鍋島藩)の生まれなんですよね。カンケイないか。

★脈絡のないきょうの一行
民社国の三党による連立政権誕生。ただし、この政権の賞味期間は来年の参議院選挙まで?
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