ヘボやんの独り言
02« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.»04
10197 警鐘乱打!① 
2009/03/30 [Mon] 10:28:45 » E d i t
 「裸の王様だ!」と叫んだ子どもの役割を、誰かが果たさなければこの国、過ちを繰り返してしまいそうな気がするのは私だけでしょうか。それともそれは、単純な杞憂でしょうか。

 北朝鮮のロケット発射準備への日本の対応は、まるで戦闘準備そのものです。海上にイージス艦とミサイル迎撃艦、陸上にはPAC3(地対空誘導弾パトリオットミサイル)を配備。防衛省と官邸の連携、指揮命令系統の徹底など映画でしか見ることのできなかった事態が着々と展開されています。これはまぎれもなく単なる訓練やバーチャルとは違う現実で、ある意味、戦争突入状態そのものです。

 この事態に私たちはあまりにも鈍感過ぎるのではないでしょうか。もう一度角度を変えて言います。日本海と太平洋に配備された自衛艦は、その気になればいつでも牙を剥くことができる戦闘体制に入っているのです。

 そんなとき、この国のメディアは「1000円高速道路」などのつまらない映像をたれ流し、陣内・紀香の離婚騒動を興味本位で論評するなど、北朝鮮のロケット対応問題から国民の目を遠ざける役割を果たしています。これはもう未必の故意です。

 海賊対策の名でソマリア海に自衛艦が出動したのは、つい先日のことでした。そして今度は北朝鮮対応です。間違いなくこの国の国民は〝戦争状態〟に慣らされようとしています。その一方で貧困は深化しています。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
千葉県知事選は、何のチェンジも起きなかった現象の一つで終わった。
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2009/03/27 [Fri] 10:20:53 » E d i t
 九州に住んでいる私の従妹の息子が、今年高校を卒業し進学します。センター試験の結果は、高校の担当教師によれば熊本大学か九州大学に入れるほどの成績だったそうです。彼は当初、九大の経済学部に進もうと考えていましたが断念し、防衛大学を選びました。

 昨年の暮れ、大学はどうしたらいいかと相談を受け、本人とも話してきました。防衛大学はすでに〝内定〟が決まっており、最悪の場合のスベリ止めと考えていました。私は、今の政治の動きを見て、「防衛大学に入ったら卒業後、海外に行かされる危険性が高い」と、そこに進むことには反対である、と言ってきました。本人も、その意味するところを理解したようで、九大に進むことを考え始めていました。しかし、結果的には防衛大学に進むことを決めたのです。何故か。背景に経済的理由がある、と私は思っています。

 仮に彼をA君としましょう。A君は、実に優しい子です。いまどきの若者にはめずらしく、母親と姉(今年大学を卒業)を大事にしています。なぜならそのA君が高校1年のとき、父親を白血病で亡くしたからです。父親は子どもたちが大学に進めるだけの財産を遺してくれていました。しかしA君は、母親に負担をかけたくないと考えたのでしょう、防衛大学を選んだのです。優しさのなせる業と、私も同意せざるを得ませんでした。

 間もなく4月。A君は九州から横須賀の防衛大学に進みます。一人の若者の人生です。私にとっては自分の息子のようなこの子、大学に入ったことはおおいに祝ってあげようと思っています。それにつけても、こころ優しい一人の青年が、経済的理由で自分の進みたい道を歩めないということに、少々、腹立たしさを感じています。そしてアメリカで、貧困家庭の若者が海兵隊に志願するという現実とオーバーラップするのです。

★脈絡のないきょうの一行
陣内・紀香の離婚騒動で一番得したのは、小沢一郎である。
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2009/03/26 [Thu] 10:29:17 » E d i t
 群馬県渋川市の老人施設の火災に関して、防災設備の不備がクローズアップされてきています。同時に施設管理者への批判が強まっています。それはそれで追求されなければならないことですが、そのメディア・スクラム状態のなかで、今回の事件の大量死者を出した本質が薄められているのではないか、という危惧を抱いているのは私だけでしょうか。

 その一つが、この4月から導入されようとしている介護認定に関する「新基準」です。たとえば、食事摂取でみてみますと食事を取ることができず点滴を受けている人は「全介助」でしたが、今度は「自立」扱いになります。この問題は説明の必要はないでしょう。点滴が「食事をしている」とみなされ、自立できる人であると判断するのです。さらに、お年寄りのなかには魚の骨をとってあげないと危ない人がいます。私の母もその一人ですが、その人たちは「見守り介助」といって介助の対象になっていました。しかし今回の基準は、「自立」として扱うことにしています。

