ヘボやんの独り言
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2016/10/20 [Thu] 11:46:09 » E d i t
 おやおや、少しラッシュ気味に。大集団も到着した。静かだった湿原が、いきなり賑やかになる。これもまた良し、である。ミズバショウの季節はこんなものではない。人を見にきたような錯覚になることさえある。

【込み合ってきた木道、正面は至仏山】
161016ハイカーでいっぱいの尾瀬ヶ原・正面は至仏(しぶつ)山

 次の目標は「龍宮十字路」だ。しばらく歩くと3㍍ほどの沢というか、小川が出現。橋の上から覗いてみると、な、なんと。イワナの稚魚が泳いでいるではないか。それも集団で。5㌢から10㌢程度だ。イワナは神経質で怖がり屋で、人の足音やちょっとした物音でも逃げてしまう。ところがここのそれは違う。

 橋の上でドン、ドンと踏みつけて音を立てると近寄ってくるのだ。不思議な光景である。もしかしたら、ハイカーがパンのカケラなどのエサを投げ込むのではなかろうか。人が近づく気配を感じると、エサをもらえるという条件反射の可能性もある。そういえば、尾瀬でイワナを捕まえる人はいない。賢いのか困ったことなのか……。

【集まって来たイワナたち】
イワナの子どもたち

 十字路付近にも休めるスペースがある。ここで一息。南側に富士見峠がある。ずいぶん前だが、鳩待峠から横田代、アヤメ平を経て富士見峠の手前で北上し、この十字路に入ったことがある。ゴールデンウィークの最中だったが、全山雪であった。

 このとき、人が歩いた踏み跡がなく方向を採るのに苦労した。尾瀬ヶ原に着いたときは、一面、真っ白でどこに道があるか分からない。おおよその検討をつけながら歩いたものだ。おそらく、湿原にも踏み込んだことだろう(ごめんなさい)。そのときは無事に木道を見つけ十字路に到着し、鳩待峠まで戻ることができた。ここは、そんな思い出の場所だ。

 この十字路から、直角に左折し東電小屋の方(北)に向きを変える。さらに分岐で、もう一度左折。しばらく歩くと、「三又」に着く。ここからはもと来た道である。一休みの後、今度は至仏山を正面に観ながら、下山開始である。

 最初に休んだ山の鼻で行動食をとり、気合を入れ直す。有料トイレ(100円)を借りて用を済ませいよいよ(登りの)下山だ。ゴール近くになると、登りはきつくなる。子どもたちに(悔しいけど)追い越されてしまう。それでも山の鼻から鳩待峠まで、1時間で到着。地図のコースタイム1時間20分より早かったことで良し、としよう。

 帰路、関越道沼田ICにほど近い白沢・道の駅に隣接する「望郷の湯」で汗を流し、この山行をしめくくった。

【コースタイム】
 鳩待峠(6:30)-山の鼻(7:20 7:40)-三又(8:30 8:40)-十字路(9:05  9:30)-東電小屋分岐(9:50  10:00)-三又(10:30  10:40)-山の鼻(11:10 11:40)-鳩待峠(12:40)

★脈絡のないきょうの一行
山本有二農林水産相の「強行採決」発言、辞任に相当。品も格もない大臣に失望だ。
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2016/10/19 [Wed] 10:18:01 » E d i t
 この山の鼻で一休み。持参のみかんがうまい。一息入れて、尾瀬ヶ原に入る。木道がつながっている。ここは基本、右側通行だ。まず、最初の目標「三又」へ急ぐ。正面に日本百名山の一つ、燧ケ岳(ひうちがたけ・2,356M)が現れる。立派だ。

 振り返れば、これまた百名山の一つ至仏山(しぶつさん・2,228M)が聳えている。天気の良さに、その姿は一層映える。こんな燧ケ岳と至仏山を見たのは初めてかもしれない。尾瀬ヶ原の人気は、この二つの山の影響があると思われる。尾瀬の晩秋と二つの山を見せてもらって、至福の時であった。

