ヘボやんの独り言
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2017/04/25 [Tue] 16:03:38 » E d i t
 ソウルの人たちと立ち入った話しをする機会はなかったが、滞在中に感じたことをいくつか紹介しよう。

 まず、電車。運賃は韓国も日本と同じように前払いだが、切符はなく目的地まではタッチ式のカードを買うことになる。このカードを使わなくなったら、カード代金だけ返してくれるという。もちろんチャージは自由だ。1万ウォンのチャージで実質的に2日間、乗降できた。安い。タクシー代も安かった。

 電車に乗ったら立っている人がいるにもかかわらず、空いている席がある。妊婦専用の席だ。当事者以外は誰も座らない。加えて日本でいう優先席もある。白髪の私に若者が席を譲ってくれた。日本ではあまり目にしない光景だ。ナヌムの家のハルモニたちもそうだったが、年寄りが大事にされている。上海でも同じように、若者は必ず席を譲ってくれるというが、儒教の教えが徹底されているのか、習慣の違いか。

 車内でスマホや携帯電話を使っている人の様子を観察した。日本では8割くらいが、必ずそれらをいじっている。ソウルは逆だ。使っているのはせいぜい2割程度。普及率は韓国も日本も同じくらいだという報道を読んだ記憶があるが、マナーとしては韓国が上だ。

 地下鉄にガスマスクが置いてあるのには驚いた。どうも「北」対策らしい。絵図入りでマスクの使い方が説明してあったが、やや不気味。マスクの数は地下鉄利用者の量からすれば、とても賄えるものではないが、置いておくことで安心感が保てるのであろう。このマスクを使うことがないように祈りたいものだ。

【地下鉄に備えられたガスマスク】
地下鉄のガスマスク

 物価は円に換算しても日本よりやや低いか、と感じた。コンビニの「セブンイレブン」がやたら目立った。ここで円からウォンへの交換をしてくれる所もある。ホテル近くのそこは、手数料を取らないと書いてあり、得した感じを受けたものだ。

 泊まったホテルの位置する明洞は繁華街だ。歩いていると流ちょうな日本語で「偽物のバッグを売ってるよ。全部偽物だよ。買って行かないか」と声をかけられた。偽物を売りにしていることについ笑ってしまったが、われわれが日本人だということが、どうやって分かっのか不思議だった。この繁華街、夜になると屋台が出る。日本でいえば、新宿の歌舞伎町の通りに屋台が並ぶようなものだ。面白い。

 食べ物は相対的に甘くできている。焼き肉のタレも、麺類の汁も、コーヒーも。ナヌムの家で所長から話を聞く間にコーヒーが出されたが、すでにミルクと砂糖が入っており甘かった。強めの〝甘さ〟は韓国人の習慣なのかもしれない。そういえば、焼酎のアルコール度数は日本酒並みだった。

【市役所前の右翼のテント】
ソウル市役所前

【セウォル号犠牲者の抗議行動を続けるテントの中の写真】
セオル号の犠牲者たちか?

 ソウル市役所前の広場は、右翼がテントを張っていた。抗議行動をやっているらしい。100万人集会が開かれた大通りには、転覆したセウォル号の遺族が抗議のテントを張っていた。高校生だろうか、子どもたちの集合写真が貼ってある。経産相前のテントを撤去させた日本と違って、おおらかである。占領時代の日本へのそれを含む〝抵抗運動〟への寛容さなのかもしれない。私はいつの間にか、韓国贔屓になっていた。

★脈絡のない今日の一行
政府、名護市辺野古移設の埋め立てに関係する護岸工事に着手。またしても暴挙だ。

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2017/04/24 [Mon] 10:31:24 » E d i t
 平和の碑のすぐうしろに、韓国最大の通信社・聯合通信社がある。その入り口に面白いものがあった。新聞記者を模した大きな人形が、カメラとパソコンを持って歩いている姿だ。ひと昔前はペンだったが、それがパソコンに代わっているところが面白い。

