ヘボやんの独り言
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2008/10/31 [Fri] 17:44:19 » E d i t
 01年8月17日、前年の飯豊山以来、1年ぶりの東北の山でした。この日の午前4時、マイカーで自宅をスタートし途中のサービスエリアで仮眠を取りながら、東北道、山形道をひた走ります。月山の登山口・姥沢の駐車場に車を停めて、支度を整えリフトで山頂駅まで上がり、そこから歩き始めです。

 夏休みということもあり、登山客は多く道迷いすることはなさそうです。山頂方面はガスがかかっています。月山と並ぶように鎮座している姥ヶ岳の山頂は帰りに踏むことにして、まず月山のピークへ直行です。登山道周辺は花も豊富で、リフト山頂駅から正面には一面黄色のニッコウキスゲが迎えてくれ、紫色のヨツバシオガマが色添えしています。雪渓で夏スキーを楽しむ若者もいました。

 鍛冶小屋手前の急坂に息を切らせて、さらに一登りすれば高原状態の山頂に到着しました。ピークには神社が建っており、そこに行くには拝観料が必要です。少々悩みましたが、拝観料金を払ってまでも、と、中に入るのは諦めて、裏手に回りそこの標柱の前で記念撮影。周辺はシナノキンバイとハクサンフウロが競演しており、みごとでした。

 下山は予定どおり、姥ヶ岳の山頂を踏みました。振り返れば月山が静かにたたずんでおり、いい山だな、と実感したものです。山頂で「朝日岳はどの方向でしょうか」と聞いてきた男性がいましたが、この人とは翌日の鳥海山で再び出会いました。山登りには、そんなおもしろいこともあるのです

 *徒歩総時間/2時間40分
リフト頂上(10:15)-月山山頂(12:20 12:50)-姥ヶ岳(13:45)-フト頂上(14:00)

★脈絡のない今日の一行
貧乏は不自由だけど恥じゃない、って言うけど、やっぱ不便です。なくせ、貧困!

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2008/10/29 [Wed] 14:27:28 » E d i t
 先週金曜日の夜は、集会の〝ダブルヘッダー〟となり、国鉄闘争支援の日比谷野外音楽堂から、九条の会東京連絡会結成集会が開かれる池袋の豊島公会堂へ移動しました。

 日比谷野音の集会は前回に書いたとおりですが、豊島公会堂には午後8時前に到着、700人が集まっていました。東京には職場9条の会、地域9条の会、学園のそれなど600を超える組織があります。しかし、それをネットするものがなく「横のつながりをつくろう」ということから、この連絡会の結成となったものです。

 私が会場に着いて間もなくして、学生の発言がありました。9条を変えることは、徴兵制も含めて若者に直接影響します。改憲に抗して学生たちは創意的な運動を展開していました。高校生の女の子も元気いっぱいです。青年・学生が活躍することは、日本の未来に明るい陽射しを差し込むものです。エールをおくります。

★脈絡のない今日の一行
「受益者負担」は本来なら、「益」を一番多く「受けて」いる大企業に課すべきものだ。
2008/10/27 [Mon] 11:58:25 » E d i t
 先週の金曜日は日比谷野外音楽堂へ、昨日の日曜日は江東区の亀戸公園に足を運びました。1047名のJR不採用でたたかいを余儀なくされている国労などの仲間たちを支援する行動に参加するためでした。

 そぼ降る雨の中、日比谷野音には11,000人が結集、傘とのぼりが林立し舞台の写真を撮るために前に進むのが大変でした。国労・高橋委員長の報告の「志半ばにして、49名が亡くなった」という一節は22年という年月を感じさせるとともに、このたたかいは道義的にも早期解決をさせるべきだと、強く感じました。

 昨日の亀戸中央公園は、「団結まつり」で賑わっていました。演奏があり、うたごえがあり、子どもたちも参加し、楽しいひとときでした。厳しいたたかいのなかで、家族も含めた団らんはいいものですが、楽天的にたたかう仲間たちの姿も悪くありません。

