ヘボやんの独り言
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2016/08/14 [Sun] 07:02:25 » E d i t
 植村さんが裁判を提起した直後、櫻井よしこ氏は「言論は言論で対抗すべきだ」と発言した。私もその通りだと思う。しかし氏のそれは言論とは言えない。言論には根拠があり、批判をするにしても節度が求められ、相手の人権を尊重しなければならない。氏の発言や文章には、残念ながらそのカケラさえないからだ。

 しかも植村さんは、朝日新聞社を退職し言論を展開する場さえない。言論で対抗する場を失い、しかも言論とは言えない暴言によって家族が脅威にさらされ、職さえ失ったことを考えれば、裁判という手段を選ばざるを得なかったのは当然と言える。その選択を私は支持する。

 櫻井よしこ氏らを相手にした裁判は、(植村さんは)札幌に住んでいた関係で札幌地裁に提起した。しかし、櫻井氏らは東京で行うべきだと『移送』を主張、札幌地裁はこれを認めたが、同高裁はこれを差し戻し札幌地裁で審理が始まっている。〝緒戦〟にしてあの人たちは負けているのである。

 以上、少々長くなったが裁判に到る経過を説明した。折に触れ今後もこの問題を取り上げることがあると思い、スペースを割いた次第だ。では、この裁判はどういう意味があるのかを考えてみたい。

 一つは、「捏造」を乱発された植村隆さんの記事が、そうではないことを証明することである。1991年に書いた植村さんの記事について、朝日新聞社内においても「問題なし」の結論を得ている。当時の新聞各紙は「挺身隊」と「従軍慰安婦」は同意語として使われていたことも判明している。「挺身隊」と書いたことをもって、あの人たちは「捏造」といい続けているのである。

 合わせて、「捏造」ではなかったことが裁判所で認定されれば、「捏造」というレッテルを貼ることによって、従軍慰安婦の存在を打ち消そうとする歴史修正主義者たちの目論見を砕くことになる。歴史は誰の手によっても変えることはできない。そのことをあの人たちに思い知らせる裁判でもある。

 二つ目は、家族も含めて植村さんはバッシングを受けた。「捏造記者」と公の場で罵倒されたことによって、一種の村八分状態となったであろうことは窺い知れる。ネトウヨによるつきまとい的ネット上の攻撃は、いのちの危険さえ感じさせられた。それらを解消し、家族の人権を取り戻すのがこの裁判である。

【娘さんの判決報告をする植村隆氏・16/08/03日本弁護士会館】
植村隆氏

 そして三つ目は、言論の在り方を問う裁判でもあることだ。言論の自由というのは、〝何を書いても、発言してもいい〟ということではない。おのずと節度が求められる。しかしこの事件はウソの言論という一種の暴力によって、植村さん一家に被害が広がったことは事実である。

 司法からの言論の在り方に対する過度な介入は要注意だが、少なくともこの裁判で「言論」による被害が起きている事実を認定させる必要がある。その被害救済にあたって、裁判所に〝言論の規範〟のようなものを出させることは正しくない。司法による言論への介入に抵触するからだ。それよりも西岡力氏や櫻井よしこ氏らと、その主張を無批判に掲載した週刊誌への批判を期待したいものである。

 裁判を提起した植村隆さんの決断に改めて敬意を表したい。一人のジャーナリストの「捏造記者ではない」という主張をしっかり受け止め、バックアップしたいものである。とりわけ昨今、戦前回帰の動きが強まっているなかで、この問題を堤防の一穴にさせないためにも。

★脈絡のないきょうの一行
SMAPが今年12月末に解散。いつかはあるのだろうが、この時期だったのだろう。

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2016/08/13 [Sat] 10:30:00 » E d i t
 もう一つの「札幌訴訟」をみてみよう。これも小ブログで紹介したが、櫻井よしこ氏が執筆したものを掲載した、新潮社(週刊新潮)、ダイヤモンド社(週刊ダイヤモンド)、ワックス社(WILL)を相手とした名誉棄損の裁判である。もちろん当事者の櫻井よしこ氏をも相手にしている。

 こちらもひどい。よくもまあ、ここまで悪罵を書けるものだと、その精神構造を疑ってしまう。前出単行本の植村さん著作の「真実」から一部を拾ってみよう。

                              ◇
 例えば、『WILL』2014年4月号の「朝日は日本の針路を誤らせる」という論文では、こう書いている。

 「改めて疑問に思う。こんな人間に、果たして学生を教える資格があるのか、と。一体、だれがこんな人物の授業を受けたいだろうか。教員というのはその人物の人格、識見、誠実さを以て全力で当たるべきものだ。植村氏は人に教えるより前に、まず自らの捏造について説明する責任があるだろう」

 10月23日号『週刊新潮』のコラムでは、「朝日は脅迫も自己防衛に使うのか」という見出しを立て、私の記事を「捏造」と批判。「23年前、捏造報道の訂正説明もせず頬被りを続ける元記者を教壇に立たせ学生に教えることが、いったい、大学教育の姿なのか」と主張した。