【聯合通信社前】
聯合通信社

 日本大使館前から東門市場へ移動。前日は明洞(ミョンドン)の繁華街で夕食となったが、今度は市場の屋台に行くことに。もちろん、植村さんの案内だ。市場の通路には屋台がずらりと並んでいる。韓国にも「ハナ金」があるのか、人通りも多く賑やかだ。

 目的地に着いて、まずはビールで乾杯。屋台のおばさんは、日本語もできる。ギョウザが美味しかった。むこうのそれは、日本でいえば「水餃子」だ。韓国の家庭の味を頂いた。この日一緒に歩いてくれた姜さんとの会話になった。上智大を卒業した彼は、今度は早稲田大学の大学院のテストを受けたという。発表は4月下旬だという。彼の来日が待ち遠しい。

【屋台のおばさんと】
市場の屋台1

 3日目、帰国の日だ。植村さんとは前日にお別れをしておいた。あとはお土産を買うことにして、とりあえずホテルに荷物を預けて南門市場へ。朝から人通りも多い。立派な崇礼門を見て、同行の皆さんが必ず立ち寄るという店へ。そこの主人は日本語が達者で、おいしいお茶をごちそうになった。

【南大門市場を歩く】
南大門市場を歩く

 日本からの独立運動のレリーフが設置してある公園などを案内してもらいながら、ソウル市内を散歩。明洞の食堂で昼食を済ませて、荷物をホテルから引き上げタクシーで金浦空港に向かった。
                              ◇
 3日の旅だったが、考えさせられることは少なくなかった。従軍慰安婦問題を考えるとき、日本が朝鮮半島におこなった「併合」と言う名の植民地化を忘れてはならない。1910年(明治43年)8月29日から1945年(昭和20年)9月9日まで、35年間にわたって朝鮮半島は日本によって占領・統治されていた。その間、韓国人に主権はなかった。

 その苦しみは推して余りある。主権が奪われた中で、女性たちへの従軍慰安婦としての強制連行が進められたのである。それを「性奴隷」と言わずして何と言おう。女性を「性のはけ口」としてしか考えず、有無を言わせず服従させる。人間の尊厳を根底から奪ったのである。

 この問題を「戦争だったから」と済ませることは許されない。その戦争を許したのはほかでもない、日本国民だったからだ。戦争が根底にあったとすれば、その根底をつくったものの責任は免れないと思う。

 初めての韓国訪問は、慰安婦問題だけでなく、韓国と日本の歴史を考えさせられ、一番近い隣国とどうつきあうべきか。人間の尊厳とは何か。戦争の持つ悲惨さ――など新たな課題を突き付けられるような思いだった。が、何よりも大事なことは「記憶されない歴史は繰り返される」という教訓をしっかり学ぶことであろう。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
海水温上昇で日本国内のサンゴが2070年代に消滅の危機(読売新聞ウェブ)。そのまま進めば、人類も危ないのでは?

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2017/04/20 [Thu] 10:20:33 » E d i t
 ナヌムの家の正面にハルモニたちの胸像が建っている。そこには「歴史を消させない」という思いと怒りがあふれている。ナヌムの家は、ハルモニたちの暮らしの場であるとともに、旧日本軍への怒りの結晶の場でもある。そして、戦争の悲惨さを教えてくれる〝生きた教科書〟そのものである。そのことを肝に銘じたい。

【胸像。向こう側がナヌムの家】
ナヌムたちの像

 ナヌムの家に別れを告げ、駅近くの食堂で昼食をすませて「戦争と女性の人権博物館」を訪ねた。ここは、韓国挺身隊問題対策協議会(挺隊協)が運営している。そのパンフには「日本軍『慰安婦』問題解決を通じて被害者の名誉と人権を回復し、戦時下での女性への暴力を防止し、正しい歴史の確立と平和の実現に寄与しようと、1990年11月16日に第一歩を踏み出しました」と記している。

 人権博物館は、女性への性暴力の実態をあますところなく伝えている。日本軍の慰安所に関する資料、被害に遭った女性と遺品、現在の世界の戦時下における性暴力の実態など、ありのままの姿は、改めて怒りがわいてくる。