 22年目に入ったこの闘争、なんとしても解決させたいものです。それは日本の労働運動のカナエの軽重が問われる問題ではないか、とも、思うからです。

★脈絡のない今日の一行
解散・総選挙、モードは「後回し」へ。自民党の敗北を「先送り」するだけなのに。ね。
2008/10/24 [Fri] 10:30:49 » E d i t
 日本海から伸びやかな稜線が山頂へつづく様は、優美という言葉がぴったりのこの山です。01年8月18日に挑戦しました。前日は月山に登り、下山後、山形道で酒田市まで出て滝ノ小屋方面への道路のどん詰まりに車を停めて野宿、翌朝早くスタートしました。

 河原宿小屋から先の雪渓下で、水筒を冷たい水に取り替えます。これが実にうまい。雪解け水といえば、北アルプスの針の木雪渓のそれもうまいと思いましたが、それに勝るとも劣りません。その雪渓の上をこわごわと歩き、外輪山の一つ、伏拝岳に出ました。ここまで来ると、鳥海山の本峰がやっと見えます。

 外輪山は宗教の山らしく、この伏拝岳をはじめ文殊岳、行者岳、荒神岳など信仰にまつわる山名が連なっています。伏拝岳から歩いてきた方向を振り返ると、眼下に庄内平野が広がり、その雄大さを見せつけます。平野の先には何年ぶりかに見る日本海の水平線が霞んでいました。贅沢な光景です。

 鳥海山に登るには、外輪山から一旦下りますが、その前に七高山(しちたかやま)に登って、本峰の全容を見てみることにしました。これはすごい。ゴツゴツした岩で出来上がった山、という感じです。あれにこれからアタックだ、と考えると興奮気味になります。

 大きな岩の間を縫うようにして、山頂をめざします。狭い山頂は人で溢れていました。が、なんとそこでラーメンを作っている人がいるではありませんか。山頂の標柱の前で食事をしたりする人をみかけますが、それと同じでマナー違反です。少し気分を害して下山しました。

 *徒歩総時間/6時間20分
登山口(5:40)-滝ノ小屋(5:55)-河原宿小屋(6:50)-七高山(9:15 9:30)-鳥海山山頂(9:55)-河原宿小屋(12:00)-登山口(12:50)

★脈絡のない今日の一行
セレブ首相に、貧困政治。ぴたりとコラボっているのが怖い。
10124 愚挙 
2008/10/22 [Wed] 10:24:49 » E d i t
 アメリカのアフガン攻撃を支援するための、インド洋での給油艦配備を延長する『新テロ特措法延長法案』が、昨日、衆議院本会議を通過しました。そのスピードぶりに少なくないメディアが批判しています。その批判の矛先が民主党に向いていることに注目する必要があります。

 昨年のこの時期、同じような状態が国会で起きていました。野党・民主党は新テロ特措法案に反対して徹底抗戦、給油艦を一旦帰国せざるをえないところに追い込みました。しかし今回のスピード採決は、このあと参議院で否決しても衆議院で再議決され、給油艦はインド洋から微動だにしないことを結果として許したことになります。

 昨年、参議院で否決されたあと衆議院で再議決されたとき、民主党は自民党に対して「暴挙だ」と厳しく批判しました。そのてつで言えば、解散という政局を重視した民主党の今回の対応は、「愚挙」というしかありません。

 見逃してならないもう一つがあります。昨日の衆院本会議で、民主党の「対案」が否決されたことです。この「対案」、アフガン本土へ自衛隊をおくり、海外派兵の恒久化をねらったものでした。否決は当然ですが、反対した自民党議員からエールがおくられていたことに、注意を喚起する必要がありそうです。

★脈絡のない今日の一行
民主党がたたいて、自民党が処分する。これが社保庁職員いじめの構造だ。
2008/10/20 [Mon] 13:53:53 » E d i t
 エーデルワイスという花をご存知でしょうか。日本でそれに一番似ているのが、ハヤチネウスユキソウだそうです。「だそうです」と書いたのは、私はエーデルワイスを見たことがないからです。そのハヤチネウスユキソウが咲く、早池峰(はやちね)山の報告です。

 この山に登ったのは95年7月30日ですからもう13年も前になります。車2台に8人が分乗し、夜中に東京をスタートして登山口の川原坊から歩き始めました。真夏の太陽はジリジリと暑く、小田越までの車道を歩きここから本格的な山道に入りました。森林限界を過ぎたあたりから、大小さまざまな岩を飛び越えたり、よじ登ったりしながら前進します。

