ヘボやんの独り言
05« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30.»07
2009/06/29 [Mon] 10:16:23 » E d i t
 毎日新聞社が倒産しかけた1975年、毎日新聞労働組合は再建闘争を展開しました。そのときのスローガンの一つは「経営再建は紙面から」でした。反権力を貫き、読者のニーズに応える紙面づくりこそが、再建のカナメであることを打ち出したのです。その延長だったのでしょう、ロッキード報道を活性化させ、現職の内閣総理大臣を逮捕・退陣に追い込み、毎日新聞社はこの報道で「新聞協会賞」を受賞したのです。

 最近の新聞報道(ジャーナリズム)の実態はどうでしょうか。沖縄など一部の地方新聞で奮闘は見られますが、前回も書きましたように不十分です。結果、反権力どころか「半」権力と揶揄され、マスコミならぬマス「ゴミ」と称される始末で、批判の対象に成り下がっています。これでは読者のニーズに応えることはできませんし、若者に限らず国民が新聞を読まなくなる、すなわち「新聞離れ」を起こすのは当然だといえます。最近、少なくない友人から「新聞が面白くない」ということを言われます。そのとおりだと思います。反権力を忘れた新聞は、歌を忘れたカナリアと同じだからです。

 それでもなお、読者や市民は新聞に期待しています。新聞の影響が大きいことを知っているからです。新聞社は「活字離れ」や「新聞離れ」の自己弁護をやめ、紙活字が歴史的に持っている言論性の再構築を模索すべきです。そこに新聞や雑誌など紙活字産業の生き残る道がある、私はそう思っています。

 先に紹介しました『きっこのブログ』は、みごとなまでに権力批判を貫徹しています。(私もファンの一人ですが)そこまで書くかい、と思うほどの筆勢です。部分的に批判がないわけではありませんが、「反権力」を貫き通すという意味において、このブログは秀逸だと思います。だから、このブログが人気ランキング1位になるのです。そのことについて新聞をはじめとした、紙活字は学ぶべきではないでしょうか。

★脈絡のないきょうの一行
「千代田区労協」のホームページ、アクセス数が1万台に。もっと活用を。
スポンサーサイト
2009/06/26 [Fri] 10:48:40 » E d i t
 新聞や週刊誌など雑誌の販売部数は減少傾向にあることは事実です。が、一方で有名人や話題のホームページやブログのアクセス件数は増えていますし、「ケイタイ小説」も広がっています。ブログでは、人気ランキング1位の『きっこのブログ』は、長文のものもあり読むのは大変ですが、アクセス数は増え続けています。そうみてみると「紙活字」へのアクセスは減少しているが、「ネット活字」へのそれは増大している、すなわち「活字離れ」は起きていないといえます。

 (ここでは敢えて、新聞や出版など紙を媒体とするものを「紙活字」、インターネットによるものを「ネット活字」と言い換えることにします)

 ネット活字はケイタイでみてみますと、たとえば天気であったり、電車の時刻であったり、プロ野球の試合結果であったり、目の前で今すぐ必要と思われる情報を求めるときに多用されています。メールも同じでしょう。このようにネット活字利用者のニーズは主として、情報のスピード性にあることがうかがえます。

 スピードで紙活字はネット活字に敵いません。このスピードの違いが紙活字利用減の原因ではない、と私は考えています。原因は、新聞や雑誌が本来的にもっている言論性を喪失してきているところにあるのではないか、と私はみています。言論性とは何でしょうか。それは「反権力」の立場から、社会現象なり、ときの政府や権力を批判し、あるべき社会の姿を活字あるいは言葉で映し出すことです。それは新聞や雑誌が生まれて以来、紙活字の役割でした。ところがいま、それが軽視されているのではないかというのが、私の疑念です。

 言い換えれば、「新聞離れ」を起こしているのは、読者ではなく新聞社自身なのではないか、ということです。新聞は権力批判を貫いているでしょうか。はっきり言って不十分だと思います。だから、新聞離れがおきているのであって、それを「活字離れ」とともに読者や国民に転嫁するのはお門違いです。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
小沢一郎のときはあれだけ大騒ぎしたのに、与謝野馨はダンマリ。検察とメディアの陰謀か。
2009/06/24 [Wed] 10:42:52 » E d i t
 先週末、所用で仙台に行きその夜、居酒屋で懇親会が開かれました。そのとき周りに私の持論をぶつけてみました。「若者の新聞離れ、とか、国民の活字離れということが言われるがこれは新聞の自己弁護だと思う。新聞離れや活字離れは、新聞自身が作っているのではないか。いま、新聞は反権力という原点を忘れてはいないか。それを忘れた新聞の体たらくに『新聞離れ』が起きているのではないだろうか」と。