【正面に立派な燧ケ岳】
正面に燧ケ岳

【振り返れば至仏山】
振り返れば至仏山

 私はこの両山とも、5月のゴールデンウィークの雪の中を歩いた。燧ケ岳は尾瀬沼から取り付いた。このときは目の前に雪があり、〝雪のカベ〟を登っているような錯覚に陥った。

 燧ケ岳の山頂から「見晴らし」の小屋へ下る途中、道を間違え、小一時間、雪の中を彷徨した。単独行だったためちょっと怖かった。谷筋から稜線に上がるところにくくりつけてある目印のリボンを見落とし、直進したのが敗因。小屋の風呂がやけに温かかった。

 至仏山は、小至仏山から頂上までのトラバースをこわごわ歩いた。雪崩が起きないか不安だったからだ。ところが山頂の雪は、風で吹き消されていた。ばかりか、眼下の尾瀬ヶ原は白一色で、その広さを呆然と見惚れたものである。そんなことを思い出しながら歩いていた。

 「三又」の手前で、若い人がしきりにカメラのシャッターを押している。池に映った燧ケ岳を撮影しているのだ。早い時間帯だったことが功を奏したのだろう、水面は鏡のように穏やかで、これまた「逆さ燧ケ岳」がお見事だった。「明鏡止水」の現物版である。

【水面に映った燧ケ岳】
161016尾瀬ヶ原・さかさ燧ケ岳

【逆さ燧ケ岳と私】
燧ケ岳をバックにして筆者

 写真を見ていただければ分かるとおり、尾瀬ヶ原は広い。実にひろい。すべて木道でつながれている。三又で一休み。反対側からやってきた人たちもここで休み、やや混雑気味に。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
北方領土問題が急浮上。返還が筋だが、返ってくると観光化で島の環境破壊が進むのでは?

2016/10/18 [Tue] 10:15:41 » E d i t
 尾瀬ヶ原は、夏、そして雪の季節とミズバショウの季節に訪ねたことはあるが、秋は行ったことはなかった。そこでいい天気に誘われて、10月16日の日曜日に行ってみた。込み合うことを予想して、夜中のうちにスタート、登山口の「鳩待峠」に着いたのは夜中の2時過ぎ。とりあえず車の中で仮眠。同行はSさん。

 鳩待峠まではマイカー規制があり、要注意だ。この日は、規制外で利用できた。駐車場は想定どおり込んでいた。同好の士はいるものだ。霜に覆われて真っ白になっている車もある。これらは、前日から山に入っている人たちのものと思われる。当夜着いた車は、車内があたたかいから霜はつかないからだ。ということは、外はそれだけ寒いということになる。

 外が明るくなり、途中のコンビニで買い込んだサンドイッチを朝食として頬張る。しっかり食べないとバテるから。食事を終わらせて、車の外に出てみると寒い。震えがくるほどだ。慌ててザックの中からマウンテンパーカーを引っ張り出して着込む。うん、少し落ち着く。

 6時半、歩き出しだ。どの登山口からもそうであるが、尾瀬ヶ原に入るには(この鳩待峠からも同じ)、下りからはじまる。ということは、尾瀬ヶ原は〝広大な窪地〟と言うことになる。ちなみに、この尾瀬ヶ原の東側にミズバショウが群生する「尾瀬沼」があるが、この原のほうが低く、水はこちらに流れてくる。

 この水は「百名瀑」の一つ、三条の滝に注ぎ、只見川となって奥只見湖に流れ込む。そのあとはなんと、新潟空港近くを河口とする「阿賀野川」につながるのである。只見川の源流は尾瀬沼であり尾瀬の水は、遠く新潟市に注いでいるのである。「尾瀬の水が新潟に」――考えると気が遠くなりそうだ。