 参加人数が多いこともあり、山頂でスイカを食べようということになり、私がそれをクーラーに入れて背負いました。途中、強風で吹き飛ばされそうになったものの踏ん張ります。ほかの登山客から、クーラーを背負っている私を見て「ボッカさんですか」と質問されますが、あわてて否定です。

 ハヤチネウスユキソウは、白っぽい光を放っているようで可憐そのものです。なんだか元気をもらったような気がしました。岩場に張りついているハシゴを登りきると、稜線に出て「田代平」の木道を歩きます。その道すがらは、さまざまな花たちが歓迎の陣を作ってくれていました。木道が終われば山頂です。みんなでスイカにかぶりついたのはいうまでもありません。強い日差しの中のそれは、まさに美味でした。山頂の記念写真を撮って川原坊への直下コースで下山しました。この道は意外と荒れて歩きにくく、少しだけ苦戦しました。

 夜は現地の民宿に泊まり、タイミングよくまつりの準備で子どもたちが神楽の稽古をしているところを見せてもらいました。ここの神楽は「早池峰神楽」と称して、国の無形文化財にもなっています。その優雅な様にしばし時間を忘れるほどでした。この早池峰のあと、岩木山、八甲田山にも登る予定を立てていましたが、強風と豪雨で断念せざるを得ず、前出の8年後にそれはやっとかないました。

 *徒歩総時間/6時間10分
 川原坊(8:35)-小田越(9:10)-早池峰山頂(11:55 12:50)-川原坊(15:40)

★脈絡のない今日の一行
スローガンの変遷。昔=ポストの数ほど保育所を! 今=ポストの数ほど老人施設を!
10122 あれ!? 
2008/10/17 [Fri] 10:42:12 » E d i t
 きょうの新聞は、昨日の株価下落率が過去2番目になったことを報じています。下落率は、一番目のブラックマンデーといわれる87年10月19日が14.90%、二番目は昨日の11.41%、二番目の座を譲って三番目に陥落したのは、スターリン暴落といわれるもので、53年3月5日にソ連の指導者スターリンが死去したときに起きた、10.00%となっています。

 スターリン暴落のこの時期、世界は朝鮮戦争(1950年6月25日~53年7月27日)問題で揺れていました。ご承知のように、日本は「朝鮮戦争特需」で経済が活性化しており、憲法に違反して今の自衛隊の前身・警察予備隊がつくられた時期でした。

 あれ!? と思ったのはスターリン暴落の理由です。スターリンの死去に伴い朝鮮戦争が終わるのではないか、という観測が流れ、軍需産業をはじめとした企業の株が暴落したのです。最近では、戦争終結は株価の上昇に作用しています。平和は経済発展に寄与するという認識があるからでしょう。しかし、スターリン暴落はその逆の現象になりました。「株の力学」、「経済のベクトル」とでもいいますか、理解するには私にはまだまだ遠い道のりのようです。

★脈絡のない今日の一行
「先送り」と言えば耳ざわりはいいのですが、実は「後回し」なのです。
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2008/10/15 [Wed] 12:49:06 » E d i t
 チューリップ価格の暴落は、(結果は同じですが)価格が下がったというより買い手が見つからなかったことが引き金になったといいます。考えてみれば、前年に高価な球根を買った人は、その球根を増やしたりして翌年に改めて買う必要はないでしょう。

 居酒屋などで切られた手形は当然、不渡りになります。債務を背負った人は3000人に達したといわれています。雲隠れするものが出たり、債務履行を求めて裁判を起こす人もいました。しかし、事態は解決せず議会や市当局が動くことになり「調査が終わるまで、チューリップの取引を保留する」という裁断が下されました。

 これによりなぜか事態は沈静化しました。結局、手形による契約は自然消滅し、不幸なタイミングで取引に〝参戦〟して破産した市民と、大もうけをして成金になるという、両極端の人々を残してチューリップ・バブルは収束したのです。この事件はつい最近、日本で起きたことと似ていると感じるのは私だけでしょうか。「土地本位制」という言葉を生み出し、列島改造論に踊らされたあの日々のことを。