 一瞬、静かになりましたが同感だ、という発言が出ました。「確かに活字離れ、という言い方はおかしいと思う。若者は最近、メールのやりとりが多い。あのメールは活字だ。絵文字なども使われるが、基本的には活字で自分の意思を相手に伝えている。もし活字離れがホントウだとしたらメールのやりとりなどしないのではないか」と。

 私もそうだ、と、膝を打ちました。そこでこの問題、少し掘り下げてみることにしました。

 最近、村上春樹氏の「1Q84」という小説が売れているそうです。私はまだ読んでいませんが、2週間で上巻・68万部、下巻・59万部(6月16日現在)の合計127万部に達しており、さらに勢いがついているといいます。沖縄密約事件をモデルにした、山崎豊子氏の「運命の人」もかなり売れているようです。それぞれの作家が久しぶりに執筆したこともあるのでしょうが、この数字は「活字離れ」とは縁遠いものと言えます。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
与謝野大臣の献金疑惑発覚。徹底的に追及してほしい。
2009/06/22 [Mon] 10:45:08 » E d i t
 玉子石をあとにしていよいよ下山です。ところが姫の池の手前に来たあたりで、突然、大粒の雨が降り出しました。スコールのような勢いで、慌てて雨具を着ましたが間に合わず濡れてしまいました。しかも、遠くから雷鳴が響いてきます。胃袋をつねられるようなイヤな感じです。

 その雷鳴はこちらに近づいてきました。音がするたびに、しゃがんでしまいます。体勢を低くしたほうが安全だろうと条件反射的に考えていたせいでしょう。すると今度は、下山方向の目線より下に稲妻が走ったではありませんか。あの下を歩くのかと一瞬ドキリとしましたが、半分やけ気味にどうにかなるだろう、と、前進です。そういえば目下に稲妻を見たのは、これが最初で最後でした。

 下山道は小さい沢と化していました。ぬかるみもひどくなっており、その中をやけくそ気味に歩きます。沢で滑らないように、ぬかるみで転ばないようにと私はおそらく鬼気迫る形相をしていたことでしょう。この〝豪雨〟は2時間近く、下台倉山頂までつづきました。この頃になると雨も収まり、やっと雨具を脱がせてもらいました。

 駐車場に到着したのは午後4時55分、歩き始めて12時間20分、平ヶ岳山頂から5時間20分の長い〝たたかい〟に終止符を打ちました。この山行は1日の行動時間の新記録をつくりましたが、後に北アルプスの水晶岳で更新することになります。帰りは、銀山平より少し手前に設置されていた無人の温泉(今はありません)で汗を流し、関越道・小出ICから帰路につきました。

*徒歩総時間/11時間45分
駐車場(4:35)-下台倉山(7:05 7:25)-大倉清水(8:20)-白沢清水(9:05)-姫の池(10:40)-平ヶ岳山頂(11:10 11:35)-玉子石(12:05)-駐車場(16:55)

★脈絡のないきょうの一行
東京都の保育園入所待機者が、前年の1.5倍に。母親がはたらかざるを得ない実態の反映。

2009/06/19 [Fri] 10:19:41 » E d i t
 下台倉山からいくつかアップ・ダウンを繰り返し、台倉清水あたりから道はぬかるんできます。が、最近設置したと思われる真新しい木道があり救われる思いです。山頂近くの「姫の池」手前の急坂をしのぐと、いきなり、という感じで高原が現れ、ちりばめられた池塘(ちとう)を囲むように色とりどりの花たちが目に飛び込んできました。

 それは、厳しい道を歩いてきたせいでしょう、地獄から天国に続く道ではないかと錯覚しそうでした。この景色を見ることができるのは、苦しい道を歩いてきた人だけに許される特権なのでしょうが、夢心地の瞬間でもありました。お花畑の姫の池を少し下って、いよいよ平ヶ岳山頂にアタックです。

 平ヶ岳とはよく言ったもので、高原状の道を歩くのと同じような感じです。山頂へ続く木道の周辺はワタスゲが群生し目を楽しませてくれます。山頂には11時10分に到着、歩き始めて6時間半です。山頂は高原のちょっとした高台、という位置にありいつもの息を切らせて山頂に到着する様子と一味違います。周辺には10人ほどの団体さんが休憩中で、その脇を抜けて標柱の前で写真を撮って私も一休みです。

