ヘボやんの独り言
05« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30.»07
10069 破綻の証明③ 
2008/06/30 [Mon] 10:04:33 » E d i t
 前述したこれだけの「人」をかかえた企業が廃業することによる影響の大きさは計り知れません。私の娘のブログにあったように、「自業自得だ、仕方ない、と言いきってしまうのはどうなのかな」という思いは理解できます。政府・財界は、自分たちの都合のいい政策を打ち出し、それを遂行する企業(たとえば派遣会社)をちやほやし、失敗をしでかすと情け容赦なく切り捨てます。それはまさに新自由主義的発想です。

 もちろん、廃業に至った原因にはグッドウィルという企業に最大の問題があります。派遣法ができたときから、法律の遵守は叫ばれていました。にもかかわらず、二重派遣などの違法行為が行われていたことは許しがたいことです。しかし私(たち)は、もう一つ突っ込んでこの問題を考えてみる必要があると思っています。違法行為には、それが行われる土壌があったからではないか、という点についてです。

 いくつかの報道に出てきましたが、違法行為と分かっていながらそれをやったグッドウィル社員の証言として「成績を上げたかった」というものがあります。実はこの企業、賃金体系に成果主義を導入しているのです。しかも、いわゆるベンチャー企業といわれるものが行っている、退職金制度がないのです。したがって、しっかり「成績」をあげていい成果を出して、賃金に反映させることが、自分の生活防衛なのです。忘れた人が多いかと思いますが、02年に牛肉産地偽装をきっかけとして廃業した、雪印食品の場合も『成績向上』が原因でした。雪食も成果主義を導入していたのです。

 成果主義賃金体系も、新自由主義の産物です。もうお分かりでしょう、新自由主義は明らかに破綻したのです。キャノンに代表されるように臨時や派遣を社員化せざるをえなくなり、富士通に代表されるように成果主義賃金体系を撤廃するなどの動きは、新自由主義の考え方では立ち行かなくなったことの証明でもあります。そして、労働者派遣も含めて、さまざまな規制を強めようという動きが起き始めましたが、これは遅すぎるくらいです。さらにこのような動きは、減反政策の見直し論にあるように、農業の分野にも波及しています。そして、新自由主義をナマで実践した「小泉構造改革」も破綻したのです。

 それにつけてももう一つ、私の頭の中をよぎるのは、あのホリエモンこと堀江貴文も、グッドウィルの折口雅博も、政治献金をやっていなかった(らしい)ということです。土手の小さな穴が決壊すると大洪水を引き起こしますが、その穴を防ぐ手段が「献金」であったとしたら……これは考えすぎでしょうか。そしてもう一つ。先に紹介した私の娘の一文の表題は「弟よ」となっていました。その優しさに嬉しくなった私は、バカ父親です。
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10068 破綻の証明② 
2008/06/27 [Fri] 10:24:28 » E d i t
 新自由主義――。改めて復習してみましょう。辞書的に説明すれば以下のようになります。

 新自由主義(ネオリベラリズム)1980年代から始まった。――市場原理主義の経済思想にもとづく、均衡財政・福祉および公共サービスの縮小、公営企業の民営化、経済の対外開放、規制緩和による競争促進、情報公開、労働者保護法の撤廃などをパッケージとした経済政策の体系、競争志向の合理的経済人の人間像、これらを正統化するための市場原理主義からなる、資本主義経済のレジームをいう。(ウィキペディア)※注・レジーム=体制

 ごちゃごちゃといっていますが分かりやすく言えば、「勝ち組と負け組みを選別し、格差をますます広げる思想」ということになりましょう。この新自由主義にもとづいて策定されたのが、95年5月に日経連が提言した「新時代の『日本的経営』」だったことはあまりにも有名です。つまりこの提言は、新自由主義の超具体化版だったのです。