★脈絡のない今日の一行
へぇー、自衛隊の訓練って相撲部屋と同じようなことをやるんだー。
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2008/10/14 [Tue] 10:18:50 » E d i t
 この1年間で株安による資産の損失額は、世界的にみると2800兆円だといいます(日経新聞)。2800兆円って、どのくらいのお金でしょうか? チューリップ・バブルのつづきです。

 現代においても同じですが投機は、投機家(最近ではカネ余りの企業からの場合もありますが)から始まり、次に小金をもっている人、そして一般庶民といふうに広がっていきます。オランダのチューリップ・バブルも同じ途をたどり、農民や職人が市場に参入していきました。これに手を出した人は、最初は儲かりました。バブル崩壊の半年ほど前のことです。

 面白いのは、当初、この取引は現物で行われ、球根ができる冬場だけでした。ところが、市場に大量のカネが流れこんだことから様相が一変、通年取引になったのです。これが「先物取引」のさきがけだと言われます。

 これらの取引は、正規の証券取引所だけでなく居酒屋でも行われていたというから、これも面白いですね。しかもお金だけでなく、家畜や家具でも取引できたそうです。何やら物々交換風ですが、開かれた市場だったのです。当然、手形による取引も行われました。たかがチューリップの球根、といふうに断定するつもりはありませんが、長続きするはずがありません、大暴落が起きました。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
唐突ですが、あの「美しい国」はどこへ行ったのでしょうか。また選挙にでるのかなー。
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2008/10/09 [Thu] 10:10:25 » E d i t
 昨日の株価は、日経平均で瞬間的に9100円台まで下がりました。普通、ここまで急激に下がると必ず反発があるのですが、どうなるのでしょうか。金融界は私たちの理解の届かないほど国際的にひどいことになっているのでは、という懸念が消えません。

 本題です。世界で初めてバブル経済が生じたのは、1637年のオランダにおけるチューリップ球根への投機だったといわれています。1637年といえば、日本は江戸時代の初期で、三代将軍・徳川家光(1623-1651年)が活躍していた頃です。360年も前のことです。

 バブルをもたらした原因は解明されていませんが、チューリップは球根ができるまでは、短期間に増やすことが難しいことに由来しているようです。珍しい種が生まれ、トルコから輸入されたそれを手に入れるために、愛好家の間で値段があがっていきました。

 この動きに目をつけたのが、投機家だったのです。彼らはチューリップの花の良さや、それを栽培することに興味はなく、需要に目を向けたのです。果たしてその予想は大当たりし、大金持ちになった人もいました。しかもチューリップ人気は高まり、当時の労働者や職人の年収は250フロリン程度でしたが、珍しい球根は1000フロリンで取り引きされ、高級品種1個で家が1軒買えるものも出回ったといいます。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
独白。ニュートリノというのも理解できなかったけど、素粒子の「破れ」も分からない。


 お気づきかと思いますが、「脈絡のないきょうの一行」を一昨日からスタートさせました。可愛がってください。
経済問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
2008/10/08 [Wed] 13:12:07 » E d i t
 「ブログの原稿はもう少し短くしたほうがいい」という提言がありました。以前書きましたが、「きょうは時間がないから手紙が長くなります」と書いた、あるショート・ショートの作家ではありませんが、短い文章づくりはたいへんです。しかし、チャレンジしてみます。

 多くの人が心配してきた、アメリカの金融危機はますます深刻化しています。国家予算をつぎ込むというカンフル剤も効果はないようで、むしろ悪化を助長しているように見えます。その〝ウィルス〟が世界に広がっているのは恐怖です。日本でもついに株価が9,600円台へ。どうなるのでしょうか。

 いつの時代も同じことのようですが、不景気や恐慌が起きた場合、最初に出てくる現象は雇用不安です。次に設備投資への規制が起きて、モノづくりが鈍化します。トヨタはすでに派遣労働者などを切り始めました。日本の今の「到達点」はどのへんでしょうか。

 経済問題はまったく素人の私です。ぜひ教えてください。そして、一緒に考えてみましょう。

★脈絡のないきょうの一行
早くしろ!(解散・総選挙、汚染米の究明、後期高齢者医療制度の廃止、etc……)
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2008/10/07 [Tue] 10:13:45 » E d i t
 8合目小屋の前で一休みして、いよいよ山頂へのアタックです。一歩進んで半歩後退する砂場の登山道に悪戦苦闘しながら、火口の外輪を時計回りで山頂に到着。単独峰の岩手山らしく360度が見渡せます。これはもう言語に尽くせない景観でした。北側には昨日の八幡平が左右に大きく広がり、その遠くには岩木山がかすんで見えます。