 この「新基準」は介護を必要とする人たちの切り捨て策であるとともに、老人施設の報酬切り下げでもあります。すなわち、施設がこれまで行ってきた必要な介助・介護について、「自立」化扱いにすることで報酬を支払わなくしようという魂胆がミエミエなのです。群馬の老人施設火災の教訓は、介護を必要としている人全てを収容できる施設の増設と、介護の充実だったはずです。その立場からみたとき、介護新認定基準は本末転倒であり撤回させなければなりません。

 介護を受けている今のお年寄りたちの姿は、20年後の私たちです。決して他人ごとではない、今、変えなければ自分たちもあぶない、という考えは杞憂でしょうか。

★脈絡のないきょうの一行
秘書が起訴されたけど続投するんだってさ、政治の世界って変だね。
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2009/03/25 [Wed] 09:31:33 » E d i t
 3月19日夜、群馬県渋川市の老人施設が火事になり入所者の10人が亡くなるという悲惨な事故が起きました。亡くなった方の多くが墨田区から紹介されて入所した、生活保護受給者であったことは二重のショックを与えました。この事件、看過してはなりません。

 報道によると入所者の多くは身寄りがなく、介護を必要としている人たちだったといいます。なぜ、異郷ともいえる群馬県に――。都内の施設は飽和状態で、行き先がないことが原因になっています。都内は地代が高く、施設建設は困難で建てたとしても利用料は高くなり、生活保護受給者に入所はかないません。

 そこで行政が考えたのが、「都外移住」でした。目の前に介護が必要で、身寄りのない人がいる。放置しておけば死に直結しかけない問題をはらんでいる。この人たちを救うには、設備の不十分さは分かっていても、外に出すしかなかった、というのが現実だったのではないでしょうか。区の担当者は、恐らく忸怩たる思いだったでしょう。

 墨田区を弁護するわけではありませんが、方法がこれしかなかったことに問題の本質があると思います。行政を批判するだけでコトは解決しません。都内の特養ホーム入所希望者は、現在の入所者の2倍から3倍といわれています。この問題の解決なしに、今回の老人施設火災事件の再来を防ぐことはできない、そんな思いを強くしています。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
WBC。心が折れそうになったイチローに、神が降りてきてV2。すごい。
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2009/03/23 [Mon] 12:38:07 » E d i t
 山頂で食事を終え、全員集合の写真を撮って下山は宿泊場所の横向き温泉に直行する人3人と、車のところに戻る4人に分けることになりました。私は直行組みです。

 次の目標は鉄山です。5分ほど歩いて振り返るとびっくりです。安達太良山の山頂は、あの乳首がないのです。ちょうど谷川岳のトマの耳のような形をしており、見る方向によって山容が変わることを教えてもらったようでした。さらに歩を進めると、もう一つ驚かされました。進行方向左手下は噴火口がぱっくりと口をあけ、白と黄色の縞模様を形作っています。まるで西部劇に出てくる荒野みたいですが、これが「沼の平」で、その数年後に、毒ガスにまかれて登山客の何人かが死んでいます。

 鉄山からの沼の平を前景にした磐梯山はみごとでした。深田久弥は、「百名山」のなかで猪苗代湖から見る磐梯山が一番いい、と書いていますが、もしかしたら彼はここからのそれを見ていないのではないでしょうか。見ていたとしたらコメントの一つは残っているはずです。そのくらいみごとでした。オススメです。

 鉄山から箕輪山まではスムーズでしたが、下りに悪戦苦闘しました。残雪でぬかるんでおり滑ります。途中からゲレンデの中を歩くことになりましたが、ここは吸殻の山を歩くのと同じでした。冬場、スキー客がリフトに乗ってタバコをポイ捨てしたのでしょう、惨憺たるありさまです。宿に着いて女将さんに聞きましたが、これをウサギが食べてしまい奇形が生まれ、今ではこの周辺では絶滅したといいます。ヒトの身勝手、マナーの悪さに改めて怒り、です。

 横向き温泉の宿は明治時代から営業しているといい、なかなか風情がありました。温泉も柔らかく総檜づくりの湯船は疲れを癒してくれました。夕食も山菜を中心にご馳走が出て、ごきげんでした。そして翌日、磐梯山にチャレンジしました。