 山仲間の甲府で弁護士を営む、Sさんのこの山の報告に「玉子石も見てくるべきだ」という記述を思い出し、昼食を済ませてそちらへ歩を進めます。途中、ガスが上がり平ヶ岳の全容を見せてくれました。まさに名は体をあらわすというとおり、平らな山でした。玉子石は、なぜあんなところにこんな石が、と思いたくなる姿で鎮座していました。それは玉子というより、雪だるまのほうが近いといえます。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
臓器移植も自給自足時代。だからと言って、たった8時間の議論で採決は無謀だ。
2009/06/17 [Wed] 10:09:13 » E d i t
 百名山の報告、26番目です。2000年8月、私は早めの夏休みをとらせてもらい、1日に南アルプスの仙丈ケ岳に登って下山後、その足で白馬岳のふもと猿倉駐車場まで進み、翌2日は白馬岳にチャレンジしました。実はこのあと、空木岳に行く(南アルプス・北アルプス・中央アルプスの3名山一気踏破)計画だったのですが、仙丈ケ岳も白馬岳も雨に打たれ、余分に準備していた着替えが底をつき、いったん自宅に撤退を余儀なくされたのです。

 自宅に戻ったものの、同じ方向に行くのがしゃくで、新潟県と群馬県の県境に位置する平ヶ岳に登ることにしたのです。2日間で南アルプスと北アルプスの3000メートル級を登ったわけですから、9年前は元気だったんですね(今は自信喪失)。2000年8月4日国道352号線、新潟県湯之谷村の平ヶ岳登山口の駐車場にテントを張って夜明かし。翌5日午前4時半、テントは前夜降った雨でぬれており、太陽があがれば乾くだろうとそのままにしてスタートです。

 10分ほど歩いて林道と別れ、本格的な山道に乗ります。空は白みはじめていましたが、雲は厚くサン・ライズを見ることはできませんでした。登りは徐々に厳しくなっていきます。すると突然、左手にどっしりした双耳峰が現れました。尾瀬の燧ケ岳です。燧ケ岳は福島県ですから、このあたりは福島、栃木、群馬、新潟の4県の峡間みたいなところです。燧ケ岳はいつもですと群馬県や栃木県側からしか見ないのですが、力強さが漂っていました。

 登山者は私も含めて10人程度。追いつ、追われつつしながら高度を稼いでいきます。重そうなテントを背負った若者がいましたが、これは苦しそうでした。最初のピーク、下台倉山までくると、急登からやっと開放されましたが、行程の3分の1です。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
臓器移植法案、強行採決して決めるものなのか。
2009/06/15 [Mon] 10:34:41 » E d i t
 私たちは報道機関の世論調査の結果について、意外なほど科学的だという〝バイアス的意識〟をもっています。確かに、数字はある傾向を示しますが、それは設問によっても異なることは前述したとおりです。したがって、世論調査を「読む」場合はどんな調査方法でおこなわれ、どんな設問になっているかをしっかりチェックすることが大事です。

 そこでもう一つ考える必要があるのは、運動によって調査数字が変わってくるという問題です。たとえば憲法改定問題で、賛成、反対の数値は変動しています。世の中が動いているのですから、国民の意識も動くのは当然で弁証法的です。9条改悪反対の運動が盛り上がっているときは、改憲反対が増え、逆に運動が下火になれば改憲賛成が増えます。今年の憲法記念日を前にした読売新聞の調査は、その典型だったのではないでしょうか。

 このことをもう少し掘り下げて考えてみますと、バイアスのかからない世論調査はあり得ない、ということにつながります。ある一つのテーマに関する運動の強弱、メディアの取り上げ頻度などはある意味、一種の〝バイアス〟がかかる状態です。ここから学び取る必要があるのは、誤解を恐れずに言えば、世論調査で私たちの有利な結果を得たいのなら、バイアスがかかるほどの運動を強化しなければならない、ということです。「世論は私たちの運動の反映」と置き換えることもできるからです。

 以前このブログに書きましたが、毎日新聞の元記者で都知事選挙の革新統一候補になった松岡英夫さん(故人)から「客観報道などあり得ない。報道はすべからく主観に基づいている」と言われたことがあります。まさにそのとおりで、世論調査も元来「客観調査」は不可能に近いのであって、バイアスがかかっていることを前提に見ておく必要がありそうです。とはいえ、「たかが世論」ですが、「されど世論」であることも受け止めておく必要はありましょう。