 目を右側に転回すると、これまた一昨日登ってきたばかりの八甲田山がそびえ、山登りの復習をさせられているかのようです。南東方向には、きつい登りで後ろから見つめられていた早池峰山が裾野まで広がり、南側には蔵王でしょうか、大きな山の塊が連なっています。南西方面のずっと先に、鳥海山と思われる形のいいそれが座っており、さらに西側には秋田駒ヶ岳が、手の届く位置にあります。

 その光景を見ていると、下山するのがもったいない感じすらあります。しかし、時間には限りがあり、下山開始です。途中、8合目小屋で昼食をとり、下りは旧道を歩くことにしました。これはまた正解で、前方に下界が広がる様が否応なしに目に飛び込んできます。その絶景もため息です。駐車場に戻って早々に高速道に乗り、途中休憩をいれながら午後11時半にMさんを無事に大宮駅に降ろして、今回の山行の幕を閉じました。

 岩手山は単独峰で、「岩手富士」「巖鷲山」「南部富士」とも呼ばれるほど、いい形をしています。私は1992年6月から「毎月1回登山」を継続中です。この間、500を超える山頂を踏んでいますが、その中の『いい山ベスト・テン』に岩手山は入っています。形、景色がみごとだったからです。いつものことですが、いい山に登ったあとは清々しい気分になるものです。

 *徒歩総時間/7時間10分
 馬返(7:20 途中休憩20分)-8合目避難小屋(10:35 10:55)-岩手山山頂(11:45 12:15)-8合目避難小屋(12:45 13:25)-馬返(15:50)

★脈絡のないきょうの一行
 石原慎太郎様。200円、300円で泊まれる宿、秘密にしないで情報公開してください。
2008/10/06 [Mon] 10:12:51 » E d i t
 10月4日に千代田区労協の53回定期大会が終わりました。ご協力ありがとうございました。そのなかでこのブログと区労協のHPに「掲示板」を設けて、意見交換をしたいという管理者からの提起がありました。ぜひ実現したいものです。とりあえず、山の報告を続けます。

 3日目、02年10月13日。東北4名山一気踏破、最終日です。

 盛岡のホテルを出て、少々道迷いをして時間をロスしましたが、なんとか岩手山登山口の「馬返」に到着しました。ここの駐車場も前日の八幡平同様、早朝にかかわらず満杯でした。見上げると山頂周辺には雲がかかっており、天気が心配でしたがとにかく歩こう、と7時過ぎに歩き出しです。

 登山道は2合目あたりで、旧道と新道に分かれておりわれわれは新道を選びました。4合目を過ぎたところでいきなり視界が開け、雲の上に出ました。振り返ってみると、雲の上にぽっかりと早池峰(はやちね)山が浮かんでいます。「雲平線」という言葉があるのかどうか知りませんが、まさにその雰囲気です。目の高さに雲が広がり、その限界線は空の青さと接しており、ため息が出そうな光景です。

 いよいよ道は急勾配を増していき、厳しくなります。6合目に着いたころから空の雲は完全になくなり、青空が広がりました。青い空はありがたいものの、10月とはいえ暑さが増してくるのには閉口です。しばらくすると旧道が見えはじめ、向こう側の勾配も急だな、こちら(新道)を選んで良かったな、などとつまらないことを考えていました。

 7合目で新・旧両方の道が合流し、急登とはお別れです。ここまで来ると心地よい風もあり、ほっとします。一気に8合目の避難小屋まですすんでみると、多くの先客が休憩を貪っていました。小屋の前には水場もありおいしい水がとうとうと流れています。急坂と暑さとたたかってきたことを考えると、この水は地獄に仏の気分でした。(次回へつづく)
2008/10/03 [Fri] 10:08:22 » E d i t
 東北4名山一気踏破の2日目、02年10月12日。この日の目標は2山です。

 前日、八甲田山から下山し酸ヶ湯で汗を流して弘前のホテルに投宿。翌朝、そのホテルで朝食を済ませて、69ヶ所(だったと思いますが)のカーブを曲がる岩木スカイラインで登山口のリフト乗り場へ。到着時間が早かったためリフトの動くのを待つ間、次々と車がやってきます。やはり人気の山です。