*徒歩総時間/7時間00分
安達太良高原駐車場(7:15)-勢至平(8:45 9:05)-安達太良山頂(10:50 11:45)-鉄山(12:15 12:40)-箕輪山(13:10)-途中休憩50分-横向温泉(16:45)泊

★脈絡のないきょうの一行
WBC。不調で「心が折れそうになった」とイチロー。凡人の我らは折れっぱなしだが。
2009/03/20 [Fri] 09:00:48 » E d i t
 この山は1996年6月1日と2004年12月25日の2回登っています。04年のときは吹雪の中を歩きましたが、ここでは96年の車2台を使い7人の集団登山を記したいと思います。

 5月31日の夜、東京をスタートし登山口の大駐車場に車を止めて仮眠、6時に起きて朝食をとり、7時過ぎから歩き始めました。7人うち、Oさんは足の調子が悪いというので、ロープウェイであがってもらい山頂で待ち合わせることにしました。山頂が見えるあたりまで来ると、「乳首山」という別名を持っているとおり山頂はビー玉の3分の2くらいを載せたようで、色っぽい感じです。

 勢至平は季節柄、緑一色に染まっていました。山頂直下と馬の背下には残雪があり、涼しげに輝いており、そのコントラストは価値ありです。ツツジとオオヤマザクラ(だと思われる)が満開でわれわれを迎えてくれました。この年は4月上旬に平地のソメイヨシノ、5月には赤城と丹沢でヤマザクラを見ており、桜との面会が多かった。これもまた、山歩きの楽しみです。

 山頂下には雪が残っており、その下を流れる水の美味しかったこと。ずいぶん前、針の木雪渓で飲んだ雪解け水を思い出せてくれました。ロープウェイからの道との合流点に来れば、もうすぐ山頂です。別ルートから登ってきたOさんは、われわれよりかなり早く山頂に着いた、と待っていてくれました。山頂から遠く吾妻連山と、明日登る予定の磐梯山がどっしり構えていました。

 目を転じて、阿武隈川を探しましたが分かりませんでした。しかし智恵子のいう「本当の空」には会えたような気がしました。山頂で昼食とし、持参した刺身を食したところこれが実にうまい。ご機嫌でした。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
暖かい、暖かすぎる。異変に異議を唱える人はいないが、やはり異常だ。
2009/03/19 [Thu] 13:44:33 » E d i t
  この山は、吾妻小富士、東吾妻山、一切経山、東大嶺、西大嶺など大きな山塊の総称で、一番高いのが福島県と山形県の県境となる西吾妻山です。私は一番楽なコースである、白布温泉からロープウェイとリフトを使って、2000年9月30日にチャレンジしました。

 白布温泉からロープウェイでまずスキー場のある天元台にあがり、そこから3つのリフトに乗り継いで歩き始めました。季節は秋で登山客はそれなりにいました。まず「かもしか展望台」を経て人形石へ向います。展望台からは、前月に登った飯豊山、大朝日岳、月山、その後ろに鳥海山がしっかり同定できます。これらの東北の山々にあいさつして先を急ぎます。

 人形石には文字通り、人形の形をした石がありそのネーミングに納得です。ここから少し戻り気味に歩き梵天岩の急登に取りつきました。これが結構厳しい。30分ほど息を切らせたらいきなり視界が開け、大きな岩が出現。これが梵天岩でしょう。ここで小休止し、いよいよ西吾妻山にアタックです。

 高原状の低木帯を歩くこと20分、山頂に着きました。この山、周辺は木々に覆われており展望は全くありません。事前に分かっていたのですが、寂しいものがあります。ここで腹ごしらえをしたあと、建て替えてそう経ってはいないと思われる西吾妻小屋を経て、リフトにもどり下山しました。なんとなくあっけない登山ではありました。帰りは、五色沼近くのホテルの温泉で汗を流しました。

*徒歩総時間/3時間25分
リフト頂上(9:15)-人形石(10:00)-梵天岩(10:45  11:05)-西吾妻山頂(11:25 11:45)-天狗岩(12:15 12:35)-リフト頂上(13:40)

★脈絡のないきょうの一行
「企業献金はやめるべきだ」と小沢さん。詐欺師が「詐欺はいかん」というのと同じに聞こえるが。

2009/03/17 [Tue] 10:53:14 » E d i t
 東京都議会で、「安全・安心まちづくり条例改正案」の審議が、きょうから始まります。この条例案、大変危険な内容を持っています。「安全・安心」を理由に、街頭などでのパフォーマンスを禁止し、それを取り締まりの対象にするというのです。