★脈絡のないきょうの一行
厚労省の局長にまで波及した偽装障害者団体事件、政治家までいくのではないだろうか。
2009/06/12 [Fri] 10:21:11 » E d i t
 世論調査の結果は、設問の仕方によってかなり変動します。たとえば、内閣支持の設問を考えてみましょう。①あなたは麻生内閣を支持しますか②あなたは生活給付金を支給した麻生内閣を支持しますか③あなたは解散・総選挙を先送りする麻生内閣を支持しますか――とした場合どうなるでしょうか。

 敢えて極端な質問を選びましたが、同じ支持するかどうかの設問でも回答は大きく違ってくるであろうことをご理解いただけると思います。つまり、設問の仕方によって「世論」は迷走するのです。このように方向性を定めて質問することを「バイアスをかける」という言い方をします。
※注・バイアス=偏り、偏見、最初の思い込み、転じて予断などと解される。

 私も主催したことがありますが、街頭などで「シール投票」を行ったことがあります。以前、議論になりましたが、「国民投票法」について賛成か反対かを調査したとき、街頭のシール投票では圧倒的に反対が多く、新聞社の調査はその逆だったということがありました。街頭では、反対の宣伝行動の一環として投票を呼びかけており、明らかにバイアスがかかっていますし、投票してくれる人は問題意識を持った人ですから、『反対』に投票する人が多いのは当たり前です。

 では新聞社などが行った調査は公平なのかというと、必ずしもそうは思えません。前述の「国民投票法」のときでも、設問によって数値がかなり変動しています。この問題が国会で論議され始めたころは、この法案を知らない人が5割を超えており、調査に値しないのではないか、と思ったことがあります。もちろん、「知らない」ことも重要な回答ですから、データとしては生きています。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
ロッテが1イニングに15得点。バスケットボールか!?
2009/06/10 [Wed] 11:08:16 » E d i t
 世論調査で「無作為抽出」という言葉を聞いたことがおありでしょう。この意味について、勝手に動き回って調査する、というふうに考えがちですが実は違うのです。ある一定のルールを無作為に決めて(抽出して)調査をするのです。たとえば住所を基本に調査する場合、◎丁目の◎は偶数、○番地の○は二桁で奇数、●号の●は奇数、などと設定して調査に入ります。これが無作為抽出なのです。電話の場合はたとえば局番の一桁は奇数、番号の下二桁の数字を特定する、などとなります。

 調査方法は、上記の無作為抽出にもとづいて、①対象者に直接会う面接(聞き取り)調査②家庭に2、3日置いて答えてもらう留め置き調査③電話調査などが主流です。郵送での調査もあります。最近ではEメールの調査もありますが、一人が何通も出したりすることもあり信用できません。自宅への電話調査はケイタイが普及し、回答が高齢者に偏る場合があり、全階層の調査には不向きです。しかしこの問題を解決するための研究はすすんでいるようです。

 私も受けたことがありますが、選挙のときの「出口調査」というものがあります。これは聞き取りの一種です。私の場合、相手はNHKでしたが、午前10時ちょうどに投票所から出てきたところをつかまりました。恐らく「15分おきに、男女交互に」などを基準に調査しているのでしょう。出口調査は投票が終わったあとで、その人がほっとしたところであり、ほとんど正確に答えてくれる、と言われます。だから、開票と同時に「当確」が出たりするのです。

 輿論と世論の違いみたいなものを考えるつもりでしたが、調査方法に流れてしまいました。なぜこの問題にこだわるのかといいますと、「世論」の動向を見るとき、どういう調査方法を採用しているかはその数字を〝読む〟にあたっての判断基準になるからです。そしてもう一つの大事なポイントは、設問の仕方です。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
原爆症裁判、国が上告を断念。全面解決へやっと緒に。これからが本格的たたかいだ。
2009/06/08 [Mon] 10:20:19 » E d i t
 毎日新聞記者OBの池田龍夫さんが、「マスコミ9条の会」のホームページで、民主党・小沢一郎前代表の西松建設疑惑をめぐって、代表を辞任すべきかどうかなどの世論調査報道を検証しておられます。詳細にわたるそれは整理されており、世論調査のあり方や結果の数字の読み方を考えさせられるものがあり、ぜひ一読をお薦めします。