 リフト頂上で支度を整えて歩き出しました。山頂までの道のりを見上げると、登山者が列を作っています。手軽に登れる名山ゆえの風景でしょう。天気も上々で文字通り登山日和です。じっくり、じっくり登り詰めていきます。一部のガレ場で歩きにくいところもありましたが、しのぎます。

 山頂には25分で到着しましたが、やはり人だかりです。山頂の写真を撮ってリフトで駐車場まで戻り、次の八幡平(はちまんたい)をめざします。アップル道路途中のリンゴ園に立ち寄り、おみやげを買いました。振り返ると、真っ赤に実ったリンゴのうしろに「津軽富士」といわれる岩木山が、伸びやかな裾野を広げていました。

 車が八幡平に近づくにつれ渋滞が激しくなり、紅葉シーズンをうかがわせます。やっとの思いで駐車場に車を入れて、ドライバーから登山者に〝変身〟してスタートです。ここもまた岩木山と同様、人の波となっていました。山頂に向かう行列のあとについて、ほぼ平坦な道で山頂をめざします。

 山頂の展望台(ちょっとした櫓が組んである)とその周辺は、予想通り人の山です。グループごとに交代で写真を撮って、八幡平沼へ進みます。このあたりからは明日チャレンジする岩手山がしっかり見えています。急峻な稜線が見え「あしたはあれを登るのか」と考えると、少しだけ気持ちが萎えます。駐車場にもどりこの日の宿泊場所、盛岡に車を進めました。

 *徒歩総時間/岩木山・45分、八幡平・55分
 岩木山リフト山頂駅(9:15)-岩木山山頂(9:40 10:15)-リフト山頂駅(10:35)
 八幡平駐車場(14:55)-山頂(15:15 15:30)-駐車場(16:05)
2008/10/01 [Wed] 10:44:34 » E d i t
 アメリカで発生した世界恐慌につながりそうな金融の動きが少し心配です。6月の山梨学院大学の講義のときに、1929年の世界恐慌と現在の類似点について私は①金融不安②失業者増大と格差拡大③市民的運動への権力の介入強化④改憲(海外派兵の自由化)の動き――の四つをあげましたが、イヤな予感がします。そんな不安がありますが、前回の山の報告を続けます。

 八甲田山頂からは直接、車を置いてある酸ヶ湯をめざしました。途中の千人岱(せんにんたい)にはきれいな清水がこんこんと湧いており、水筒の水を詰め替えてたっぷりいただきました。冷たくおいしい水は生き返るようです。ここまで来れば、あと一息です。紅葉をながめつつ少々ぬかるんだ道に苦戦しながら、酸ケ湯に到着、もう一度お風呂に入ってこの日の宿泊場所、弘前のホテルに向かいました。

 八甲田山といえば、高倉健が主演した映画『八甲田山死の彷徨』が有名です。この映画は新田次郎の原作によるものですが、その小説を読みながら山の怖さを実感したものです。1902年1月23日、陸軍第8師団青森歩兵第5連隊の215人が雪中訓練に出かけ、吹雪の悪天候に遭遇、なんと199人が凍死したという事件です。遭難の現場は、われわれが登った山よりかなり東側になりますが、この山を語るときには忘れてはならない事件でしょう。

 この小説は気象学者・新田次郎の作品としては秀逸と言えるでしょう。雲や風、気圧の変化と歩兵連隊の動きを、タイムラグ的に検証しながら話しを進め、同時に指揮官の心理状態などを細かく描いています。山における事件は登山列車の火災だとか、ロープウェイのケーブル切断などで大量の死傷者が出るケースは多々ありますが、山の遭難で199人が同時に死亡したという点ではギネスものだと言えます。

 この山のように、百名山の中には歴史の存在やその形のよさだけでなく、大きな事件や遭難があって知られているものも少なくありません。そういう視点から山を見つめなおしてみることも面白いと思います。

 *徒歩総時間/3時間30分
 ロープウェイ山頂(9:30 途中休憩15分)-井戸岳(10:50 11:00)-八甲田山頂(11:40 12:55)-酸ヶ湯(14:10)
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