 特にひどいのは、同じ週に出た『週刊文春』(10月23日号)の「朝日新聞よ、被害者ぶるのはお止めなさい 〝OB記者脅迫〟を錦の御旗する姑息」という、西岡氏との対談記事だ。
 「捏造疑惑について説明責任を果たしていない元記者を教壇に立たせていいのかという問題意識が、本来は先に来るべきでしょう。『週刊文春』(2月6日号)の報道で、私は初めて植村氏が神戸の女子大に勤務する予定だと知り、事実関係の確認の為に、その女子大に問い合わせをしました。大学側は「お答えできません」と回答しましたが、その後、採用は取り消された。現在、北星学園大学で彼に教わっている学生たちは、どのような気持ちでしょう」

 「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起しているものがあるとすれば、それは朝日や植村氏の姿勢ではないでしょうか」
                              ◇

 いやはや、これは品も格も、羞恥心もない言いたい放題である。暴力的言辞を肯定しそれを煽ってさえいる。その延長に、北星学園に「天誅として学生を痛めつけてやる」だとか、植村さんの娘さんの氏名や写真をネットにさらすなどの、暴力がまかり通ったのである。

 これらの記事は、明らかに言論の自由を逸脱しているし、捏造という言葉を使いながら、実は自身が捏造していることに気づいていない。これらの記事を対象にして植村さんは札幌地裁に名誉棄損の裁判を提起したのである。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
天皇の生前退位、あっていいこと。天皇の人権を守るためにも。

2016/08/12 [Fri] 15:17:43 » E d i t
 週刊文春のこの報道によって、神戸松蔭女子学院大学に「採用するな」の抗議のメールが1週間に250本も届いたという。殺到した抗議を受けて同大学は植村さんに、採用辞退を申し入れてきた。すでに朝日新聞社の退職手続きを済ませていた植村さんは、拒否せざるを得なかったものの大学当局の対応は頑なだった。

 結果、神戸松蔭女子学院大学で教鞭を取ることを断念せざるを得なかった。

 影響は神戸に止まらなかった。現役記者の頃からやっていた札幌の「北星学園大学」の非常勤講師にも影響が出始めたのだ。いわゆるネトウヨが、「植村隆をやめさせなければ爆破する。学生を痛い目に遭わせる」などの脅迫を始めたのである。

 北星学園大学は苦慮した。1500万円を投じて警備強化を行った。同大学出身者や周辺住民が、暴力に屈するな、と「負けるな北星!の会」(略称マケルナ会)を結成し大学を励ました。私もその会にかかわりをもっている。

 さらにネトウヨは、植村さんの家族にも〝触手〟を伸ばした。高校2年生だった娘さんの実名と写真を、ネットに公開したのである。その卑劣なやり方に心ある学者やメディア関係者、そして弁護士らが立ち上がり、ネットに書き込んだ本人を特定し損害賠償の裁判を起こしたのである。その裁判の判決が小ブログでも紹介した8月3日に下されたのである。全面勝訴だった。

 娘さんのこの事件に関して、心温まるエピソードを聞いた。ネット上に娘さんの写真が出たことを知ったとき、「娘を動揺させてはならない」と思い、植村さんはそれを知らせなかったという。一方、娘さんは「父に心配かけさせたくない」と、家庭の中でそのことに触れなかったという。

 考えてみればこの種のネットの扱いは、子どものほうが早いし情報も早い。親よりも早くそのことを知っていたという。しかし娘さんはそのことを隠して、日常生活を送っていた。植村さんは「それを知ったとき、あの書き込みは絶対に許さないと思った」と涙腺を緩ませながら語ってくれた。父娘の優しさ溢れる1ページである。

 以上が、東京裁判の概要である。植村さんは捏造記者でもなんでもない。1991年当時、報道各社が同列視して扱っていた「挺身隊」と「従軍慰安婦」という表現を紙面でしただけのことであった。にもかかわらず、しかも植村さん本人にはまともな取材もせず、週刊文春は「捏造記者」のレッテルを貼って報道したのである。それにワル乗りして、西岡力氏はレッテル貼りに加担したのである。

 その結果、植村さんは仕事を失い家族まで脅迫され、身の危険に晒されることになった。これはもう許しがたい暴力である。

 植村さんは朝日新聞社を退社後、脅迫に屈しなかった北星学園大学の非常勤講師を続ける傍ら、裁判闘争をつづけた。そして現在では、韓国ソウルの「韓国カトリック教会大学客員教授」として活躍している。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
伊方原発再稼働、高江ヘリパッ建設…。強行の裏に潜むファッショ性を見逃してはならない。

2016/08/11 [Thu] 15:30:27 » E d i t
 まず、植村裁判の東京訴訟をみてみよう。これは、前述したように東京基督教大学教授の西岡力氏と文藝春秋社を名誉棄損で訴えた裁判。(※注・経過等は単行本「真実 私は『捏造記者』ではない」と週刊金曜日1016年5月の「抜き刷り版」を参考にした)

