ヘボやんの独り言
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2012/07/27 [Fri] 11:46:09 » E d i t
 いよいよ最終日3日目、8月9日。

 台風は関東地方の海上を東側に進み、北アルプスには直接的な影響を及ぼさなかった。東京は雷雨となり、板橋区では雷に当たって死者もでたという。しかし、ここ黒部湖は青空が見えるくらいの好天で、安心して出発だ。まず、黒部湖の針の木谷側にある渡船場をめざす。梯子の登り降りを繰り返すなかなか厳しい道だ。ヒュッテを先に出た前日の4人組みさんをまたしても追い越す。渡船場には渡しの時間より1時間ほど早く着き、その時を待つ。

 ここの渡し賃は何故か無料だ。渡船後、船頭さんにお礼を言って今度は「平ノ小屋」側の山道を黒部ダムへ向けて歩く。この道もまた、梯子が多数待ちうけており気分的には嫌気がさす。途中、風通しのいい場所を選び奥黒部ヒュッテで作ってもらった弁当を開ける。これがすこぶるうまい。体調がいい証拠でもある。途中の沢の水も冷たくてうまい。前日の「水不足」がウソのようだ。

 最後の休憩地「ロッジくろよん」で一休み。ここから先はコンクリートのゆるやかな道となっており、黒部湖までの客も散歩できる状態で何人かに出会う。ダムはちょうど放流を開始したところで、下流にはきれいな虹が立っていた。それを見ながら、黒部側のバス停に急ぎ、扇沢に戻っていつもの大町温泉・薬師の湯で汗を流し帰路についた。3日間、ひたすら歩いた山行であった。

*徒歩総時間・1日目/2006年8月7日(7時間15分)、2日目/8日(10時間10分)、3日目/9日(5時間50分)

・第1日目/高瀬湖(5:55)-(途中休憩10分×3回)-烏帽子小屋(10:35 11:10)-(途中休憩10分×3回)-野口五郎小屋(14:25)泊

・第2日目/野口五郎小屋(3:00)-野口五郎岳(3:20)-(途中休憩10分×3回)-水晶小屋(6:20 7:15)-水晶岳山頂(7:53 8:20)-(途中休憩10分×3回)-赤牛岳山頂(11:20 11:40)-(途中休憩10分×5回)-奥黒部ヒュッテ(16:20)泊

・第3日目/奥黒部ヒュッテ(7:25)-(途中休憩10分×2回)-平ノ船着場(9:20)-船着場・平ノ小屋(10:30)-(途中休憩10分×2回、昼食休憩20分)-ロッジくろよん(14:30 14:50)-黒部湖バス停(15:25)
                         ◇=◇=◇

 今回で百名山報告は終わりますが、報告は合計161回となりました。1冊の本にすれば、深田久弥のそれよりも分厚いものになりそうですが、おつきあい、ありがとうございました。改めてお礼を申し上げます。

 振り返ってみると、百名山の最初に登ったのは瑞牆山(みずがきやま・山梨県)で1992年9月15日のことでした。最後が今回報告の2006年8月8日ですから、丸14年かかったことになります。ずいぶんと長いたたかいだったような気がします。「一番良かった山はどこか」ということをよく聞かれます。私は躊躇せず、岩手山と答えています。

 高山植物で印象に残っているのは、花の宝庫・白山を筆頭に、北海道の旭岳、岩手県の早池峰をあげることができます。白山はクロユリ、旭岳はエゾイチゲ、早池峰はハクサンチドリ……など、その愛らしさに時間の経つのを忘れそうでした。

 百名山の報告はここまでですが、今後は違う山も紹介していきたいと思っています。これからもよろしくお願いいたします。

★脈絡のないきょうの一行
五輪サッカー男子予選で日本、スペインに金星。なでしこだけでなくこちらにも注目を。

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2012/07/26 [Thu] 10:19:46 » E d i t
 北西方面には薬師岳が大きな塊となっており、北側にはこれからアタックする水晶岳が手招きしている。その向こう側には赤牛岳が、さらにその遠くには立山が側面から姿をさらしている。北東方面には針の木岳があり、さらに東側に目を移すと、きのう歩いた稜線と野口五郎岳が同定でき、その先の南東方面には餓鬼岳、燕岳、大天井岳の稜線がうっすらと見え、南側の槍ヶ岳に戻って来る。これは見事な景色である。北アルプスの全容を見せてくれる、360度のパノラマは見飽きることがなかった。