 これはたとえば、私たちがこれまでやってきた街頭署名や街頭での生活相談、リレートークやシール投票などは「パフォーマンス」として規制される可能性があります。これは言論・表現の自由を規制する危険性があり、放置する訳にはいきません。千代田春闘共闘は、3月13日に下記のような申し入れを都議会議長に行いました。ぜひあなたも声を上げて下さい。

                             =◇◇=◇◇=
   2009年3月13日 東京都議会議長 殿
                東京都安全・安心まちづくり条例改正反対の要請
 私たち千代田区春闘共闘委員会は本日、「09春闘勝利をめざす千代田総行動」と位置づけ、早朝の宣伝行動からスタートし、貧困解消、リストラ反対、大幅賃上げなどの要求と課題をかかげ終日行動を展開しています。
 安全・安心にかかわる問題について、この3月開会の都議会で改正の論議がされることを聞きました。この条例案は、繁華街の来訪者に対し「パフォーマンス等、街の秩序を乱す行為を慎む」などとされており、解釈によっては私たちが日常的に行っている署名活動や、街頭宣伝が規制される恐れがあります。同時にそれは、表現の自由に抵触しかねません。
 もとより私たちは、都民の安全・安心に関する施策がさらに充実されることを望んでいます。なかでも地震や台風などの防災、災害時の避難場所の充実は切実で、さらなる強化を望むものです。しかし、今回提案されている条例改正案は、前述のような問題をはらんでおり、看過できません。その立場から、同条例の改正には反対であり、廃案にしていただくよう強く要請するものです。
                             =◇◇=◇◇=

★脈絡のないきょうの一行
西松建設疑惑、久しぶりにメディアが政治家を追い詰めている予感がする。楽しみにしたい。
2009/03/12 [Thu] 11:03:31 » E d i t
 「情勢」を哲学的に分析すると、『敵と味方の力関係の到達点』ということになります。つまり情勢というのはもう少し言い換えると、あれやこれやの状況や動きのことではなく政治的、経済的、社会的な「人々の営みの法則を持った現状」でもあります。

 さらに突っ込んでみましょう。では「敵」とは何か、「味方」とは何かという点についてです。これはなかなか難しい面があります。その昔、白鳥事件でえん罪にもかかわらず獄中に送られた村上国治さんの再審裁判で、この問題が議論されたことがあります。これだけで記録集の1冊分になっていました。

 それを要約すると「敵」とは殺してやりたいと思うような相手ではなく、階級的見地からみれば資本家階級である、としています。「味方」はもちろんその反対の「労働者階級」全般をさしています。しかし、本来、労働者階級に属するにもかかわらず、資本家階級に手を貸す人もあり、これは「敵」とみなさざるをえない。しかし、この人たちはいつか「味方」に帰ってくる可能性を持っている、ともしています。

 なんだか判じ物風になってしまい恐縮ですが、マルクス的立場いや、弁証法的唯物論に拠っていると考えてみれば分かりやすいのかもしれません。私たちの身の回りのことに置き換えて考えてみてください。

 そこで現在。敵と味方の力関係の到達点はどうなっているでしょうか。一つだけ雇用問題を例に出してみましょう。いわゆる2009年問題の難関、3月末を迎えて厳しくなり、押され気味です。しかし昨年暮れあたりから、反撃が始まりそれは大きくなりつつあります。それを恐れる敵は、警察権力を使って押さえ込みを図ろうとしています。その現れの一つが都議会で来週から議論されようとしている「安全・安心まちづくり条例改正」案です。中身に触れる紙数はありませんが、大変危険な内容です。

 こうしてみると敵が牙をむき出しにしてくる情勢は、こちら側が追い込んでいることの現れと同義語といえるのかもしれません。この牙、引っ込めさせるか丸めてしまう必要があります。明日、千代田総行動でこの問題についても都議会に撤回を申し入れます。

★脈絡のないきょうの一行
西松建設疑惑、民主・オザワから、自民・ニカイへ問題がシフトされたようで違和感。同じ穴のムジナなのに

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2009/03/11 [Wed] 11:38:18 » E d i t
 3月9日午後、東京地裁において東和システムの「名ばかり管理職」問題の判決が言い渡されました。原告勝訴のごく当たり前の判決でした。私はその法廷に居合わせましたが、勝利は気持ちのいいものです。