 この提言が底流となって、ワーキングプアや格差社会を生み出したことはご承知のとおりです。「経済のグローバル化に対応する」ことを名目にしたこの提言は、労働力の「弾力化」「流動化」をめざして労働者を3つのグループに分けました。その詳細は別に譲りますが、これを実現するために労働諸法が次々と改悪された挙句、労働者派遣会社を太らせ、大量のワーキングプアを生み出したのです。この提言によって引き起こされた、「価格破壊」や「賃金破壊」という言葉は死語になりつつありますが、そういう「時」を経て、現在があるのです。

 そしてグッドウィル問題です。この企業、「新時代の『日本的経営』」が発表された年と同じ95年2月に設立されており、因縁めいたものを感じさせます。設立後、急速にその影響力を強め最近のデータをみてみますと、06年度連結売上高5,090億円、登録スタッフ295万人(07年6月)、社員49,206人(06年度有価証券報告書)――などとなっています。虚業とはいえ、はっきり言って、目を見張る急成長ぶりです。(次回につづく)
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10067 破綻の証明① 
2008/06/26 [Thu] 12:37:33 » E d i t
 山梨学院大学の講義報告、チョイ休みさせていただきます。

 大手派遣企業、グッドウィルが日雇い派遣から撤退せざるを得なくなり、事実上の廃業となりそうです。1986年7月に派遣法が初めて導入されてちょうど22年目のできごとです。この法案が審議されているとき、私たちはこういう事態が起きることも想定しながら、反対運動をつづけました。しかし、その声は無視され強行的に成立させられました。

 グッドウィルの問題について、うちの娘が自分のブログになかなかいいことを書いていましたので、パクッてみます。普段は、仕事のことだけをひたすら書きまくる「シゴトトツゲキ娘」なのですが、めずらしく硬派に仕上がっていました。いつも娘のブログにカキコする人たちは、かなり戸惑ったようです。以下、その内容です。

                      ◇=◇=◇=◇
 巨大な人材派遣会社が、日雇い派遣業務から撤退しましたね。不当請求は勿論よくないけれど、自業自得だ仕方ない、と言いきってしまうのはどうなのかな。
 ひとつの会社を派遣事業から撤退させたくらいじゃ、今の日本の雇用問題の、根本的な解決にはならないですよね。法案を、後先考えずポンポン馬鹿みたいに可決した小泉政権。フリーターや日雇い労働者等の人材を、低コストでラクして手に入れようとする企業。
 正社員のクチの、需要に対する供給の少なさ。日本の雇用体制自体の歯車が、完全に狂っている気がします。雇う側、雇われる側、双方の事情はわかっているつもりですが、じゃあどうすればよいのか。
 脳味噌が少なめなのでよくわかりません。だけどね、日雇い派遣を禁止すれば片付く様な、簡単な問題じゃない事くらいはわかる。日雇い派遣じゃないと生計をたてていけない事情を抱えた人達がいるのは事実で、その人達がすがるのは派遣会社で、必要とされるから派遣会社が成り立つ訳で…。どこから修正していけばいいんだろうね。
                       ◇=◇=◇=◇

 この一文、私流にいわせていただければ95点、というところです。今後どうしたらいいか、という点は別にして、なぜ派遣法ができたのか、その意味するところはどこにあったのか、ということが触れられていないからです。結論を申し上げれば、グッドウィルの廃業は新自由主義が破綻したことの証明といえないかということです。(次回につづく)
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2008/06/25 [Wed] 10:13:10 » E d i t
 最近、小林多喜二の「蟹工船」という小説が若い人たちを中心に、ブームになっているそうです。私がいま勤めている事務所のある千代田区神田神保町は「本の街」といわれ、その中で大手の書店である三省堂書店では、ベストセラーを売り出すときに使う「12冊平積み」といわれる方法で展示・販売しています。あの本を12冊並べて、5段ほどに積み上げ目立つところに置いてあります。ここ2週間あまりの間に、刷り数が99から101になっており、その勢いはすごいものがあります。

 私は、この蟹工船が書かれた時代と、現代とを比べてみるとかなり似通ったものがあると考えています。その立場から、現代におけるワーキングプアーや、労働問題を考える前に復習的にあの時代を振り返ってみることにします。