 尾瀬ヶ原へは、鳩待峠から下って行く。登山道に霜が降りて所々、真っ白になっている。特に木道は滑らない様に気を遣う。おやおや、早い時間にもかかわらず登って(下山して)来る人もいる。前日、小屋泊りの人たちだろう。「お早うございます」とあいさつしながらすれ違う。登山道は尾瀬ヶ原も同じだが、〝2車線〟になっており、歩きやすい。

【晩秋の登山道】
晩秋の尾瀬

 小さな沢を4つほど横切る。木製の橋がかかっているから大丈夫。周辺の木々は、秋色に染まり葉を落とし始めていた。晩秋というより、初冬なのかもしれない。その秋色を撮影するカップルもいる。

 まず、「山の鼻」と呼ばれる場所に着く。おもしろい名前だ。おそらく尾瀬ヶ原を顔に見立てた場合、「鼻」の位置になるのだろう。ここにはテントサイトがあり、何軒かの山小屋もある。色とりどりのテントから出て来た人たちは、それをたたむ作業を始めていた。これまた、山の風景である。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
死刑廃止に反対が73.3%(FNN調査)。「殺された人も殺した人も同じいのち」の教育不足が露見。課題は重い。

2015/07/24 [Fri] 14:07:09 » E d i t
 20日、車で出かけたA君、B君、C子さんの3人は日帰り日程で、「八海山ロープウェー」を使った。B君とは私もA君と一緒に何度か山行をともにしている。22日の通夜の席でB君から概略、以下の経緯を聞いた。

 ロープウェーの山頂駅から順調に歩いた。千本檜小屋の少し先に、鎖場の少ないう回路と、鎖場の多い登山道の分岐が現れる。3人は後者を選んで取り付いた。最初の鎖をクリアすると稜線に着く。周辺の写真を見せてもらったが、ごく普通の登山道で低木帯となっていた。岩場の連続だろうと考えていた私は、意外に思えた。

 稜線に出て間もなく、トツプを歩いていたA君が突然よろけたと思った瞬間、左側の崖下に落ちていった。2番手を歩いていたC子さんは、手を差し延ばす間もなく、目の前で起きていることが理解できなかったという。周辺は樹木もあり、どこかに引っかかっていてくれと願いながら崖下に声をかけたが返事がなく、小屋にもどり救助を依頼した。

 小屋の人たちは即座に対応してくれ、救助のためと思われるヘリコプターの音がした。しかし、晴れ上がっていたはずの天気は霧がかかり見えない状態で、ヘリは引き返さざるをえなかった。

 その間、B君はケイタイを車のなかに置いたままにしてきた関係で、C子さんのものを借りて関係者に連絡。夕方になってやっとガスが上がってヘリが入れるようになり、救助隊員がA君を発見、ロープを使って収容した。その時点で報道にあるように心肺停止だったという。

 「どうしてあんなところで転んだんだ」とB君は悔しがる。「ここがその場所です」と写真を見せてくれた。それは何の変哲もない普通の登山道で、前述のように低木が生えていた。違っているのは、登山道のその部分が少しだけえぐれるように窪んでいたことだ。

 A君は決してむちゃをする青年ではない。むしろ慎重派だ。その窪みに足を踏み入れたとしても、滑落したのは何故? どうして? 疑問はつきない。

 突然の訃報にもかかわらず、通夜には彼が勤めていた会社の仲間たちを中心に、若者たちがたくさん集まってきた。参列者の中では私が一番年上だったかもしれない。一人息子を亡くしたご両親の思いが痛く伝わってきた。車いすに乗ったおばあちゃんの姿も痛々しかった。私にとってA君は山仲間であると同時に、息子みたいな存在でもあった。