 判決は原告ら3人のバックペイ請求額の半分程度でしたが、東和システムにおける残業代カット政策を弾劾したものとなっています。ホワイトカラーエグゼンプションの法制化のたくらみが未だに息づいている昨今、この判決の意味は全労働者の立場からみたとき、大きなものがあると思います。当該労組の仲間のみなさんに改めて感謝申し上げたいと思います。

 と、ここまでは普通なのですが、敢えてこのブログに書こうと思ったのは、会社の対応があまりにも〝笑っちゃう〟からなのです。翌、10日にMICの代表のみなさんとともに東和システムを訪ね、控訴するな、の申し入れを行いました。要請文を読み上げ、それを手渡してその説明に入ろうとしたとたん、会社の責任者は引き下がってしまったのです。アレレです。失礼極まるその対応に、要請に参加した人たちは怒るというよりただ呆れる、だけでした。

 焦ったのでしょう、会社は社内に張り紙を行いました。判決言い渡しの場に、会社側の関係者も代理人もいませんでしたが、敗訴を想定して事前に文書を作っていたのでしょうか、素早い対応だったようです。「会社は断固として控訴し、会社の主張が認められるまで争う方針である」と、なかなか勇ましいところがあります。

 この会社、労働組合嫌いではつとに有名で、不当労働行為のデパートみたいなところです。その意味ではアカデミック的には面白い企業なのですが、こんなことを続けていたら社内が疲弊してしまいます。そこで働いている人を大事にしない企業は、いつか経営的にもおかしくなります。かつて同じ千代田区内にあった、明治書院という教科書会社がそうであったように。東和システム社も、(ないものねだりかもしれないが)自浄能力を早く発揮してほしいものです。

★脈絡のないきょうの一行
「企業献金政治」をやめられない体質に「金権政治」がはびこっている。
2009/03/09 [Mon] 16:15:01 » E d i t
 2日目。まだ暗い3時過ぎに小屋を抜け出しヘッドランプを頼りに歩き出しました。空には満天の星が輝き、心洗われます。最初のピークで飯豊本山に向けて、カメラを開放にして10分間の撮影を試みましたが、月が明るすぎて失敗でした。ピークを下ったところで、西方向を見ると月が沈みかけ、東側からは太陽が昇ってきました。山ならではの、こういう瞬間もまたいいものです。

 本山(ほんざん)小屋に隣接する「飯豊山神社御本殿」にお参りしました。そうなのですこの山、信仰の山なのです。だから、ここまでの細長い土地は会津藩に属しているのです。その本殿から15分程度で山頂です。5時30分に到着し一番のりかと思ったのですが、すでに5、6人が山頂で休んでいました。風もなく穏やかです。周辺を見回すと、まさに「重畳」(ちょうじょう)という言葉がぴったりで、この山の深さを伺い知ることができました。

 山頂から小屋に戻る途中、前夜、声を交わした人たちとすれ違います。私が早くも下山してくるのに、驚いていました。ちょっとだけ、優越感です。切合小屋で荷物を整理しなおしていよいよ本格下山です。途中で振り返ると飯豊山頂はガスで隠れていました。早立ち・早帰りの大切さを教えられた思いでした。

 前日、休憩した峰秀水には20人ほどが休んでいました。これはもう一種の群れです。車にたどり着き帰路、「いいでのゆ」で汗を流し蕎麦をたべました。これがまたすこぶる美味い。会津の蕎麦に花マルを献上です。この山、もう一度テントを背負って登ってみたい、そんなことを考えていました。

*徒歩総時間/1日目・6時間00分、2日目・7時間30分
1日目/川入りキャンプ場(9:00)-地蔵沢・峰秀水(12:05 12:30)-三国岳(小屋)(13:45 14:00)-切合小屋(15:40)※泊
2日目/切合小屋(3:25)-飯豊山山頂(5:30 5:50)-切合小屋(7:25 7:40)-川入りキャンプ場(11:45)