 この小説が書かれたのは1929年(昭和4年。以下、西暦で表示)でした。その前後になにがあったか、歴史を検索してみます。ちょっと長ったらしいのですが、ガマンしてください。1914年-1918年/第1次世界大戦、1923年9月/関東大震災、1925年5月/治安維持法発効(45年10月に廃止)、1927年3月/昭和金融大恐慌、1929年10月/ウォール街の株価大暴落から世界大恐慌に、1932年5月/5.15事件、1933年2月/小林多喜二虐殺、1936年2月/2.26事件、1937年7月/盧溝橋事件、1941年12月/太平洋戦争・第2次世界大戦に突入――。

 20世紀は「戦争の時代だった」と言われますが、その中核をなす『時期』だったのではないでしょうか。民主主義が抹殺され、人々は仕事もなく戦争に刈りだされ、体制に反抗する者は獄中につながれ、ひどい場合は虐殺されるという、まさに暗黒の時代でした。その時代にあって、小林多喜二はあの小説を書き、特高警察から逃れつつ活動をしていましたが、ついに逮捕・拘禁されその日のうちに殺されたのです。

 小説・蟹工船が現代になって読まれているのは、貧困増大という現代との共通点にとどまらず、あのなかに出てくる主人公たちの苦しい労働実態にもかかわらず楽天性を貫いていることや、権力への抵抗に共感を覚える人が多いからではないでしょうか。(次回につづく)
2008/06/23 [Mon] 23:49:10 » E d i t
 ブログのアップ時間が、かなり遅くなりました。理由は、毎年正月早々に箱根大学マラソンでいつも私たちをワクワクさせてくれる、山梨学院大学(甲府市)から招請されて、1時間余の講義を行ったからです。なんとか日付変更線を越える前に帰りつきましたので、間に合いました。今回から、この講義(といえるかどうか)を中心にここに記していきたいと思います。

 テーマは、私が経験した半世紀近い労働運動をもとに現状の労働問題と、かつて私が運動にかかわったことのある「白鳥事件」の真相などについて語ってほしい、というものでした。要請を受けたとき、一瞬迷いましたが「改めて自分自身が勉強してみよう」という思いと交差して引き受けました。少し長くなるかもしれませんが、おつきあい下さい。以下は学生(100人余)を相手に話したもので、その口調になります。予め、ご了承を。

 はじめに

 冒頭、こういう機会を作っていただいた、山梨学院大学関係者のみなさんにお礼申し上げます。ご紹介にありましたように、私自身ひたすら労働運動畑を歩いてきた、といっても過言ではありません。とりわけ毎日新聞労組には32年間にわたって籍を置きました。その意味では、新聞をはじめメディア問題がもしかしたら専門分野になるのかもしれませんが、それは別に譲りたいと思います。

 「現在とは過ぎ去った過去と来るべき未来の接点」のことをいいます。これは私が言い出したことではなく、あの広辞苑にも書いてあることです。きょうは、「来るべき未来」をどうするのか、どう迎えるのか、という立場からお話しをさせてください。よりよき未来ためには過去をきちんと振り返って、良きものは発展させ、悪しきものは淘汰していくことが大事だと思います。つまり、「歴史を科学する」ことによって、よりよい未来をつくりたいと思うのです。

 これからお話しすることは、歴史的事実はたんねんに追いかけます。しかしその評価は、万人が一致するものではなく私自身の主観にもとづくものであることを、あらかじめご了解いただきたいと思います。いや、むしろきょうは学生の若いみなさんとさまざまな意見交換ができれば、と楽しみにしています。それでは本題に入ります。(次回につづく)
2008/06/20 [Fri] 10:28:55 » E d i t
 きょう、厚労省前で687分間のハンストが展開されます(すでにこの時間、始まっています)。687分すなわち、11時間27分は決して短いものではありません。この「687」という数字の意味、ご存知ですか。