 われわれが食事中、先に出て行った野口五郎小屋からの4人組みを再度追い越して、午前7時53分、水晶岳に到着だ。記念写真を撮る準備をしている間に登山者が次々とやってくる。「100名山達成」のメモを持って写真を撮っていると、「記念に一緒に入っていいですか」と野次馬たちが要請してくる。断る理由もなく、狭い山頂で苦労しながらの撮影であった。

 水晶岳の山頂をあとにして、次なる赤牛岳へ急ぐ。ガレ場あり、砂場ありの歩きにくい道ではあったが、Kさんのスピードが少し落ちている。疲れが出てきたのだろうか。赤牛岳は深いところに位置する。北アルプスの中で、どのコースを歩いてもどこかに1泊しなければ到達できない山である。その魅力が昨年、鷲羽岳まで来たときに「水晶と赤牛を一緒に登りたい」とかき立てられ、敢えて水晶岳を100番目の山にした次第だ。高天原山荘への分岐、温泉沢の頭を経て赤牛岳に到着だ。

 赤牛岳の山頂には黒部湖方面からやって来た、先客一人がいるだけだった。ここまで足を伸ばす人は少ないのだろう、水晶岳山頂の賑わいとは大違いだ。山頂でゆっくり休みたいと考えていたが、台風の影響かもしれないが空には雲が広がり妖しげな様子となってきた。雨はどうでもいいが、雷が発生したら怖い。これから下る読売新道の稜線の半分は樹木がなく、避難場所もないからだ。

 急ぐが勝ち、とばかりに先へ進むことにする。次なる目標は、本日宿泊予定の奥黒部ヒュッテだ。コースタイムで5時間の長丁場になる。確かに地図には「健脚向き」と書いてあるだけあって、下りといえども厳しいものがあった。樹林帯に入ってからは風もなく、うだるような暑さとのたたかいともなり、足取りも重くなる。水筒の水もほとんど底をつき、不安がよぎる。やっと沢の音が大きくなり、目的地が近づいたことを教えてくれる。

 ヒュッテには午後4時20分に到着した。赤牛岳からは休憩を入れて、4時間40分でありこれは疲労が大きかった割には早いタイムである。野口五郎小屋を出発して、実に13時間20分であった。ヒュッテに入ったら、思いがけずお風呂に入ることができた。疲れた身体にはありがたかった。後から到着した4人組みは、日暮れ前のわれわれより2時間遅れであった。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
中央最低賃金審議会、目安として時給7円の増額を決定。1000円にほど遠く、ここでも民主党はマニフェスト違反。
2012/07/24 [Tue] 16:22:05 » E d i t
 野口五郎小屋に近づいたところで雲行きが怪しくなりはじめ、ゴロゴロと遠くで雷鳴が響きはじめた。雷は怖い。どこから「攻撃」してくるかわからないし、稜線上では逃げる場所もない。これは危ないと、先を急ぐことにする。高瀬湖から8時間半、この日の宿泊所・野口五郎小屋に到着である。

 小屋に着いたら早速、台風情報を聞く。台風は大きく東側に反れて、明日は紀伊半島あたりに上陸するかもしれない、という。これは少々危ない。時間が経つほどこちらに近づくことになる。早め早めの行動が要求される。

 夕食後、小屋周辺を散歩した。歌手、野口五郎の名前の由来ともなったその山頂が見える。天気が良ければ大天井(おてんしょう)岳も見えるというが、ガスが邪魔しやっと燕(つばくろ)岳と、その根っこに赤い屋根をつけた燕山荘(えんざんそう)が臨める程度であった。小屋で同室になった関西方面から来たらしい4人組みも、われわれと同じように明日は水晶岳から赤牛岳を経て、読売新道を下るという。お互いにがんばりましょう、と激励しあって就寝した。

 2日目。

 同室の人たち4人は、予定どおり午前2時に出て行った。こちらは1時間遅れで出発だ。ヘッドランプを頼りに、まず野口五郎岳の山頂に着く。暗い中で記念写真を撮って前進だ。山頂から小1時間で明るくなりライト・オフである。真砂岳を巻いて湯俣への分岐に出たところで、眼前に槍ヶ岳が現れた。左側から朝日を浴びて、神々しさに拍車がかかっている。