 そのなかに「輿論」と「世論」の違いについて記述があり、少し興味がわきましたので、考えてみることにしました。池田さんの記述の一部に以下のようなものがありました。引用をお許しいただきたいと思います。
                           ◇
 1946年に当用漢字が公布される以前、「輿論」(Public Opinion)と「世論」(Popular  Sentiments)には区別があり、輿論は「多数意見」、「世論」は「全体の気分」を意味する言葉だった。佐藤卓己・京大准教授はこの違いを重視し、輿論は「理性的討議による市民の合意」、世論を「情緒的な参加による大衆の共感」と定義している。
                           ◇
 この漢字、両方とも「よろん」と読ませます。広辞苑は両方とも同じ意味としてとらえ「世間一般の人が唱える論。社会大衆に共通な意見」とし「『世論』は『輿論』の代わりに表記」とも書いています。ちょっと苦肉しています。

 佐藤卓己・京大准教授の定義のほうが、より分析的です。いや、最近はやりのマルクス的表現でいえば、階級的に思えます。輿論の「理論的討議による市民の合意」という見方、素敵ではありませんか。世論が「情緒的な参加による大衆の共感」であれば、ちょっとした動きで政党の支持率が変化することも納得いくというものです。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
北九州市でまたもや孤独死。生活保護を受けずにがんばる、と言っていた人が。25条はどうした。
2009/06/05 [Fri] 17:10:39 » E d i t
 足利事件で菅家利和さんは釈放され、無罪になる可能性が高まりました。ということは、少女を殺害した犯人がどこかにいる、ということです。犯人があいまいになってしまうわけですが、被害者の遺族の思いはいかほどでしょうか。

 メディアはほとんど触れていませんが、今回の問題、えん罪を受けた菅家さんだけでなく、殺害された少女の家族にも大きな衝撃があったことを忘れてはなりません。自分の娘を殺害したとされる人物が無期懲役になった、ということで被害者家族には少なからず安堵感があったと思います。ところがそれが間違いであった、ということになればどう対応すればいいのでしょう。加害者を許すことはできないという、被害者家族の思いはどこに持って行けばいいのでしょうか。

 警察は見込み捜査で菅家さんを逮捕し、真の犯人を見逃したことになります。犯人を見逃したその責任は、えん罪を作り出したことと同じほどに重いといわざるをえません。対応の遅れの典型ともいえるのは、坂本堤弁護士一家が拉致され行方不明になったときのことです。オウム真理教のバッジが現場に落ちており、その関係者の仕業ではないかと告発されたにもかかわらず、警察は動きませんでした。それが結果として地下鉄サリン事件を起こさせることにつながったわけですが、この事件は捜査のあり方に批判が集中しました。

 足利事件も形は違いますが同じ轍を踏んでいるといえます。「誰かを犯人に仕立て上げればいい」とまでは極言しませんが、(犯人を挙げなければならないという)面子にこだわって行う見込み捜査は、ウソの自白を強要する土壌になることは、歴史にあるとおりです。同じ過ちをおかすことなく警察と検察、そして裁判所は、菅家さんと被害者家族の双方に謝罪すべきです。

★脈絡のないきょうの一行
鑑定で有罪になり、同じ鑑定で事実上無罪。DNAって何様なのか。
2009/06/05 [Fri] 10:07:44 » E d i t
 かつて白鳥事件の被告とされ、無罪を主張しつづけた村上国冶さん(故人)が有罪判決を受けたとき「怒りで体が震えました」と記しています。人は、心に衝撃を受けると身体にも大きな影響を及ぼすのです。足利事件で17年を超えて投獄された、菅家利和さんもきっと同じだったのではないでしょうか。菅家さんの62歳という年齢は私と同じで、他人ごととは思えません。

 なぜもっと早くDNA鑑定をやり直さなかったのでしょうか。鑑定のやり直しを、本人も弁護団も要求してきたといいます。しかし裁判所も検察もそれを拒否し、「無期懲役」を維持しつづけたのです。私は何よりもそのことに、怒りで震えそうです。

 ヒトは過ちを犯すことがあります。そして完全ということもありません。だから、間違ったことが起きたとき、それへの謝罪があれば許すことができるキャパを、人は備えているのです。ところが多くの場合、権力は謝罪をしません。警察・検察と裁判所は、この足利事件にどうケリをつけるのでしょうか。