 この数字、全国の地域別最賃の平均時給額なのです。地域別最賃は読んで字のごとく、都道府県単位で制定されています。一番高い東京が739円、低いのは沖縄の618円です。格差が問題になっていますが、時給でも低さで〝競い合っている〟のは、何か悲しいものがあります。

 きょうの厚労省前のハンストは、この地域別最賃の引き上げと全国一律最賃制度の確立を求めて行われるものです。687円という全国平均と同じ時間、座り込みをやり政府に決断を迫ろうというものです。私は別件の活動がありこの行動に参加できませんが、なんとかたたかい抜いてほしいものです。ちょっぴり天気が心配ですが。

 いま、働くものの要求として「時給1000円以上」がクローズアップされています。厚労省は年間総労働時間の目標を1800時間と定めています。この労働時間が守られたとしたら、時給1000円では年収で180万円にしかなりません。これではワーキングプアです。それでもいいからとりあえず1000円を、というこの要求、ささやかですが同時に切実なものとなっています。

 原油の高騰による生活への影響はじわじわと強まっています。ガソリンは170円台に突入しました。パンをはじめ食料品も値上がりしています。チーズのように品薄になる商品も生まれています。こういう事態を迎えたなかで最低賃金の引き上げは待ったなしです。にもかかわらず、消費税増税を打ち出したこの国の首相、神経が図太いのでしょうか、それともない、のでしょうか。
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10063英雄きどりか? 
2008/06/18 [Wed] 10:04:31 » E d i t
 きのうのニュースを聞いていて、私は久しぶりに吐き気をもよおしました。胃腸の具合が悪い訳でも、飲みすぎのせいでもありません。13人目の死刑執行を行った、鳩山邦夫法務大臣の行為に対しての吐き気です――。

 「一人を殺せば殺人者だが、百人を殺したら英雄になる」という古い言葉があります。この人はもしかしたら、英雄願望者なのだろうか、という疑問を抱かざるを得ません。鳩山法相は、2か月間隔の死刑執行について「特に時期を選んでいるわけではない。正義の実現のために粛々と執行している」と強調しました。なかでもあの連続少女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚らを執行した理由を問われると「妙な言い方だが、自信と責任を持って執行できるという人を選んだ」と答えました。あなたは、自信と責任を持って人を殺すのですか、と、叫びたくなりました。

 粛々=①つつしむさま。②静かにひっそりしたさま。③ひきしまったさま。④おごそかなさま。――広辞苑第四版。

 人を殺すときに〝粛々〟があるのでしょうか。その下に間違いなく子どもがいて、民間人がいることがわかっていながら、戦争で爆弾を落とすときに人は粛々とした気持ちになれるのでしょうか。言葉の使い方すら知らない人が、この国の『法』をつかさどる最高責任者、という不遇にもこころならずも吐き気を催した私です。

 このブログに以前にも書きましたが、私は「死刑はないほうがいいが、死刑制度廃止論者ではない」一人です。何故なら、たとえば殺人の被害者遺族の、容疑者に対する「殺したいほど憎い」という気持ちは分かりますし、死刑判決が出たとき当事者の皆さんに「この判決はおかしい」と説得する材料を持ち合わせていないからです。しかし、その私ですら13人をも死刑台におくったあの人は、英雄になりたいのか、それともメンタル面で不具合を背負った人なのか、理解に苦しまざるをえないにとどまらず、許しがたい〝殺人者〟に見えて仕方がないのです。

 そして加えて、テレビのワイドショーがまたぞろ『宮崎元死刑囚』の垂れ流しを行っていることにも憂鬱感が募り、吐き気はまだ治まりません。
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2008/06/16 [Mon] 10:43:15 » E d i t
 メディアの〝変節〟を生み出したもう一つは、先に書きましたが1989年の第8次選挙制度審議会だったと思います。選挙制度に関する対応はあの審議会設置以降、新聞をはじめメディアはそれまでの主張を180度転換させ、『政治改革』という衣をつけて、小選挙区制の推進側となりました。メディア界から審議委員が全体の4分の1を超える大量参入したことが、推進側に回る(回らざるをえない)原因になっていると思います。前出の国鉄の分割民営化の報道につづき、このあたりからメディアの論調の歯車に軋みが生まれはじめたと私は考えています。