 東沢乗越(のっこし)から目前の岩稜を登りきったら、本日のメーン・水晶岳が現れた。その右手先に赤牛岳がはっきりと同定できる。この辺りから太陽が射してきて暑さを感じるようになる。水晶小屋は見えているのだが、なかなかそこに届かない。陽射しを背中で受けて、急登をしのいだら小屋前である。そこには野口五郎小屋を先に出発した4人組みが休んでいた。3時間20分で追いついたことになる。

 水晶小屋前で、前夜作ってもらった朝食弁当を開ける。槍ヶ岳と穂高岳山塊、鷲羽岳の広々とした景色を見ながらの朝食は贅沢そのものだ。天気は台風がどう動いているのか分からないが、青空が広がってきており、ほっとする。

 朝食が終わったら、いよいよ100番目の水晶岳にアタックだ。水晶小屋までは長野・富山両県の県境を歩いてきたが、ここからは富山県側に入ることになる。小屋を後にして10分足らずで見通しのよい稜線についたら、ここがすばらしい絶景であった。南側に昨年登った鷲羽岳がデンと構え、その向こう側に槍ヶ岳と穂高山塊がたたずんでいる。西側に旋回すると三俣蓮華岳の先に、特徴ある形をした笠ヶ岳が立っている。さらに西方向に回ると今度は雪をしっかり抱いた、黒部五郎岳のカールが綺麗だ。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
尖閣諸島を国が購入することに賛成。ついでに普天間の代わりにアメリカに貸したら?

2012/07/23 [Mon] 11:26:37 » E d i t
 いよいよ100番目です。この山は2006年8月7、8、9の3日間の行程で踏破しました。しかも赤牛岳、野口五郎岳という名山も一緒に。3日間の徒歩総時間は23時間15分となり、体調はクタクタになったものの、台風襲来はなんとか回避してくれ、天気に恵まれ絶好調の山行となりました。以下、その報告ですが私が作った冊子をそのまま掲載させていただきます。「である調」になっていますが、ご了解ください。

                         ◇=◇=◇
 今回の山行で、深田久弥が記した「日本百名山」全山の頂を踏むことができた。1992年9月に瑞牆山(みずがきやま)から始まって、ちょうど14年目である。ということは、「月1登山」の目標も、着実に積み重ねていることになる。この目標が到達できた背景に、家族の理解があったこと、そして、健康であったればこそ、を忘れてはなるまい。

 百名山達成にKさんが伴走してくれることになり、二人旅だ。前夜は長野県の「扇沢」で仮眠、7日午前5時、予約してあったタクシーで烏帽子岳の登山口・高瀬湖の上部まで車で入った。この湖はコンクリートではなく大きな石を積み重ねて作ってあり、ダムのイメージがまるで違う。タクシーから降りて、備え付けのベンチの上で朝食をとる。湖面にはかなりの量の流木が浮いており、放水時に障害にならないのかと、心配したほどだ。

 朝食が済んだら、歩き出しだ。とりあえずの目標は烏帽子小屋である。ここからの道は、北アルプス三大急登(中房温泉から燕岳への合戦尾根、新穂高から笠ヶ岳への笠新道、高瀬湖から烏帽子岳へのブナ立尾根)と言われるその一つ「ブナ立尾根」を歩くことになる。濁沢までの40分は平坦な道であったが、ここから急登の苦しみが始まった。

 樹林帯を歩く関係で風もなく、蒸し風呂状態の中を前進することになる。天気は台風7号が発生したというものの、夏特有のジリジリした太陽が容赦なく照りつける。何回かの休憩を繰り返し、やっとの思いで烏帽子小屋に到着である。苦戦はしたものの、ここまでは地図のコースタイムは6時間となっているが、休憩を含めて4時間40分で登りきったから上出来だ。

 当初予定は、烏帽子岳をピストンしこの小屋に泊ることになっていた。しかし、台風が近づいていることもあり先へ進んだほうが得策と判断、烏帽子岳をパスして野口五郎小屋を本日の宿舎にすることに変更、前進である。進行方向はガスで覆われていたが、稜線歩きで風があり、ブナ立尾根よりも楽であった。