 この博物館のシンボルは、「水曜デモ」の写真にも出てくるが、黄色のチョウチョだ。それを模した紙に、来訪者が思い思いの感想を書いて、博物館外の金網に貼ってある。私たちが行ったとき、高校生らしき若者が出てきたところで、それを貼っていた。さしずめ〝幸せの黄色いチョウチョ〟ということになろうか。

【チョウチョに託された平和の思い。日本語もあった】
人権博物館のカベ

 次に日本大使館に向かった。途中、大統領弾劾を求めて100万人が集まった場所に立ち寄ってもらった。広い通りが交差しているあたりがメーンになったという。「ここだったら100万人は入るかもね」という会話になっていた。遠くに大統領の公邸である「青瓦台」が見える。確かに建物の屋根の瓦(カワラ)は青かった。

 ソウルでは1992年1月8日以来、毎週水曜日に日本大使館の前で「水曜デモ」が行われている。この行動を呼びかけたのが市民団体としての挺隊協である。デモは日本政府に対して①戦争犯罪認定②真相究明③公式謝罪④法的措置⑤責任者の処罰⑥歴史教科書への記録⑦追悼碑と史料館の建設――を求めている。

 日本大使館は改築中で、工事のトラックが出入りしていた。その正面に少女の像が座っている。目線の先に日本大使館がある。この像を韓国の人たちは「平和の碑」と呼んでいる。日本のメディアは「少女像」と報道しているが、韓国では違う。呼称は、韓国に倣って「平和の碑」とすべきではないのか、そんなことを考えていた。(次回につづく)

【日本大使館前の平和の碑】
平和の碑

★脈絡のないきょうの一行
政府は環太平洋経済連携協定(TPP)について、米国抜きの11か国での発効を目指す方針を固めた(読売新聞ウェブ)という。何を考えているんだ、この国は。

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2017/04/19 [Wed] 10:27:51 » E d i t
 ナヌムの家には「歴史館」が併設されている。入館料・5000ウォンが必要だが、日本人が来た場合、韓国人と結婚し慰安婦問題を後世に残すべきだとがんばっている山形出身の女性が案内してくれた。植村さんとは旧知の仲のようだ。この日は日本の高校の生徒たちがやって来て、一緒に案内してもらった。若者たちにそっとパワーをもらった。

 館内に入ったとたん、大きな絵が目についた。韓国の若い女性が日本兵に連行される様子を描いたものだ。実にリアルである。証言をもとに描かれたものだろう。こういうことが各地で行われていたことを思うと、改めて怒りが起きてくる。

【連行状態が描かれた絵画】
強制連行のり図

 慰安所は大陸だけでなく、太平洋にまで広く設置されていた。慰安婦は、各地に送られていたのである。戦後、祖国の土を踏むこともなく、そのまま亡くなった人もいることだろう。戦争の悲惨さと日本がおこなった人権無視の蛮行は度し難く、許されるものではない。

 博物館のなかを案内してもらっている最中、各国から贈られた千羽鶴が目についた。その中の一つをよく見てみると、日本からのもので「新日本婦人の会千代田支部」と書かれている。偶然とは面白いものだ。いつも千代田で一緒に活動している仲間たちがここにやって来た痕跡に、親しみを感じた。

【新婦人千代田支部から贈られた千羽鶴】
新婦人千代田支部

 歴史館を一通り見て、植村さんの案内でナヌムの家の中に入った。リビングだろうか、そこには二人のハルモニがいた。顔見知りの植村さんは、親しげに声を交わし激励していた。写真は、李玉善(イ・オクソン)さんだ。イさんに、何のてらいもなく「日本人にしてほしいことがありますか」と聞いた。実に驚くべき返事が返ってきた。

 「アベさんを辞めさせてほしい」だったのだ。ハルモニたちは、従軍慰安婦問題で安倍首相がかつて何をしたか知っているのだ。昨年12月の「日韓合意」も彼女たちは認めていない。「安倍首相がここまで来て、謝罪したら(合意について)考える」という。