 C子さんは泣き通しだった。「私がつかまえておれば、私が悪かった……」そのつらいであろう気持ちは推して余りある。「山中で見守ってやり、頑張って下山してきたことをA君は一番喜んでいるはずだ。しっかりしないと彼に怒られるぞ」と声をかけるのが精一杯だった。B君にも「二人ともよく頑張った。A君をしっかり見送ってやろう。心のスイッチを切り替えよう」と語りかけるだけだった。

 なぜ彼が滑落したのか、私は納得していない。遅からず、検証のために現場を訪ねてみるつもりだ。危険がつきものの登山にあって、きちんと解明することが「山で生きよう」と考え始めていた彼への供養になると思うからだ。

 心残りは、登山家の山野井泰史・妙子夫妻のファンだった彼に、「そのうち奥多摩の自宅を訪ねてみよう」と約束したことが、永遠の反故になったことだ。そして登山の前夜、山頂で食べるショウガ焼きをつくるのを手伝った娘のそれが、A君のザックの中で眠ったままになったことだ。

 戒名は「尚岳」になったという。山にあこがれ、散っていった若者にふさわしい名前である。安らかに眠ってほしい。合掌。

★脈絡のないきょうの一行
参議院定数是正、審議もなく採決。こんな大事な問題、審議なしでいいのかなー? これも変。

2015/07/23 [Thu] 10:40:04 » E d i t
 山仲間が一人、逝った。八海山に登っている途中の出来事だった。この事件を産経が取り上げた。以下。

                           ◇=◇=◇
新潟・不動岳の登山道で「滑落」と110番 都内の男性、心肺停止
産経ニュース2015.7.20 20:20更新

 20日午前11時50分ごろ、新潟県南魚沼市の八海山不動岳の登山道で東京都練馬区石神井町、無職、Aさん(30)が滑落したと、近くの山小屋から110番通報があった。県警や消防が捜索、約7時間後に発見したが、心肺停止の状態。

 南魚沼署によると、Aさんは友人2人と20日午前8時ごろに入山した。現場は山頂付近の切り立った崖で、Aさんは先頭を歩いていたという。
                                  (※注・実際の報道は本名で書いてある)
                           ◇=◇=◇

 一瞬のことだった――岩場でもないごく普通の登山道で、後ろからついていた山仲間は、何が起きたのか理解できなかったという。

 事故が起きたちょうど10日前、「久しぶりに一杯やろう」と池袋の居酒屋で彼と会った。山仲間の私の娘も一緒である。この二人、仲間を誘ったりしながら月に1、2回あちこちの山を歩いている。私も5月下旬に山梨県の日向山(ひなたやま)に誘われて、3人で登った。山頂は花崗岩が砂礫となって堆積し、まるで浜辺のようである。そこにビーチボールを持っていき、海に行ったような気分でしばらく遊んだ。

 最近、A君は会社を辞めた。仕事が嫌いになった分けではなく、転職を考えてのことだ。以前から「山岳ガイドになりたい」といっており、そのための準備に入ろうとしていた。ガイドの学校がありそこで勉強して、南北アルプスや海外の厳しい山にも登って実績を積んでガイドをやりたい、そんな夢を語っていた。

 その居酒屋で「今度は八海山に登ってきます」という会話があった。私はかなり前に登ったことがあり、「あの山は危険だよ。滑落したら命にかかわるよ」と注意を喚起した。それが現実になろうとは、露ほどにも思わなかった。

 20日夜、自宅でシャワーを浴びて出てみると一人暮らしをしている娘が来ていた。どうしたのかと訝った。顔色もよくない。蚊の鳴くような涙声で「Aクンが八海山で滑落した」と。私は一瞬頭の中が真っ白になった。

 時間の経過とともに、親御さんからの連絡を「ライン」にのせて連絡が入ってくる。午後8時20分、「死亡が確認された」という連絡に変わった。言葉が出なかった。娘は泣きじゃくるだけだった。(次回につづく)

★脈絡のないきょうの一行
参院安保特別委員会、少数野党を含む全11会派・45人で構成。全会派参加は当然だ。

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