★脈絡のないきょうの一行
あの薄気味悪いイモムシが、綺麗な蝶に変身する。見かけでものごとを判断するな。
2009/03/06 [Fri] 10:24:11 » E d i t
 鎖場をよじ登り、三国岳の山頂に建つ避難小屋の前で一休みの後、この日の宿泊場所・切合(きりあわせ)小屋に急ぎます。ここから小屋を経て飯豊山頂の先、大日岳の鞍部まで、細い幅で福島県になっています。これはぜひみなさんにも検証していただきたいのですが、本来なら新潟県と山形県の県境になるはずです。切合小屋も県境の上に建っているはずですが、ここは福島県です。従って、飯豊山も3県にまたがる山となっています。なぜそうなったか、定かではないのですが、江戸時代、会津藩が一番力を持っていたからという説がもっともらしく聞こえます。

 三国岳から4つほど小ピークを越えたところに、ウメバチソウの群落を見つけました。私の家の家紋は「うめばち」といわれももので、この花の花弁を形どっています。なんだか親戚に出会ったようで嬉しくなったのは、小市民だからでしょう。さらに前進すると、お花畑が出現しました。雪渓の白とマッチし、ニッコウキスゲ、コバイケイソウ、シナノキンバイ、マツムシソウ、ハクサンコザクラ、トリカブト、そして「花の百名山」に出てくるイイデリンドウが繚乱状態で競っていました。これはもう楽園で、必見の価値ありです。

 切合小屋に到着したのは午後4時前でしたが、そこはもうお盆休みを利用して来た人たちで人だかりとなっており、混乱を極めていました。宿泊に必要なコメ3合を供出して受付を済ませ宿泊費を支払い、やっと一息です。ビールを飲みたいと申し出てみましたが、売り切れだと断られました。残念。

小屋の周辺を散歩してみました。雪渓がすぐ近くにあり、その近くにシナノキンバイの群落を見つけました。これはみごとでした。夜、小屋は人で溢れてしまい、外に臨時の宿泊所作りが始まりました。角材を立てて周辺をビニールで囲むという簡単なものです。翌朝、早立ちをする関係で私はそこでシュラフにもぐって寝ましたが、夜風は冷たかった。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
ボウフラは泥水を飲んで浮き沈みしているが、蚊になったら人を刺す。なめたらあかん。
2009/03/05 [Thu] 10:04:52 » E d i t
 03年8月18、19日にチャレンジしました。時は真夏で、暑さとのたたかいでした。飯豊山に登る前、8月1、2日は仙丈ケ岳と白馬岳へ、5日は平ヶ岳に登りました。したがって、〝百名山4連ちゃん〟ということになりました。もちろんこの山、最低1泊は必要です。今回は一人旅です。

 登山口は福島県山都町の川入キャンプ場を選びました。車で入るにはアプローチとしてはここが一番便利だからです。真夜中に家を出てキャンプ場に着いたのが8時半。支度を整えてスタートです。風は全くなく、むし暑さに汗が噴き出します。途中で下山してきたご夫婦連れから「もう少し行けば、冷たい水がありますよ」と声をかけられ、ほっとします。

 その水場である地蔵沢の原点ともいうべき、「峰秀水」はきちんと整備されており冷たい水が大量に出ていました。これには救われた思いで長休憩とし、昼食を取りました。食事が終われば、いよいよ三国岳の岩場に挑戦です。三国岳の山頂は剣ヶ峰というだけあって、鎖場があったりしてスリル満点の登りでした。

 三国岳は読んで字のごとく、三つの県にまたがった山です。ここは福島、新潟、山形に形成されています。ちなみに、3県(都)にまたがった山でそれまでに登っているのは、尾瀬ヶ原(福島、新潟、群馬)、白馬岳(新潟、長野、富山)、雲取山(東京、埼玉、山梨)、甲武信岳(山梨、埼玉、長野)、生藤山(東京、神奈川、山梨)三国山(神奈川、山梨、静岡)の7山でした。その後、北アルプスの三俣蓮華山、愛知・長野・岐阜の三国山、九州の祖母山、中国地方の寂地山、東北の栗駒山の5山が加わっています。一番標高が高いのは南アルプスの三峰(みぶ)岳・2,999㍍ですが、近くまでは2度行っているもののアタックはまだ残っています。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
ヤクザの世界/ムショに入ったことあるからおとがめなし。自民党の世界/首相経験者だからおとがめなし。似てるなー。
2009/03/04 [Wed] 10:10:19 » E d i t
 ブログの記録をチェックしてみましたら、しばらく山の報告をしていないことに気づきました。久しぶりのそれです。