 その怒りは、計り知れない。この思いを真正面から私たちは受け止める必要があるのではなかろうか。後述するが日本は戦前、朝鮮半島を35年間にわたって植民地として扱ってきた。その辛酸を、従軍慰安婦問題を含めて韓国国民は忘れていないのだ。イ・オクソンさんの一言は、日本国民全体が考えるべきことなのかもしれない。心が痛かった。(次回につづく)

【植村さんとイ・オクソンさん】
ハルモニと植村さん

【ハルモニたちと記念撮影】
頑張れハルモニ1

★脈絡のないきょうの一行
中央防災会議の専門調査会がまとめた関東大震災時の「朝鮮人虐殺」報告書の一部を、内閣府がホームページから削除(朝日新聞ウェブ)。またしても記憶を消そうというのか。
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2017/04/18 [Tue] 10:38:03 » E d i t
 小高い丘にソウルタワーが見える。その麓あたりに、いくつかの碑が建っていた。まだ工事をしていたが、従軍慰安婦問題や国民への圧政を忘れないために、こういうスペースをつくることになったという。慰安婦として強制連行された人たちの名前が碑に刻まれている。かなりの数だ。それでも分かっているだけだというから、推して知るべし、である。

 一角に「ヘソ」と呼ばれる楕円形の碑が横たわっていた。その石には、韓国語、英語、日本語、中国語で「記憶されない歴史は繰り返される」と書いてあった。私は一瞬、旧西ドイツの故・バイツゼッカー大統領の言葉とオーバーラップした。「過去に目を閉ざす者は未来に盲目となる」――。

 まさにその通りである。歴史修正主義を唱える人たちは、従軍慰安婦や南京大虐殺、沖縄戦における集団自決など、なかったことにしようと腐心している。記憶から消し去ろうとしているのだ。それは言い換えると、「歴史を繰り返そうとしている」ということになりはしないか。戦争法の強行採決も、審議が始まった共謀罪もそのための準備ではないのか。

 夕暮れ時になり、「ハラ減ったー」の声に促され明洞の繁華街にもどり、本場の焼肉に舌鼓を打った。韓国のお金の単位は「ウォン」だが、日本円のほぼ10分の1。計算はしやすいが1000円のものが、1万ウォンだからややギョッとする。

【「記憶されない歴史は繰り返される」と書いた碑の前で】
記憶されない歴史は繰り返される

【明洞の夜の賑わい】
明洞夜の賑わい

 2日目。ホテルの前に集合。前日、「通訳をしてくれる人がいる」と言われていたが、その人を見てびっくり。昨年秋に千代田区労協が主催して植村さんの話しを聞く集会を開いたときに、上智大学の学生だと紹介された姜さんだったからだ。彼も私のことを覚えていてくれた。

流ちょうな日本語で「久しぶりです」と言われたときは嬉しかった。そしてもう一人若者がいた。植村さんの息子さんで今年から医者として働くことになっているという。最後の春休みを利用してソウルに来たという。精悍な青年である。活躍を期待したい。

 最初に案内されたのは、ナヌムの家。電車を3回ほど乗り継いで、最後の駅からはタクシーでそこへ。ナヌムというのは「分かち合い」という意味だという。事前に植村さんから連絡が行っていた。事務所に案内され、ナヌムの家の所長と懇談した。

 ハルモニ(おばあちゃん)と呼ばれる元従軍慰安婦のみなさんは高齢化し、認知症や寝たきり状態の人が増えたという。昨年12月の慰安婦問題の「日韓合意」について、誰一人として納得していない。政府の役人が来て「もう終わった。心配しないでいい。補償金を出したいから銀行の通帳番号を教えてくれ」と言われても、だれも教えなかった。あの合意にみんな怒っている――。

 朴政権の国民不在の政治が、ここにも表れていたのだ。弾劾が決まったことが頷けた。(次回につづく)

【ナヌムの家の安所長を囲んで・左側中央】
ナヌムの家所長を囲んで

★脈絡のないきょうの一行
政府、北朝鮮に「武力攻撃切迫事態」に認定する方向で検討(読売新聞ウェブ)。これは武力衝突前段の準備で、明らかな挑発だ。
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