 どのような角度から考えても、小選挙区制度は大政党に有利であり、民意を歪め民主主義とは相容れないことに変わりはありません。にもかかわらずメディアは、これに迎合してしまったのです。かつて、ハトマンダー、カクマンダーに対していい意味での「メディアスクラム」でそれを阻止したはずでした。ところが小選挙区制度は、悪い意味でスクラムを組んでしまい、それを成立させました。その背景に腐敗・汚職政治を一掃しなければならない「政治改革」というテーマがありましたが、真実を見抜くにはあまりにもずさんだった、いや、そこにフタをして突き進んだ確信犯的なにおいを私は禁じ得ません。

 「新聞離れ」は各種調査でも進行しています。確かに、メディアが多様化したことが大きな要素になっていると思います。が、もう一つ見落としてならないのは新聞の言論性が弱体化していることも原因ではないかという点です。つまり、新聞は面白くないのです。行政や司法に迎合することなく、「反権力」が貫かれれば読者は帰ってくるはずです。

 小林多喜二の「蟹工船」がブームになっています。はっきり言って、重い読み物です。それが若者を中心に読まれているということは、ワーキングプアーの大量発生という世情とあの小説の共通点にとどまらず、権力への抵抗と、生きていくことをあきらめない、という点で共感を得ているのではないかと私は思います。新聞はここから学ぶものがあるのではないでしょうか。活字離れは国民や読者が起こしているのではなく、送り手側に原因があるということを。

 この項、新聞中心になってしまいましたが、電波やネットメディアについても同じことが言えると思います。まだ間に合います。メディアが本来のあるべき姿に立ち返ることを、私は心待ちにしている一人です。

 ★6月14日午前8時43分頃、宮城県と岩手県の境になる栗駒山周辺を震源地とする「岩手・宮城内陸地震」が発生しました。行方不明者がまだ存在し、一日も早い救出を願わずにいられません。あわせて被害に遭われたみなさんに、こころからお見舞い申し上げます。
 ★あさって18日(水)午後6時半から、お茶の水の「全電通会館ホール」において第17回千代田平和集会が開かれます。翻訳家・池田香代子さんをメーンゲストに、合唱団「ソレイユ」のうたごえもあります。ぜひご参加を。資料代500円。
2008/06/13 [Fri] 12:09:21 » E d i t

 きょうは、13日の金曜日。何もおこらなければいいのですが……。

 1984年から86年にかけて、「国家秘密法」制定の危機が高まった時期がありました。このとき、新聞各社は一斉に反対を表明、放送も雑誌もそれに同調、市民と労働組合の反対運動と連動してこれを廃案に追い込みました。このときほど、メディアの偉大さを感じたことはありませんでした。あのとき、メディアはあるべき姿を発揮し「反権力」を貫きました。

 あれから20年余、今、メディアはどうなっているでしょうか。「反権力」は鳴りを潜め、「半権力」と揶揄される事態に陥っていると言えます。沖縄をはじめ一部の地方新聞で「がんばり」が見られますが、局地的なもので総体としては〝低迷状態〟を脱していないと言わざるを得ません。

 では、いつ、どこからメディアは〝変節〟したのでしょうか。(もともと変節しているのだから、そういう表現は正確ではない、というお叱りを受けるかもしれませんが、〝〟をつけることでお許しください。)私は、ある推測を持っています。

 一つは、国鉄の分割民営化のときです。1987年4月1日に国鉄は民営化され「JR」になりました。その前段、まさにスタンピード現象と思われる事態がメディア界に起きました。国鉄職員による「ヤミ、ポカ」問題です。このブログで2月にも書きましたが、当時は、カラスの鳴かない日はあっても国鉄職員の〝不祥事〟をメディアが報道しない日はない、といわれるほど国鉄職員と国労バッシングが行われました。