 この蔵王山は3回登っています。1回目は1999年7月、2回目は99年10月、そして3回目は06年6月です。3回ともに残念ながら天気には恵まれませんでした。私は蔵王山から嫌われているのでしょうか。ここでは、宮城県で一番高い山・屏風山(1,825M)と一緒に登った06年6月10日の分を報告します。

 夜中に東京をスタート、東北道を走り白石ICから一般道を蔵王方面へ進みました。Kさんとタッグです。高度を増すにつれて刈田温泉あたりからガスが濃くなりはじめました。真夜中に車が走るなど思いもしなかったのでしょう、ウサギが道路に飛び出してきて文字どおり「脱兎の如く」林の中に隠れていきました。この周辺はもともとウサギやイノシシなどが〝先住者〟で、人間が後から入り込んできたもので申し訳なく思います。

 刈田峠あたりはガスでほとんど見えない状態で、車をゆっくり転がしながらレストハウスへの有料道路に入り、お釜に一番近い駐車場に止めて仮眠。朝、外へ出てみるとガスは収まるどころか風も加わり、寒くてじっとしていられない状態でしたが、その中で歩く準備を整えました。もちろん、最初から雨具を装着です。まず、蔵王山の最高峰・熊野岳をめざすことにしましたが、視界は10㍍もありません。もちろん、緑色をたたえているはずのお釜も全く見えません。登山道には降雪を想定して、長めのサオが立てられておりそれを目印に山頂へと急ぎます。
 
 強風の熊野岳山頂でそそくさと写真を撮って、歩いてきた道を戻り今度は刈田岳を経て、車にもどり刈田峠に下って、ここから屏風岳にチャレンジすることにしました。屏風岳は「南蔵王」と称される中の主峰ですが、天気が悪く残念ながら展望はありません。6月だというのに一部にはまだ雪が残っており、その中を歩きましたが途中、イワカガミの群落があり、朱色の可憐な花弁が目を愉しませてくれました。

 小さなピーク、杉ヶ峰から鞍部に下りそのあとの登りは、雪解け水で山道がドロンコ状態となっており苦戦を強いられました。急登をこらえたら、低木帯のなだらかな道となり少し下ったところに三角点がありました。最高点は1825㍍ですがここは1817㍍と表示されています。四阿山や会津朝日岳もそうでしたが、山頂より三角点が低いという山は少なくありません。山頂で休んでいる人に交じり、腹ごしらえして写真を撮って下山しました。

*徒歩総時間/4時間15分
お釜レストハウス駐車場(7:10)-蔵王山山頂(7:50 8:00)-レストハウス駐車場(8:45)
刈田峠(9:10)-屏風岳山頂(11:00 11:20)-刈田峠(13:05)

★脈絡のないきょうの一行
「2009年問題」最終月、キョウフが動き出しているようだ。
2009/03/02 [Mon] 10:05:49 » E d i t
 築地市場の移転先として決めた豊洲の東京ガス跡地の土壌汚染は、想像を絶するものでその解決策として都は土の入れ替えを行うことを改めて発表しました。2月6日のことです。それによると〝着工〟は2010年秋、費用は586億円。地下2メートルを掘り下げて土を入れ替えその後、新市場の建設を行い2014年2月に新市場を開場するといいます。その総工費は汚染土除去費を含めて、4316億円になるといいます。

 おや、おやですね。何ゆえにこんなに膨大なカネをつぎ込むのでしょうか。利権が動いているのでは、という勘ぐりは間違いではなさそうです。しかも、2014年開場ということは石原知事がねらっている「東京オリンピック開催」を2年後に控えています。ここにもきな臭さを禁じえません。

 先週27日の「官民共同行動」にもどります。最後の要請は農水省でした。生鮮食料品の市場の建設などの管轄は農水省に属し、土地の調査など東京都は農水省の肩代わりをしていることになります。40人ほどがこの要請に参加し、口々に移転反対を訴えました。

 私は、ちょっと視点を変えて「専門家によると、2メートル掘り下げて土を入れ替えれば安全だといいます。しかし、その汚染された土はどこに捨てられるのでしょうか。海でしょうか、山でしょうか、それとも川でしょうか。どこに廃棄するにせよその汚染土で新たな環境破壊が生まれます。あの土地は封印する以外に方法はないと思うのですが、いかがでしょうか」と質問しました。この件について、農水省からの答えはありませんでした。

★脈絡のないきょうの一行
定額給付金、4月中には配り終えるんだってね。そうすると総選挙は、5月中旬かなー。

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