 2014年のことだからついこの前のはなし。そのころ植村隆さんは、朝日新聞の北海道・函館支局長として活躍していたが、神戸の「神戸松蔭女子学院大学」がマスメディア論・文章論などを担当する教員の公募を知った。

 しかも新聞記者経験者を求めていた。植村さんは当時55歳で、家族は札幌に住んでいたが、単身赴任でもいいと考え同大学院の門をたたいた。結果、13年暮れに採用が内定した。いわば早期退職による転職である。

 植村さんが神戸松蔭女子学院大学の教員として内定したことを受けて、週刊文春14年2月6日号は「〝慰安婦捏造〟朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」という見出しをつけて報道したのである。その中身は、1991年に植村さんが書いた記事が、捏造であったと断定した上で、である。

 植村さんが書いたその新聞記事のリード部分を紹介しよう。この記事は同年8月11日の朝日新聞社会面のトップ記事として扱われた。

                              ◇
 【ソウル10日=植村隆】日中戦争や第二次大戦の最、「女子挺(てい)身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、1人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」(尹貞王・共同代表、16団体役30万人)が聞き取り調査を始めた。同協議会は10日、女性の話しを録音したテープを朝日新聞記者に公開した。テープの中で女性は「思い出すと身の毛がよだつ」とかたっている。体験をひた隠してきた彼女らの重い口が、戦後半世紀近くたって、やっと開きはじめた」
                              ◇

 この記事に対して、現東京基督教大学教授の西岡力氏は、92年4月号の月間「文藝春秋」に、植村さんが「挺身隊」という言葉を使ったことについて「重大な事実誤認がある」と批判した。当時、「挺身隊」と「従軍慰安婦」という表記は明確に分けられておらず、報道機関は〝同意語〟として使用していた。それはのちに整理されて使い分けられることになるが、西岡氏は鬼の首を取ったかのように、批判したのである。

 朝日新聞社はこの問題について精査し、「問題なし」という結論に至っている。その23年も前の記事を引き合いに出して、週刊文春は植村さんに「捏造記者」というレッテルを貼ったのである。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
中国船の尖閣諸島周辺への挑発航行、報道が事実だとしたら、行き過ぎじゃないの?

2016/08/08 [Mon] 10:59:16 » E d i t
 植村隆・朝日新聞元記者が東京基督教大学教授の西岡力氏と文藝春秋社を名誉棄損で訴えた裁判の第6回口頭弁論が、8月3日午後東京地裁で開かれた。その傍聴に行った。植村氏はもう一つ櫻井よしこ氏、新潮社、ダイヤモンド社、ワックス株式会社を相手とした名誉棄損の訴えを札幌地裁に起こしている。前者を「東京訴訟」、後者を「札幌訴訟」と表記したい。

 植村元記者をバッシングする発言や報道は目に余るものがあった。それは〝やったもの勝ち〟的なひどいもので、植村さんの仕事先や家族を巻き込む日常生活にも悪影響を及ぼすものとなった。その憤りは推して余りある。

 植村さん対する「捏造記者」というバッシングは、彼個人の問題ではないと考える。ヘイトスピーチは在日韓国人に向けられたもののように映るが、それだけにとどまらず日本の民主主義や言論が危機になっているのだ。そういう視点から通称「植村裁判」を以下、考えてみたい。お付き合いください。

 植村さんは、自身の二つの裁判だけでなくもう一つ、家族の裁判を抱えている。娘さんへのネット上の中傷・脅迫への損害賠償裁判だ。東京地裁でその判決が3日言い渡された。まずそこから入ろう。

 判決は、原告の主張を認める全面勝訴であった。その内容を3日の「弁護士ドットコム」から見てみよう。

                           ◇=◇=◇
 判決によると、問題のツイートは女性が高校2年生だった2014年9月に投稿された。ツイートの中では、女性の顔写真とともに、名前や学校、学年が示されており、「超反日サラブレッド」など誹謗中傷する言葉も書かれていた。

 裁判所は投稿当時、植村氏や家族に対する、脅迫状やネット上のバッシングが多数あったことを認定。「当時17歳の高校生であった原告の恐怖及び不安は耐え難いものであったと考えられる」と指摘し、問題の投稿を「悪質で違法性が高い」ものと判断した。

 会見では、「匿名の不特定多数からのいわれのない誹謗中傷は、まるで、計り知れない『闇』のようなものでした」とする女性のコメントも読み上げられた。コメントの中で女性は、今回の判決について「不当な攻撃をやめさせるための契機になってほしい」「健全なインターネットの利用とは何かについて、考える機会になってほしい」などと思いをつづっている。
                           ◇=◇=◇

 この裁判が結審したとき、裁判所から和解の打診があったという。しかし彼女は、判決を得ることによって同じことが繰り返されないようにしてほしい、と拒否しこの日の判決となったもの。和解のはなしがあったことは事前に聞いていた。しっかりした娘さんである。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
イチロー、メジャー史上30人目の3000安打を達成。新たな記録は「すごい」の一言。

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