 今、振り返ってみますと、あれは異常でした。国鉄の分割・民営化を推進する政府と二人三脚とも思える報道でした。国民の目は職員の〝不祥事〟に向けられ、国鉄の分割民営化のもっている危険性を見抜く力をそぎ落とされてしまいました。そして、結果はご承知のとおりで、利益第一の経営戦略は安全をおろそかにし、事故によって生命を落とす利用者が出、21年を過ぎた今でも1047名の解雇争議もそのままなのです。(次回につづく)
2008/06/11 [Wed] 12:27:51 » E d i t
 メディアが「第四権力」と言われて久しくなります。立法、司法、行政に次ぐ権力という意味です。この表現は言いえて妙、であり私も支持します。その準権力であるメディアの一つの大新聞社が戦後50年を前にということで、1994年11月3日に「憲法改正試案」を発表しました。

 読売新聞社がそれです。あえて改正試案の中身には触れませんが、新聞社がこういうものを出していいのだろうかという疑問は、今でも私のなかでくすぶり続けています。改憲案を発表すること自体は言論・表現の自由の範疇である、ということは理解できます。しかし、これから改憲問題をめぐってさまざまな議論が起きることが予想されますが、そのとき読売新聞は制約された議論しかできなくなるのではないか、という懸念を捨て切れません。

 なぜなら、自ら、試案といえども改憲案を発表した以上、その内容を越えてしまうと論理矛盾に陥ってしまうからです。あの改憲案の公表は、言論・表現の自由の一環ではあったものの、自由な改憲議論を結果的に自ら制約する役割しかなかった、というのが私の率直な意見です。

 現在でもそうですが、憲法論議にはさまざまな意見があります。その中心は9条となっていますが、環境問題や人権問題など日本国憲法に不十分なテーマもあります。憲法論議はまさに議論百出になることは容易に想像できます。そんなとき、自分たちが改憲試案を出したということは、その試案に縛られた枠内の論議しかできなくなることにつながります。そこに危うさを感じてしまうのは、考えすぎでしょうか。

 ちなみに、読売新聞社の改憲案は、下品そのものとしか言いようがありません(でした)。(次回につづく)
2008/06/09 [Mon] 11:41:21 » E d i t
 小選挙区制度は少数意見(政党)を抹殺してしまうという本質は変わらないものの、それまでは「反対」を表明していたメディアは、第8次選挙制度審議会が発足して以降は「賛成」に転じたのです。その理由の一つは、この法案が国会で論議された時期、リクルート事件と東京佐川急便事件の汚職事件が相次ぎ、国民の間に政治不信が広がり「政治改革」を求める声が高まったことです。それを取り上げて、汚職・腐敗をなくすには選挙制度に問題がありそれを変える以外にないと政府は論議をすり替え、それにメディアが乗じた形になったのです。

 もう一つは、今回のテーマとなるものですが選挙制度審議会の委員27人中、なんとメディア関係者が4分の1を超える8人も入っていたことです。名前を挙げてみましょう(カッコ内は当時の肩書き、敬称略)。小林与三次(新聞協会会長・読売新聞社社長)、新井明(日経新聞社長)、川島正英(朝日新聞編集委員)、清原武彦(産経新聞論説委員)、斉藤明(毎日新聞論説委員長)、中川順(前日本民間放送連盟会長・テレビ東京会長)、成田正路(NHK考査室長)、播谷実(読売新聞調査研究本部長)――。しかも小林与三次はこの審議会の会長を務めています。

 すべてを調査したわけではありませんが、政府が設置した審議会(諮問委員会)でこんなに多数のメディア関係者が入ったものはないと思います。おそらく、政府部内に巧緻に長けた人物がいたのでしょう。ハトマンダーもカクマンダーも、国民だけでなくメディアからも反発され、審議すらできませんでした。そこでこれをなんとかしようと、選挙制度審議会に大量のメディア関係者を採用し〝抱き込み〟を画策、『政治改革』というスローガンを立てたと思われます。それは見事なまでにヒットしました。結果、選挙制度の本質は何一つ変わらないにもかかわらず、メディアは「政治改革」というコロモを着せて、スタンピード的に小選挙区制賛成に回ったのです。