 国民にえん罪の片棒を担がせる危険性のある裁判員制度が始まったばかり。心配の種が一つ増えましたが、この事件はしっかり教訓にすべきでしょう。それにつけても今回の事件、弁護団に頭が下がります。真実を掴んで離さない、その精神に改めて感謝し拍手をおくります。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
カレーに入っていた毒と、自宅にあった毒の鑑定が一致したから死刑。やはり無謀な判断だ。
2009/06/03 [Wed] 12:37:46 » E d i t
 雨だけでなく風も強まりました。地吹雪状態のなかを歩くことになり、コース取りを間違える場面もありました。が、持ち前の動物的感覚で探し当て、ふみ跡のある正常ルートに乗りました。途中でわれわれを追い越し、山頂をピストンするという下山者とすれ違い、小屋周辺の情報を仕入れます。

 道は急斜面に突き当たりました。「この雪道をしのいだら小屋だよ」と仲間たちを励まします。雪の階段を登るように、一歩、また一歩と慎重に前進です。急斜面を登りきって、平坦なところに出ると正面にうっすらとアンテナが見えました。小屋のそれです。小屋の有難さをこのときほど感じたことはありませんでした。全員そろってから、一斉に小屋に入りました。歩き始めて、9時間40分でした。

 小屋には若い管理人がいました。すでにわれわれが来ることは、下山した人から聞いており、ねぎらいの言葉をかけてくれました。小屋はこの管理人の友人と、われわれ4人だけで「貸切り状態」です。早速、各自が夕食の準備です。準備が整って、持ってきたワインで乾杯です。雪山の疲れなど吹っ飛び、盛り上がりました。ワイン持参ですからザックが重くなるはずです。

 2日目、朝食前に山頂を踏むことにして出かけます。山頂へは雪道を直登で歩き、振り返れば、荒沢岳がデンと構えて立派です。いつかあれに登ってやるぞと、ファイトを燃やしていました。小屋から15分で山頂に到着。山頂から中岳と八海山が眼前に広がり、平ヶ岳も同定できました。

 小屋にもどり朝食を済ませて下山です。途中から青空がなくなり、ガスの中を歩くことになりましたが、なんとか駒の湯に到着。汗をながして帰路に着きました。

*徒歩総時間/1日目・8時間20分、2日目・4時間40分
1日目/登山口(7:00)-(途中休憩1時間)-小倉山(12:20 12:40)-駒の小屋(16:40)
2日目/小屋(5:30)-越後駒ケ岳山頂(5:45 6:00)-小屋(6:10 7:45)-小倉山(9:00 9:15)-登山口(12:00)

★脈絡のないきょうの一行
ついにP3Cも海外へ。堤防の穴がこれでまた少し大きくなった。
2009/06/02 [Tue] 10:05:38 » E d i t
 山の報告です。情けないことに腰をいためてしまい、歩行困難状態に陥りました。治療は受けているのですが、時間がかかりそうです。

 日本百名山の中には「駒ヶ岳」という名のつく山は、この越後駒ヶ岳と甲斐駒ヶ岳、会津駒ヶ岳、木曽駒ヶ岳の4山あります。他の3山はすでに登っており、最後の「駒ヶ岳」登山になりました。男女2人づつの4人で01年5月26、27日にこの山にチャレンジしました。

 Oさんの車で夜中に出発し途中のSAで仮眠、駒の湯の駐車場で朝食を済ませてスタートです。この山、枝折(しおり)峠から登るとかなり高度を稼げるのですが、道は雪で閉ざされておりかないません。山道はガイドブックに書いてあるとおり、いきなり急登です。しかも、素泊まりの駒の小屋泊まりですから食料、シュラフ、アイゼンなど荷物は重くなります。

 厳しくなることを見越して、ゆっくり歩きに徹し30分ごとに休憩を入れます。しかし、OさんとMさんが遅れ気味になります。夜行の疲れもあるのでしょう、かなり苦戦しているようです。第一関門の小倉山直前の鎖場は雪でおおわれており、ここからアイゼンを着用しました。「これは厳しいぞ」と悩んでいるうちに小倉山に到着。ガイドブックのコースタイムはここまで3時間30分となっていますが、実に5時間20分かかりました。

 5月も下旬だというのに、小倉山から先は全く地肌が見えません。この年は雪が多かったのです。加えて、ガスが立ちこみ始めました。コース取りに神経を遣います。しかも、「百草の池」あたりまで来ると、雨が降り出しました。救われたのは、4人とも慣れたせいか体調が戻ったことでした。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
GM破産。「必ず復活する」とオバマ大統領。この国らしい。しかと先行きを見てみたい。