 三ツ岳の中腹にさしかかったとき、目の前に動くものを発見。ライチョウである。親鳥が4羽、小ども鳥が5羽の2家族らしい。後ろからやって来るKさんにそっと教え、カメラをザックから取り出す。親鳥は子どもの動きをしきりに見つめている。が、私には見えるのだが、木に隠れて1羽が見えにくい場所に動いたらしい。それを探すために親鳥は必死に鳴きながら、ハイマツの上を走り回っていた。子どもを持つ親の、本能・本来の姿を見せつけられたような気がした。ライチョウの家族を何コマかカメラに収めて前進だ。(次回につづく

★脈絡のないきょうの一行
国民の反対を押し切って「オスプレイ」を岩国基地に強行搬入。そこでクイズ。野田内閣、これでいくつ目の強行でしょうか。
2012/07/18 [Wed] 16:22:03 » E d i t
 16日の代々木公園の原発反対集会は17万人が集まり、いのちの大切さを訴えました。立錐の余地なし状態の代々木公園。よくぞ集まりました。この声は単なる「音」なのでしょうか、野田佳彦総理大臣殿。

 前回のつづきです。下山はピストンです。ところが、花之江河の手前で後から歩いていたOさんとMさんは道を間違え、黒味山方面へ進んでしまいました。花之江河でSさんとひたすら待つこと1時間半、道迷いに気づいた2人と合流できました。

 ここから登山口までは一気です。ホテルにもどって、ゆったりと風呂に浸り夕食は外でとることにして出かけました。屋久島の夕風は涼しかった。小さな小料理屋を見つけ、そこに入り屋久島の名物・首折れサバを食することができました。

このサバは、関サバと同じように貴重なもので一本釣りです。釣ったあと、血を抜くために首を折ることからこの名がついたといいます。一本釣りですから天気が悪いと船が出せず、消費者のところに回ってきません。この日はタイミングがよく、プリプリした鯖とは思えない食感を愉しみました。

3日目。島を経つのは午後ですから、島内見学をとガジュマル園と白谷雲水峡を訪ねました。

 白谷雲水峡は、宮崎駿のアニメ「風の谷のナウシカ」の舞台になったところだといいます。ゆったりと滝を流れる水、緑色に染まった木々、あくまで澄み切った川の流れ、立派な杉の木立――。アニメに出て来るあのシーンそのものです。

 時間があったので少し歩こうということになり、縄文杉への登山道を1時間ほど進みました。樹齢1000年を超える縄文杉は惚れ惚れするほど立派です。白谷雲水峡の駐車場から往復2時間程度のこの散歩、ぜひおすすめです。

                         ◇=◇=◇
 今年の5月27日、この100名山報告が終わるまでに縄文杉を訪ねたい、という思いが実現しました。このときは白谷雲水峡からではなく、トロッコの軌道がある荒川登山口からチャレンジしました。例によって、朝から雨。同行のSさんと2人でひたすら歩き続けました。

 午後になって雨はやみましたが、軌道の枕木は気を許すと滑り慎重さが要求されます。ウィルソン株内の広さにびっくりし、ある方向から見るとハート型になっているところも確認できました。縄文杉の前はさすがに人だかり。この杉を撮影するために買った超広角レンズが役に立ったことはいうまでもありません。徒歩総時間・8時間10分は、65歳になったこの身にこたえました。

 紙数がありませんので、この縄文杉の詳細報告は機会があれば改めてさせていただきます。

*徒歩総時間(2003年5月9日)・7時間05分
淀川登山口(5:40)-淀川小屋(6:15)-(途中休憩15分)-花之江河(7:40 7:50)-(途中休憩20分)-宮之浦岳山頂(10:15 10:45)-(途中休憩15分)-花之江河(12:15 13:55)-淀川岳登山口(15:25)

*参考・縄文杉/2012年5月27日/徒歩総時間・8時間10分
荒川岳登山口(5:30)-白谷雲水峡分岐(6:50)-大株歩道入り口(8:05 8:20)-ウィルソン株(8:45 9:00)-休憩(9:35 10:00)-縄文杉(10:55 11:15)-ウィルソン株(12:30 12:45)-大株歩道入り口(13:05 13:15)-白谷雲水峡分岐近くトイレ(14:10 14:25)-事業所跡(14:50 15:00)-荒川登山口(15:45)

★脈絡のないきょうの一行
大飯原発の下に活断層。隠していたのだろうが、ガソリンスタンドでストーブを焚いているようなものだ。

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