 行政がつくる各種審議会にメディア関係者は就任すべきではない、という意見がありますが、私は一律にそうすべきだとは思いません。たとえば、環境問題ですばらしい専門知識を持った新聞記者がいます。消費者問題でサラ金の利息をもっと制限すべきだと、研究している記者もいます。その人たちの知識は、「政府」という枠内であっても生かすことは十分可能だと思うからです。

 しかし、審議会への参加は無原則OKではなく、一線は引くべきだと私は思います。『政治の根幹にかかわる審議会等にメディア関係者は参加しない』というのがそれです。今回の選挙制度審議会もそうです。選挙制度は、国会議員の選出方法を考えるものでまさに政治生命そのものです。その審議会にメディア関係者が大量にかかわったことは、事実上流れはきまったようなもので、結果は推して知るべし、でありましょう。

 今の選挙制度は、メディアが後押ししてつくられたものであり、国会のネジレ現象もそこに端を発していると考えてもいいのではないでしょうか。(次回につづく)
2008/06/05 [Thu] 11:20:43 » E d i t
 国会はネジレという現象によって、複雑に動いています。「再議決」という耳慣れない言葉が市民権を得てしまったようで、困ったものです。が、その根源に選挙制度があることを、改めて問い直してみる必要があると思っています。そこで、小選挙区制問題をおさらいしつつ、そこで果たしたメディア(界)の役割を考えてみることにします。

 この小選挙区制を答申したのは、第8次選挙制度審議会でした。同審議会は1989年6月、それまでの史上最短命の宇野宗佑内閣(後に羽田孜内閣が記録を更新)のときに発足しています。この審議会が、『政治改革』という名の小選挙区比例代表並立制を衆議院に導入することを答申したのです。「カネのかからない選挙」「カネのかからない政治」を目指すことを〝目玉〟に議論がすすめられ、政党助成金も同時に答申しました。

 小選挙区制度の導入はある意味、自民党の悲願的政策でした。一つの選挙区から一人の当選者しか出ない選挙制度は、大政党、とりわけ自民党には有利だからです。その制度を導入しようと1956年に鳩山一郎内閣が、1973年に田中角栄内閣が画策しましたが、「ハトマンダー」「カクマンダー」という批判を浴びて日の目を見ませんでした。

 なぜなら、この制度は少数政党を排除してしまう性格を持っており、少数意見が国会に反映されなくなる党利党略そのものだったからです。さらに、いわゆる死に票が大量に発生し、民意がゆがめられてしまいます。それらを問題にした反対運動の高揚とすべてのメディアが反発し、これが結びついて「ハトマンダー」も「カクマンダー」もつぶされました。ところが、小選挙区制の本質は何ひとつ変わっていないのに、第8次選挙制度審議会の答申はスルーしたのです。そこには大きなカラクリがありました。(次回につづく)

 ※附則=鳩山内閣のとき私は小学生で知りませんでしたが、田中内閣のときと、現在の制度導入のときは、デモ参加、反対署名集め、新聞への意見広告運動など反対運動に参加しました。今の制度が参議院で一度否決されたものの、両院協議会で「復活」したときは怒り心頭に達しました。
2008/06/04 [Wed] 10:04:00 » E d i t
 このブログの4月下旬から始まった「自殺シンドローム」のコーナーで私は、集団的暴走の意味を込めて、『スタンピード現象』という言葉を使いました。私も、私もと自殺者が相次ぐ状態は暴走そのものだからです。同じようなことがメディア界にも起きていることを看過するわけにはいきません。

 ある一つの事件をすべての局が集中的に、しかも同じ方向で取り上げる傾向が、(日本だけではなさそうですが)この国のテレビ界を支配しているのではないでしょうか。最近、大きな問題となった一つに山口県光市の母子殺害事件があります。新聞が批判せざるをえないほど、テレビはこれでもか、これでもかという映像をタレ流し続けました。03年のイラク戦争のとき、ボランティア活動をしていた高遠菜穂子さんらがアメリカへの抵抗組織に拘束されたとき、政府のいう「自己責任論」を無批判に振りまいたのもテレビでした。

 このように同じテーマでメディアが集中的に報道する状態を、元創価大学教授の新井直之さん(故人)は「総マスコミ状況」と表現していました。とりわけ、昭和天皇の死去をめぐる〝報道合戦〟について厳しく批判しました。確かにあのとき、皇居の出入口の一つ半蔵門にはテントが張られ、寒風のなか写真部記者はただひたすら「ウエィティング」を強いられていました。熱を出して病院に運ばれた記者がいたことも聞きました。

 そして、昭和天皇が死に平成天皇になりましたが、あの報道騒ぎは何だったのかと、今さらながら不思議でなりません。問題は、そのような『総マスコミ状況』や『スタンピード現象』さらにはメディアスクラム(過剰・過熱報道)についてメディア全体がきちんと総括していないことです。総括のないところには、同じことを繰り返す土壌が「育成」されてしまいます。

 2週間まえ、うちのカミさんに「面白いから観てきたら」とすすめられて、劇場版の『相棒』を見てきました。水谷豊の主演で探偵・アクションものとして面白く鑑賞しました。なかでもその映画のテーマに、メディアスクラム問題が潜んでいたことは興味深いものがありました。この映画は私からも、おすすめです。(次回につづく)
2008/06/02 [Mon] 09:53:44 » E d i t
 4月14日に開かれた映画「靖国」の言論弾圧問題を告発する集会で、映画監督・ドキュメンタリー作家の森達也さんは、「靖国」を事前〝検閲〟した国会議員らが「偏ったメッセージが込められている」という発言をしたことについてかなり厳しい批判を行いました。内容的には4月3日づけの朝日新聞に掲載されたものと同じでしたので、そこから抜粋引用させていただきます。

                            ◇=◇=◇
 ドキュメンタリーは、360度の世界をどう切り取るかによって変わる、主観的な表現行為だ。客観的なドキュメンタリーなどあり得ない。中立であるべきだというのは、ドキュメンタリーに対するリテラシー(読み取る力)を欠いた要求だ。
 映像に込められたメッセージを、様々な立場の人が見て自分の主張を紡いでいくのがドキュメンタリーだ。政治家という立場で公開前に「偏っている」と価値判断を示すこと自体、映画に特定の政治色を帯びさせることになる。それは映画の評価や見方を強制する「圧力」にほかならない。
 ……水を零度以下までゆっくり冷やすと、液体のままでいる「過冷却」の状態になる。そこでコップをたたくと、(水は)一気に凍る。最近の日本は、この過冷却の状態ではないかと思う。亀田父子にしろ朝青龍にしろ、安倍前首相にしろ、昨日までのヒーローが一夜でバッシングの対象になる。
 イワシやメダカは、1匹が逃げると群れの全員がどっと逃げる。同じように人も群れる。群れの暴走は怖い。だから、場を乱すなと声が高くなる。日本社会はいま多数に同調し、少数の意見や見方をたたく傾向が強まっている。
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 森さんは、映像をテーマに書いておられるが、ジャーナリズムに置き換えても同じようなことが言えると思います。つまり、報道は「主観」によって成り立っているということです。そこで大事なのは「主観」の寄って立つ基盤をどこに据えるか、です。結論ははっきりしています。この間、何度も申し上げましたように、「反権力」「反戦・平和」「人権と民主主義擁護」がそれです。最近のメディアは、歌を忘れたカナリアのように、一番大事なものを置き忘れているように感じるのは私だけでしょうか。

 映画「靖国」の言論弾圧問題について私はこのブログで4月に書いていますが、稲田朋美議員らの行動が言論弾圧であるという点で森さんと一致しています。そしてもう一つ、ここで考えたいのは森さんの記事の中にも出てきました、「群れの暴走」問題です。ヒトの群れの暴走を手助けしているのが、今のメディア、とりわけテレビではないのかという予断を私は持っているからです。(次回につづく)